内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/08/14

2022-08-14 08:08:49 | 日記
日本では研究室は labo、検査値を labo data と省略するのが一般的だが、英語圏では、laboratory の音節は lab-o-ra-to-ry なので、lab と省略される。

2022/08/14

2022-08-14 08:03:01 | 日記
重度の低ナトリウム血症の治療
Clin J Am Soc Nephrol 2018; 13: 641-649

重度の低ナトリウム血症 (血清ナトリウム 120 mEq/L 未満) や症候性低ナトリウム血症は治療が不十分な場合は脳浮腫により死亡または重篤な神経学的合併症を来し得る。また過剰に補正を行った場合は脱髄による永続的な神経学的後遺症を来し得る。

残念ながら、他の電解質異常と同様に低ナトリウム血症の治療についてはランダム化比較試験が行われていない。低ナトリウム血症の治療は生理学や動物実験、観察研究、症例報告に基づいているのが実情である。

欧州のガイドラインと米国の専門委員会は、低ナトリウム血症の治療はどこまで行えば十分で、どこからは過剰だと言えるのかについては共通の見解に落ち着きつつあるが、その他のいくつかの重要な問題については見解が異なっている。

1. 背景

欧州と米国は四半世紀にわたって低ナトリウム血症の治療について論争を続けてきたが、重度の低ナトリウム血症 (血清ナトリウム 120 mEq/L 未満) の治療については大筋で合意に至った。

現在は血清ナトリウム 100 mEq/L の低ナトリウム血症を 128 mEq/L まで補正するのに 6日以上かけている。この補正のスピードは 1980年代に行われていたナトリウム補正と比べると 1/10 である。

かつては重度の低ナトリウム血症は命に関わるので 128 mEq/L まで急速に血清ナトリウム濃度を上昇させる必要があると考えられていた。現在は過剰な補正による脱髄を防ぐために緩徐に補正を行うべきだとされている。

2. 病態生理

数時間以内に血清ナトリウム濃度 120 mEq/L 未満に低下すると重度の脳浮腫を来し得る。この場合、高張食塩水で急速に血清ナトリウムを上昇させると、脳浮腫を抑え、脳ヘルニアを防ぐことができる。重度の低ナトリウム血症が続くと、脳は速やかに電解質を細胞外に排出し、その後 24-48時間かけて有機浸透物質を排出することで、低浸透圧環境に適応する。一方、有機浸透物質の取り込みには最大 1週間がかかるので、低浸透圧に適応した脳は急激な血漿ナトリウム濃度の上昇に対して脆弱になる。

発症から 24時間未満の低ナトリウム血症では急速な補正によく耐え得るが、発症から 3日以上経過している場合は脱髄を来し得る。急速に補正した場合、12時間以内に再度血清ナトリウム濃度を低下させれば脱髄を防ぐことができる。

動物実験の観察結果に基づいて、発症から 48時間以上経過した低ナトリウム血症を慢性、48時間未満のものを急性としている。

3. 臨床像

急性低ナトリウム血症から脳浮腫を来し、死亡した症例のほとんどは、水中毒 (精神疾患、激しい運動、エクスタシー (MDMA) ) と手術後に低張液を過剰に投与した場合である。これらは通常は急速な補正によく耐え得る。脱髄を来した症例のほとんどは自宅でゆっくりと低ナトリウム血症になった場合である。この場合は緩徐に補正することで脱髄を防ぐことができる。

以上の原則は 25年以上の経験から妥当であると考えられている。しかし、これらの原則をエビデンスに基づいた推奨にすることはできていない。

4. 急性か慢性か

多くの臨床医は慢性は数ヵ月前からあるもので、急性は最近起こったものだと思っているので、48時間以上経過している低ナトリウム血症を慢性、48時間未満のものを急性とする定義に混乱する。

また、低ナトリウム血症がいつから存在していたのかを正確に知れることは稀である。症候性の慢性低ナトリウム血症が増悪してけいれんや脳ヘルニアを起こさないとも限らないし、水中毒が疑われる病歴であっても慢性的な低ナトリウム血症がないとも限らない。

低ナトリウム血症の急性/慢性の区別には不確実性がともなうので、どこまで補正を行えば十分で、どこからは過剰なのかの見当をつけることが重要になる。

5. どこまで補正すれば十分か?

