内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/08/01

2022-08-01 08:06:30 | 日記
糖尿病性胃不全麻痺についての総説
Endocr Rev 2019; 40: 1318-1352

血糖コントロール不良な 1型および 2型糖尿病患者の最大 50%は胃排泄 (gastric emptying: GE) が低下している。GE 低下はシンチグラフィ、C13 呼気試験、ワイヤレス運動カプセル (wireless motility capsule) で評価できる。

GE が低下していても多くの場合は無症状である。症候性のものはディスペプシア (dispepsia) と胃不全麻痺 (gastroparesis) がある。前者は軽度~中等度の消化不良 ± GE 低下を認め、後者は中等度~重度の上部消化管症状と通過障害をともなわない GE 低下を認める。

胃不全麻痺は生活の質を著明に低下させ、最大 50%の患者に不安かつ/またはうつを認める。ディスペプシアと胃不全麻痺とを区別する診断基準はなく、両者の鑑別は臨床的に行う。

高血糖、自律神経障害、腸管神経系の炎症および障害が GE 低下の病態生理に関わると考えられている。GE 低下が血糖コントロールに影響するかどうかについては十分なデータがない。

胃不全麻痺の管理は症状の重さと、GE 低下の程度および栄養状態に基づいて決める。治療についてはまず食事の摂り方の工夫、栄養補充、制吐薬、消化管運動賦活薬の使用を考える。症状が重い場合は胃瘻/腸瘻造設術や胃電気刺激療法が必要になるかもしれない。新規治療としてグレリン受容体作動薬と選択的 5-ヒドロキシトリプトファン受容体作動薬が期待されている。

1. 疫学

胃不全麻痺を 1. 3ヶ月以上続く上部消化管症状およびシンチグラフィで GE 低下を認める場合と定義して胃不全症の有病率が検討された。

その結果、胃不全麻痺の有病率は女性は男性の 4倍高かった (女性 37.8人/10万人 95%信頼区間 23.3-52.4、男性 9.6人/10万人 95%信頼区間 1.8-17.4) 。このうち、25%が糖尿病性胃不全麻痺だった。

他に糖尿病患者における胃不全麻痺の発症リスクを検討した疫学研究では、10年間の累積罹患率は1型糖尿病で 5% (ハザード比 33, 95%信頼区間 4.0-274: 年齢、性で調整した非糖尿病患者との比較)、2型糖尿病で 1% (ハザード比 7.5, 95%信頼区間 0.8-68: 年齢、性で調整した非糖尿病患者との比較) 、非糖尿病患者で 1%だった。

2. 治療

GLP-1 受容体作動薬、抗コリン薬、オピオイドは GE を低下させ、上部消化管症状を来し得るので避けた方が良い。オピオイドは胃だけでなく、小腸や大腸の蠕動も遅らせ、 麻薬性腸症候群 (narcotic bowel syndrome) を来し得る。

制吐薬は第一選択薬で、診断が確定される前から使用されていることが多い。低脂肪、低食物繊維、低残渣食は有効だが、続けるのは難しい。血糖コントロールが GE 低下を改善させるかどうかについてはエビデンスが乏しい。

米国ではメトクロプラミドとエリスロマイシンだけが GE 促進の効能がある薬品として食品医薬品局から承認されている。これらの薬剤を投与する場合は錠剤ではなく、懸濁液として投与した方が薬物動態が安定しやすいかもしれない。

治験薬であるグレリン受容体作動薬と 5-ヒドロキシトリプトファン (5-hydroxytryptophan: 5-HT) 受容体作動薬は治療効果が期待されている。

以上の治療で効果不十分の場合は腸瘻±胃瘻からの補助栄養を検討するべきである。さらに侵襲的な治療 (胃電気刺激、幽門側胃切除、胃切除) を支持するエビデンスは乏しい。

3. 薬物療法

メトクロプラミドは中枢のドパミン受容体を拮抗することで嘔吐を抑制し、末梢のコリン受容体を阻害することで前腸の蠕動を促進する。メトクロプラミドは経口 (錠剤、液体)、経静脈、経直腸、経鼻で投与できる。

胃不全麻痺に対する経口メトクロプラミドの効果は 7件の盲検で検討されている (リンク参照)。

メトクロプラミドの副作用としては高プロラクチン血症と錐体外路障害がある。高プロラクチン血症は乳汁漏出、無月経、女性化乳房、インポテンツと関連する。錐体外路の障害で多いのは急性可逆性のジストニアで若い女性に多い。薬剤性パーキンソン症候群は投与開始から 3ヶ月以内に発症し、投与を中止すると数ヵ月以内に軽快する。遅発性ジスキネジア (tardive dyskinesia) は非可逆性で高齢女性あるいは累積投与量が多い場合に発症し得る。

