箕面の森の小さなできごと&四季の風景 *みのおハイキングガイド 

明治の森・箕面国定公園の散策日誌から
みのおの山々を歩き始めて三千余回、季節の小さな風景を綴ってます 頑爺<肇&K>

箕面の森のおもろい宴 (1)

2016-04-13 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語

      (創作ものがたり 第17話) 

* 別ブログ <箕面の森の小さな物語>(検索)から


<箕面の森のおもろい宴>(1)

  たけしが六箇山に着いたのは、気持ちのいいそよ風が吹く

春の昼下がりのことだった。

ヤマザクラやエドヒガン、コバノミツバツツジなどの花が咲き始め、

箕面の山々も美しく化粧をし始めている・・・

 

午前中、箕面 新稲(にいな)から<教学の森>に入ったたけしは

西尾根道を登り、「海の見える丘」の前からヤブコギをしながら道なき道を

下り <石澄の滝> を目指した。 

昼なお暗い森の中にはイノシシやテン、シカなどの動物の足跡が随所に

見て取れ、イノシシのヌタバもあった。

前夜遅くまで昔の映画を見ていたので少し眠かったのに、五感パッチリ

緊張気味にそんな森を通り抜けた。

 

やっとの思いで石澄川の岩場に着いたが、ここは箕面市と池田市の

境界を流れる小さな川で、さらに大小の岩場を北へ上り下りして

滝壷の下についた。

前日の大雨の影響からか、馬の尾のように長細い滝がいつになく激しい

水量で流れ落ちていて、たけしはその豪快な景観を一人堪能した。

 

岩場でリュックを下ろし、ゆっくりとそんな景観を楽しみながら昼食の

握り飯を食べ終えると、たけしはあえて近道を選び、横の急な崖道を

山肌にへばりつくようにして登った。

今日はまだ一人のハイカーとも出会っていなかった。

 

 「若い頃と違ってもうここを登るのはきついな・・・ それに、もしここで

  滑落したら当分誰の目にもつかなくてお陀仏だな・・・? 

  もう無理はできないな・・・

 

たけしは荒い呼吸をしながら、還暦もとうに過ぎたのに 

・・・まだ自分には体力がある大丈夫だ・・・ と過信し、自負している

自分を恥じた。

 

やっと着いた六箇山頂には誰一人いなかった。

ここは箕面市西部に位置する低山だが、その昔はマツタケ山と知られ

ていたとか・・・正式には法恩寺松尾山と言う。 

 

たけしは南西に広がる大阪湾方向を遠望しながら、太陽に反射して

キラキラと輝く春の海をしばし眺めていた。

その手前には伊丹の大阪国際空港の滑走路が見え、

丁度 一機の中型機が北の空へ飛び立っていくところだ。

 

リュックを枕にして横になると、頭上をキセキレイやコルリ、コゲラや

サンショウクイなど野鳥が飛び交い、木漏れ日の差し込む山頂の森の中で

たけしはウトウトとまどろみ始めた。

 

 「 エ エ 気持ちやな~ ひねもすのたり のたりかな~  か」

 

ゆりかごに揺られているような心地いい春のそよ風に、身も心もうっとりと

吸い込まれていった。

 

 

 「オ~イ みんな! 今日は年一回の森のパーテーだぞ! 

  ようさん集まってておもろいしな、それに美味い酒も、美味い料理も

  なんぼでもあるさかいな・・・最高やで!」

 「オレも行くわ!」 

 「オレも連れてってや!」  

 「ボクも行く!」

 「お前も行くやろ!?  オイ  オイ  たけしも行くんやろ!」

 

 「何? オレのこと!?」

たけしは自分が誰かに呼ばれていてビックリし顔を上げた・・・

見れば目の前で数匹のサルが話している。

たけしが再びビックリして起き上がり、ふっと自分の両手両足を見ると

毛もくじゃらでまるで自分がサルの姿の様子に、思わず叫び声を

あげそうになって周りを見回した。

 

 「何だこれは? ここはどこなんだ?」

たけしが余りの変化にキョロキョロしていると・・・

 「オイたけし! なにキョロキョロしとんねん 早よう行くぞ!」

たけしはサルに自分の名前を呼ばれて更に目を白黒させた。

たけしは前夜遅くまで見ていた昔の映画 「猿の惑星」 を思い出し

ながら、もしかしたら前世紀へタイムスリップでもしたのかな? と

頭をひねった。

 

 「いつからオレはサルになったんだ? 今はいつの時代なんだ?」

しかし、考える暇もなく仲間? に急かされ、たけしはみんなの後ろに

ついていった。

六箇山の裏山から箕面ゴルフ倶楽部コース脇を通り抜け北へ走った。

初めての四足で走る自分の姿が不思議でならなかった。

やがて大ケヤキ前から三国峠、箕面山を西に下り <箕面大瀧> 前に

着いた。

ここまでの山道は、たけしがいつも歩き慣れている山道だった。

 

