内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/06/26

2022-06-26 20:17:57 | 日記
低体温症-忘れられた低血糖症状
BMJ Case Rep 2018
doi: 10.1136/bcr-2018-225606

低体温症はしばしば重篤な疾患の徴候である。よく言われる低体温症の原因としては敗血症、寒冷環境への曝露、内分泌疾患がある。一方、低血糖は低体温症でしばしば認めるが、原因として関連つけられることはあまりない。

著者らは低血糖により重度の低体温症が長時間続いた症例を報告する。糖尿病の既往がある 58歳男性が胸部痛を訴え、ST 非上昇型心筋梗塞であると診断された。患者は心臓カテーテル検査のために絶食とされたが、就寝前に普段通りの用量のインスリングラルギンを皮下注射された。そして数時間後に発汗と低血糖を認め、体温が低下し始めた。体温は保温によっても回復しなかった。ブドウ糖を投与し、血糖が正常化すると体温は回復した。低体温症の原因として敗血症や内分泌疾患は認めなかった。

1. 背景

低血糖は低体温症の稀な原因である。しかし、低血糖が低体温症の原因になることは忘れられているように見える。低血糖と低体温症の関連を検討した後ろ向き観察研究が 1件あるだけであり、最後に低血糖による低体温症についての症例が報告されたのは 40年以上前である。

この症例報告の目的は、低血糖はそれ自体が低体温症の原因になることを臨床医に思い出させることである。

2. 症例提示

58歳男性が息切れと下肢腫脹の増悪を主訴に救急外来を受診した。患者は圧迫されるような胸痛も自覚していた。動悸、嘔気、発汗は認めなかった。既往症としては 2型糖尿病と高血圧症があった。常用薬としては、メトホルミン 1000 mg、インスリングラルギン 20単位就寝前、インスリンアスパルト 毎食前 4単位があった。

患者は翌朝に心臓カテーテル検査を行うために絶食とされ、21時に普段通りにインスリングラルギン 20単位を皮下注射された。午前4時に患者は発汗と冷感を自覚した。この時の血糖は 48 mg/dL だった。50%ブドウ糖が投与され、血糖は 97 mg/dL に上昇した。バイタルサインは腋窩および口腔内の温度が測定できないことを除いては正常だった。直腸温を計測したところ、34.38℃だった。

加温ブランケットを用いて保温したが、低体温症は持続し、体温は 33.66℃まで低下した。血糖は翌朝 8時半の時点で 44 mg/dL、11時の時点で 46 mg/dL だった。翌日も加温ブランケットで保温したが、低体温が持続した。

3. 検査結果

入院時に行った心電図では心室性期外収縮を認め、ST 変化を認めなかった。トロポニン I は 2.218 ng/mL (基準値 0.049 未満) であり軽度高値だった。再検時も 2.013 ng/mL だった。BNP は 7741 pg/mL だった。その他の血液検査の項目には異常を認めなかった。血糖値は 108 mg/dL だった。胸部 X 線写真では肺血管のうっ血と、両側胸水を認めた。

低体温症の原因検索を行ったが、結果は全て陰性だった。まず、コルチゾールは 14 μg/dL (基準値 3-22 μg/dL) だった。甲状腺刺激ホルモンは 1.26 μU/mL (基準値 0.35-4.94 μU/mL) で、乳酸は1.66 mmol/L (基準範囲 2.2 mmol/L 未満) だった。尿検査から尿路感染症は否定され、血液培養は陰性だった。胸腹骨盤部CT では特記すべき異常を認めなかった。

退院前に行った心臓カテーテル検査では冠動脈狭窄は認めず、心臓超音波では左室駆出率が 10-15%に低下しており、収縮能の低下によるうっ血性心不全と診断した。

4. 鑑別診断

患者は入院時に ST非上昇型心筋梗塞および新規発症の心不全と診断された。低体温症については、原因として敗血症、甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症を考えた。相対的副腎皮質機能低下症の可能性はあるが、以前に副腎皮質機能低下症を疑わせる症状や所見はなく、副腎皮質機能低下症の可能性は低い。上記の鑑別診断を全て除外し、低血糖が低体温症の直接の原因であると診断した。