生命を脅かす脳浮腫は稀なので、どのように治療するのが最適なのかを決めるのは難しい。

数時間の経過で低ナトリウム血症が進行する場合は死亡したり、重篤な合併症を来す恐れがある。急性低ナトリウム血症ではおそらく脳浮腫のためにしばしば痙攣や昏睡を認める。このような場合で初期治療が奏効した症例の報告は片手で数えられるほどしかないが、血清ナトリウム濃度をすみやかに 4-6 mEq/L 上昇させれば痙攣は止まると報告されている。

頭蓋内圧と容積との関係を考えれば、血清ナトリウム濃度のわずかな上昇が大きな影響を与えることは想像に難くない。閾値に達すると、数 mL 体積が増えるだけで頭蓋内圧は急激に増加する。逆に高張食塩水投与で容積をわずかに減少させれば、頭蓋内圧は急激に低下する。

脳卒中ケアユニット入室中の血清ナトリウム正常の重度の脳浮腫の患者に対しては高張食塩水投与で血清ナトリウムを 5 mEq/L 上昇させれば劇的に頭蓋内圧は低下し、脳ヘルニアを予防できる。

一方、低ナトリウム血症では 24-48時間以内に血清ナトリウム濃度を 120-128 mEq/L まで上昇させるべきだとする教条については支持する根拠はない。

6. どのくらい補正したら過剰か?

低ナトリウム血症を過剰に補正すると脱髄を来す。脱髄は稀だとは言われるが、低ナトリウム血症による脳ヘルニアよりは多い。

脱髄は二相性の経過で発症する。すなわち、補正により低ナトリウム血症による症状が消退した数日後に進行性の神経症状 (痙攣、行動異常、嚥下障害、麻痺、運動障害) が出現する。臨床症状は橋中心部の病変と関連する (橋中心髄鞘融解症) 。また、ときに橋以外の部位に対称性の病変を認める。

かつては脱髄の所見は剖検によって確認されていたが、脱髄患者のほとんどは死亡しない。MRI は生きている脱髄患者の病変を確認できる。ただし、タイミング良く撮影する必要がある。症状が出現直後は MRI 所見は正常で、1-3週間経過すると特徴的な所見を認めるようになる。臨床所見も画像所見も可逆的であり、臨床症状が短期間で改善する場合は画像所見を認めないこともある。

複数の観察研究で血清ナトリウム濃度 120 mEq/L 未満の低ナトリウム血症については急速にナトリウム補正を行った方が脱髄を来すことが多いと報告されている。しかし、低ナトリウム血症だけが橋中心髄鞘融解症の原因ではない。他の原因としては、高ナトリウム血症、重度の高血糖、悪性腫瘍、高アンモニア血症がある。

7. エビデンスに基づく低ナトリウム血症の治療についての推奨

欧州コンセンサスガイドラインと米国専門委員会は低ナトリウム血症による緊急症に対しては 3%食塩水を用いて血清ナトリウム濃度を急速に 5 mEq/L 上昇させることを勧めている。両者の違いは 3%食塩水の投与方法と、何をもって緊急症とするかである。この違いは、1. 重度の低ナトリウム血症患者の非特異的な症状を命に関わる重篤なものだと考えるか、2. 積極的な補正は脱髄のリスクになるので極力避けるべきだと考えるかの違いを反映している。

欧州コンセンサスガイドラインでは慢性低ナトリウム血症の有無によらず、重度および中等度~重度の症状を呈する低ナトリウム血症の患者に対しては 3%食塩水で急速に補正することを勧めている。

重度の症状とは、心肺停止、昏睡、傾眠、痙攣、嘔吐だと定義されている。欧州ではこれらの症状を認める低ナトリウム血症は生命を脅かす危険な状態であると信じ、脱髄よりも重くとらえている。そして、重度の症状を認める場合は 3%食塩水 150 mL を 20分以上かけて 2回投与することを強く勧めている。そして、食塩水投与の間に血清ナトリウム濃度を測定し、血清ナトリウム濃度が 5 mEq/L 上昇するまで3%食塩水投与をくり返すべきだとしている。

中等度~重度の症状は嘔吐をともなわない嘔気、混乱、頭痛と定義されている。一過性の血清ナトリウム濃度低下で脳浮腫が増悪することを避けるために、中等度~重度の症状を認める場合または 48時間以内に出現した低ナトリウム血症に対しては 3%食塩水 150 mL を 20分かけて単回投与することを強く勧めている。

