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箕面の森の小さなできごと&四季の風景 *みのおハイキングガイド 

明治の森・箕面国定公園の散策日誌から
みのおの山々を歩き始めて三千余回、季節の小さな風景を綴ってます 頑爺<肇&K>

運命の出会い (2)

2016-02-04 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

運命の出会い  (2)   

 

 

 

   「そんな格好で寒くないの?  風邪引かない?  のど渇かない・・・ 

     あ! また、いらぬお節介してしまったね!  ごめんね!」

    「大丈夫です・・・  いつもこの格好ですから、  

      それに4時間ぐらいなら水もお腹も我慢できますから・・・  

      それにおばあちゃんが心配するから、そんなに山奥までは

     行かないし・・・

     でも今日は施設に一泊するので時間はあるんだよ」    

 ボクちゃんは3ケ月前より少し痩せたようだった・・・

 二人は嬉しそうに仲良く並んで、水神社から谷山尾根を登り、巡礼道へ

 向かった。

 

 

   「そう言えば前に会ったとき、急におばあちゃんを迎えに行く

      ような事いってたけど、大丈夫だったの?」  

 ボクちゃんは少し暗い顔になりうつむいてしまった・・・

 まり子はまたまた要らぬ事を聞いたかな? と思ったけれど、

あれから づ~ と気になっていたことを聞いてみたかったのだ。  

 

   「あの日は、おばあちゃんが施設から帰ってくる時間だったんです。」

そういいながら、少年はやがてゆっくりと話し始めた・・・

それから約1時間、溜まりたまっていた心の内から、まるでその栓が

抜けたように、一気に少年の思いが溢れ出した。

 

 少年の祖母はだんだんと認知症状が進み、もう孫の顔も時々忘れるような

状態とのこと・・・

家族は・・・ 父親がいるようだが、幼稚園の時に一度だけ会っただけで

それ以来ずっと会っていないようで、今はフイリピンで家庭を持っている

お祖母さんから聞いたことがあるとのこと・・・  

 母親は自分の出産の時に事故で亡くなったと聞いているようだ。  

 そして母親の実家であるこの箕面山麓の古い家で、祖母と二人で

生活してきたとのことだった・・・ 

 

 トイレに一人でいけないような祖母、自分の顔も忘れかけている祖母の

介護も含め、13歳の中学一年生が一人で家を守り、学校から日々の

生活まで必死で賄ってきている姿を、まり子は涙ながらに聞いていた。

 それにある日のこと、祖母が入院した時に遠い親戚だという会った事もない

人が家に訪ねてきて、一晩無理やりに泊まっていったとのこと・・・ 

 そして通帳はどこだ?  保険証はどこ?  印鑑は?  現金は? と、

勝手に家中捜しものをしていたらしい・・・

まり子は自分の中学生活を思い出して、なんとボクちゃんの生活が過酷で

悲惨な思いをしているのかと、また新たな涙が頬を伝った。

 

話しの合間に、まり子も自分の身の上話をしたが、余りにも少年との格差を

感じ、話しながらも改めて少年の身の上に愕然とするのだった。

 しかし まり子が自分の心に素直に、こんなにも正直に包み隠さずに、

自分の身のうえ話しを他人にしたのは初めての事だった・・・

あの森の自然の中でつつまれる安心感、穏やかさと同じような不思議な

感覚、しかも13歳の少年を相手にして・・・  なぜ?

 

巡礼道を登りきると七丁石の分岐点にでた・・・

    そうだわ ボクちゃん!  少し早いけどお昼にしない?  

     卵焼きあるのよ!

    え!  本当ですか?  

     ボクあれから家で何回も作ってみたけど、オバさんの

      あの美味しかった卵焼きは絶対できませんでした」

まり子は嬉しくなってしまったけれど、ずっと話を聞いてきたので、

逆に不憫に思えて悲しくなってしまった。

 

七丁石の横に丸太を二本並べたベンチがあったので、二人はそこに

座った・・・

尾根道とはいえ周りを森に囲まれていて少し寒い所だが、二人とも心は

とても温かかった。

 まり子はこの3ヶ月間、いつボクちゃんに会ってもいいように、

いつも少し大目の特別弁当を作っていた。

しかし今日までその期待は外れ、いつも山から帰ると余ったおかずが

夕食代わりになっていた。    でも今日は違う!

 温かな紅茶を蓋カップにそそぐとお弁当を広げた・・・

 

    「オバさん!  美味しそう!  これみんな食べていいんですか? 

      嬉しいな・・・  頂きます!」

 その笑顔を見ているだけで、まり子はもう胸もお腹もいっぱいになって

しまった。

    そうだ ボクちゃん! オバさんはやめてくれる! 

     オバさんの名前言ってなかったわね・・・ 私、まり子・・・ 

      マコちゃんでいいわよ・・・ よろしくね!」 

    ボクも、ボクちゃんは少し恥かしいです  たかおです 

     祖母はタカちゃんと呼んでますが・・・」

    じゃあ決まりね!  マコちゃんとタカちゃんね・・・ ハハハハ!」

 

50歳も違う二人の、何とも不思議な取り合わせ? 

それからも二人の話は尽きず、とうとう夕暮れになってしまった・・・

離れるのが辛いぐらいだったが、今日は夜に学校の先生の家庭訪問が

あるらしい・・・

いろいろ心配されている人もいるようで少し安心はしたけれど・・・

   マコの携帯を教えておいてあげるね・・・ 

    何かあったら電話していいのよ!

    それに住所はこれよ・・・ あの山裾にあるマンションよ  

   近いでしょう!」

 まり子はめったに人には教えない個人情報を、あっさりとタカちゃんには教え

 ながら、それが当たり前のようにしている自分が不思議だった。

 そしてそれが辛い日々の始まりになるとは思いもよらなかった・・・

 

 

あの日からもう一ヶ月が経ったのに何の連絡もない・・・

まり子はいつかいつかと思って、寝る時さえ携帯を枕もとに置いていた。

そして更にもう一ヶ月が過ぎていった・・・ 何かあったに違いない・・・?

タカちゃんの家の事は大まかに聞いたので,山への行き帰りに何度も

それらしきところを探しみたけれど分からなかった・・・ 

住所を聞とけばよかった・・・  

あの子は携帯を持っていなかったし・・・  でも、あの時は未成年に住所や

電話などを聞くのはまずいと思ったので、自分の携帯と住所を教えておいた

のだけど・・・

あれだけ再会できて喜んで、なんでも聞いたつもりで、もうタカちゃんの事は

分かったつもりでいたけれど、全く分かっていなかったのだ。  

   ・・・話を聞かなければよかった・・・

 

あの時・・・

   「どうして山が好きなの?」  って聞いたら・・・

   「ボク 辛い時や悲しいとき・・・  涙がいっぱい出てくると

    小学校の時から家の裏の山の中に入って行って、一人で大泣き

    してたんだ・・・  

    家で泣くとおばあちゃんが心配するから・・・  

    すると森の木や枝や風や小鳥や草花達が何か応えてくれるように

    話し掛けてきてくれるんだ・・・  

    そしたら心が落ち着いて枯れ葉の上なんかですぐに眠って

    しまうんだ・・・  

    目がさめると、もうみんな吹っ飛んじゃって気持ちがいいんだよ」

    そうだったの・・・」  

まり子はタカちゃんの顔を食い入るように見ながら・・・

   「将来の夢はあるの・・・?」

   「 ボク、山が好きなので山小屋建てて、山岳ガイドになったり

      して?  ハハハ・・・ でもね、それじゃお金儲からないから・・・ 

      きっと!  だからボク料理も好きだから調理師もいいかな? 

      なんて思っているんだけど・・・  

      そしてね! やさしい奥さんもらって、子供をたくさん作って、

      楽しい家を作るのが夢なんだ・・・」

 

13歳にして人生の辛酸をなめ尽くしたのに・・・ なんて温かい事を言う

なんだろう・・・  まり子はそのいじらしさに本当に抱きしめてやりたい

気持ちでいっぱいだった・・・

   「オバサンが・・・(そう言いかけて)  しまった!  

     マコが料理を教えてあげようか・・・?」

   「本当ですか!  うれしいな・・・  オバさん・・・  

     あ! マコちゃん・・・ 言いにくいな・・・  

     マコさんでいいですか?」

   「 いいわよ・・・」 

   「 じゃ! マコさんの料理最高だからボク教えて欲しいな・・・  

     きっと上手になるよ・・・  いつから?」

   「いつでもいいわよ・・・」  

そんなやり取りから自分の携帯と住所を教えて、学校の帰りにでも

立ち寄ってくれたらと思っていたのだった。

 

そしてそれ以来、いつ訪ねてきてもいいように道具もそろえ、部屋もきれいに

して今日か 明日か と待っていたのに・・・  もう二か月・・・  

どうしてあの子の事がこんなにも気にかかり、今の自分の生活の最大の

関心ごとになってしまったのだろうか・・・

まり子は気持ちを切り替えようと、いろんな事をやってみたけれど

ダメだった。

いつも最後には思いだしてしまう・・・  どうしているのかな?  

タカちゃん!

  

 そんな悶々としたある夜の事・・・  携帯が鳴った・・・見ると

  「非通知表示」・・・

また迷惑電話?  でも何だか胸騒ぎがして携帯をとってみた・・・

   「もしもし・・・」

   「あっ オバさん・・・  ボクです」

   「タカちゃんなの?」

   「はい!  オバさん・・・  いやマコさん・・・  

     ボク今から遠い親戚の家に住む事になって・・・  

     今から出発なんです・・・ いろいろありがとうございました・・・  

     ボクね・・・  本当は料理を教えて も  ら ・ ・ ・」

 

その時、10円玉がきれたのか?  ピーという公衆電話の切れる音が

した・・・

   「タカちゃん待って、タカちゃん待ってよ・・・  そんなの嫌よ・・・ 

    待って・・・」

 

まり子はピーとなったままの携帯を握りしめたまま泣き崩れてしまった・・・

自分がどうする事もできない現実・・・

 

 

 

(3) へ続く・・・

 


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運命の出会い (3)

2016-02-04 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

運命の出会い  (3)

 

 

 

 まり子はそれからしばらく家にこもり、悶々としたうつ状態になって

しまった・・・

友達やかつてのお客さんまでもが・・・

  「 どしたんや!  何があったんや・・・ 元気だしや!  と、

心配してくれたけど、自分の気持ちをどうする事もできない・・・  

またかつてのあの空虚な日々を感じるようになっていた。

森へは行かなくなった・・・  料理も作らなくなった・・・  

人と会うのも億劫だった。

 でも週1回、仕方なくスーパーへ買い物に出かけるのが、唯一の

外出になってしまった。  

たまに年格好の似た少年が母親と買い物などしていると、羨ましく

感じたりしていた・・・

 

まり子の同級生で20歳で結婚したサトミには、もう40歳を過ぎた子供が

いるし、その子の子供は確か中学生だったから、サトミにはタカちゃんと

同じ13歳位の孫がいるんだ・・・  

まり子には子供がいないけれど、孫のようなタカちゃんとたった数回の

出会いなのに、どうしてこんなに心が乱れるんだろう・・・?

まり子は60数年の人生で初めて感じる異様な自分の高ぶりを押さ

らずに、その感情に翻弄されつづけていた・・・

 

あっという間に冬が過ぎ去り、梅や桃の花が咲き、野山も新芽に溢れ、

鳥も、昆虫も、動物も、植物も、樹木も・・・  

箕面の森も生き生きと活動しはじめた・・・  

もうひと月もすれば箕面の桜、エドヒガンも咲くだろう。

 

その日も、まり子は一週間の買い物に行き、帰りもボンヤリと無気力な

表情でエレベーターに乗り、自分の部屋の階で下りた。  

廊下を歩いていると、前方に座っている人がいる・・・?

しかも、自分の部屋の前で・・・

   「 恐い!  だれ?」

一瞬そう思ったけど、その人が顔を上げてこっちを見た・・・

 

   「え!  まさか・・・ まさか タカちゃん!?  ほんとうに!  

       タカちゃんじゃないの!」

 

気が付いたタカオも立ち上がって駆けてきた・・・

二人はダッシュしてぶつかるようにして無言で抱き合った・・・   

涙がとめどもなくあふれてくる・・・

  

    「うれしい・・・  うれしいわ!」

 

長い間嬉し涙を流していたけれど、マンションの廊下である事に気がついた

まり子はあわててドアのカギをあけて、初めてタカオを部屋へ入れた。

タカオの荷物は薄汚れたリュックが一つだけだった。

 

二人が少し落ち着いた頃・・・  タカオがボソっと話し始めた。

 

   「 あの~ ボク家を飛び出してきたんです・・・  

     それで、もう帰る家がないんです・・・」   

それを聞いたまり子は・・・

   「 え! そうなの・・・ でも心配しなくていいのよ 

     もうどこへ行かなくてもいいの! 

     オバさんの・・・いやマコのこの家にいたらいいのよ・・・  

     ずっとここにいていいのよ・・・ 

     いて欲しいの・・・  

     マコが助けてあげるから心配しなくていいのよ・・・  

     ここにいてね・・・」

まり子はもう懇願に近い声になっていた。

 

   「お腹すいたでしょう・・・」

   「はい!」

   「じゃあすぐ作るから、その間にそこのお風呂に入ってさっぱり

     しなさい・・・

     下着は明日買ってあげるから、それまで・・・  そうね、

     女物だけど新品だから、これ着ときなさいね」

   「はい・・・  ありがとうございます」

   「あのね、そんな他人行儀なこと言わなくてもいいのよ、

      遠慮しないのよ・・・」 

 

それからマコは自分の為に買ってきた食材と冷蔵庫にあるもので、得意の

鍋料理をさっさと準備するとコタツの上に並べた。

 

   「 さあ~お腹すいたでしょう・・・ お話しは後でいっぱい出来るから、

     さあ食べよう・・・」 

 

女物のパジャマを着たタカオが滑稽に見えたけど、そんなことより嬉しくて

たまらないまり子だった。   

話は夜明け前まで、途切れることなく続いた。 

 

タカオの話は悲惨だった。

遠い親戚という人は、おばあさんの預金通帳を探し出し、それを全部引き

出してしまうと、他にないのか・・・?  と、タカ君に迫ったという・・・  

そして、食わしてやっているんだから、中学でたらオレと一緒に工事現場で

働けよ・・・ と、言われていたとか・・・

更にその家の1歳年上の男の子から、ひどいいじめを毎日のように受けて

いたとか・・・  養父は怒ると棒で殴り、酒を飲むと更に恐い人になるので

いつもビクビクしながら小さくなって過ごしていた様子を細かく聞いた・・・  

なんてひどい人たちなんだろう・・・

まり子は怒りが収まらなかった・・・

 

疲れて眠りについたタカオを横に、まり子は次々と手順をメモし、

頭はフル回転していた。

長年培った仕事の手順や段取りを立てるが如く、それに更に怒りと

愛情が絡まってそのスピードは加速していた。

 

朝9時になると、まり子は早速 かつてのお客様で今はいい飲み友達の

弁護士、司法書士、社会福祉の主事、元警察署長、元学校長・・・ と、

次々と事情を詳しく話して相談し、必要な手配、手続きはすぐにとって

もらっていた・・・

みんなは、まり子が最近落ち込んでいる事情が分かり、迅速に

手配してくれて、もうその日の夕方にはタカオの今の養父先にも

警察関係者が事情を聞きに行ってくれた。

 

 そんなまり子の真剣な姿を一日中見ていたタカオは、その夜 

あの汚れたリュックの一番底からから油紙につつんだ封筒を取り出し、

まり子に渡しながら・・・

 

   「 マコさん!  これはおばあちゃんがまだ元気だった頃、

      ボクに渡してくれた物なんです」

   「 なにそれは・・・?」

   「 ボクは知らないんだ・・・ でも、おばあちゃんがその時、

      <これはもし私に何かあった時、お前が最も信頼できる人と

      思った人に開けてもらいなさい・・・> って言われたんだ。 

      ボクはマコさんに開けてもらいたいんだけど・・・」

   「え!  私でいいの!」

   「はい!」

 

まり子はゆっくりと油紙をはがしながら、取り出した封筒の中には分厚い

手紙が入っていた・・・  そこにはしっかりとした文字で・・・ 

自分がもしもの時に、一人残される孫の事を思い、タカオの詳しい

成育歴から両親の事、遺す財産、保険明細からその関係先、

更に押印した遺言状まで入っている・・・  

そして最後には、どうか孫をよろしくお願いします・・・  と、

それは切実な懇願の文面が綴られていた・・・

 

   「タカちゃん!  これは親戚の叔父さんには見せなかったのね」

   「勿論だよ・・・  だってボク全く信頼してなかったもん・・・」

   「マコは信頼してくれるのね・・・」

   「勿論だよ」  と ニコニコしている。

 

まり子は次の日も、それら祖母の手紙など持って関係先を回り、夕方 

タカ君を連れて友人の弁護士事務所を訪ねた・・・

そこには連絡を受けた関係者も加わり、祖母の熱い思いが伝わり、

遠い叔父との縁組解除、祖母のお金の返還訴訟から、転校などを含む

いろんな手続きは順調に進んだ・・・  

そして最後に弁護士はこんなことをアドバイスして、まり子を驚かた・・・

 

   「マコちゃん!  これは二人はもとより関係者や裁判所の同意なども

    いるけど、改めて養子縁組もできるんだよ・・・

   「 え!  ようしえんぐみ・・・?  私とタカ君が・・・?」

  

最初、何のことか分からなかったまり子は、弁護士の説明に目をくりくり

させていた。   

ところがまり子が横にいるタカオに目をやると、ニコニコしながら

   ウン ウン! 