5. 治療

インスリン注射は中止し、加温ブランケットで加温した。経験的にタゾバクタムピペリシリン投与を開始し、10%ブドウ糖液の持続静脈注射を開始した。治療開始後、患者のバイタルサインはゆっくりと改善した。

新規に診断されたうっ血性心不全に対しては利尿薬が投与され、退院前にカルベジロール、リシノプリル、スピロノラクトンが開始された。

6. 経過

患者は低血糖が発見されてから12時間以上低体温症が遷延した。血糖が正常化した後、低体温症は改善した。その後は低血糖、低体温症ともに認めなかった。退院時は全身状態は安定していた。退院後はインスリンの用量を減らした。心不全については左室収縮能 10-15%と低心機能なので除細動器を装着した。

7. 議論

低体温症は深部体温 35℃未満で定義される。低体温症の原因は多岐にわたる。

最も多い原因は寒冷環境への暴露である。その場合はカテコラミンによるグリコゲン分解のために高血糖を認める。

その他の重要な低体温症の原因としては、敗血症がある。敗血症患者の9%では低体温症を認め、体温正常の敗血症患者と比較して死亡率および合併症の頻度が高い。

内分泌障害も低体温症の原因となり、カテコラミン分泌低下、甲状腺機能低下症、下垂体機能低下症が原因となり得る。

エタノールや鎮静薬も低体温症の原因となり得る。

脳腫瘍や脳梗塞などの中枢神経障害も低体温症の原因になり得る。

超高齢者では神経·筋の機能低下により筋収縮による発熱ができないことが低体温症の原因となり得る。

以上の原因と比べるとずっと知られていないが、低血糖も低体温症の原因になり得る。入院患者の低体温症の原因として低血糖の頻度は多くなっているのにも関わらず、最近では低血糖が低体温症の原因であることがすぐには気づかれない。低血糖による低体温症は一過性であるが、時に長時間持続する。そして、今回の症例は後者である。患者は低血糖を認めてから 12時間以上低体温だった。

低血糖が低体温症を引き起こすしくみはよく分かっていないが、視床下部の体温調節中枢が関与していると考えられている。1972年に Freinkle らはグルコースの代謝を阻害する 2-デオキシ-D-グルコースを健常者およびマウスに投与すると 6時間にわたって直腸温が低下することを報告している。特に頭蓋内のグルコース濃度が低下すると、同程度の血清グルコース濃度の低下と比べてより大きく体温が低下することから、低血糖による低体温症の引き金となるのは中枢神経系かもしれない。他に、Gale らは 1981年にインスリンの注入により低血糖を起こすと、発汗の増加とふるえの減少を認めることを報告している。発汗の増加とふるえの減少はいずれも低体温症の原因となりえる。

重症低血糖ではブドウ糖を経静脈的に投与するのが標準的な治療である。低血糖が遷延する場合は 10%ブドウ糖液を持続静脈注射する。ある研究では低体温症ではブドウ糖投与しても血糖が上昇しにくいと報告されている。そのため、低血糖による低体温症では、加温することも重要である。加温ブランケットや加温した輸液、気道の加温が選択肢になる。著者らは10%ブドウ糖液を持続静脈注射し、加温ブランケットで加温した。

低血糖においては低体温症は生理的に利益があるかもしれない。心停止した患者においては低体温療法は神経系の保護により予後を改善させる効果が認められている。低血糖による低体温症も代謝を抑制し、脳のブドウ糖消費量を抑えることで脳を保護する効果があるのかもしれない。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30158268/

2022/06/25

2022-06-25 10:56:19 | 日記
糖尿病患者における低血糖ではしばしば低体温症を認める
Diabetes Metab 2012; 38: 370-372

ジェノバ大学に低血糖で入院した糖尿病患者 128名を対象にした後ろ向き観察研究。30名 (23.4%) で低体温症を認めた。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22559928/