欧州専門家委員会による「嘔吐は慢性低ナトリウム血症の有無によらず緊急治療を行うべき重度の症状である」とする (特にエビデンスに基づかない) 信憑については疑問符がつけられる。最近の観察研究では、慢性低ナトリウム血症で入院する患者のおよそ 1/3 は嘔吐しており、3%食塩水でナトリウム補正しても嘔吐、嘔気、混乱が改善しなかった例でも特に予後が悪いということはなかった。

水中毒では飲んだ水が遅れて吸収され、一過性に低ナトリウム血症が悪化することがありえる。また手術後の低ナトリウム血症では高張尿が出る結果、等張液を投与していても低ナトリウム血症が一過性に悪化することがある。一方、自宅で低ナトリウム血症になり、まだ輸液をされていない患者では低ナトリウム血症が急に悪化することは考えにくい。

米国専門委員会も低ナトリウム血症が原因で痙攣や昏睡している場合には、慢性低ナトリウム血症の有無によらず 3%食塩水を投与するべきだとしている。具体的には 3%食塩水 100 mL を 10分かけて急速静脈注射することを推奨している。これを必要に応じて 3回までくりかえして良いとしている。

同委員会は低ナトリウム血症を来した状況によっては、頭痛、嘔気、混乱などの非特異的な症状は、急速に脳浮腫による痙攣や呼吸停止、死亡に移行することがあるので注意が必要だとしている。

そのため、水中毒 (精神疾患、MDMA 使用、運動関連) や手術後の急性低ナトリウム血症、頭蓋内に病変がある場合で、症候性の場合は上記の緊急時の治療レジメンを適応することを勧めている。

一方、軽度から中等度の症状がある場合は、血清ナトリウム濃度が 4-6 mEq/L 上昇するまで 3%食塩水を 0.5-2 mL/kg/時で投与することを勧めている。

8. 治療の目標域と危険域

欧州および米国のガイドラインでは治療の目標域と危険域とを区別している。両者が定める目標域と危険域とは少しずつ異なっている。特に脱髄の危険が大きいと考えられる場合には両者の違いは際立つ。この違いは浸透圧性脱髄症候群がどれくらいの頻度で起こると考えているかの違いを反映している。

欧州専門委員会は低ナトリウム血症の補正は初日は 10 mEq/日未満、二日目以降は 8 mEq/日未満にすることを勧めている。

一方、米国専門委員会は脱髄のリスクが低い患者については補正速度の目標は 4-8 mEq/日、脱髄のリスクが高い患者 (血清ナトリウム 105 mEq/L 以下、アルコール依存症、低栄養、低カリウム血症、肝疾患) については上限は 8 mEq/L、目標は 4-6 mEq/L とするとしている。この推奨の理由としては、1. 補正しすぎれば初日でなくても脱髄するので初日と二日目以降で補正速度の目標を変える根拠がない、2. 9 mEq/日で補正した場合でも脱髄した報告がある、3. 重度の症状を呈している場合でも 4-6 mEq/日の補正で十分に見えることを挙げている。

説得力のある動物実験の結果に基づいて、欧州専門委員会と米国専門委員会はうっかり補正しすぎてしまった場合には、血清ナトリウム濃度を低下させることを勧めている。ヒトでは血清ナトリウム濃度を下げることの利益を示すエビデンスはないが、安全に行える。

9. 展望

2016年にオーストラリアで中等症~重症の低ナトリウム血症に対して 3%食塩水をボーラス投与した場合と緩徐に持続投与した場合を比較したランダム化比較試験を行った。2年以内に結果が発表されるはずである。

命に関わる脳浮腫は稀なので、治療介入による頻度の差は検出できないだろう。一方、ボーラス投与は痙攣を予防したり止めたりするのにより有効であるか、過剰な補正を防ぐのに有効かについては結論できる可能性がある。

尿素はナトリウムを上昇させるので、補助食品 (ure-Na, リンク参照) が販売されている。軽度の症状をともなう慢性低ナトリウム血症に対する尿素摂取の治療効果の検討は役立つかもしれない。