と OKのVサインを出しながらうなずいているので、更にビックリして

しまった。

それはその何分かのやり取りで、二人の養子縁組があっという間に

整ってしまったのだった。

 

数日後、まり子はタカオとおばあちゃんがいる施設に向かった。

認知症患者の病棟は、丁度お昼ご飯時だっけれど、事前に事情を

話してあったので、まり子はタカオとおばあちゃんの席の前に座り

話し始めた。

   「おばあちゃん!  元気だった?」  とのタカオの問いに・・・

   「この人はだれ?」  という顔で、孫の顔を見ている。

まり子は挨拶して自己紹介をすると、ゆっくりとタカオとの出会い、

いきさつ、経過、そしてここ何日の出来事、更にその後の事情、

そして思い切って養子縁組の話まで一気に話した。

 

施設の人も横で話を聞いていてビックリした様子だったが、

   「よかった!  よかったわ!」 

と、手をたたいてくれたが、おばあちゃんは相変わらず

   だれの話か?  何のことかな・・・?  と、全く反応はなかった。

まり子とタカオは、予想はしていても少し寂しかった。

 

  「 おばあちゃん!  また来るからね・・・」  

と、言いながら二人はドアへ向かった・・・

 

するとその時!  介護の人が 「 あ! 」 と声をあげたので

振り返えると・・・

あのおばあちゃんが ヨロ ヨロ と立ち上がり、まり子とタカオに向かって、

深々とお辞儀をしているではないか?   

    「まさか!?」   

まり子は涙でいっぱいになりながら、心を込めてお辞儀をした。

でも、おばあちゃんはすぐに座ると、またそれまでの無表情に戻って

しまっていた。

 

 

箕面の森に夕陽がかかり、その木漏れ日が美しいシルエットを描いている

頃、まり子とタカオは、いつもまり子が行くスーパーで夕食の買い物を

していた。

 

   「今日は美味しいシチューを作ってあげるわ・・・  

     教えてあげるからね!」

   「ボク!  あの美味い卵焼きも食べたいな・・・ 

     それにいつか、作り方教えてくれるって言ってたじゃない?」

   「シチューと卵焼きか?  面白い組み合わせね  いいわよ!  

     いっぱい教えてあげる けど、マコは厳しいから覚悟しとくのよ

     ハハ ハハハ 

     そうだわ!  明日は久しぶりにあの才ヶ原池へ行って見ようか・・・

     ヤマザクラももう満開かもしれないし、お弁当をいっぱい作ってね」

    「 じゃあ教えてもらいながらボクが作ってみる・・・ 楽しみだな・・・」

 

買い物袋を二人で下げながらスーパーの表へでた時だった・・・ 

タカオがポツンと・・・

 

   「ありがとう!  ぼくのお母さんになってくれて・・・!」

   「え!」  

(まり子はもう涙でグシャグシャニなりながら・・・)

   「こちらこそありがとう・・・ タカオ!」 

 

 

家路に向かう二人の背後を、ひときわ美しい夕焼けが

温かく照らしていた。

箕面の森から美しいウグイスの鳴き声が響き渡った・・・ 

 

 

 

(完)

 

 


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<綾とボンの絆>

2016-01-26 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

箕面の森の小さな物語

          (創作ものがたり  NO-10)

 

 

 

 <綾とボンの絆>

 

 

箕面山麓の坊島(ぼうのしま)に住む88歳になる綾さんが、1月の寒い朝、

自宅でボヤ騒ぎを起こした。

愛犬のボンが激しく吼えてなければ近所の人も気づかず、全焼するところ

だった。

 

それで綾さんは視力も体力も衰え、もう一人で生活する事が難しくなったので、

市や福祉の担当者に勧められ、森の中の老人ホームへ入る事になった。

 

綾さんの夫 雄一郎はすでに他界し、子供もなく、近い親族もいないので、

住んでいた自宅は後見人の弁護士から依頼された業者が

買い取っていた。

綾さんが一番気がかりだった老犬ボンは、その業者が 

  「大切に面倒みますから・・・それに、たまにホームに連れて

   行きますから・・・」  

とのことで、やっと自宅を手放す事に同意した経緯があった。

  しかし、業者はその後 家屋の解体のさい面倒になり、箕面の山にボンを

連れて行き放置してしまった。

 

ボンは16年前、まだ元気だった雄一郎が山歩きの帰り道、清水谷園地に

立ち寄ったとき、その東屋に置かれていたダンボールの中で クンクン と

泣いていた捨て犬だった。

  「あんまり可愛くて、可哀想だったから連れてきたよ・・・」 

と嬉しそうに綾に見せたが、綾はその黒いブチの子犬が可愛いとは思えず、

正直困ったな~ と思っていた。

子供を育てた事もないので、躾なども不安だった。

  しかし、部屋の中を元気にはしゃぐ姿を見ていると、戻すわけにも行かず、

それに足元にじゃれつき嬉しそうに遊ぶ子犬に、だんだんと情が移り、

やがてもう離れられない大切な存在へと代わっていった。

 

名前は雄一郎が ボン と名づけた。

雑種で、ちょっとボンクラなところがあり、それを親しみをこめて名づけた

ものだった。

ボンはよくヘマをするので、雄一郎はよく 「コラ このボンクラめ!」 と

頭をコツンとする・・・ すると、その都度 ボンがおどけた顔と仕草をして

二人を笑わせた。

 

やがて雄一郎は、自分の山歩きに、ボンを連れて出かけるようになった。

ボンも一緒に山を歩ける日がくると、尻尾を大きく振りながら喜んだ。

それから10数年、雄一郎とボンは毎週のように、一緒に箕面の山々を

歩いてきた。

 

ところがある日のこと、歩きなれた東海自然歩道の最勝ケ峰の付近で、

雄一郎が突然発作を起こして倒れた。

その時 ボンは、人気のない山道を人を探して走り回り、その姿を察知した

ハイカーが気づいて雄一郎にたどり着いたのだ。

 しかし救急隊が山を登り駆けつけたとき、もう二度と戻らない体となっていた

けれど、ボンは最後まで雄一郎のそばを離れなかった。

  雄一郎の死を信じられないボンは、綾に何度も山へ行きたい仕草をしたり、

コツン としてもらいたいのか? わざとヘマをしたり、おどけたりして涙を

誘った。

 

毎日のように催促するボンをつれ、綾は何度か近くの散歩に出かけて

いたが、ある日 いつになく強く引っ張るボンを止めようとして転倒し、

動けなくなった。

 足を骨折した綾は、それ以降 ボンと外へ出歩くこともできなくなり、

一日中一緒に家の中で過ごす事が多くなった。

  毎日 独り言で昔話をする綾の話しを、ボンは玄関口の座布団の上に

寝ながら、いつまでも聞き耳を立てていた。

そして ときどき ウー ウー と、綾に返事をしてくれるかのように声を

発するので、綾もボンと話すことを毎日の生きがいに過ごしていた。

 

季節は春になり、暑い夏がすぎると秋になり、そしてまた厳しい冬がきた。

 綾とボンの毎日は、ゆっくり ゆっくり と時が刻まれていった。

そして お互いに老体を支えあって生きていた。

 それが一変したのが、一ヶ月前のボヤ騒ぎだ。

目が見辛くなっていた綾が、牛乳を鍋に入れ火にかけたとき、鍋に

張り付いていた紙片に火が燃え移り、危うく大火事になるところだった。

ボンが激しく吼えて危険を知らせてくれたので、隣家の人が気づき、間一髪

惨事にならず済み、綾もボンも無事だった。

 

あれからすぐに福祉の人に付き添われ、森の中の老人ホームに入った

ものの、綾は離れ離れになったボンのことが心残りでならなかった。

唯一、寒い日の時のためにと編んで着せていたボンの背あての一つを

持ってきたので、綾はいつもそれをさわってはボンを想っていた。

 

  「いつか犬を連れて行ってあげますから・・・」 

と、あの業者は言っていたのに・・・

思い余って綾は後見人を通し、あの業者に問い合わせしてもらったら・・・

  「どこかへ逃げていってしもうた・・・」

との返事だった・・・ と。

  ガックリと肩を落とした綾は、その日から生きる望みを失い、食もノドを

通らなくなり、日毎 身も心も急激に衰えていった。

思い出すのは愛犬ボンのことばかり・・・

子供を失った母親のごとく、綾は放心状態だった。

 

見かねた施設の介護士が、時折り綾を車椅子にのせ、近くの森へ散歩に

出かけていた。 

小雪の降るような寒い日でも、散歩に出る日の綾は、少し表情が穏やかに

るので、介護士もマフラー、手袋、帽子にひざ掛けなど、いつもより温かく

して出かけた。

散歩に出ると綾は、いつもキョロキョロと森を見て、何かを探すような

仕草をしていた。

 

ボンが山の中に捨てられたのはこれで二度目だ。

生まれて間もない頃、雄一郎に拾われなければ、ボンの命はすぐに

終わっていたかもしれない・・・ その後の生涯を、温かい家族の中で

過ごしてきた。  そして16年を経、老体となった今、再び・・・

  「じゃまや!」 と、心ないあの業者によって森の中へ捨てられた。

 

ボンが業者の車から下ろされ、リードをはずされたのは、五月山林道沿い

だった。

ボンは雄一郎と共に、箕面の山の中を毎週のように歩いたので、地理はよく

分かっていた。 

ボンはリードを外されたことに これ幸い! とばかり雄一郎を探して

森を走り続けた。

 

猟師谷から三国岳、箕面山から唐人戻岩へ下り、風呂ケ谷から

こもれびの森、才ケ原池から三ッ石山、医王谷と下りながら、何日も何日も

探し続けた。 谷川で水を飲み、ハイカーが食べ残したもので飢えをしのぎ

ながら・・・ 

 

ボンはどんどんやせ細り、もう余命いくばくのなかった。

 やがて疲れ果て、谷道から里の薬師寺前に下り、大宮寺池の横から家路に

ついた・・・ のだが?  

    懐かしい家がなくなっている?

すでに家屋は全て解体され、何一つ無い更地になっていた。

ボンが毎日飲んでいた水受けが一つ、庭跡に転がっていた・・・

家族の匂いがする・・・ 綾さんの匂いがする・・・  ワンワン ワンワン

 

ボンは我に返ったかのように、ついこの間まで共に過ごしていた綾さんを

探し始めた。  

    どこへいったんだろう?  どこにいるんだろう?

    ワンワン ワンワン  

ボンは必死に叫び続けた・・・

ボンは再び箕面の山々から里を歩き、綾さんを探し続けた・・・

しかし 綾さんの姿はなく、ボンの体力ももう限界にきていた。

 

そして 小雪舞い散る寒い日の夕暮れ・・・ 奇跡が起こった。

 この日も里道をフラフラになりながら探し続けていたボンが・・・ 

    うん?

と、耳を立て鼻をピクピクさせた。

 あの懐かしい綾さんの匂いがする・・・

 

少し先に、綾さん車椅子で散歩に連れて行ってもらったときの片方の

手袋が落ちていた。

 

 懐かしい綾さんの匂いがする・・・ 

    どこにいるの?  ワンワン  ワンワン

ボンは嬉しくなり、思いっきり声の限りに叫んだが、その叫び声は

強い木枯らしにかき消されていった。

    この近くに綾さんがいるに違いない・・・ 

ボンは気持ちを奮い立たせ、必死になって探し始めた。  

やがて大きな建物の前に出た。 

綾さんに似た老人達がいることを察知したボンは、外から必死にその姿を

追ったが見つからなかった。

やがて疲れ果て、建物が見える山裾に倒れるようにして体を横たえた。

 

夜も更け、今夜も眠れぬ綾は、ベットの脇の窓から見えづらくなった目で

ボンヤリと外を眺めていた・・・ 「今夜は満月のようね・・・」

もう食もほとんどノドを通らず、気力、体力共に無くなっていた。

その時だった・・・ 

             ワン !

 

遠くで一言だけど、犬のなく声が聞こえた・・・ ような気がした。

 「あれは? ひっとしてボンの声かしら?  きっとそうだわ

  きっとボンに違いないわ・・・」

 

綾はそれまで一人では起き上がれなくなっていたベットから、自力で窓辺に

立ち、やっとの思いで外の小さなベランダにでた。

 

ボンはいつも自分を励まし、雄一郎や綾さんを探すために、寝ながらも

無意識のうちに一言だけ  ワン !  と発していたのだが・・・

 

目の前の建物のベランダに、満月の明かりに照らされて一人の老人が

立ち上がったことにボンは耳をそば立てた。

綾はかすれたノドを振り絞るように、か細い声で叫んだ・・・

 

 「ボンちゃ~ん  ボン ボン ボンちゃ~ん・・・」

 

小さな叫び声が、北風にのってボンの耳に届いた。

 

   綾さんだ!

   ワンワン  ワン ワン  ワンワン

 

 「やっぱりボンちゃんだわ  ボンちゃ~ん  ボンちゃ~ん

  どこにいるの  どこに?  

  あのあたりね・・・ 近くだわ  

  嬉しいわ  そこにいてくれるのね  ありがとう  ありがとうね

  元気そうだわ 嬉しい  

  うれしい  よかったわ  

  ボンちゃ~ん  ありがとう・・・」

 

谷間を挟んで、綾とボンはお互いに声の限りに叫び続けた。

 

 「今夜はようノラ犬が鳴くな~」 と、施設の当直が話していた。

 

綾とボンは、心通わせつつ温かい幸せの世界に浸っていた。

やがてその声も叫びも、いつしか小さくなり、途切れとぎれになっていった。

 

森の夜がしらじらと明けてきた頃・・・

ベランダの下で、小さな編み物を手に永遠の眠りについた綾さんを、

職員が発見した。

そして向かいの山裾では、ボンもまた片方の手袋を口にくわえたまま

死んでいた。

 

やがて箕面の森に明るい朝陽がさしこんできた。

その輝く光の上を、綾とボンは仲良く並びつつ、天国で待つ雄一郎の

元へと登っていった。

 

 

(完)

 

 


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<二つの硬貨> (1)

2016-01-15 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 

           (創作ものがたり) NO-14

 

 

 

<二つの硬貨> (1)

 

 

 

箕面北部に広がる八天の森には静かに粉雪が舞っていた。

時折り冷たい北風が軽い雪を吹き上げている・・・

柏木 和平は、頬についたそんな雪を払いながら空を見上げた。

 

 積もるような雪じゃないな~ それにしても鳥は元気だな!