2022/06/12

2022-06-12 14:53:45 | 日記
腫瘍性骨軟化症についての総説
Osteoporos Sarcopenia 2018; 4: 119-127

腫瘍性骨軟化症 (tumor induced osteomalacia: TIO) は稀な傍腫瘍症候群であり、尿細管でのリンの再吸収の低下による低リン血症と活性ビタミン D 低値または相対的低値が特徴的である。

TIO の原因となる腫瘍は線維芽細胞成長因子 23 (fibroblast growth factor 23: FGF23) を分泌している。FGF23 は尿細管でのリンの再吸収を阻害し、活性型ビタミン D の合成を触媒する 1α-水酸化酵素の発現を抑制する。慢性的にリンが欠乏すると、骨の石灰化が障害され、骨軟化症に至る。

TIO は低リン血症および骨軟化症を認める場合に疑う。低リン血症を呈する鑑別するべき疾患としては、遺伝性疾患である X 染色体連鎖性低リン血症性くる病、常染色体優性低リン血症性くる病、常染色体劣性低リン血症性くる病、後天性であるビタミン D 欠乏などがある。

TIO の原因となる腫瘍はほとんどの場合はとても小さく、体のどこにでも出現しうるので、局在診断は難しい。身体診察、血液検査、画像検査の他、場合によってはサンプリングが有用かもしれない。ソマトスタチン受容体イメージングは TIO の局在診断に有用である。

転移または再発することもあるが、多くの場合は腫瘍を切除した場合の予後は良好である。腫瘍の局在が不明の場合、あるいは切除不能の場合は、ビタミン D とリンの補充を開始すべきである。また根治目的のアブレーションも選択肢となる。

1. 背景

腫瘍性骨軟化症 (tumor induced osteomalacia: TIO) の症状としては、骨の痛み、近位筋の筋力低下、身長低下、多発骨折がある。最初の症例は 1947年に McCance が報告した。しかし、腫瘍と骨軟化症の関連が明らかになったのは 1959年になってからである。

画像検査の進歩し、TIO が知られるようになったため、最近数十年間で報告が増えているが、依然として誤診あるいは見過ごされていることが多い。144症例についての後ろ向きの観察研究では、95.1%が椎間板ヘルニア、脊椎関節炎、骨粗鬆症などと誤診されていた。

2. 疫学

現在までに TIO は 500症例ほどが報告されている。症例報告では、診断時の年齢の平均は 40-45歳であり、小児での発症例は 10例余りある。最年少は生後 9ヶ月での発症である。性別や人種によって発症しやすいということはなさそうである。

3. 症状

TIO の症状は症例によって異なるが、典型的には痛み、手の短縮、筋力低下、歩行障害を認める。骨の痛みは最も多く報告されている症状で、下肢から始まる。身長低下も 50%以上の症例で認める。病的骨折は椎体、肋骨、大腿、骨盤で起こることが多い。

144症例のうち 21例 (14.6%) で局所のしこりを認め、TIO の原因であることが示されている。しかし、TIO の原因となる腫瘍は小さく、身体診察で発見することは難しい。患者にしこりがないか問診するのは良いだろう。口腔内のしこりは見落としがちなので、注意するべきである。

4. 生化学的異常

TIO はふつう、血清リンが低値で、尿からのリン排泄が亢進している。血清カルシウムは正常~低値、parauyroid hormone (PTH) は正常である。1, 25-(OH)2 ビタミンD は低値または相対的低値で、25-OH ビタミンD は正常である。また、血清中の FGF23 の濃度が上昇している。さらに、アルカリフォスファターゼが高値である。

全身の FGF23 の濃度が上昇していることは、TIO の診断に必須であり、TIO の原因となる腫瘍を検索する根拠になる。

酵素結合免疫吸着法 (Enzyme Linked Immuno Sorbent Assay: ELISA) による FGF23 の測定法は 2種類ある。ひとつは FGF23 の C末端に対する抗体を用いた方法で、FGF23 と FGF23 のC末端側の断端の両方を測定する。もうひとつは FGF23 のプロセシング部位の N末端とC末端を検出する方法で、インタクト な FGF23 のみを測定する。