現在認められているナトリウム補正速度の上限は血清ナトリウム 105 mEq/L 未満の低ナトリウム血症患者を対象にした小規模のコホート研究によっている。

この補正速度の上限の妥当性を検証するためには、より規模の大きい、多施設の後ろ向き観察研究が必要である。

血清ナトリウム 105 mEq/L 以下の低ナトリウム血症では脱髄の頻度が高いので、補正速度上限の妥当性や緩徐に補正することの安全性、過剰補正した場合に血清ナトリウム濃度を下げることの効果を検証できるだろう。

注意深く観察していても軽度の脱髄は見落とされてしまうので、血清ナトリウム 105 mEq/L 以下の低ナトリウム血症患者を対象にした前向き観察研究で血清ナトリウムの補正速度と経時的な神経学的所見との関連を検討すれば、補正速度の上限をより正確に決めることができるだろう。

ure-Na
https://www.ure-na.com/

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5968908/

2022/08/05

2022-08-05 22:18:17 | 日記
横紋筋融解症で入院した患者において低ナトリウム血症と横紋筋融解症との関係を検討した横断研究
J Clin Med 2022; 11: 3215

低ナトリウム血症は横紋筋融解症の危険因子ではないかと言われているが、両者の関係はよく調べられていない。また、両者が関連しているように見えるのは交絡因子のせいかもしれない。

そこで著者らは横紋筋融解症患者における低ナトリウム血症の頻度と関連の強さ、患者の特徴を調べるために横断研究を行った。

横紋筋融解症で入院した成人患者 870名のクレアチニンキナーゼの中央値は 4064 U/L (四分位範囲 1921-12002 U/L) だった。血清ナトリウム濃度に対して log クレアチニンキナーゼをプロットすると、低ナトリウム血症と高ナトリウム血症でクレアチニンキナーゼが高値になる U 字型の分布になった (リンク参照)。

横紋筋融解症で入院した患者における軽度 (130-134 mEq/L) 、中等度 (125-129 mEq/L)、重度 (く125 mEq/L) 低ナトリウム血症の頻度はそれぞれ、9.4%、2.5%、2.1%だった。

高ナトリウム血症のものを除いて多重回帰分析を行った (n = 809) 。血清ナトリウム濃度正常 (135-145 mEq/L) の群を対照として、年齢、アルコール摂取量、違法薬物の使用、糖尿病、精神疾患の合併の有無で調整すると、血清ナトリウム濃度が低下するにつれ、カテゴリーを移動する毎に 25%ずつクレアチニンキナーゼ濃度が増加した (リンク参照)。

横紋筋融解症の原因はひとつでないことがふつうである。低ナトリウム血症の患者では、一般集団に比してアルコール依存症患者と精神疾患患者が多い。これらの患者では向精神薬や違法薬物を服用していることが多いので、横紋筋融解症を来しやすいということもあるだろう。

血清ナトリウム濃度とクレアチニンキナーゼ濃度との関係
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/instance/9181719/bin/jcm-11-03215-g003.jpg

年齢、アルコール、違法薬物、糖尿病、精神疾患で調整した後の血清ナトリウム濃度とクレアチニンキナーゼ濃度の関係
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/instance/9181719/bin/jcm-11-03215-g004.jpg

元論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35683602/

2022/08/01

2022-08-01 08:06:30 | 日記
糖尿病性胃不全麻痺についての総説
Endocr Rev 2019; 40: 1318-1352

血糖コントロール不良な 1型および 2型糖尿病患者の最大 50%は胃排泄 (gastric emptying: GE) が低下している。GE 低下はシンチグラフィ、C13 呼気試験、ワイヤレス運動カプセル (wireless motility capsule) で評価できる。

GE が低下していても多くの場合は無症状である。症候性のものはディスペプシア (dispepsia) と胃不全麻痺 (gastroparesis) がある。前者は軽度~中等度の消化不良 ± GE 低下を認め、後者は中等度~重度の上部消化管症状と通過障害をともなわない GE 低下を認める。

胃不全麻痺は生活の質を著明に低下させ、最大 50%の患者に不安かつ/またはうつを認める。ディスペプシアと胃不全麻痺とを区別する診断基準はなく、両者の鑑別は臨床的に行う。

高血糖、自律神経障害、腸管神経系の炎症および障害が GE 低下の病態生理に関わると考えられている。GE 低下が血糖コントロールに影響するかどうかについては十分なデータがない。