 

上空を飛び交う冬鳥を目で追いながら、気持ちのいい風景を

楽しんでいた。

 

やがてリュックサックの中から、ポットに残っていた温かいコーヒーを

飲み干した。  モカのまろやかな香りが漂う・・・ 

真冬の森を歩くときは、いつもポットに入れたコーヒーが身も心も

暖め癒してくれる。

 

  さあ~ そろそろ出発せねば日が暮れるまでに帰れないぞ・・・

 

和平は一人呟きながら一休みの腰を上げた。

時計は午後の三時になろうとしていた。

ここから東海自然歩道を南下し、自然8号路から旧巡礼道、谷山の

尾根、谷を上り下りし、才ケ原の森を抜けて地獄谷を下れば箕面瀧道に

下る・・・ 

    あと2時間半はかかるな~ 

と和平は心づもりをしていた。

 

和平の山歩きは定年後に始めたものだが、最近は週に2~3回ほど

体調を見ながら箕面の山々を歩き、森の散策を楽しみとしている。

箕面の山々は高くとも300~600m位の低山ばかりだが、

冬山の日暮れは早く、谷間では5時前になると足元が暗くて見えなくなり

危険なのだ・・・ 

    少し急がねば・・・

 和平がリュックを背に歩き始めたときだった。

遠くのほうから声が聞こえた・・・?

 

   ~あのう~ すんません!

 

   えっ! どこからだ?

和平がキョロキョロしながら声の方向を探すと、上方の墓地の先から

若者が大声を挙げながら下ってくる姿が見えた。

 

   何? 誰れ? なぜこんな所に人が・・・?

 

和平は一瞬驚き身構えた。

 

この八天の森周辺の山々約30万坪は箕面、茨木、豊能郡にまたがり、

その山の斜面を切り開いて約25.000柱の墓石が並ぶ

大阪府下最大の山岳霊園「北摂霊園」が広がっている。

 

和平はこの日、鉢伏山・明ケ田尾山(619.9m)から高山の村落を通り、

この森へ上ってきたのだが、この粉雪舞う寒い森や霊園に参拝の人影はなく、

まだ誰一人ハイカーとて出会っていなかった。

それだけに人がいること事体が驚きだった。

 

 やがて息は弾ませながら若者が一人駆け下りてきて頭をペコンと下げた。

見れば手ぶらで学生服を着ているが、いかにもだらしない不良っぽい

格好をしている。 

ズボンはずり落ちそうで、足元はスリッパのようなズック靴を引っ掛けた

だけ・・・ ベルトには何やらクサリなどをジャラジャラつけて寒そうな

仕草をしている。

 和平は逃げ出したいような違和感を感じたが、よく見ればまだ子供の

ような顔をしている。

    なぜ一人でこんな所に・・・?

 

  「あの~ すんまへん! オレ 財布落としてしもうたみたいで

   バス代貸してもらえまへんか?」

 

不良っぽい格好と、その慇懃無礼なものの言い方に、和平は一瞬 

嫌悪感と拒否感を覚えた。

そしてそれは同時に嫌な体験を瞬時に思い出させていた。

 

 

それは和平がまだ若いサラリーマン時代のことだ。

ある日 車で営業中、信号で止まった時に助手席をたたく人がいた。

何事か? と窓を開くと、中年の男の人が・・・ 

 

  「すいません! 天王寺の方へ行きたいんですがお金を落としてしまい

   途中まででいいのでちょっと乗せてもらえませんか・・・」

 

和平が躊躇していると、前の信号が青に変わりそうだったので

仕方なくドアを開いて乗せた。 

 すると・・・

   「自分は和歌山の大きなみかん農家で農園も経営していて、所用で

  大阪に出てきたものの、どこかでスリにやられたようで一文無し

  なってしもうた・・・ けど 急いで和歌山まで帰らないかんので、

  電車賃も貸してもらえまへんか?  帰ったらすぐ速達で送りますし、

  うちのみかん美味いと評判なんで、このお礼に毎年送らせて

  もらいまさかいな」

 

そう言いながら自分の住所、名前、電話番号を書いたメモをくれた。

和平は仕方なくなけなしの3000円と名刺を男に渡し、遠回りだったが

男を天王寺駅まで送り届けた。

 和平はその頃、妻から小遣い3000円をもらい、これで一週間の昼食などを

賄っていた。 

しかし、何日待っても男から速達は届かなかったので電話を入れたら

全くのでたらめ電話だった。

 

それから数ヶ月後、新聞に寸借サギ常習犯が捕まった記事をみて

 あっ! と驚いた・・・ あの時の男だった。

一週間昼食抜きの恨みもあって、あれから注意をしてきたのだが、

それでもそれから何年か後にはマルチ商法にひっかかったり、

海外出張の時にニューヨークで子供サギにあい、パリではジプシーに

危うくだまされ、身ぐるみ剥がされそうになったりして、自分はほとほと

騙されやすい人間なんだと自嘲したものだ。

そしてそれは和平の大きなトラウマにもなっていたのだった。

 

 「君は何年生?」            「中2」

 「どうやってここまで来たの?     「バス」

 「どこから?」              「せんちゅう」

 「どこで財布落としたの?」      「分からん」

 「何しにここへ来たの?」       「墓参り」

 

和平が矢次ぎばやにいろいろ質問するので若者は少しウンザリした

様子だったが、しかし必死さだけは伝わってきた。

和平は自分のトラウマごとを思い出しながらも

    まあいいか~

 ポケットを探った。

 

 「来るときバス代はいくらかかった?」  「680円」

 「じゃあ 680円でいいのかい?」    「ハイ!」

 「家に帰ったら送りますんで・・・」  と少年は付け加えた。

 

    いつもそう言われて騙されるんだよな・・・ 

と、和平は心の中で呟きながら財布を取り出した。

小銭入れの中にはいつも予備の小銭500円玉を2枚入れているので

それを取り出して若者に手渡した。

 

  「もし財布落としたんなら警察に届けるんだぞ ひょっとしてバスの中

  だったら千里中央のバス発券場で係りの人に聞いてみたらいいよ」

 「ハイ! 助かったわ・・・ これで帰れるわ! 歩いて帰ろう思たん

  やけど道分からんし、寒うて雪降ってくるさかいどないしょ思てたん 

  すんまへん・・・」

 

口ぶりは大人ぶって突っ張っている口調だがやはりまだ少年だった。

 

 「ほんで この借りた金はどこへ送ったらいいっすか?」

  「いいよ 君にあげるよ・・・」

 「オレ 乞食じゃないっす」 

 

と、少しムッとする顔が可笑しかった。

どうやら少年の自尊心を傷つけてしまったようだ。

 

 「そうか それはすまなかったね」

 

かと言って住所を教える事はいまどき危ないし・・・

 

 「それはそうとバスの便はあるのかな?」

 

和平は話をそのままに、少年と近くのバス停に時刻表を見に行った。

 次のバスまで30分以上あった。

和平は自分の時間のほうが気になっていた・・・ 冬の日暮れは早い。

 

  「そうだ! おじさんいつでもいいからこのバス停の後ろの大きな

   杉の木の下にお金埋めて置いてくれたらいいよ。 半年先でも

   一年先でもいいから、次にお墓参りに来たときでいいから・・・

   おじさんは山歩きを趣味にしていてよくここを通るから・・・

   だからここで返してもらう事でどうかな・・・?」

 「分かった・・・ でもおじさんこれから歩いて帰るんやったらオレを

  下まで連れててや・・・」

  「そんなスリッパみたいな靴で山道は歩けないよ。 それにそんな

   寒い格好では無理だよ。 それよりそのお金でバスで帰りなさい」

 「ハイ」

  「千里中央から家までどうするの?」

 「歩いて帰れるんで・・・」

 

和平は自分の時間のほうが気になり急いでリュックを担いだ。

  「じゃあ おじさん行くから 気をつけてね・・・」

歩きかけたその後ろから・・・

 

   ハックション  ハックション!

 

若者は2回大きなクシャミを連発した・・・ 見れば半分震えている。

 

和平は最近年のせいか冬になると指先の感覚がなくなるので

両手の手袋にいつもミニホッカイロを入れていた。

 

  「寒そうだからこれあげるよ」

 

和平は手袋からホッカイロを二つ取り出すと両手に握らせた。

 

 「あったかいわ! ありがと!」 

 

そう言いながら若者はズボンのポケットに両手を突っ込んだ。

そして和平は残っていたアメ玉2個を少年に手渡し、山道を急いだ。

 

 

 

(2) へ続く・・・

 

 

 


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<二つの硬貨> (2)

2016-01-15 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 

              (創作ものがたり)  NO-14

 

 

<二つの硬貨> (2)

 

 

あれから1年が経った・・・

和平はすっかり忘れていたけれど、今日久しぶりに同じコースを辿り

同じ場所で一休みをしている時にふっと思い出したのだ。

あの日と同じように寒い日だ。

冷たい風が森の木々を揺らしている・・・

 

和平は 「まさかな~」 と苦笑しながらもバス停の後ろの杉の木に

周ってみた。

冬枯れの森の中に真紅なヤブ椿の花が咲いている。

 

目で探してみても、やはりそれらしき物を埋めている気配はない・・・

指で枯葉を掻き分けてみたけれど何もない・・・

   「やっぱりな~」

こんな事をして探している自分がピエロに思えた。

期待もしていなかったのでそうガッカリもしなかったけど

何となく空しい気持ちになった。

 

  ボクの人生で騙されたのはこれで何回目になるのかな・・・?

 

和平は苦笑しながらももう一度木の周りを見回し山道へ戻ろうと

した時だった・・・

 雲の間から太陽が顔をだし一筋の明るい木漏れ陽が森の中に

差し込んできた。 

そして何かビニールの端のようなものがキラリと光った。

   どうせゴミだろう・・・な?

そうと思いつつ つまんでみたけれど、先が土に埋まっているようで

取れない。

和平はもう一度ピエロの気分で土を掻き分けながら、ゆっくりと

ビニールを取り出した。

 

よく見ると中に紙切れが入っている・・・ 

   「何かな?」

やっとのおもいで取り出してみる・・・ 

ボールペンの文字が湿気に滲み読みづらいが、何とか一つ一つ文字が

読めそうだ・・・

 誤字、脱字だらけの汚い文字が並んでいた。

そしてそこには真心と誠意のこもった文面が綴られていた。

 

 

  「名も知らない しんせつなおじさんへ

 

   オレは2週間前におじさんから 金 借りたもんです

   カゼひいてもて寝てたんで返すのがおそくなりすんません

   今日は学校が早く終わったんでもってきました

   (次のバスまでじかんあるんでノートに書いときます)

 

   あれからバスにのって千中について おじさんにいわれたとおり

  バスの切ぷうりばへ聞きにいったら バスの中に落としてたらしく

  オレのさいふありました  よかったです  よの中にはしんせつな人が

  いるんやなと思った   おじさんもそうですが・・・

 

   オレはあの日 どうしても会いたくなって気がついたらカバンを

  教室においたまま学校をぬけだしてなんにももたずにバスに

  とびのってました 

  一時間かかって母さんの墓について思いっきり泣いてました

 

  オレ 悪いことばっかして母さんこまらせたり 泣かせてばかり

  やってきたから あやまりたかったんやけど・・・

  それにすっごくさみしなってしもうて・・・

  一人で泣きつかれて そんでもう帰ろうかと思うたらサイフなかった

  んです

   だいぶ探したんやけど分からんし それにどこ見ても人が

  一人もおらへんし それに寒うてさむうて  それならもう母さんとこで

  死んでもええか と思うてました

  そしたら遠くにおじさんみつけて 大声でさけんで助けてもろて

  ほんまよかったです

   あれ最終のバスでした  あれから雪がごっつふってきて・・・

  ホッカイロ ごっつあったこうて アメなめてたら生きかえった感じで

  ほんま おじさん ありがとう  です

  あそこでおじさんに会ってなかったらと思うたら ゾー です

 

  家に帰ったら先生が心配してきてて 父さんにもだいぶ怒られたけど 

  先生帰ってから父さんに今日のこと言うたらとつぜんハグしてくれて 

  それで母さんのことで二人で大泣きして それで二人のわだかまり

  みたいなもんが消えました

 

  オレ 来月 父さんの転きんにあわせて転校せなあかんので

  しばらく母さんとこへこれへんので少しかなしいけど

  しかし さっき母さんの墓にちかってきました

  オレ これから人に親せつして まじめな生きかたするから~ て

   おじさん ほんま ほんまにありがとう  です

 

                    00中学2年  丸00真一    」

                                         」

 

和平は小さな約束を守ってくれた少年のたどたどしい感動の手紙を

涙で読み終え、天を仰いだ・・・

箕面の森の上空を、一羽のトンビがゆっくりと旋回している・・・

 

ビニール袋の底には、2枚の500円硬貨が光っていた。

 

 

(完)

 

 

 

<物語の参考資料>

          ‘15-1月 撮る

 

箕面・八天の森 バス停

   

 

北摂霊園

   

 

箕面の森に隣接する能勢・高山の村落

      

  

高山から明ヶ田尾山、鉢伏山への登山口

   

 

     写真をクリックすると拡大へ) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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地獄谷からメリークリスマス! (1)

2015-12-03 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

 箕面の森の小さな物語

          (創作ものがたり  NO-25)

 

 

 

 

地獄谷からメリークリスマス!  (1)

 

 

 

 「全てが終わった・・・

  オレの人生は何もかもがまぼろしだったのか・・・?

 

一晩野宿した地獄谷の森の中で、ホームレスの賀川 恵人は

寒くて朝まで眠れなかった。

暖冬とはいえ、12月に入ると急に朝晩の冷え込みがきつくなる。

恵人は眠い目をこすりながら朝陽を仰いだ。

 

昨日の夕方、梅田から2泊3日かかって歩いて箕面駅に着いたが、

そのままフラフラと瀧道を歩き、いつしかつるしま橋を渡り、目的も無く

無意識のうちに地獄谷を上っていた。

谷の上方にある東屋に着いた時はもう真っ暗闇になっていた。

シーンとした森の中で、動物の鳴き声や動き回る音も聞こえていたが、

恵人の心は凍りついたままずーと死を待っていた。

  もう3日間 何も食べていない・・・

 

恵人は数日前 一人寂しく50歳を迎えたばかりだった。

学歴も無く、家もなく、家族もいない、金も服も無く・・・

何もかもがなかった。

しかし 生まれてから今日まで、社会にお世話になって生きてきた

という気持ちがあって、行政や生活の保護を受ける事もなく、

生きられるだけ自分で生きようと決めていた。

誰からも相手にされず、話す人も無く、ただその日その日を何とか

生きるだけの毎日を過ごしていた。

 

 

恵人の人生は、その名前とは逆に生まれたときから悲惨だった。

 40年前の寒い朝のこと・・・

箕面の小さな教会の玄関マットの上に、へその緒をつけたままの

男の子が置かれていた。

生まれたばかりの赤ちゃんの横には、母親のものだったのか?