インタクト FGF-23 測定の方が感度は高いが、TIO においては安定性の高さを重視して、ホール FGF23 (FGF23 のC末端を検出する方法) を測定する人もいる。

いずれの方法でも TIO の大部分では FGF23 は高値であり、インタクト FGF23 については 44.1-14922.3 pg/mL だと報告されている。TIO の原因となる腫瘍を切除すると速やかに FGF23 の濃度は低下する。最短では、切除後2時間で低下したという報告もある。2時間はヒトの FGF23 の半減期に相当する。

2004年の TIO の症例報告では、腫瘍切除後は FGF23 は測定感度未満 (<8 pg/mL) になった。ネガティブフィードバックにより、(骨芽細胞からの)FGF23 の合成が抑制されたためと説明できるかもしれないが、今後検討されるべき問題である。

切除後も FGF23 が高値であるあるいはサーベイランス中に FGF23 が再び高値になる場合は、それぞれ切除できていない、再発していることを疑うべきである。

TIO 診断にあたっては、低リン血症性骨軟化症の他の原因疾患を鑑別するべきである。遺伝性の低リン血症性骨軟化症としては、X 染色体連鎖性低リン血症性くる病 (X-linked hypophosphatemic rickets: XLH)、常染色体優性低リン血症性くる病、常染色体劣性低リン血症性くる病がある。後天性の低リン血症性骨軟化症の原因としては、リン欠乏、ビタミンD欠乏、重度のファンコーニ症候群がある。

家族歴があることは遺伝性低リン血症性骨軟化症を疑わせるが、なくても除外はできない。血清の FGF23 濃度の測定は鑑別に有用である。日本の横断研究では、FGF23 が高値になる低リン血症性骨軟化症 (TIO, XLH) はビタミン D 欠乏やファンコーニ症候群など他の低リン血症性骨軟化症と比べて、FGF23 濃度が高く、前者と後者の間にはオーバーラップは認めなかった。

ただし、FGF23 だけでなく、PTH、25-OH ビタミン D、1, 25-(OH)2 ビタミン D、尿カルシウム、尿リンも確認して総合的に鑑別するべきである。

さらに、ファンコーニ症候群を疑う場合は、動脈血液ガス、血清および尿のナトリウム、カリウム、クロール、重炭酸イオン、免疫グロブリン、尿のアミノ酸濃度を確認するべきである。

5. 画像検査

骨軟化症の成人やくる病の小児は、X線写真で脊椎の二重凹変形 (double concave deformation)、偽骨折 (pseudofracture)、骨盤変形 (pelvis deformity) を認め、DEXA で骨密度の低下を認める。

高解像度末梢骨用定量 CT (high resolution peripheral quantitative CT: HR-pQCT) を用いた骨の微細構造の変化については TIO では検討されていない。

TIO の原因となる腫瘍はふつう小さく、骨の内部に発生するので、通常の画像検査では検出は難しい。そのため、段階的に機能的検査と解剖学的検査を組み合わせながら、腫瘍の局在を探ることになる。

6. 腫瘍の病理

TIO は中胚葉系の腫瘍である phosphateuric mesenchymal tumor: PMT) が原因であると考えられている。PMT は理論上はあらゆる軟部組織、骨に発生しうる。ほとんどの場合は四肢に出現する。肝臓や心臓に出現しても良さそうだが、まだ報告はない。多中心性の腫瘍として発生してくることは稀である。

PMT は血流の豊富な腫瘍で、紡錘型または星型の細胞からなり、細胞外マトリクスにはカルシウムが沈着している。その内部にはしばしば破骨細胞のような巨大な細胞を認める。しかし、PMT は症例毎に血流の程度や細胞の形状、細胞外マトリクスの構成が異なる。