遅発性ジスキネジアの罹患率は 2000-2800 観察人年で 0.1-1%だと推定されており、メトクロプラミドは薬剤性遅発性ジスキネジアの原因としては最も多い。遅発性ジスキネジア発症のリスクを減らすためにメトクロプラミドは懸濁液のかたちで最小量から投与を開始すると良い。具体的には、5 mg を食事開始の 15分前および眠前に服用することから始めてみると良い。

メトクロプラミドは CYP2D6 で代謝され、ハロペリドールなどの向精神薬と競合する。

ドンペリドンはメトクロプラミドと同様にドパミン受容体を拮抗する。ドンペリドンは経口投与しかできないが、メトクロプラミドと同程度の効果で胃不全麻痺の症状を改善させる。ドンペリドンは血液脳関門を通過できないので、錐体外路障害の副作用は極めて少ない。

ドンペリドンの効果は投与開始から 2年後の評価でも認めるが、GE 低下に対する効果が発現するまでには 5-7週かかる。

ドンペリドンは血清プロラクチン濃度を上昇させ、女性化乳房を来し得る。

モチリンは 22アミノ酸からなるペプチドホルモンで、腸管全体で発現している。一方、モチリン受容体はトライツ靭帯より口側の腸管で発現している。モチリンは第2および第3相空腹期胃前庭部収縮 (interdigestive antral contraction) を刺激し、GE を促進する。

マクロライド系抗菌薬のエリスロマイシンは抗菌薬としての用量よりも少ない用量でモチリン受容体作動薬としてはたらき、胃の伝播性消化管収縮 (migrating motor complex: MMC) を刺激する。エリスロマイシンは錠剤、懸濁液、注射薬として使用できる。

糖尿病性胃不全麻痺の患者の一部では低用量 (40 mg) のエリスロマイシン静脈注射は早期 MMC を誘発する。より高用量 (200 mg) では高率に胃前庭部の大きな収縮を誘発し、GE を促進する。

経口投与よりも静脈注射の方が効果は大きく、経口投与の効果は 250 mg 超で頭打ちになるようである。

エリスロマイシンによる GE 促進効果は高血糖では低下し、3-4週以上連続投与すると減弱する。

2-4週の短期投与では一部の非盲検試験で症状の改善を認めている。一件の一重盲検クロスオーバー試験ではエリスロマイシンはメトクロプラミドよりもより良く症状を改善させたと報告されている。11名の胃不全麻痺の患者を対象にした後ろ向き観察研究では、6か月後の評価で 71%で症状改善効果が持続していた。他に 25名の胃不全麻痺の患者を対象にした後ろ向き観察研究ではエリスロマイシン の懸濁液 50-100 mg を 1日4回服用すると短期的(6-8週) にも長期的 (11±7 ヶ月) にも症状を改善させた。どちらの研究でも、投与開始初期の方が症状改善効果は大きかった。

グレリンは消化管全体に発現する成長ホルモン分泌促進因子受容体 (growth hormone secretagogue receptor) のリガンドである。薬理学的な用量ではグレリンは健常者および特発性胃不全麻痺の患者で胃の運動を促進する。

2種類のグレリン受容体作動薬 (TZP-102 と レラモレリン) については糖尿病性胃不全麻痺に対する効果が検討されている。TZP-102 の第 IIb 臨床試験については効果を認めなかったために早期に打ちきりになった。レラモレリン (皮下注射で投与) については糖尿病性胃不全麻痺に対する効果を検討する大規模第 II 相臨床試験が 2件行われている。

1件は 204例の不全麻痺患者を対象とし、レラモレリンは嘔吐を 60%、GE 半減期を 23%低下させた。しかし、腹部膨満、腹痛、嘔気、早期腹満については改善したのはもともと嘔吐の症状がある場合だけだった。もう 1件は 393例の胃不全麻痺患者 (90%は糖尿病性胃不全麻痺) を対象としており、主要評価項目である嘔吐の頻度については減らさなかったが、GE 半減期を 12%有意に減少させ、腹部膨満、腹痛、嘔気を減らした。レラモレリンは偽薬と比較して特に有害事象が増えたことはなかったが、15%で血糖コントロールが悪化、5例が高血糖、3例が糖尿病ケトアシドーシスで入院した。レラモレリンについては第3相臨床試験が進行中である。

セロトニン受容体作動薬であるシサプリドは心血管イベントを増加させる懸念のために米国の市場からは撤収された。最近、胃不全麻痺に対する 5-HT4 受容体の治療効果が検討されている。便秘の治療薬として使用されているプロカルプリドは盲検化クロスオーバー試験で GE 低下と胃不全麻痺の症状を改善させることが示された。しかし、28例中 4例で有害事象のために試験が中止された。ベルセトラグは健常者、特発性および糖尿病性胃不全麻痺で GE を促進させた。ベルセトラグについては第 2 相臨床試験を計画中である。

胃不全麻痺に対する経口メトクロプラミドの効果
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6736218/table/tbl4/?report=objectonly

胃不全麻痺に対するドンペリドンの効果
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6736218/table/tbl5/?report=objectonly

胃不全麻痺に対するエリスロマイシンの効果

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6736218/