半分に切られ結ばれた安物の真珠のネックレスが置かれていたが、

それ以外は何一つ手がかりになるものは無かった。

 

教会に新任してきたばかりの若い牧師によって、その子は神様に愛され

恵みを授かれる人に、そして人に恵みを与えられるような人になるように

との願いをこめて 恵人(けいと) と名付けられ、乳児院に

預けられた。

 

恵人はやがて養護施設から中学校を出ると、大工の見習いとなった。

その間も日曜日になると教会の日曜学校や礼拝に参列し、熱心に

聖書を開き、牧師の説教に聞き入っていた。

厳しい生活環境で育ったにもかかわらず、施設の人々や教会の人々の

温かい援助もあって素直に育ち、正直者で仕事も真面目と評価され、

やがて25歳で独立した。

 

その人柄と誠実さから仕事ぶりも評判となり、やがて自分の工務店を

立ち上げることができた。

仕事は順調に入り、28歳で同業者の娘と結婚し、幸せな人生の

始まり・・・ のはずだった。

 

しかし その直後、妻となった同業者の父親から頼まれ連帯保証して

いた多額の手形が不渡りとなったようだ。 

すでに同業者は夜逃げし、翌日には妻もいなくなってしまった。

恵人の会社は巨額の負債を負わされあえなく倒産した。

さらに多額の個人保証分も借金として背負う事になってしまった。

債権者が連日朝晩押しかけ、怖い思いも沢山し、丸裸にされ、

破産宣告をせざるを得なくなった。

 

あっという間に全てを失った恵人は、追われるままに東京のドヤ街

山谷に逃れ、なんとか生き延びていたが、ここでも人のいい恵人は

何度か騙され続け、数年前に大阪に戻り、西成の釜が崎に

たどり着いていた。

しかし 長年の厳しい生活に体をこわし、2年前からたまにあった日雇い

仕事もなくなり、ナンバや梅田の繁華街をうろつきながらコンビニや

レストランの廃棄食などゴミ箱をあさって食いつなぎ、公園や路上で夜を

明かすホームレス生活を余儀なくされていた。

 

そして少し前のこと・・・

梅田の陸橋の上で、いつものハーモニカを吹いていた時だった。

時折 そんな恵人の前に5円玉や10円玉を置いてくれる人がいた。

そのハーモニカは恵人が子供の頃、教会の人にもらったハーモニカ

だったが、それ以来唯一の財産だった。

恵人はそれで子供の頃から好きだった聖歌や賛美歌を静かに吹き、

自分を励まし、慰めと大きな心の支えとなっていた。

 

いつものようにその日も夕方から3時間ほどハーモニカを吹いた後、

頂いた150円をポケットに入れ階段を下りていた時だった・・・

急にフラついて階段を踏み外し、上から下まで転がり落ちた・・・

   痛い!

   右足が動かない・・・ どうしよう・・・  

   痛い!

でも横を通る人々は誰一人助けてくれず、汚い服を着たホームレスが

倒れていても見て見ぬふりをして通り過ぎていく・・・

 

恵人はしばらくして何とか起き上がると、痛い右足を引きずりながら

やっとの思いで信号を渡り梅田の地下街へ向かった。

   冬は暖かい地下街が有難い・・・

全店の閉店を待って、今夜はここで寝よう・・・ と ゴミ箱から捨てられた

新聞紙を取り出し、床タイルの上に引き、体に巻いて横になった。

   痛い!  冷たい!  寒い!

 

やがて深夜3時を過ぎるとめっきり人はいなくなった。

その時だった・・・

酔った若者数人が大声をあげながら前方からやってきた。

   嫌な予感がする・・・

時々そんな人に殴られたり、唾をかけられたり、飲み物を頭から

かけられたりして嫌がらせをされるからだ。

恵人は自分と同じようなホームレス数人が逃げるように走り去っていく

のを見ていたが、自分は足の痛みで動く事ができなかった。

 

やがて・・・

   「オメエら汚いばい菌や  今から掃除するで  どかんかい!」

大声でわめきながら、少し前のホームレス一人がバットのようなもので

こずかれ足蹴にされていたが、やがて頭を抱えていたホームレスから

うめき声とともに血が流れ始めた。

 

   次は自分だ  もうダメや  神様・・・

 

恵人は背中を思い切り蹴飛ばされ、痛い右足をふんづけられて思わず

痛みで悲鳴をあげた・・・  痛い!

ポケットから転げ落ちた150円は奪われ、持っていたハーモニカも

バラバラに壊されてしまった。

その時 後方からバタバタバタと走ってきた人が大声で叫んだ・・・

   「コラ!  オマエら 何しとんねん  やめんか!」

そのお陰で彼らは走り去っていった。

後で血を流していたあのホームレスは亡くなったと聞いた。

 

恵人はその翌日 死に場所を求め、生まれ育った箕面へ向かった。

痛い足を引きづり、電車なら30分ほどの梅田~箕面間を3日かかって

歩いた。

1日目は淀川大橋を渡り、十三駅の近くの公園に着き動けなくなった。

2日目は服部緑地まで歩き、公園の便所の中で寝た。

3日目は朝から一歩一歩足を引きづりながら歩き、やっと箕面駅前に

着いたのだった。

そこから地獄谷の東屋までのことは余り覚えていない・・・

   <ここで天に召されよう・・・>

3日間何も食べてもいないのに不思議と空腹感はなかった。

 

 

朝がしらじらと明けてきた・・・

   「おお神様! 私はなぜまだ生きているのでしょうか?

    早く主の御許へ召してください・・・」  と叫んだ。

恵人が目を閉じ祈り終えた時、森の樹間から一筋の木漏れ日が

差込み、恵人の体を明るく照らした。

 

それは何かを暗示させる天からの使命を帯びているかのように

光り輝いていた。

 

 

(2) へつづく

 

 

 

 


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地獄谷からメリークリスマス! (2)

2015-12-03 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

地獄谷からメリークリスマス!  (2)

 

 

恵人は箕面の森の地獄谷で体いっぱいの朝陽を浴びると、何か天啓を

受けたかのように心から湧き出る活力を感じた。

 

   「この何日間 何も食べていないのにどうしてこんなに元気なんだ

 

   ろうか・・・?」

 

心静かに目を閉じ祈った。

 

   「私はいつ天に召されても構いません

 

     主の御許に近づかん・・・」

 

祈り終えると、目の前の谷間に何か光るものが目に入った。

 

   「何だろう?  空き缶のキャップかな?」

 

 

 

恵人が乾いたノドを潤そうと チョロチョロと流れる小さな谷川に下りると

 

朽ちた木の横に何かが光っていた。

 

枯葉を払いのけて手にとってみると、それは古い財布のようだ。

 

光っていたのはその留め金具だった。

 

   「誰かが落としたものに違いない・・・

 

    それにしても相当痛んでいるけどいつのものだろうか・・・?}

 

恵人がそっとその泥まみれの財布を開いてみると、中には水に濡れた

 

沢山のお金やカード、紙切れなどがいっぱい入っていた。

 

 

 

恵人は一瞬 思った。

 

   「これは神様からの思し召しかもしれない・・・

 

    このお金があれば食べられるし、安宿を探して風呂にも入れるし

 

    何よりこの痛い足を診てもらえるかもしれないし・・・」

 

しかし恵人は、そんな自分の卑しい心を省みすぐに神様にお詫びした。

 

   「これを落とした人はきっと困っているに違いない」

 

 

 

恵人は財布を閉じると、そのままポケットに入れ、急いで地獄谷を下った。

 

と言っても痛い足を引きづるように一歩一歩と歩みを進めた。

 

 やっと瀧道へでると、瀧安寺 昆虫館前から 一の橋 を経て、やっとの

 

思いで箕面駅前交番に着いたのはもうお昼になっていた。

 

 

 

交番には若い警察官が一人いた。

 

恵人が戸を開けて入っていくと・・・

 

   「何ですか?」 とぶっきらぼうに言う。

 

この汚いホームレスの格好では何を言われても仕方が無い・・・

 

   「実は山の中で財布を拾ったものですからお届けにきました」

 

若い警官はいぶかしげに恵人がポケットから取り出す汚いものに

 

目をやった。 そして中を開きながら・・・

 

   「拾った?  アンタが?  何も中味取ってないやろな

 

    取ってきたんやないやろな!」

 

若い警官は乱暴な口のきき方をしながら、その財布の中味を机の上に

 

次々とだしていた。  そして・・・ 

 

   「ちょっと立て!  ポケットの中みせてくれ  何か財布の中味

 

    抜いてないやろな  他に何か隠してないやろな・・・」

 

そう言いながら汚れた服を丹念に調べだした。

 

恵人はそんな若い警官の為すがままに素直に応じていた。

 

 

 

そこへ年配の警官が外から帰ってきた。

 

   「一体 何してんや?」

 

   「ハイ 実はこの人が・・・」 と一連の経緯を話した後、

 

   「何かここから抜き取ってないかと思うて調べてるとこですわ」 と。

 

すると年配の警官は若い警官を制して恵人をイスに座らせると向き合った。

 

   「どうも失礼しました  それはわざわざ届けて頂いてありがとう

 

    ございました・・・」 

 

と丁寧に応対すると、書類を取り出し・・・ 

 

   「申し訳ありませんが、ここに拾得された場所や日時、その状況など

 

    分かる範囲で結構ですから記入していただけますか」

 

と話しかけた。

 

 

 

恵人は久しぶりに書く慣れない文字に30分ほどかかってやっとその

 

書類を書いた。

 

その間 二人の警官は財布の中味を一つ一つ取り出し、点検してリスト化

 

し、別の書類に書き込んでいた。

 

   <1万円札 10枚、各種クレジットカードや会員証、免許証に名刺、

 

   宝くじ2枚に小さな黒い袋・・・> などと。

 

 

 

   「身元はすぐに分かりそうだな・・・」

 

書類を書き終えた若い警官は恵人に向かい・・・

 

   「書類の下に住所、電話なんか書いといてや・・・」 

 

と相変わらずぶっきらぼうに言う。

 

恵人は自分はホームレスで住んでるところもなく勿論電話も無く、家族も

 

いないし連絡先も無い旨を告げると、年配の警官が代わり・・・

 

   「どこか 後ででも連絡の取れるようなところはありませんか・・・」

 

と丁寧に聞いた。

 

恵人は唯一 子供の頃から知っているあの箕面の教会名と

 

牧師の名前を書いておいた。

 

 

 

恵人は手続きが終わると・・・

 

   「誠に申し訳ありませんが、水をいっぱい頂けませんでしょうか」 

 

と頼んだ。 

 

喉がカラカラだった。

 

年配の警官は若い警官に指示して水を持ってこさせると、自身は

 

   「ちょっとここで待っていて下さい・・・」 

 

と言うと外へ出て行った。

 

 

 

やがて年配の警官は駅前のコンビニでパンや缶コーヒーなど食べ物

 

飲み物を袋いっぱいに買ってきたようで、それを恵人に渡しながら・・・

 

   「今日はわざわざ届けて頂いてありがとうございました

 

    これは私個人からの気持ちですから受け取って下さい・・・」

 

そんな温かい言葉に、恵人の目から思わず涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

恵人はその親切な言葉に心からお礼を言うと、有難く頂戴して交番を

 

後にした。

 

 

 

     

 

近くの芦原公園の池の前で、恵人はあの年配警官から頂いたパンや

 

巻き寿司など、久しぶりに味わう美味しい食事を満喫した。

 

そして神様からの御恵みに感謝した。

 

その夜は公園のトイレで一夜を過ごしたが、寒くて眠れなかった。

 

それでもトイレの水で久しぶりに頭と体を洗った。

 

 

 

再び朝がやってきた・・・

 

昨日の頂いた残りで朝食をすましたが・・・

 

あれだけ死に場所を探して箕面の山に登ったのに、今はその気持ちも

 

薄らいできた。

 

   「さて今日は一日どうしてすごそうかな・・・?」

 

 

 

見れば公園に隣接して図書館がある。

 

入り口には 「箕面市立中央図書館」 とあった。

 

恵人はそれまでも大阪の公立図書館などでいろんな本を読むことが

 

あった。  

 

それは暑さ寒さをしのぐ為に、冷暖房の効いた公共施設などで

 

一日を過ごす術でもあり、本が読める一石二鳥の過ごし方だった。

 

 

 

10時のオープンと共に図書館の中に入った。

 

    「暖かい・・・ ありがたい・・・」

 

しかし 汚れたホームレスの格好なので、周りの人々に迷惑をかけない

 

ように・・・ それに追い出されないように・・・ と、息を潜めるようにして

 

本を読んでいた。

 

 

 

昼を過ぎた頃だった・・・

 

 

 

   「あら! ひょっとして恵人さんじゃないの?」

 

 

 

一瞬耳を疑った・・・

 

   自分の名前を知っている人などいないはずなのに・・・?

 

   「あっ!  安藤のおばさん・・・?」

 

 

 

それは子供の頃からよく親切にしてくれた教会員の人で、自分に

 

あのハーモニカをプレゼントしてくれた人だった。

 

 

 

   「 まあ どうしてたの?  もう何年も教会で見かけなかったから

 

     心配してたのよ・・・

 

     今日は私の家に来なさいよ  その格好ではお風呂も長く

 

     入っていないようだし、それに亡夫の衣服も沢山あるから

 

     よかったら差し上げられるし・・・ ね   いいでしょ!」

 

 

 

恵人は10年ぶりに聞く、安藤のオバさんの親切な言葉に、感謝で感謝で

 

顔を涙でクシャクシャにしてうなずいた。

 

 

 

安藤さんはもう80過ぎだがお元気だった。

 

本を読むのが好きで、図書館には老人用に文字の大きな本があるので、

 

時々 家の近くのここへ借りに来るのだった。

 

 

 

安藤さんは亡き夫の散髪をいつもしていたからと、古い箱の中から

 

バリカンを取り出し、風呂上りの恵人を座らせて一気に長い髪をバッサリ

 

と切り、気持ちのよい髪形に整えてくれた。

 

更に昔 夫が着ていたという衣類を次々とだしてきてはアレコレと選び、

 

恵人に着せてくれた。

 

そして・・・

 

   「明後日の教会の日曜礼拝に一緒に行きましょうね

 

    それまではここに居てくださいね」

 

恵人は溢れる涙でうなずいた。

 

   「それにどうしたのその足は? まあひどい! 

 

       私 知り合いのお医者さんがいるからすぐに行きましょう・・」

 

幸い骨折はしていなかったもののひどい傷で応急の手当てをして薬を

 

もらい、しばらく通院して治すようにしてもらった。

 

恵人はもうそれだけで天国にいるかのように幸せな涙を流し続けた。

 

 

 

夕食に美味しい安藤さんの手作りカレーをご馳走になり、

 

何年ぶりかで畳の上で、しかも布団の上で寝ることができた。

 

    「神様 本当にありがとうございます・・・ 暖かい・・・

 

 

 

安藤さんはその夜、何度も何度も夜中に起きては祈り、同じ事を

 

考えていた。

 

そして翌朝、朝食の祈りの後で、自分が決心した事を恵人に伝えた。

 

 

 

   「恵人さん  私は貴方を幼い頃からとてもよく知っています

 

    正直で誠実な人であること  神様を信じている事もね・・・

 

    だから私の話をよく聞いてくださいね・・・

 

    ご覧の通り、私は今ここに一人で住んでいます

 

    部屋もいっぱい空いています

 

    よかったらこの一室を貴方が使って下さい

 

    貴方の居場所にしてほしいの・・・

 

    私も一人居なので心強くなりますから・・・

 

    きっと神様のご計画のような気がしてますの・・・」

 

 

 

恵人にとってこれ以上のサプライズはなかった。

 

   「まさか 本当ですか・・・ 本当に・・・」

 

 

 

二人は天を仰ぎ、この思し召しに心からの感謝の祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

日曜日、恵人は安藤さんに連れられ、20数年ぶりに懐かしい箕面の

 

教会礼拝に参列した。

 

演壇の上から恵人の姿を見つけた牧師は・・・

 

   「おお 神様!」

 

と、心の中で絶句した。

 

それは今朝、箕面警察から電話があり、恵人を探している事と

 

その理由など一切を聞いていたからだった。

 

 

 

牧師はこの時、恵人に神様からの使命が与えられた事を強く感じた。

 

 

 

 

 

(3) へつづく・・・

 

 

 

 

 


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地獄谷からメリークリスマス! (3)

2015-12-03 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

地獄谷からメリークリスマス!  (3)

 

 

 

礼拝が終わると、牧師は急ぎ足で演壇を下り恵人のもとにやってきて

思い切り抱きしめた。

 

   「恵人さん よく来てくれました  本当に嬉しいです

    神様のお導きです

    実は今朝早く 箕面警察から電話がありました

    いいお話です  その事についてお話がありますから・・・」

 

そう言うと、安藤さんと共に裏の牧師館へ二人を案内した。

 

やがて連絡を受けた箕面警察署から担当警部と、先日 駅前交番で

親切に食べ物を買ってきてくれた年配の警官が共に教会の牧師館に

やってきた。

 年配の警官は、恵人があの時の格好と余りにも違う別人のような服を

着て、髪もきれいなのでビックリしていたけど・・・

  「その節はご親切に本当にありがとうございました・・・」

と言う恵人の挨拶に、やっとあの時のホームレスだと確信した。

 