他の多くの間葉系の腫瘍と同様に PMT はソマトスタチン受容体を発現している。しかし、ソマトスタチン受容体の発現は PMT に特異的ではない。

FGF23 は PMT のマーカーであり、ほとんどのPMT では、mRNA およびタンパク質レベルで発現を認める。TIO は FGF23 の過剰発現による腎におけるリンの再吸収と、1, 25-(OH)2 ビタミンD の合成の抑制が原因と考えられている。PMT の病理所見には幅があり、FGF23 の発現が PMT 診断に重要であると考えられ始めている。しかし、PMT 以外の骨腫瘍も FGF23 を発現する。

FGF23 の検出方法としては、reverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR)、免疫染色、RNA scope Chromogenic in situ hybridization (CISH) がある。

RT-PCR は感度は高いが、特異性は低い。PMT ではない骨腫瘍に発現している低い濃度の FGF23 の RNA も検出し得る。

免疫染色については Shiba らと Yamada らがそれぞれに、PMT に対する感度は 70%超、特異度は 100%だと報告している。しかし、免疫染色については何をポジティブコントロールとするかによって結果が変わってくる。また、コマーシャルで手に入る FGF23 に対する抗体は FGF23 に特異的ではない。

RNA scope CISH は感度、特異度ともに優れ (感度 96%、特異度100%)、好まれる方法である。非特異的なシグナルを拾いにくく、正常な組織構造を保ったまま直接 FGF23 の発現を可視化できることが利点である。しかし、PMT と正常な骨芽細胞·骨細胞とを区別できるのかどうかについてはまだ検討が必要である。

複数の研究が、組織学的に PMT の特徴を備えていて、FGF23 が発現している腫瘍を認めても TIO ではないことがある。逆に TIO の患者で CISH
で FGF23 の発現を認めない PMT も報告されている。

PMT のほとんどは良性腫瘍だが、悪性のものも報告されている。悪性の場合は肺や骨に転移することが多い。組織学的には良性と考えられる PMT が肺に転移した例もある。PMT は傍腫瘍症候群として出現することもあり、卵巣がん、前立腺がん、結腸がん、肺がんにともなう例が報告されている。

7. 病態生理

リンは細胞内シグナル伝達、細胞膜機能、エネルギー代謝、骨の石灰化を含むさまざまな生理機能に必要である。急にリンが欠乏すると、筋障害、心機能障害、好中球、血小板、赤血球の細胞膜の脆弱化が起こる。一方、慢性的にリンが欠乏すると、骨の石灰化が障害され、骨軟化症、くる病を来す。

全身のリンの恒常性維持には、腸管でのリン吸収、骨吸収および骨形成、腎臓におけるリンの再吸収によって制御される。

腸管におけるリン吸収はナトリウム依存性の経路と、ナトリウム非依存性の経路がある。どちらの割合が相対的に大きくなるかはリンの摂取量に依存する。

リンは主に小腸から吸収され、ほとんどは骨に貯蔵される。リンのごく一部は細胞外液中に存在し、糸球体でろ過される。そして、近位尿細管に発現している II型ナトリウム依存性リン酸輸送体の Na-Pi 2a および Na-Pi 2c によって再吸収される。PTH と FGF23、1, 25-(OH)2 ビタミン D の3つはリンの恒常性維持で主要な役割を果たすホルモンである。

1994年に Cai らによって TIO の腫瘍の培養液中に腎臓からのリン排泄を促進させる液性因子が存在することが発見され、phosphatonin と名付けられた。後に phosphatonin として、FGF-23, FGF-7, MEPE, sFRP-4 が同定された。

Phosphatonin のうち FGF-23 はほとんどの PMT が分泌しており、TIO の病態生理において中心的な役割を果たしていると考えられている。FGF-23 以外の phosphatonin は一部の PMT で発現しているのみであり、詳細な機能は分かっていない。