胃不全麻痺の管理は症状の重さと、GE 低下の程度および栄養状態に基づいて決める。治療についてはまず食事の摂り方の工夫、栄養補充、制吐薬、消化管運動賦活薬の使用を考える。症状が重い場合は胃瘻/腸瘻造設術や胃電気刺激療法が必要になるかもしれない。新規治療としてグレリン受容体作動薬と選択的 5-ヒドロキシトリプトファン受容体作動薬が期待されている。

1. 疫学

胃不全麻痺を 1. 3ヶ月以上続く上部消化管症状およびシンチグラフィで GE 低下を認める場合と定義して胃不全症の有病率が検討された。

その結果、胃不全麻痺の有病率は女性は男性の 4倍高かった (女性 37.8人/10万人 95%信頼区間 23.3-52.4、男性 9.6人/10万人 95%信頼区間 1.8-17.4) 。このうち、25%が糖尿病性胃不全麻痺だった。

他に糖尿病患者における胃不全麻痺の発症リスクを検討した疫学研究では、10年間の累積罹患率は1型糖尿病で 5% (ハザード比 33, 95%信頼区間 4.0-274: 年齢、性で調整した非糖尿病患者との比較)、2型糖尿病で 1% (ハザード比 7.5, 95%信頼区間 0.8-68: 年齢、性で調整した非糖尿病患者との比較) 、非糖尿病患者で 1%だった。

2. 治療

GLP-1 受容体作動薬、抗コリン薬、オピオイドは GE を低下させ、上部消化管症状を来し得るので避けた方が良い。オピオイドは胃だけでなく、小腸や大腸の蠕動も遅らせ、 麻薬性腸症候群 (narcotic bowel syndrome) を来し得る。

制吐薬は第一選択薬で、診断が確定される前から使用されていることが多い。低脂肪、低食物繊維、低残渣食は有効だが、続けるのは難しい。血糖コントロールが GE 低下を改善させるかどうかについてはエビデンスが乏しい。

米国ではメトクロプラミドとエリスロマイシンだけが GE 促進の効能がある薬品として食品医薬品局から承認されている。これらの薬剤を投与する場合は錠剤ではなく、懸濁液として投与した方が薬物動態が安定しやすいかもしれない。

治験薬であるグレリン受容体作動薬と 5-ヒドロキシトリプトファン (5-hydroxytryptophan: 5-HT) 受容体作動薬は治療効果が期待されている。

以上の治療で効果不十分の場合は腸瘻±胃瘻からの補助栄養を検討するべきである。さらに侵襲的な治療 (胃電気刺激、幽門側胃切除、胃切除) を支持するエビデンスは乏しい。

3. 薬物療法

メトクロプラミドは中枢のドパミン受容体を拮抗することで嘔吐を抑制し、末梢のコリン受容体を阻害することで前腸の蠕動を促進する。メトクロプラミドは経口 (錠剤、液体)、経静脈、経直腸、経鼻で投与できる。

胃不全麻痺に対する経口メトクロプラミドの効果は 7件の盲検で検討されている (リンク参照)。

メトクロプラミドの副作用としては高プロラクチン血症と錐体外路障害がある。高プロラクチン血症は乳汁漏出、無月経、女性化乳房、インポテンツと関連する。錐体外路の障害で多いのは急性可逆性のジストニアで若い女性に多い。薬剤性パーキンソン症候群は投与開始から 3ヶ月以内に発症し、投与を中止すると数ヵ月以内に軽快する。遅発性ジスキネジア (tardive dyskinesia) は非可逆性で高齢女性あるいは累積投与量が多い場合に発症し得る。

遅発性ジスキネジアの罹患率は 2000-2800 観察人年で 0.1-1%だと推定されており、メトクロプラミドは薬剤性遅発性ジスキネジアの原因としては最も多い。遅発性ジスキネジア発症のリスクを減らすためにメトクロプラミドは懸濁液のかたちで最小量から投与を開始すると良い。具体的には、5 mg を食事開始の 15分前および眠前に服用することから始めてみると良い。

メトクロプラミドは CYP2D6 で代謝され、ハロペリドールなどの向精神薬と競合する。

ドンペリドンはメトクロプラミドと同様にドパミン受容体を拮抗する。ドンペリドンは経口投与しかできないが、メトクロプラミドと同程度の効果で胃不全麻痺の症状を改善させる。ドンペリドンは血液脳関門を通過できないので、錐体外路障害の副作用は極めて少ない。