警部は恵人本人だと確認し、挨拶を交わした後で、牧師や安藤さんと

共に恵人へ話し始めた。

 

  「実は賀川恵人さんが拾って届けて頂いた持ち主が分かりました。

   一昨日、その持ち主さんに無事お返ししました。

   本当に飛び上がらんばかりに喜ばれていました」

 

  「そうですか それはよかったです  私も嬉しいです」 

恵人は本当にそう思った。

 

  「持ち主の方は北沢さんと申します  実は一年前、あの財布を

   無くされた直後から警察に相談され、私が担当しました。

   箕面の駅前で何回もこの探し物チラシを持ち。ハイカーの皆さんや

   道行く人々に配布し、探しておられました。

    それには理由がありまして・・・

   お金やカードなんかじゃなく、黒い袋の中身だったんですが・・・

   その中身は私にも分からないのですが、その事は後でお話しますが、

   それ以外にビックニュースがありまして・・・

     実はあの財布の中に入れてあった宝くじ2枚のうちの一枚が

   賞金1億円の当たりクジだそうで・・・」

 

全員が顔を見合わせ、目を丸くした。

警部が話を続けた・・・

 

  「北沢さんはその当たりクジを、もしあの黒い袋が戻るなら、全て

   差し上げてもいいですから・・・ と、当初より警察に相談されて

   いたんです

   どうしても仕事の都合で北沢さんは来週になるそうですが、

   その引き換え期限は後10日ほどしかありませんが、

   是非貴方に貰って頂きたい・・・ と」

 

全員が再び顔を見合わせ、キツネにつままれたような顔をしていた。

 

 

次の週、出張から帰国した足で北沢さんが、すぐに箕面の教会に

駆けつけた。

牧師館に揃っていた先週のメンバー5人と挨拶を交わした後、

恵人に深々とお辞儀をし、感謝とお礼の言葉を述べられた。

差し出された名刺には・・・ 

  「北沢貿易株式会社 代表取締役社長  北沢  絆」 とあった。

 

そして北沢さんは話し始めた・・・

  「私は幸い仕事で財をなし、お金はもう充分にあります

   どうかこれは亡き母の願いのような気がして・・・

   是非 この当りクジ券を貴方のものとして受け取って頂きたいのです

    私の元へ戻ったこの黒い袋の中身は、亡き母の形見です

   この形見のお陰で、私は当りクジの何十倍もの富を与えて

   頂きましたから・・・」

 

恵人はふっと口を挟むと・・・

  「もし 差支えがなければ そのお母さんのお話をお聞きできませんで

   しょうか・・・」

 

  「ではお話しますが・・・ 

   これは母が亡くなる少し前に聞いたのですが、母は10代の頃

   家出をし、悪い遊びをしていたそうです  私の父はヤクザで

   強盗をするようなワルの塊のような男だったそうです

   そんな退廃的な生活の中で母はいろいろあったようですが、

   その後 私を妊娠したものの、その数ヵ月後に父は再び強盗をし、

   逃げる途中で車に轢かれ死んだそうです。

    それから母は私を産み、母子施設で私は育ちました。

 

   その頃から母はなぜか冬になると、年1回だけ貧しいお金を

   やりくりし、宝くじを2枚だけ買って、宝くじ発祥の地と言われる

   この箕面の瀧安寺にお参りしてました。 

   私は母についてきてましたが、物心付いた後もそれがなぜだか

   分からず、習慣のようで、とうとうそれは30数年も続いていたんです。

    それで 母が亡くなった後も、私は母の意図が分からないまま、

   なぜか冬に2枚の宝くじを買う習慣が付いていました。

 

   そして一年前の事・・・

   妻と箕面の山歩きに行く前、売り場で当選番号を見てもらうと、

   なんと当りクジでビックリ・・・ 

   今まで何十年と買っていても300円が何回かあった位なのに・・・

    でも私はそれを財布に入れたまま、妻と地獄谷からこもれびの森、

   勝尾寺の方へと森の散策を楽しみました。

   ところが箕面駅に戻って財布が無くなっていることに気づいたものの

   もう夕暮れで山は暗くなり、探しようがありませんでした。

    翌日から何度も何度も同じ道を歩いて探しましたが、

   見つかりませんでした。

 

    私はその宝くじもさることながら、お金じゃなく、いつも持ち歩いて

   いた母の形見を見つけたかったのです。

 

   母は私が幼い頃から必死に働いていました。

   衣服を安く仕入れ、それを担ぎ、幼い私の手をつなぎながら

   一軒一軒と行商に回っていました。

    そして私が小学校に入る頃、1坪ほどの小さな店を開きました。

   狭いながらもよく売れるようになり、少しづつ大きくしていきました。

 

    そして私は大学まで出してもらい、その頃から一緒に仕事を

   手伝うようになり、やがてFC化し、徐々に全国展開するように

   なりました。

   その商品供給は世界各地にまたがり、それが今の北沢貿易の

   原点です。

   母は大きな財を成しても、冬の宝くじ2枚は毎年欠かさず買って

   いました。 

   きっと10代の頃の、貧しく辛く苦しかった頃に何かあったのでしょう

   そしていつもこの黒い袋を身につけていました。

 

   そして亡くなる前、母は私にこの袋を差し出し、か細い声で

   こう話してくれました。

    <この黒い袋があったからこそ今があるんだよ

      これからも離さないようにしてね・・・ お守りよ>  と

   それに私の名前 <絆> は辞書によると、 <離れがたい関係>

   とあり、母なりに意味があって名づけたのだと言い残しました・・・」

 

 

黙って聴いていた老牧師は、何を感じたのか 北沢さんに声をかけた。

  「その黒い袋の中身を、私に見せて頂けませんか・・・?」

北沢さんはいぶかしげに黒い袋を牧師に手渡した。

牧師はゆっくりと袋を広げ中を確認すると、うなづき、天を仰いだ・・・

  そして 「少し待っていてください・・・」 と奥へ引き込んだ。

 

しばらくして牧師は、茶色の封筒を持って戻ってきた。

  「北沢さん その黒い袋の中のものを机の上に出していただけ

   ませんか・・・」

 

北沢さんは牧師に言われるままに、黒い袋を広げ、その中のものを

取り出して机の上に置いた。

 

牧師は持ってきた古びた封筒から同じように中のものを取り出し

机の上に出して置いた。

 

全員が息をのんだ・・・

 

          ”  同じだ!  ”

 

そこには半分に切って結ばれた、安物の真珠のネックレスが二つ

並んだ。

封筒には50年前の日付と、牧師が 賀川恵人 と名付けた名前が

記されていた。

 

  「なぜ?  まさか!?  貴方はもしかして 私の兄さん!?」

 

北沢さんは恵人を指差しながら、驚きの言葉を発した。

  「・・・母が亡くなる前に、苦しそうに言いました・・・

    <・・・貴方には兄さんがいる・・・> と・・・」

 

  「まさか?  捨て子でホームレスの私に弟が・・・?」

 

牧師のうなづきに、二人は絶句したままやがて抱き合い

しばし互いに大粒の涙を流した。

同席していた皆が一様に、その奇跡の出会いに驚嘆し、感動の涙を

流した。

 

 

あの宝くじは、引き換え期限当日に、恵人がある目的の為に、自分の

当りクジとして賞金一億円を受け取った。

 それは天啓を受けたかのように、自分の考えを弟の北沢さんに話したら

「大賛成!」 と賛同し、協力を約束してくれたからだった。

 

それは前年の寒い冬の事・・・

 ホームレスとしてその厳しい外の寒さをしのぐ為、府立図書館の中で

過ごしていた時に手にした本の中にあった。

 

それはアメリカで、自助努力の遠く及ばない深刻なホームレス10万人に

安定的な住居を提供し、社会的排除や貧困、医療、教育、雇用の問題を

改善しようと全米130以上の地域で、コミューニテイー再生事業を展開

している ロザンヌ・ハガテー女史の本に出会ったからだった。

  「こんなにも素晴らしい女性がいるんだな・・・」

と、他国の他人事のように思って読んでいたけど・・・

恵人はなぜかその使命が自分に与えられたように思えたのだ。

 

ハガテー女史はたった一人でNPОを立ち上げ、官民の資金を集め、

あの荒廃したマンハッタンの廃ホテルを買い取り、周辺のホームレスの為の

恒久的な生活の場として見事に蘇生させたのだ。

 それは一時的なシェルターだなく、政府や行政を批判するだけの人々や

旧態依然とした左右の観念論から抜け出せない人々、文句ばかり言う

人々に彼女は行動でその何たるかを示した。

 行政の事なかれ主義、非効率さにヘキヘキしながらも、その中で

協力者を見つけながら、前向きに一歩一歩成果をだしてきている。

 理想主義と現実主義が交差する新たな公共領域のフロンテイアを開拓し

続けている。

女史のその本から恵人は、大きな勇気と希望を与えられていたのだ。

 

それを聞いた弟の北沢さんは、私財から同額の1億円をだし、あの

安藤さんや教会関係者の協力も仰ぎ、共に一緒になってNPО法人を

設立することになり、恵人がその代表として実務に就くことになった。

恵人は生まれて初めて、自分が今日までこの使命を授かる為に、

いろんな底辺の生活を体験してきた事、生かされてきたことを実感した。

 

  「兄さん 母さんは兄さんの事を一日たりとも忘れた事はなかったと

   思うよ  だって私が物心ついた頃から、毎晩寝るとき、

   あの黒い袋を両手に持って願い事や祈りごとをしていたからね・・・

   こんな形で母の生涯の願い事がかなえられるなんて想像もつかな

   かった・・・

    これで母が私を一人で産んだとき名付けた<絆>の意味がよく

   分かったよ  半分づつの糸でつないでくれていたんだね・・・」

 

新御堂筋から箕面グリーンロードトンネルへの入り口 白島山麓には

今年も巨大なクリスマスツリーが立ち、キラキラと輝いている。

箕面の街に箕面山麓の聖母被昇天学院の中高生徒による、

美しいハンドベルクワイアと、清らかな聖歌隊の調べが静かに流れてきた。

 

 

 数奇な運命と出会いを経て、絆で結ばれた兄と弟二人は、

あの箕面の森の地獄谷から空を見上げていた・・・

 きれいな小雪が舞い、それがキラキラと幻想的なスノーダストとなって

兄弟の頭上に優しく降り注いでいる・・・

 

二人は天を仰ぎ、母の愛に想いを抱きつつ、大きな声で叫んだ・・・

          

          メリー クリスマス!

 

 

(完)

 

 

 

`15-12月 撮る 

<みのお 地獄谷 から>

         

 

 

 

 

 

 

 


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悠久の伊之助 止々呂美村へ (1)

2015-11-05 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり)

NO-24

 

 

<悠久の伊之助 止々呂美村へ> (1)

 

 

 

15歳になる猪之助が、たまたま同じ日に生まれた隣家の治兵衛と共に、 

大人になる儀式<元服>を村人から祝ってもらったのは、11月の寒い日の

ことだった。

 

村で二人はそれぞれに悪ガキの代表格だったが、仲はよかった。

共に尋常小学校をでると、各々の家業を手伝っていた。

猪之助の父親 甚平は、止々呂美(とどろみ)の農産物、とりわけ

ビワ、ユズ、栗、椎茸、山椒や花、植木などを馬車に載せ、山越えをして

箕面村や池田村まで運ぶ仕事をしていた。

 

甚平の若い頃は、まだ狭い山道を天秤担いで運んでいたので、それは

大変な重労働だったが、今は馬車が通れるようになり、随分と助かって

いる。

それに長男の猪之助が手伝ってくれるようになってからは随分と

楽になっていた。

 

 

翌朝、この日もまだ夜が明けぬ頃から猪之助は、父親の指示のもと

荷積み作業に追われていた。

ところが急に何かのはずみに、父親が目の前で腰を痛めて倒れた。

 

  「おとう  大丈夫か?」

 

長年の荷担ぎから、持病の腰痛が悪化したようだった。

激痛にゆがむ父親の姿を見て、猪之助は これでは到底今日の運びは

無理だ・・・ と思った。

 

  「今日はオレ一人で行って来るわ!  荷物待っとる人おるやろしな」

 

6歳下の弟 庄之助が兄と一緒に行く・・・ と言いだしたが、母親に

止められていた。

今まで猪之助一人で山越えしたこともあるので、父親も 

 

  「それなら頼むけど、無理せんとな・・・」

 

と不安ながらも息子に任せ、自分は激痛の走る体を休める事にした。

猪之助は荷物を積み終えると・・・

 

  「それに今日は本家でオレの祝い膳だしてくれる言うしな 

   絶対行かなな・・・」

 

それは以前から心待ちしていた事だった。

今日は箕面村の桜(佐蔵)にある父方の本家で、猪之助元服の祝いを

してくれることになっていたのだ。

それにもう一つ別の楽しみがあった。

 

  「今日はそれにな 双葉山のラジオもあるしな・・・」

 

唯一親戚でラジオのある本家で、年2回興行する大相撲大会の中継を

聞く事だった。

この3年間、無敗の双葉山が、今日も連勝をかけて闘うのだ。

 

猪之助が双葉山を知ったのは、まだ小さかった頃、相撲好きの父親に

連れられ、箕面小学校の土俵開きに連れて行ってもらい、その時に見た

あの大きな立派な体格と優美な土俵入りに、子供ながら感激し、一気に

大ファンになったのだった 

猪之助も、弟の庄之助の名前も、相撲好きの父親が好きな行司さんに

ちなんで付けたとのこだ。 

それだけに年2回の相撲興行があるときは父親の手伝いをしながら

みなが荷物を早く届け、その足で本家のラジオの前に座り、みんなで

ひいきの力士を応援するのが何よりの楽しみとなっていた。

 

  「ほな 行ってくるわ  帰りは本家寄って相撲聞いて、ご馳走なって

   くるさかい 夜遅くか夜明けぐらいになるで・・・」

 

そう言いながら猪之助は<がんどう>でまだ暗い夜道を照らしながら、

明けぬ止々呂美の村を愛馬アオと共に出発した。

 

 

山道を登り、高山の村落を抜け、高山道から長谷に下ってくる付近で

一休みにした。

冬場は全く人影もないが、夏場このあたりは狭く、深い谷間で湿潤な所 

なだけに、周辺に無い動植物、昆虫類が多く生息していて、学者らには

絶好の研究場所らしい・・・ 

 

ふと見ると、山裾の「猪の箱罠」に今日も猪がかかったのか音がする・・・

猪之助は自分の名前に猪の名が付いている事もあり、毎年この時期が

来ると、皆が楽しみにしている猪肉のボタン鍋に手がつけられなかった。 

それで時々、 箱罠や囲い罠にかかった猪を逃がしてやったこともあった。

 

  「今日は一人やし、また逃がしてやるか・・・」

 

猪之助はそっと罠に近づくと・・・ いつもと様子が違う?