骨から分泌された FGF-23 は近位尿細管の細胞膜表面に発現している Klotho と FGF 受容体の複合体に結合し、Na-Pi 2a および Na-Pi 2c の発現量を低下させる (リンク参照) 。この結果、腎でのリンの再吸収が低下する。さらに、1α-水酸化酵素の発現を抑制し、24α-水酸化酵素の発現を亢進させることにより 1, 25-(OH)2 ビタミン D の合成を抑制する。これにより、腸管からのリンの吸収が低下する。

PMT における FN1遺伝子 (フィブロネクチンをコードしている) と FGFR1 遺伝子の転位および FN1 遺伝子と FGF1遺伝子の転位は TIO の病態生理を解明する道程の一里塚になるかもしれない。

PMT の 42% (21/50) で FN1-FGFR1 融合遺伝子を認めた。この融合遺伝子から翻訳されるキメラ蛋白は FGFR1 のリガンドとの結合ドメインは保たれており、FGFR1 のシグナル伝達が異常に亢進する。その結果、FGF23 が過剰発現する。さらに、FGF23 は自己分泌/傍分泌によって、FGFR1 を活性化させることで、腫瘍形成させる。

さらに興味深いことに、FN1-FGFR1 融合遺伝子をを持つ PMT では FGF23 と FGFR1 との結合に必要な Klotho の発現が抑制されている。

FN1-FGF1 融合遺伝子は PMT の 6% (3/50) で認める。FN1-FGF1 融合遺伝子にはほぼ全長の FGF1 遺伝子が含まれるため、おそらく FGF1 の受容体への結合能は保たれている。また、FGF1 は全ての FGF 受容体に結合できるので、異常な FGF1 がFGFR1 シグナルの恒常的な活性化を引き起こすのではないかと推測されている。

TIO 患者 2例で低酸素誘導因子-1α (hypoxia inducible factor-1α: HIF-1α) と FGF23 の共発現を認めた。in vitro の実験では、HIF-1α を阻害すると、FGF23 の発現が抑制された。したがって、HIF-1α が FGF23 遺伝子の転写因子としてはたらいている可能性がある。まだ報告は少数だが、PMT における HIF-1α の機能亢進が FGF23 の過剰発現に寄与している可能性については今後検討されるべき問題だろう。

8. TIO における腫瘍の局在診断

腫瘍の局在診断のためにはまずソマトスタチン受容体 (somatostatin receptors: SSTR) イメージング (オクトレオ-SPECT、DOTATOC-PET/CT、DOTANOCM または DOTATATE-セスタミビシンチグラフィ) を行うべきである。

68Ga 標識 DOTATATE-PET/CT はオクトレオ-SPECT よりも優れることが示されている。その理由としては、1. DOTATATE はオクトレオチドよりも 2型および 5型 SSTR に対する親和性が高いこと、2. SPECT よりも PET/CT の方が空間分解能が高いことが考えられている。後ろ向き観察研究による検討では、68Ga標識 DOTATATE-PET/CT は陽性的中率 97.7%(42/43) であり、他の画像検査と比べて群を抜いて優れていた。

SSTR イメージングで病変を認めたら、CT または MRI でそこに腫瘍があることを確認するべきである。

9. 静脈サンプリング

画像検査で複数の病変を認める場合あるいは病変の手がかりが得られない場合は静脈サンプリングで、局所の FGF23 濃度を調べる。

14症例についての後ろ向き観察研究での検討によると、選択的静脈サンプリングの感度 0.87 (95%信頼区間 0.47-0.99)、特異度 0.71 (95%信頼区間 0.29-0.96) だと報告されている。画像検査で全く手がかりが得られなかった TIO に対し、 2段階で静脈サンプリングを行い腫瘍同定に至った症例の報告は 1件あるが、カテーテルよる血管損傷の可能性もあるのでふつうは SSTR イメージングまたは MRI/CT で疑わしい病変を認める場合に選択的静脈サンプリングを行う。精査しても病変を認めない場合は 1-2年毎に画像検査をくり返すべきである。