ドンペリドンの効果は投与開始から 2年後の評価でも認めるが、GE 低下に対する効果が発現するまでには 5-7週かかる。

ドンペリドンは血清プロラクチン濃度を上昇させ、女性化乳房を来し得る。

モチリンは 22アミノ酸からなるペプチドホルモンで、腸管全体で発現している。一方、モチリン受容体はトライツ靭帯より口側の腸管で発現している。モチリンは第2および第3相空腹期胃前庭部収縮 (interdigestive antral contraction) を刺激し、GE を促進する。

マクロライド系抗菌薬のエリスロマイシンは抗菌薬としての用量よりも少ない用量でモチリン受容体作動薬としてはたらき、胃の伝播性消化管収縮 (migrating motor complex: MMC) を刺激する。エリスロマイシンは錠剤、懸濁液、注射薬として使用できる。

糖尿病性胃不全麻痺の患者の一部では低用量 (40 mg) のエリスロマイシン静脈注射は早期 MMC を誘発する。より高用量 (200 mg) では高率に胃前庭部の大きな収縮を誘発し、GE を促進する。

経口投与よりも静脈注射の方が効果は大きく、経口投与の効果は 250 mg 超で頭打ちになるようである。

エリスロマイシンによる GE 促進効果は高血糖では低下し、3-4週以上連続投与すると減弱する。

2-4週の短期投与では一部の非盲検試験で症状の改善を認めている。一件の一重盲検クロスオーバー試験ではエリスロマイシンはメトクロプラミドよりもより良く症状を改善させたと報告されている。11名の胃不全麻痺の患者を対象にした後ろ向き観察研究では、6か月後の評価で 71%で症状改善効果が持続していた。他に 25名の胃不全麻痺の患者を対象にした後ろ向き観察研究ではエリスロマイシン の懸濁液 50-100 mg を 1日4回服用すると短期的(6-8週) にも長期的 (11±7 ヶ月) にも症状を改善させた。どちらの研究でも、投与開始初期の方が症状改善効果は大きかった。

グレリンは消化管全体に発現する成長ホルモン分泌促進因子受容体 (growth hormone secretagogue receptor) のリガンドである。薬理学的な用量ではグレリンは健常者および特発性胃不全麻痺の患者で胃の運動を促進する。

2種類のグレリン受容体作動薬 (TZP-102 と レラモレリン) については糖尿病性胃不全麻痺に対する効果が検討されている。TZP-102 の第 IIb 臨床試験については効果を認めなかったために早期に打ちきりになった。レラモレリン (皮下注射で投与) については糖尿病性胃不全麻痺に対する効果を検討する大規模第 II 相臨床試験が 2件行われている。

1件は 204例の不全麻痺患者を対象とし、レラモレリンは嘔吐を 60%、GE 半減期を 23%低下させた。しかし、腹部膨満、腹痛、嘔気、早期腹満については改善したのはもともと嘔吐の症状がある場合だけだった。もう 1件は 393例の胃不全麻痺患者 (90%は糖尿病性胃不全麻痺) を対象としており、主要評価項目である嘔吐の頻度については減らさなかったが、GE 半減期を 12%有意に減少させ、腹部膨満、腹痛、嘔気を減らした。レラモレリンは偽薬と比較して特に有害事象が増えたことはなかったが、15%で血糖コントロールが悪化、5例が高血糖、3例が糖尿病ケトアシドーシスで入院した。レラモレリンについては第3相臨床試験が進行中である。

セロトニン受容体作動薬であるシサプリドは心血管イベントを増加させる懸念のために米国の市場からは撤収された。最近、胃不全麻痺に対する 5-HT4 受容体の治療効果が検討されている。便秘の治療薬として使用されているプロカルプリドは盲検化クロスオーバー試験で GE 低下と胃不全麻痺の症状を改善させることが示された。しかし、28例中 4例で有害事象のために試験が中止された。ベルセトラグは健常者、特発性および糖尿病性胃不全麻痺で GE を促進させた。ベルセトラグについては第 2 相臨床試験を計画中である。

胃不全麻痺に対する経口メトクロプラミドの効果
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6736218/table/tbl4/?report=objectonly

胃不全麻痺に対するドンペリドンの効果
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6736218/table/tbl5/?report=objectonly

胃不全麻痺に対するエリスロマイシンの効果

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6736218/