 

  「あれ?」

 

見れば地面にワイヤーの輪を仕掛けた足くくり罠に、何やら小さなフワフワ

したものの片足がかかり、必死にもがいている様子だ・・・

 

  「お前はウリボーか?」

 

猪の子供ならよけいに罠から出してやらねば・・・

 

  「しかし それにしてもお前は何でそんなにフワフワしてんねん?」

 

夜が明け始めたとはいえ、深い谷間の長谷ではまだ漆黒の闇の中で

よく見えない・・・

それでもやっと猪之助は罠からはずしてやった。 

すると喜んだような仕草をすると・・・ す~と飛んだ~

 

  「あれ? ウリボーとちゃうんかいな  何やおれは? あれれ・・・?」

 

頭を捻っている間にフワフワはどこかへ飛んでいき、姿が見えなくなった。

 

  「キツネかタヌキにだまされたんかも知れんな・・・??」

 

猪之助は首を傾げながら、再びアオの手綱をとった。

その頃、長谷山と堂屋敷山の間に、大きな光が輝いていた事を猪之助は

知らなかった。

 

 

高山道の政の坂から難所の急坂を登る・・・

ここでは牛馬が力を入れねば上れず、必ず鞭を入れる。 

すると力むのでいつもババを垂れる所なのだ。

やがて朝陽が森を照らし始めると、やっと尾根道にでた。

そして下りとなり、いつもより少し遅れて平尾に着いた。

 

箕面村には電車が通り、山裾には日本一と言う大きな動物園ができたり、

駅前の金星塔の横の洋館にはカフェ・パウリスなんてモダンな店が

出来てたりしていた。

ここで荷物の半分を降ろし、池田村へ向かった。

 

猪之助が荷物を運び終え、箕面・桜村の本家に着いたのは夕方だった。

その日 猪之助は本家の皆の大歓待を受け、元服の祝膳にご馳走を

たらふく食べた・・・

そして初めて人前で、公に酒を飲んだ。

止々呂美の村では、隣の同級生の治兵衛と時々お互いの蔵に入り 

盗み酒をしていたので酒の味は分かっていたが、何しろ大人公認で

おおっぴらに酒が飲めると思うと嬉しくてたまらず、ついつい調子に乗って

出されるままにグイグイと飲み干していた。

 

しかし 今日は半分以上はヤケ酒になってしまった・・・ と言うのも、

あの大ファンで大横綱の双葉山が、まさかの前頭3枚目の新 

安芸の海に敗れ、70連勝がストップしてしまったのだ。

双葉山がすくい投げを放った瞬間、安芸の海の左からの外掛けが

決め手となったようだ。

あの箕面小学校での目を見張る立派な双葉山の土俵入りを思い出し

猪之助は悔しくて悔しくて涙がボロボロと溢れ出していた。

 

猪之助はその晩 初めて酔いつぶれてしまった。 

本家の離れで一人布団をかけられ眠っていたが、夜中に小用で起きると

やっと我に返った。

しばらく布団の中で悶々としていたが、外を見れば今夜は満月で明るい。

夜道は歩き慣れてるし・・・ と、そっと本家を抜け出し、アオを連れて帰路に

ついた。

 

 

昨夜のあの歓待とご馳走、そして双葉山の負けた悔しさ、それに大人に 

なった喜びと酒の苦しさ・・・ いろんな思いに身も心もフラフラとなりながら 

山道を上った。

 

やがて政の坂から高山道に入り、長谷に下った。 

さすが ここに来ると、高い杉林やうっそうとした雑木林に満月の光りも 

届かず、真っ暗闇だ。

しかし 道は分かっているし、アオも慣れているので がんどう を照らし

ながらどんどんと進んだ。

 

すると突然 前方に大きな丸い玉がボンヤリと見えた。

 

  「何やあれは?  またキツネかタヌキか? こんどは懲らしめて

   やるぞ・・・」

 

好奇心いっぱいの猪之助が近づくと、あの昨朝ウリボーかと思った時の

フワフワの白い何かがいくつも見える・・・?

 

 

 

(2)へつづく・・・

 

 

 


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悠久の伊之助 止々呂美村へ (2)

2015-11-05 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり)

NO-24

 

 

悠久の伊之助 止々呂美村へ (2)

 

 

 

白いフワフワの群れの中から、ひときわ体の大きなフワフワが

猪之助の前に出た。

 

  「こんばんわ!  貴方をお待ちしておりました  私は昨日の朝

   ここで貴方に助けられた子供の父親です  

   その節は本当にありがとうございました  

   つきましては ささやかではございますが お礼をさせて頂きたく

   存じます・・・」

 

  「あれ? フワフワが喋った! このタヌキ野郎が・・・ 違うの?

   それにお礼?  バカな  夢か?  痛い!  ホンマか?」

 

人一倍好奇心の強い猪之助は、アオを木につなぐとそのフワフワの

言葉に乗ってみる事にした。

 

  「ほんの近くですのでこの中にお入り下さい」

 

見ると、光っていた丸い玉に近づくと戸が開いた・・・

中に入るとすぐにフワリと浮き上がり、そのまま動き出した・・・ と思ったら

あっという間に前方の戸が開いた。

 

  「着きました・・・ ここが私達の家です  どうぞこちらへ・・・」

 

猪之助がフワフワの後ろについていくと・・・

前方に巨大なドームが現われ、左右数十のフワフワに囲まれたまま、

中央の大きな金ぴかのイスに座った貫禄のあるフワフワの前に出た。

 

  「これはこれは ようこそおいで下さいました  

   私はここを統治するエンペラーです  

   昨日の朝 私の孫を助けて下さり 心から感謝とお礼を申し上げます

   今宵は孫の命の恩人の為に皆が集まり 最善のおもてなしを

   させて頂きますので どうぞ心いくまでお過ごし下さい」

 

ビックリ唖然とする猪之助の前に 次々と見たことも無いようなご馳走が

並べられる・・・ しかも美味そうだ。 

しかし 本家でコレでもかと言うぐらい腹いっぱいにご馳走を食べてきた

ばかりなので入りそうに無い・・・

すると 横にいたフワフワが小さな錠剤を一粒口に入れてくれた。

  摩訶不思議!?  腹がすいてきたではないか・・・ 腹ペコだ!

 

猪之助は次々と美味しい料理を平らげた・・・ 

それに初めて飲む珍しい酒にも底なしだった。

楽団が演奏を始め、美女軍団が舞い踊り、花火が上がる・・・

猪之助はすっかりその雰囲気に呑み込まれていった。

 

猪之助は隣に座ったあの父親と言うフワフワから話を聞いた。

  「・・・子供は何でも好奇心がいっぱいでして・・・ 昨日もここから外へ

   出てはダメと あれほどきつく言って聞かせていたのに、ここを出て

   面白そうだったから・・・ と、あの猪の罠場に入ったらしく、その罠に

   かかってしまったのです。  泣き叫ぶ子供の声でやっと気づき、皆で

   何とか外そうとしたものの、我々の力ではどうしようもなく悲嘆にくれて

   いる時に、貴方が通りかかり外して下さったのです・・・

   まさに命の恩人です」

 

  「オレはウリボーかと思ってな  それに自分の名に猪がついてるから

   時々罠から外して逃がしてやることもあってな・・・

   それだけなんや・・・」

 

猪之助も子供の頃から人一倍好奇心が旺盛で、5歳のとき、隣の治兵衛と

箕面の山でもう廃坑になっていた狭い穴に入り込み、長い坑道を歩き

回っている内に、とうとう出口が分からなくなり、2日2晩村中大騒ぎに

なったものの、3日目の朝 とんでもない出口で泣き声を聞いた人に

助けられたというエピソードがあったので・・・ 

  「分かる  分かる・・・」 と うなずいた。

 

よく見るとフワフワは大きな白い布のようなものをかぶり、その中を見ると

人間と同じように目や口や鼻、耳もついていた。

それに結構男前と美人揃いなので、猪之助は警戒心も解け、すっかりと

ここが気に入ってしまった。

 

猪之助は好きな双葉山が今日 70勝目に破れ、悔しくい話をすると・・・

若いフワフワがこんな事を喋った。

 

  「次もハクホーが優勝でしょうね  でも昨日はキセノサトが勝って

   一矢報いましたね  それにしてもモンゴル勢は強いですね・・・」

 

  「ハクホー?  モンゴル?  なんのこっちゃ?

   オレは日本の大相撲の話ししてるんやが・・・?」 

 

猪之助は時を忘れて食べ、飲み、遊びに興じた。

やがて花いっぱいの風呂に入れてもらい、美女に汗を流してもらい、歌い

遊び、笑い、楽しい一時を過ごした。

特に木の香りのする琥珀色した飲み物は、猪之助の神経をリラックス

させた。

 

どのぐらい経ったのか・・・?

猪之助はふっと思い出した。

 

  「そうや 夜明けまでにオレは家に帰らんといかんね

   明日の荷物も積み込まんとあかんしな  それに親父は持病で

   しばらくは動けそうにないしな・・・」

 

猪之助の話を聞いたエンペラーも、あのフワフワ父親も、それに周りの

沢山のフワフワ達みんながたいそう残念がったものの、盛大に見送られ

猪之助は再びあの光の球に乗った。

 

球に乗り3秒もせぬまに元の場所に下りた。

  「充分なおもてなしもできませんでしたが・・・」

 

  「いやいやとんでもない  夢見たいなご馳走をいただきまして

   おおきに! でした」

 

  「では ごきげんよう・・・」

 

光り輝く球はあっという間に消えてなくなってしまった。

 

真っ暗闇の中で一人取り残され、猪之助はふっと我に返り、口笛を吹いて

アオを呼んだ。

 

  「あれ?  アオのやつ どこへ行ったんや?  

   それにここはどこや?  変やな? 

   見上げれば見慣れた長谷山も堂屋敷山の山形も、そんなに

   変わっていないようやが・・・ ?」

 

  「あれ!?  いつの間にこんな所に大きな池ができたんや?

   それに山道が・・・ 広い?  地面は硬いし・・・  

   何やこの柵は?  それにあの大きな穴は・・・?」

 

キョロキョロ見回していると、少し先に標識があった。

顔を近づけてみると何とか読めた。

 

    <箕面隊道?>  <みのお川ダム湖?>

    <この先 箕面ビジターセンター> 

 

 

  何じゃこれ!?

 

 

 

(3)へ続く・・・

 

 


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悠久の伊之助 止々呂美村へ (3)

2015-11-05 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり)

NO-24

 

 

悠久の伊之助 止々呂美村へ (3)

 

 

 

田中裕二は、営業部の飲み会幹事として3次会までみんなと付き合い、

やっと解放されたばかりだった。

相当酔いもまわっているけど、明日の休日は久しぶりに子供を連れて

遊びに出かける約束なのでどうしても車で帰らねばならなかった。

  「もうとっくに深夜のバス便もないしな・・・」

 

裕二は1時間ほど車内で酔いを覚まそうと寝てみたが・・・

聞けば夜間にも箕面グリーンロードトンネル前で検問やってたぞ! と

同僚に聞いていたし・・・

  「しかし もうこんな深夜までやってないだろうしな・・・ でも?」

と悶々としながら眠れなかった。

 

少し気分もよくなったので、裕二はハンドルを握り、念のため山越えをして

自宅まで帰ることにした。

職場のある箕面・船場の街から小野原、外院(げいん)、粟生間谷

(あおまだに)から府道茨木・能勢線を北上した。

やがて途中から左折し、勝尾寺山門前を通り抜け、茶長坂橋を右折して

高山道に入り、住まいのある箕面森町(みのおしんまち)を目指した。

 

  「ここまで来たらもう大丈夫だろう・・・」

 

しかし 何度も 「安全運転!  安全運転!」 と口にしながら、今日の

楽しかった飲み会を振り返っていた。

 

やがてダム湖の横にある短い <箕面トンネル> が見えてきた。

すると 前方で一人の老人がキョロキョロしている姿が、ライトに浮かび

上がった。

 

  「なんだ あの人は・・・?」

 

車が近づくと、老人はビックリした顔でこっちを見たかと思うと、ヘナヘナと

道に倒れるようにヘタリこんでしまった。

 

  「だいぶ酔うてはるな・・・ それにしても仮装大会の帰りか?

   あのブータン王国の民族衣装のような格好してるし・・・?

   それにこんな人気のない山の中で何してはるんやろ?」

 

裕二は速度をゆるめ 手前で停まり声をかけた・・・

  「どうされたんですか?  大丈夫ですか?」

 

 

猪之助は ここがどこなのか?  いつもの長谷のような? そうでない

ような? 頭がこんがらがったままキョロキョロと周辺を見回していた。

すると急に南の方に光が見えた。

 

  「何だ? またキツネかタヌキか?  それともさっきのあのフワフワか?

   目の玉が二つ光っているが・・・?」

 

そう言いながら足がもつれてヘタリこんでしまった。

 

すると前方で二つ目が停まった。

  「何や? 誰か喋っとるな  何や?」

 

  「どうされたんですか?  大丈夫ですか?」

 

今度は洒落た格好をした若い人間が、近くに来て声をかけた。

それで猪之助はボソボソと喋りはじめたのだが・・・

 

  「いやいや オレは家に帰るとこなんやがな・・・それがどうしたことか?」

 

   「どちらへ帰られるんですか・・・?」

 

  「いや あの オレはアオとな・・・ いや オレは止々呂美(とどろみ)の

   猪之助やけど・・・ 神社の近くに住んどるんやが・・・」

 

   「ああ それなら私は箕面森町に帰るとこなんで・・・ 通り道なんで

    送っていってあげますわ・・・ さあ車に乗って下さい・・・ どうぞ!」

 

  「みのおしんまち?  くるま?」

 

猪之助は昨日も箕面駅前で珍しい車を見たことはあるが、まだ乗ったことは

一度もなかった。

 

   「シートベルト締めてくださいね」

 

  「しーとべると?」

 

   「それそれ こうやってね・・・」

 

体を締め付けられるようで、猪之助はそれを外そうともがいていると、

車が動き出した。

トンネルは短くすぐに抜けたが、広い固い道をすごい勢いで走っていく・・・

 

  「こんな所にこんな道なんか無かったんやが・・・ おかしいな?」

 

猪之助がブツブツ言っていたが、裕二はカーラジオを付けた。

 

深夜の音楽番組が流れている・・・

猪之助は目の前のこんな所から音楽が流れてきたので、腰を抜かさん

ばかりにビックリした。

すると すぐに・・・

 

   「・・・スポーツニュースをお伝えします・・・

    昨日の大相撲の結果です・・・  

    すでに優勝を決めている横綱 はくほう は、同じモンゴル出身の

    横綱 はるまふじ に敗れました・・・」

 

  「ええ・・・ 双葉山はどうなったんや?」

 

猪之助がそう叫んだものの、相撲に興味のない裕二の耳には届かな

かった。

 

  「ついさっきも あのフワフワの所にいた時も、若いフワフワが・・・

   大相撲はモンゴルとか はくほう とか きせのさと とか何か

   言ってたようやけど・・・ おかしいな??」

 

猪之助の頭の中は大混乱していた。

 

車は高山の村落を抜け、山を下り、あっという間に余野川にでた。

漆黒の闇の中に、車のヘッドライトの光で周囲の景色もボンヤリと見える。

 

  「何や? 川はいつもの水量より少ないし、川幅はやけに広いし、

   周囲の雰囲気も違うようやけど・・・? 

   しかし 大向青貝谷山、笛ケ坂山、天神ケ尾山・・・ 

   山並みは昨日家を出た時と余り変わってないようやけど・・・ 

   それでも何か変やな・・・?」

 

猪之助はいつもなら2-3時間かかる道を、あっという間に着いて

しまったので、それもビックリ仰天だった。

 

   「お爺さん 着いたよ 止々呂美神社はそこなんで・・・ ここでいい?