10. 手術

腫瘍が同定できた場合は外科的切除が最良の治療である。著者らの施設での検討では、薬物で治療した場合は、脊椎および大腿骨頚部の骨密度が 6か月後の評価でそれぞれ 12.9%、8.7%増加したのに対し、腫瘍を切除した場合はそれぞれ 30.9%、49.3%上昇した。

PMT のほとんどは骨または軟部組織に存在するので、切除すると関節や肢の機能障害を来す場合もあるかもしれない。その場合には、腫瘍掻爬 (tumor curettage) も選択肢のひとつになる。腫瘍掻爬する場合はマージンを 5 mm 以上とった方が良い。TIO 40症例についての後ろ向き観察研究では、腫瘍を掻爬した場合よりも切除した方が再発率は低かった。

掻爬が不十分あるいは再発した場合は再手術を検討するべきである。切除できた場合は血清リンと FGF-23 は時とともに正常化する。

11. アブレーション

アブレーションは手術よりも侵襲が小さく、リンとビタミン D 補充などの薬物療法よりも副作用は少ない。アブレーションでは超音波や CT ガイド下に中空の針を腫瘍に穿刺し、熱(マイクロウェーブ、超音波、レーザー、ラジオ波)や冷凍(クライオアブレーション)、化学物質(エタノール)で腫瘍を破壊する。アブレーションは手術を希望しない場合や手術は行ったが再発予防のための十分なマージンが確保できなかった場合の補助療法として行われる。

症例報告では、ラジオ波焼灼、クライオアブレーション、経皮的エタノールエタノール注入療法はいずれも生化学的、臨床的に寛解させることができた。しかし、長期的な治療成績についてはデータがない。有害事象としてはラジオ波焼灼術では摩擦熱による疼痛があるが、他の方法では疼痛の報告はない。

12. 薬物療法

腫瘍が同定できないあるいは腫瘍が切除できない場合は薬物療法で治療する必要がある。TIO に対する薬物療法の基本はリンと活性ビタミン D (刈るしとリオールまたはアルファカルシジオール)の補充である。

著者らの経験では、カルシトリオールあるいはアルファカルシジオールの用量は 0.5-1.0 μg/日、リンの用量元素量として 1-4 g/日を 4-6回に分けて服用する。

フォローアップとして生化学検査を 3-6ヶ月に1回行い、DEXA を1年に1回行う。

治療のゴールは血清リン濃度を正常下限に保ち、ALP を低下させ、臨床症状を改善することである。

治療の副作用は腎結石 (nephrolithiasis)、腎石灰化 (nephrocalcinosis) 、腎機能低下、二次性/三次性副甲状腺機能亢進症がある。治療開始前に腎エコー、血清カルシウム、血清リン、PTH、尿カルシウム、クレアチニンを確認し、フォローアップする必要がある。3か月毎に生化学検査を行い、結果によって治療の調整をする。

リンとビタミン D の補充で治療できない場合は PTH 受容体作動薬であるシナカルセト使用を検討する。シナカルセトを投与すると、PTH が低下し、腎におけるリンの再吸収が増加する。しかし、TIO 2例にシナカルセトを投与したところ明らかな高カルシウム血症を来したという報告がある。

ソマトスタチン受容体作動薬であるオクトレオチドの TIO に対する治療効果については結果が一定していない。

TIO の病態生理で FGF23 が重要なはたらきをしていることを考えると、FGF23 の活性を阻害するのは将来の治療選択肢として有望かもしれない。

具体的には、抗 FGF23 抗体、FGF23 受容体阻害薬、FGF23-Klotho 複合体以下のシグナル伝達経路の阻害が考えられる。

後二者と比べれば、抗 FGF23 抗体の治療効果に対する検討が進んでいる。成人 XLH 患者に対する KRN23 (抗 FGF23 抗体のひとつ) の治療効果を検討したランダム化比較試験では、血清リン濃度を有意に上昇させ、安全性プロファイルも好ましいものだった。現在、TIO 患者を対象とする第 II 相臨床試験が行われている。