    私はこの上の森町に住んでるんで・・・」

 

  「ああ おおきに・・・」

 

猪之助は車を下りながら・・・

 

    「お爺さん?  誰のこっちゃ?  しんまち?  この上は山しかない

   のにな・・・ 人なんか住んどらんど・・・? やっぱりまたタヌキか?」

 

車を下りた猪之助は、何が何だかさっぱりわけの分からないまま見渡した。

 

少し前、箕面村の桜の本家を出たときは満月で寒い夜だったのに、

今は新月のようで真っ暗闇の中だ。

 

  「・・・しかし 何となく地形は似てるしな・・・?」 

 

猪之助は見慣れないあぜ道に腰を下ろし・・・

 

  「やっぱ あんまり飲みすぎたせいで頭がおかしくなったんやな・・・

   これから酒はほどほどにせんとあかんな・・・

   やっぱ オトンが言うてように 酒は魔物 やな・・・

   元服して大人になるのも大変なこっちゃわ・・・」

 と 目を閉じた。

 

 

その頃、猪之助と同級生だった悪がき仲間の治兵衛は いつものように

早起きし、前夜子供や孫や曾孫など一族一同が揃い、88歳米寿の祝いを

してくれたので、その思いを味わいながら昔の出来事を思い出していた。

 

  「もう73年が過ぎたのか・・・ あっという間やったな・・・

   あの日 アオだけが帰ってきて・・・

   突然 猪之助がいなくなってしもうたわい・・・

   どうしたのかの~  何があったのかの~

   とうとうわからずじまいやったな・・・」

 

猪之助の6歳年下の弟 庄之助は、兄の代わりに家を継ぎ、今も隣に

住んでいる。

 

  「そうや!  今日起きたら久しぶりに二人で猪之助の墓参りにでも

   行くかな・・・」 

 

やがてうっすらと夜が明けてきた・・・

 

その頃、箕面の森の上空を 円盤型をした未確認飛行物体 

ゆっくりと上昇し、やがて瞬時に東の彼方へ飛び去っていった事を

誰一人として気づかなかった。

 

 

 

 

(完)

 

 


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森の埋蔵金 (1)

2015-10-08 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

箕面の森の小さな物語 (創作ものがたり) 

NO-23

 

 

 箕面の森の埋蔵金  (1)

 

 

 

  「今からもう何十年前の昔の話しやがな~  

   箕面大瀧までの瀧道沿いに、多くの高級料亭や旅館、それに企業の

   保養所、金持ちの別邸なんかあったらしいわ~

   そんでな、ある金持ちのその別邸で不思議な噂話しが

   あったんや・・・ と」

 

高橋 杜夫は、意味深長な言い回しで、同僚の山口 裕二に話し始めた。

二人は会社の同期で、若い頃から気が合い、時々一緒に飲んでは仕事の

グチ話し、憂さ話しをしたりしていた。

金曜日の夜になると、いつもの行きつけの店、箕面の小さな居酒屋の常連

になっていた。  しかし今夜は雨のせいか、客は二人だけだった。

 

杜夫は早くもろれつが回らなくなってきたので、女将に水をいっぱいもらい、

自分の頬っぺたをパチンと張ると・・・

 

  「これはとっておきの内緒の秘密の話しやねん・・・ 誰にも言うとらん

   話しやけど、お前だけに教えるんやで・・・」

 

裕二はそれから一時間、杜夫が一方的に話す秘密と言う話しに、だんだんと

身を乗り出し引きずられていった。

 

  「その箕面の別邸というか館にはな 富さんちゅう未亡人が住んでてな

   それに昔から仕えてたオトはんちゅう女中はんと二人で住んでたんや

   ダンナはんは綾小路何とか言うてな、なんでも皇室に縁のある人とかで

   財界の大物やったそうな・・・

   なんでも満州で大儲けしはってな  今の金にして数十億円ほどや

   そうな・・・

   富はんは京都の舞妓はんやったそうやが、ダンナはんに惚れられて、

   後家はんとして嫁にきはったんや  

   そんで箕面の山深い箕面川の辺に、当時でビックリするぐらいの館を

   建てはったんやと   ところがな 一年もせんうちにそのダンナはんが

   心臓発作で急逝しはったんやと

   気の毒に富はんは、それからずっと女中はんと二人で、その館で

   暮らしてきはったんやと

 

   そんでな その噂話しちゅうのはな  そのダンナはんが亡くなる前に

   その館の近くにな 儲けた金をみんな金塊にして埋めたちゅう話しや

   ねん   しゃあさかな 何人もの男はんが、その隠し金塊を目当てに

   富はんを口説きにかかったそうやけど、身持ちが固とうて誰とも

   再婚もしはれへんかったんやそうな

   

 

   ところが富はんには甥が一人と、姪が一人おってな・・・

   そのまま富はんが亡くなって、そんでその財産が見つかったら、その

   二人が相続する事になるんやがな・・・ しかし何せ その肝心の

   金塊がどこに埋められてるか、誰も分からんのや・・・

   そんで甥も姪もこまめに富はんの館を訪ねては、その噂話しを探ろうと

   いろいろ世話をしてたんやそうな・・・

 

   姪の涼子ちゅう娘は、顔も器量も性格も悪い我侭娘やったそうやけど、

   何人もの男はんからプロポーズされてな、そんで特に西谷ちゅう

   20歳以上年の離れた男から猛烈にアタックされてな  涼子もその気に

   なって結婚したんやと

   そんでそれからはしょっちゅう二人で富はんを訪ねて来ては、

   何やらいろいろと探ぐっていたそうや

 

   もう一方の甥の孝太郎はな よう勉強ができたようで、末は博士か

   大臣か と周りから言われてな 富はんを喜ばせたそうや

   孝太郎は月に一回来ては、毎回3日ほどいつも泊まってな

   なにや いつも地下の書庫で一日中探しもんしとるちゅう噂

   やったんや

 

   そんな頃や・・・

   急に富はんが倒れはったんや と

   そんでな 昔からのかかりつけの医者が馬車に乗って急いでやって

   きたんや と   

   姪の西谷夫婦は、その前に女中はんから連絡を受けて、

   もしこれが最後やったら その前に富はんが知ってるかもしれん

   金塊の隠し場所 聞いとかなあかん・・・ と 急いで駆けつけて

   はったんや

   甥の孝太郎も駆けつけたんやが、何やらいつもの地下の書庫で

   バタバタしてはったそうな

 

   診察した医者は・・・ 

   「いつものこっちゃ ちょっと疲れはったんやな

   富さんは昔から丈夫やから後20年は大丈夫や ハハハハハハ」  

   と 笑っとったそうや

   ほんま言うとな この丸尾はんと言う医者はな  ダンナはんが急逝

   しはった時に看取った人でな  昔から富はんを取り囲む人らを、

   いつも苦々しく思ってたんで、何の根拠も無いのに 

   「富さんは元気や問題ないで!」  と言いはったんや と

   そんで姪夫婦はな 少しガッカリした様子で帰っていきはったんやが、

     しかし 甥の孝太郎だけはそれから一週間も泊まって、その間

   地下の書庫にこもったままやったそうな・・・

   何でもその書庫にはな ダンナはんの事業のものらしい膨大な資料が

   残ってて、孝太郎はそこにお宝の山があると睨んで丹念に調べてた

   ようやねん   

   そんでその重大な目処がもうすぐつくはずやったんやな

 

   実はな もう一人 あの女中のオトはんやがな・・・   

   ダンナはんとの間に、健治ちゅう男の子を一人もうけてはったんやと

   ややこしい話しやな・・・

   オトはんはな 子供がおらん兄夫婦へ自分の子供預けてな

   育ててもろたんやそうや

   その息子がもう大きなってな 植木職人やってはってな

   それがいきさつはよう分からんけど、富はんの館の植木の手入れを

   任されてな  富はんは知ってか知らずか  ようやってくれるわ・・・ と

   健治を随分と気に入って、毎月来てもろてたそうや

   勿論 母親である女中のオトはんはそんな息子を見ながらも 

   表面上は知らん顔してたそうやけどな・・・」

 

  「それからどうなったんや・・・」

 

裕二は杜夫の話しにその続きをせっついた。

杜夫はトイレから戻ってカウンターにつくと、再び続きを話し始めた。

 

女将も店が暇なので、先ほどから杜夫の話しに身を乗り出して聞いていた。

 

 「そんで7月のある日のことや・・・  この月は珍しく大型台風が2つも

   来てな・・・ その影響もあってか大雨が3日間も降り続いてて、

    夜半にはその風雨がさらに強くなったんや。

    そんな時、運悪く再び富はんが倒れはってな それが危篤状態や言うて

    そんでな オトはんは関係する人みんなにオトさんは連絡しはってな 

    各々には目的があるさかい とにかく急いでみんな嵐の中を館に

    集まってきたんや と」

 

その意外な展開に女将も裕二っも目をギラギラさせながら

聞き入っていた。

 

 

(2)へつづく

 

 


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森の埋蔵金 (2)

2015-10-08 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

箕面の森の埋蔵金  (2)

 

 

 

杜夫は二人を前にもったいぶるように話し始めた。

 

   「台風による豪雨の中、各々が森の中の館に集まってきたそうな

    姪の西谷夫婦はすでに<古>と<姫>というキーワードを

   つかんでたんやけど、何のことやらさっぱり分からんかったんや 

   そんで何とか富はんからそのヒントを聞きだそうと、

   耳元で喋り続けてたんや・・・ 

 

   甥の孝太郎は、もう少しであの膨大な資料から、宝の山が目前に

   明らかになる期待でな ある一点だけのヒントを富はんに求めて

   同じように耳元に張り付いてはったんやそうな・・・

 

   女中のオトはんは、今まで何十年もダンナはんの亡き後、息子へ

   遺したと思われる遺言書が、家のどこかに隠してあるはず・・・と

   仕事の合間合間に富はんに隠れて、広い館の隅々まで探してたんや

   そんでな それが地下室から箕面川にでる一角に、隠し通路が

   見つかってな その先にある扉を見つけはったんや

   そんで 密かにその日も植木職人の息子を仕事にかこつけて呼んで

   はってな  その鍵を富はんに何とか聞こうと思てはったんや

 

   そんで医者の丸尾はんは別の目的で富はんを診てはったんや

   何でもダンナはんを看取る前、ダンナはんにベットに呼ばれ、

   かすかに聞こえる声でな

 

   「金・・・  富の背中・・・ ホクロ・・・ 姫・・・  そこ・・・」

 

   と、言い残して他界してはったんや・・・ と。

   そんでな 診察のたびに富はんの背中を見ると、少し曲がった背骨の

   横に2つのホクロがあり、それが金塊の隠し場所を探るヒントやと

   確信してはったんやな・・・

 

   集まった皆は、富はんのベットの横や前後に陣取ってな 各々の目的

   の為に、耳元で入れ替わり立ち代りささやきながら探ってたんや・・・と。

 

館の外は、台風の影響でいつになく激しい風雨で荒れ狂ってたんや

森の樹木は左右に大きく揺れ、時折 その激しい嵐に悲鳴をあげる

かのように折れる枝、舞う葉の音が聞こえてくる・・・

杜夫の話しが続く・・・

 

   「その時、外の戸を激しくたたく音がしたんや

   オトはんが裏玄関に出ると、外はものすごい嵐に山が狂っていた。

   訪ねて来た人は箕面警察の若い2人の警察官やったそうな

 

    <ここは危ない! 箕面川が氾濫してて早く下の安全な所へ

     避難してください。 緊急です。 今すぐお願いします・・・>

 

   そう言い残すと、上流の家の方へ急いで走っていったんや・・・ と

 

   富はんを囲むみんなは、その話を聞いても誰一人全くお構いなしに

   ただ富はんから何か聞き出そうと必死やったんやな・・・

 

   そんで7月11日の未明のことや・・・

   ものすごい山崩れの大音響と共に箕面川が暴れだした。

   連日の大雨に加え、崩れ落ちた土砂や大岩が、濁流と共に

   ものすごい勢いで山を駆け下った。

 

   突然

 

          ドスン  バリバリバリバリ

 

   と、大音響と共に、大きな岩がいくつも館にぶつかると同時に、

   根こそぎ倒れたり折れたりした杉の大木多数が

   館に突き刺さってきたんや

 

   やがて数分後、次々と襲い掛かる大量の土砂、岩、木々を含む

   濁流に飲み込まれ、富はんの館は あっという間に粉々に壊れ

   一気に下流へと流されていったんや・・・

   富はんを含む7人もろとも、全てが根こそぎ激流のもずくとなり、

   後には何一つ残らんかったんや・・・ と」

 

店の女将と裕二は  う~ん  とうなったままだった。

 

杜夫の話が続く・・・

  「今の箕面大瀧の少し下方にある河鹿荘別館の茶屋

   <ほととぎす> の横手に、<箕面警察長 殉職の碑> が

   あるやろ・・・

   その石碑に書き刻まれている文 読んだ事やるやろ・・・

 

   <・・・ 昭和26年7月11日 未明に・・・ 集中豪雨により、箕面川

    は未曾有の増水となり、濁流うずを巻いて氾濫し、園内の飲食店、

    旅館などは押し流され・・・ 云々>

 

   と今も刻まれているわ   お前 知っとるやろ

   オレはその時の状況やと思てんねんけどな・・・

   ちょっと違うのは、あの時の館と7人のことは何一つ記録に無いし

   分からんのやそうや・・・

 

   そんで問題はこれからやねん・・・

   あれからもう60年以上も経った今年の夏のこっちゃ

   昔 その館があった少し下の方、少し背骨のような所から右へ

   曲がった付近・・・ そこは古場の修験場跡下で、姫岩の近くやな

   そのあたりでなぜか砂金がよう採集されるんやそうな・・・」

 

聞いていた裕二が口を挟んだ。

  「ちょっと待て  その古場の<古>と 姫岩の<姫> 

   それは箕面川のあのちょっと曲がったとこやな   

    富はんのホクロの位置やないか?」

 

聞いてた女将も興奮気味に身を乗り出した。

 

杜夫は話し続けた。

  「最近のことやけどな  あるハイカーが風呂ケ谷で足を挫きはってな

   そのせいでゆっくりゆっくり下りて来たんで、天狗道から姫岩に下りて

   きた頃にはもう日がとっぷり暮れ、真っ暗闇になってたそうや。

   ところがな その姫岩の近くだけが ボー と明るく、何か光り輝く

   ものが見えたんやそうや・・・」

 

裕二が叫んだ・・・

  「そこや  そこや!  埋蔵金 そこや!」

 

杜夫の話を聞いていた女将は、もう発見したかのように・・・

  「そりゃすごいわ!  ええ話し聞いたわ  その場所やったら大体

   分かるわ・・・」 心の中でほくそ笑んだ。

 

  「今日はええ話し聞いたさかい飲み代 タダにしとくわ! ついでに

   あんたのツケもみんなタダにしとくわ   

   それにこのレミーマルタンも一本サービスや!  飲んで  飲んで!」

 

女将は早速 「明朝にでもスコップとツルハシ持って行かな・・・」 と

心の中で目論んでいた。

 

裕二は裕二ではやる気持ちを抑え、こっそり夜明け前にでも一人で

確かめに行く算段をたて、一人ほくそ笑んでいた。

 

杜夫は杜夫でいつしか自分の話しに酔いしれ、初めて飲む高級酒に

存分に酔いしれ、大金持ちになった気分で、雲の上を歩くがごとく

家路についた。

 

箕面の森を月明かりがこうこうと照らしている。

秋の夜風が、色づき始めた紅葉の木を揺らし、

フクロウかミミズクかが 一羽 啼いた・・・

 

ホー ホー ホー アホー  ホー  ホホホホ ホ ホ・・・・

 

 

 

 

(完) 

 


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箕面の森の小さな物語 <森の力 GO GO! (1)>

2015-09-03 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

箕面の森の小さな物語

         (創作ものがたり  NO-22)

 

 

 

 

森の力 Go Go !  (1)

 

 

 

主婦の松坂 瞳は、今朝も早くから起き、食事の準備を始めていた。

子供と二人分の朝食を作ると、次いでお昼のお弁当二人分をランチ

ボックスにつめ、飲み物を用意した後、ベランダに出て今日の天気を

確認する。

  TVの予報では、午前中は晴れだけど、午後からは天候が雨模様の

  ようだわね・・・

夏から秋への季節の移り目だから、特に天候には注意せねば・・・

  雨合羽も傘も用意しなくちゃ・・・

 

一通りの準備が終わると、賢治を起こしに寝室に向かう。

  「ケンちゃん  おはよう・・・!」

  「アー  ウー  ウー  ウー」

  「今日は山へ行くのよ・・・ 早く起きよう・・・」

眠そうにしていた賢治は、山と聞くとすぐに起き上がった。

 

瞳は賢治をトイレに連れて行き、次いで洗面所へ、それが終わると朝食を

食べさせ、着替えを済ますと、もう賢治は玄関で早く早く・・・という仕草で

待っている。

  「ケンちゃん もうちょっと待ってね・・・」

  「アー ウー ウー ウー」

今日は週2回の山歩きの日で、賢治は唯一生き生きとした目をする日

なのだ。

それだけに瞳も頑張らねばと、気合の入る日でもあった。

 