FGF23 受容体阻害薬も FGF23 の生理活性を低下させる効果が示されている。FGF 受容体共通の阻害剤である NVP-BGJ398 は Hyp マウス (XLH の疾患モデル) において血清リンの濃度を上昇させ、骨形成を促進し、正常な成長板の形成を促し、骨石灰化を改善することが示されている。

FGFR 下流のシグナル伝達経路のひとつである MAPK の阻害剤である PD0325901 も Hyp マウスにおいて血清リンおよび 1, 25-(OH)2 ビタミン D の濃度を上昇させる。

腫瘍性骨軟化症の病態生理
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6372818/figure/fig1/?report=objectonly

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6372818/

2022/06/08

2022-06-08 22:21:14 | 日記
米国甲状腺学会による甲状腺機能亢進症の診断と治療についてのガイドライン (2016)
Thyroid 2016; 26: 1343-1421

亜急性甲状腺炎

·亜急性甲状腺炎の疼痛は喉、顎、耳に放散することがある (たしかに嚥下時痛や耳の痛みを訴える亜急性甲状腺炎の症例は経験がある)。

·亜急性甲状腺炎では、3-6週間は甲状腺機能亢進が続き、その後 3割の患者では最大 6ヶ月間一過性の甲状腺機能低下になる。ほとんどの患者は 12ヶ月後の時点で甲状腺機能は正常化するが、5-15%の患者では永続的に甲状腺機能低下に陥る。

·亜急性甲状腺炎後の甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン補充を行っても良いが、6か月後の時点で一旦補充を中止するべきである。自然経過で甲状腺機能が正常化するかもしれないからである。

·疼痛が軽度の場合は NSAIDs が第一選択薬。最大量の NSAIDs を数日間使用しても疼痛コントロールできない場合は糖質コルチコイドに変更する。

·NSAIDs で治療した場合は疼痛寛解まで中央値 35日かかるのに対し、糖質コルチコイドで治療した場合は中央値 8日で疼痛が寛解する。

·具体的にはプレドニゾロン 40 mg/day で開始し、1-2週間維持。その後、症状を確認しながら 2-4週間で漸減する。

·プレドニゾロン 15 mg/day で開始し、2週間毎に 5 mg ずつ減量するレジメンも有効だと報告されている。しかし、20%の症例では中止までに 8週間以上かかっているので、治療期間が長くなるかもしれない。

https://www.liebertpub.com/doi/10.1089/thy.2016.0229?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org&rfr_dat=cr_pub++0pubmed

2022/06/02

2022-06-02 08:03:22 | 日記
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎では 60-88%で治療抵抗性の低ナトリウム血症を合併するのに対し、ウイルス性脳炎で中枢性塩分喪失症候群を合併した例は疑い例も含めて3例しか報告がない。

結核性髄膜炎では 4-7割で中枢性塩分喪失症候群を合併するのに対し、ウイルス性髄膜炎や癌性髄膜炎では稀。

低ナトリウム血症はとてもありふれているけれども、よく診察して、よく文献を調べればカラフルな世界が広がっているのだなあ…と思う。

脳炎に合併した中枢性塩分喪失症候群の症例報告
J Neurol Neurosurg Psychiatory 2003; 74: 277

脳炎で入院した 26歳男性。ウイルス性脳炎が疑われたが、単純ヘルペスウイルスと水痘ウイルスの PCR は陰性だった。経過中に中枢性塩分喪失症候群を合併した (12時間で高張尿が 6 L 出て、血清ナトリウムが 136→123 mEq/L に低下した。中心静脈圧も低下した)。ナトリウム補正後、フルドロコルチゾン内服を開始し、改善した。


ウエストナイルウイルスによる脳炎に合併した中枢性塩分喪失症候群の症例報告
Ideggyogy Sz 2021; 74: 430-432



ウイルス性脳炎 (疑い) に合併した中枢性塩分喪失症候群の症例報告
日本腎臓学会誌 2006; 48: 669-674

ウイルス性脳炎に合併した中枢性塩分喪失症候群の初めて報告だと主張している。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17128884/