賢治は14歳になったばかりだが、出産時のトラブルに加え、幼い頃から

先天性脳機能障害・自閉症に精神障害を抱えていた。

ここ数年は少し落ち着いてきたので支援学校に通っているが、それでも

週2回は特別に頼んで、二人で箕面の山歩きをしてきた。

それにはそれなりの理由があり、またその効果も着実にあるのだった。

 

瞳が夫の英和と結婚したのは39歳の時だった。

そして41歳の時、初めての子供 賢治を授かった。

瞳は長い間、日本のナショナルフラッグとして世界の空を飛ぶ航空会社の

キャビン アテンダントとして活躍してきた。

しかし、会社の厳しいリストラ策もあり、同僚の英和と10年近い交際期間を

経て結婚したのだった。

英和は今も国際線の機長として忙しく働いているので、賢治の世話は

この14年間ほどんど瞳一人でしてきていた。

 

当初は辛く苦しい思いの毎日だったけど、賢治の成長と共に、自分も一歩

一歩と成長してきた感がする。

しかし、もう55歳を過ぎ、小柄な瞳は夫の背丈ほどに大きく成長した賢治を

一人では到底抱きかかえる事はできなくなっていた。

それに長年の介護生活で腰痛に悩み、更年期障害もあって、後何年

こうやって一緒に山歩きなどできるのかと、不安でいっぱいだった。

しかし、週2回の山歩きだけは何があっても頑張って二人で歩いてきた。

それは息子のいつもとまるで違う、生き生きとした喜ぶ笑顔が見たいが為

だった。

 

それは賢治が4歳になった頃、ある日3人で箕面山中の勝尾寺園地を

訪れ、近くの森の中を歩いた事があった。

その時、賢治がそれまでと全く違う表情を見せ、目を輝かせ、嬉々として

いる姿を発見したことが発端だった。

それ以来、夫の休日に合わせ3人で森の中を歩いたりしてきたが、それが

いつしか週2回、家の近くの箕面の森を歩く瞳と賢治の習慣になっていった。

そして賢治は、その日が来るのをいつも心待ちしている様子だった。

 

賢治の症状は、脳に起因する認知や対人コミュニケーションの障害も含め

、他人からの呼びかけに反応せず、特定の事には強いこだわりを持ったり

する。 それに独り言で話したり、奇妙な動作をしたり、時には急にパニック

状態になったり、自傷行為をしたりするなど特徴があり、更に精神遅延の

知的障害を併発していた。

それだけに一人にすることはできず、常に誰かが目を離さないように

見守っていなければならなかった。

現代の医学でその治療法は、事実上不可能と言われているのだった。

それだけに夫婦は、賢治の将来をどうしようかといつも悩んでいた。

賢治は人々が密集するような街を嫌う傾向があり、対人距離もおかねば

ならないので、気の休まる時がないのが現状だった。

それだけに森の中を歩き、自然を相手に過ごす事は最適の選択だった。

 

  「さあケンちゃん そろそろ出発しようか・・・ でかけるよ! GО GО!」

  「ゴー ゴー  ウー  ウー」

これが二人の合言葉だった。

 

二人は箕面駅前から瀧道に入り、「一の橋」から左の桜道を上った。

早速 森の中から ツツー ピー ツツー ピー ツーピー  と

シジューガラの鳴き声が二人を迎えてくれる・・・

賢治はとたんに森を見上げ、 どこにいるのかな~ と見回すようにしながら

元気な笑顔をみせた。

日頃見せないその笑顔に、いつも瞳は涙がでるほど幸せを感じるのだった。

 

パラ パラパラ バラ・・・ と 木の実が落ちてきた・・・

見上げると高い木の上で、数匹の野生猿が枝から枝へ飛び移りながら、

木の実を採って口に入れている姿が見えた。

賢治はその姿を飽きることなく眺めている・・・

 

やがて坂道を上り、桜広場へ向かった。

  「ケンちゃん 待って! もっとゆっくり歩いて・・・ 最近だんだんと

   早くなるな・・・」

少し前まで、賢治は瞳と手をつないでゆっくりと歩いていたのに、もう足も

早くなり、どんどん先に進むので、瞳は賢治の後をついていくのがやっと

だった。

瞳はこの10年、賢治と一緒に箕面の里山から森の中を随分と

歩いてきた。

週2回で年間100余回だから、もう1000回位歩いてきた事になるので

箕面の森の地理はそれなりに熟知していた。

それでも同じところを何度歩いても、四季折々の季節やその時々の天気、

自然界の変化など、全く違う森の様相を体験してきたので、今迄

飽きる事は一度もなかった。

 

  「ケンちゃん 一休みさせて・・・」

ずっと先に行く賢治を呼びとめ、桜展望所前で瞳は汗を拭った。

  「ケンちゃん お母さん ケンちゃんの速い足についていけないの・・・

   だから お母さんに合わせてもう少しゆっくりと歩いて頂戴ね・・・」

賢治は聞いているのか、聞こえないのか? 上空を飛ぶ鳥をじっと

見つめている・・・

瞳が双眼鏡をリュックから取り出しその鳥をみると・・・

  「あら珍しい・・・あれはオスプレイね  ほら鷹の一種のミサゴという鳥よ

   急降下して池や川の魚を捕らえて食べたりするのよ  米軍が沖縄に

   配備した飛行機につけた名前と同じね・・・ ケンちゃんもお空を飛んで

   みたいわよね・・・」

瞳はいつも反応の無い賢治に、こうやって話しかけていた。

そしてこの10年 鳥の名前や樹木や花、植物、小動物、昆虫の名前まで、

賢治と一緒に図鑑などを見ながら自然と覚えていた。

  「さあ 出発しましょうか・・・ GО GО!」

  「ゴー ゴー ウー ウー」

 

桜谷に入り、少し倒木で荒れた谷道を北へ向かって登る。

横手には小さな谷川が流れ、耳に心地いい響きが届く。

杉や檜の高木が林立し、昼なお暗き森が広がっている。

 

森の中にはいろんな樹木、植物、小動物や昆虫類、微生物など幾種もの

生命体がいるし、地形的な高低変化が多い自然空間がある。

その一つ一つの様相や変化は、医療的なリハビリテーションがまかなえる

自然環境なのだ。

森の中へ差し込む木漏れ日の光、森の中を吹き抜ける風、フィトンチッドに

代表される森の香り、木々や植物、花々の発する自然の匂い、そして

四季折々の変化、春の若芽の息吹から、夏の緑陰、秋の結実、紅葉、

落葉、そして雪に覆われた景色、雨もあり、風もあり、森それ自体が

バランスのとれた生態系であり、さまざまな生命体の集合であり一つの

世界なのだ。

 そしてこれらの環境要素をも森林と接する事は、人間が本来持っている

内的な生活リズム、つまり内なる自然のメカニズムを取り戻す事ができる・・・

と、瞳は英和と共に賢治を通して肌で学び実感してきた事だった。

 

  「ケンちゃん ここで休憩! お母さんに一休みさせてね・・・」

賢治は瞳が一休みしている間、その周辺の森の中に入り、いつものように

キョロキョロしたり、何かを手にとって眺めたりしている。

瞳は自分の弾んだ息を整えながら、賢治から目を離さないようにして腰を

下ろした。

  「ケンちゃんが森の中で迷子にでもなったら大変だもの・・・」

そして8年ほど前、親子3人で過ごしたキンダーガーデンのことを

思い起こしていた。

 

しかし この後 瞳にとって人生最悪の岐路に立とうとしている事を

知る由もなかった。

 

 

 

(2)へつづく・・・

 

 


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森の力 GO GO !  (2)

2015-09-03 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

森の力 Go Go !  (2)

 

 

 

キンダーガーデン・・・

それは賢治が6歳の時、夫の休暇を利用して一ヶ月間 デンマークの

コペンハーゲン近郊にあるゾーレドードという小さな村の「森の幼稚園」

賢治を入れたときのことだった。

 

キンダーガーデンとは、ドイツのフリードリッヒ・フレーベルによって1837年

創設されたもので、子供達が自然の中で伸びのびと遊び、その遊びを

通して子供同士の社会性を学び、創造性や感性を磨いていくという趣旨の

「森の幼稚園」 だった。

そこには特定の園舎など一切なく、森の中や野山をフィールドとして

大自然のなかを教育施設としていた。

当時、デンマークに60余ヶ所、ドイツには220余ヶ所以上あり、増加中と

言う事で、現在はもっとポピュラーになっているかもしれない。

 

それは毎日、広葉樹林の森の中や牧草地、川のほとりやどこでも自由に

遊ぶもので、子供達には自発的な行動と予想外に発生する諸々の

自然事象に委ねられ、雨の日も風の日も、雪の日もお構いなしに、

夏はパンツ一枚で泥んこになって遊びまわる。

職員は安全対策に専念する姿勢が基本で、子供らが自然の中で

五感を生かして遊ぶ事が尊重された。

この自然の中から学び、成長して大人になった時の心の成長、協調性、

健康性、優しさや人への思いやりなど社会性を備え、人間性の向上に

大きな成果があると実証されていた。

 

賢治もその一ヶ月、健常者と一緒になって遊び、森の環境変化に自ら

身体を保護することなどを体験的に学んだようだった。

それに自然に働きかけて遊びを形成していくことから認知判断能力が

育成された感じがした。

森の中の木の枝、葉、土、石など、自然のものを使って遊ぶ事によって

指に細微動作能力も向上したように思う。

それに何より、昼間の遊びから夜の睡眠がグッスリとなり、生活のリズムが

安定し、ストレスが解消されるのか山歩きの時にパニックが起きることは

一度も無かった。  

内的フラストレーションが発散され、意識が外へ向かうからだと感じた。

 

  「さあ出発しましょうか・・・ ケンちゃん行くよ・・・ 

   あれ?  どこ?  ケンちゃん!」

見ると待ちきれなくなったのか、大分先の方を一人で登っていく・・・

  「これは大変!  急がなくちゃ・・・ 見失ったら困るわ」

瞳はいつになく息を弾ませながら賢治を追った。

 

するとしばらくして賢治が戻ってきた。

  「よかったわ  ありがとう  戻ってくれたのね・・・」

すぐ後ろから、賢治の通う支援学校で同じの石田さんが下ってきた。

  「こんにちわ  今日はこのコースなのね  ケンちゃん速いわね」

  「そうなのよ  もう私付いていくのが精一杯よ 

   あれ 淳ちゃんわ?   ああ来た来た・・・ こんにちわ」

子供二人はそれぞれに会話もなく、別々にウロウロしている。

 

瞳は賢治の通う支援学校の父兄たちと、時々同じ悩みや苦しみを話し合い

共有していたが、この瞳の山歩きを知った石田さんや数人の保護者らも

同じように箕面の山歩きを子供と始めていた。  子供の成長と共に父親と

歩く人もいた。  そしてそれぞれにそれなりの成果を挙げていた。

しかし瞳は、みんながまだ自分より10歳以上も若く、体力がありそうなので

羨ましかった。

 

  「あ! ケンちゃんどこ?  もうあんな所まで行ってしまって・・・

   ごめんね  またゆっくりね  ケンちゃん待ってよ・・・ もう・・・

   今日はどうしちゃったのかしら?」

 

瞳は石田さんと別れると、必死になってまた賢治を追いかけていった。

本当に森の中で賢治を見失って、迷子にでもなったら大変な事になる・・・

しかし 先ほどから賢治の姿が見えない・・・?

 

  「ケンちゃん 待って! もう本当に待ちなさい!」

 

怒り声で叫んでみても、何の反応もない。

 

 

やっとの思いで、尾根道の 「ささゆりコース」 に出たものの、左も右の

「山ノ神コース」 にも、全く人の気配がない・・・

  「少し手前の道を左に曲がったのかしら?  そう言えば賢治はあの先

   にある <望海の丘> から大阪の街を一望するのが好き

   だったわね・・・」

瞳は引き返し、「松騒コース 」を西へ向かった。

 

  「どうしよう・・・ どこへ行ったのかしら?  ケンちゃん ケンちゃん」

 

瞳の胸は急に高まり、心臓は激しく波打ちながらも、必死になって賢治の

名を呼び続けた・・・

 

そして事故は起こった・・・

 

瞳は突然目の前が真っ暗になったかと思うと激しいめまいがし、胸が急に

苦しくなった。

そしていつしか山道から足を踏み外し、南側の谷間へ転げ落ちていった・・・

 

  「ケンちゃん・・・  ケンちゃん・・・  待って・・・  ・・・」

 

 

その頃、英和はニューヨークからのフライトを終え、関西国際空港から

箕面の自宅へ車を走らせていた。

  次のロンドンフライトまで3日休める・・・

瞳はいつもメールで賢治との生活や行動を英和に伝えているので、今日の

二人の予定も把握していた。

いつものように 「今 帰ったよ・・・」 の電話を入れる。

  「あれ? つながらない・・・ なぜ出ないのかな? 

   そうか山の中で電波が届かないのかな?」

 

最近は箕面の山の中にも次々と中継基地が設けられ、少しずつ電波状況

も改善されつつあるのだが・・・

何度かけでも出ないので息子のケイタイへ・・・ と言っても彼は全く操作は

できず使用できないので、何かあったときの為にGPS機能を活用すべく、

服の内ポケットにいつも入れてあった。

英和が双方に電話しながらGPSをみると・・・

  「あれ? 二人の位置が離れている・・・ 瞳は一ヶ所に止まったまま、

   賢治はどんどん離れていく・・・ おかしい? 

   何かあったんだ・・・」

英和は急に何か嫌な予感をつのらせ、車のアクセルを踏んだ。

 

しかし、途中の阪神高速・堺線で大渋滞に巻き込まれてしまった。

高速道では横道にそれることもできず、全く身動きがとれず、気が焦る

ばかりだった。

 

 

その頃、賢治は歩きなれた山道をあちこちと走り回っていた。

山歩きや森の散歩は、賢治にとって最高のレジャーだった。

いつもお母さんと一緒だが、徐々にいつしか自分で自分の世界の中で

自由に歩き回りたい気持ちになっていてもおかしくなかった。

しかし 賢治は、自分がいまどこにいるのか全く分からない・・・?

ただ目の前の自然の中を、気持ちよく翼をつけたかのように自由に歩き

まわっていた。 

それは時には道なき道であったり、藪の中であったり、獣道や岩場、枯葉

に埋もれる谷間だったりした。

しかし 今 いつも後ろにいて話しかけてくれるお母さんがいない・・・

でも賢治の好奇心は、その疑問を通り越して、目の前に広がる自分の

興味に没頭していた。

 

やがて空が急に暗くなり、雲行きが怪しくなってきた。

 

    ピッカ!  ドカン・・・  パリ パリパリ バリ・・・

 

遠くで、季節の移り目のカミナリ音が響く・・・

すぐにでも雨が降りそうな気配・・・

 

  ピッカ!  ドカン・・・  バリ バリバリバリ

 

突然 賢治の頭上で、大音響と共にカミナリ音が響き、近くに落ちた。

賢治は ドキン! とし、ビックリした顔つきで振り返った。

いつもいるお母さんがいない・・・

賢治は急にパニックに陥った。

 

   ワー ワー ワー ワー

 

大声をあげながら母親の姿を探し始めた・・・

しかし いくら大声で叫んでみてもお母さんは応えてくれない・・・

 

やがて ポツリ ポツリ・・・ と雨が降り始めた・・・

そしてそれは、急にバケツをひっくり返したようなものすごい勢いの

ドシャブリ状態となって、激しく森の木々をたたきつけた。

賢治は初めて聞く突然の大音響と激しい大雨に、そのパニックは頂点を

通り越していた。

そして びしょ濡れになりながら大声をあげつつ、森の中を一人さ迷い

続けていた・・・

 

 

その頃、瞳は激しい大粒の雨に打たれながら胸の痛みに呻いていたが、

やがて気を失ってしまった。

そして 山道から6mほど下の谷間に落ちた所で、杉の木の根元に

引っかかり止っていた。

背負っていたリュックには、二人分のランチボックス、水筒、タオルや薬箱、

それに着替えや雨具など、いつもの必需品がぎっしりと詰まっていたが、

何一つ使われることなく雨にたたかれていた・・・

 

 

 

(3)に続く・・・

 


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