もうすっかりと夜が更け、森の中は真っ暗闇だったが、箕面大瀧前だけは

大きな篝火がいくつも焚かれ、周辺には多くの行灯が置かれ、

ひときは明るく輝き浮かび上がっていた。

よく見ると多くの人たちがあちこちに輪になったりして座り、酒盛りが

始まっているようだ。

見ればその周りに沢山の美味そうなご馳走と酒類が山のように

並んでいる。

 

たけしは仲間のサル達と大瀧前の休憩所の屋根に陣取り、そんな光景を

上から眺めていた。

やがて猿の仲間たち? が次々と下から沢山の美味そうなご馳走と

酒を持ってきて屋根の上でも宴会が始まった。

 

落差33mの箕面大瀧はいつになく 

       ドド ドド ドドドド・・・・ と

激しい水しぶきをあげながら豪快に流れ落ちている。

その大瀧前には舞台が作られ横断幕が掲げられていた。

 

そこには

 「第11874回 箕面の森ゆかりのおもろい宴」 

とあった。

 

 「年一回の森のパーテーとはこの事だったのか・・・ 

  という事は~ 11874回とはもう1万年前から・・・?  

  ウソやろ!」

たけしはそう首を傾げながらも早速美味い酒を口に運んだ。

 

月明かりが差し込み、ひときわ明るくなった深夜の森に突然大きな太鼓の

音が鳴り響いた。

 

  ドン ドン ドンドン  ドドドドド  ドン!

 

そして司会者らしき小さな女性が大きな声を張り上げた。

 

 「みなさん! お待ちどうさん! 今年はワテの当番だんねん・・・

  まあ最後までよろしゅう頼んますわ。 ほな今年もそろそろ始めまひょか

  まず乾杯でんな・・・ 

  そこの信長はん! あんた乾杯の音頭頼んまっさよろしゅうに!」

 

たけしはそのコテコテの特徴ある大阪弁に・・・

   ・・・どっかで聞いた事があるな~?  と

思っていたが、すぐに思い出して仲間にささやいた・・・

 「あの司会者な ミヤコ蝶々はんやで・・・ ほれ 長いこと上方漫才や

  喜劇界を引っ張ってきた名女優や  懐かしいな・・・ 当時ラジオや

  TVで 「夫婦善哉」なんかほんまおもろかったよな・・・

  大阪・中座で連続23年間も座長公演しはったしな・・・なにせ7歳で

  父親が旅回りの一座を結成しはって、その娘座長として全国どさまわり

  しはった苦労人やで・・・ 生粋の江戸っ子やがな、浪速が育てた芸人

  やな・・・箕面の桜ヶ丘の自宅は今 「ミヤコ蝶々記念館」になってんねん

  けどな  オレは ようウオーキングでその前通るけどな・・・

  オイ オイ お前ら聞いてんのかいな?」

隣の仲間サルたちはみんな知らん顔をして酒を飲んでいた。

 

やがて信長はんが立ち上がった。 

 

          「乾杯!」

 

低く太いよく通ったその大きな一言には何かすごい威厳があった。

 「信長? まさかあの 織田信長はんかいな?」

たけしはビックリして見直した。

 

 「あんた! この箕面大瀧へ来はったんわ いつのこっちゃいな?」

司会者の蝶々はんが尋ねた。

 「拙者がここへ来たのは、あれは天正7年の3月30日じゃったな・・・

  鷹狩りの途中にここへ立ち寄った。 あの頃は伊丹の有岡城城主

  荒木 村重を成敗する戦の最中じゃったな  あの頃はこの北摂の

  山々で何度も軍事訓練をし、鷹狩りもしておったからな・・・」

 

 「あんさんはあの頃、みんなからよう恐れられておったようやな・・・

  そやおまへんか?」

司会者の突っ込みに信長はんは頭をかきながら座った。

 

 「そう言うたらそこで豪快に酒飲んではる豪族のご一同はん

  みんな箕面に縁がある人でっか?

  源 義経はんは、今の箕面・石丸あたりに所領持ってはったんやな。

  梶原 景時はんと 熊谷 直実はんは奉行として勝尾寺の再建を計り

  はったしな、赤松 則村はんは 「箕面・瀬川合戦」で勝ちはったし、

  新田 義貞はんと 足利 尊氏はんは 「豊島河原合戦」で各々

  この箕面で勝利したと 「太平記」にありまんな・・・」

各々が頷いている。

 

 「そんでそこにいる 楠木 正成はんは箕面・小野原で賞味しはった

  という名水 「楠水龍王」の祠が祀ってまんな、

  そんでそこで大酒飲んではる弁慶はんは・・・あんた一の谷の

  源平合戦に向かうとき箕面・瀬川の鏡水に自分の姿を水面に映して

  戦況を占ったらしいな・・・」

弁慶が酔顔で頷いている。

 「ところで 信長はん・・・ あれれ もうイビキかいて寝てはるわ・・・

  いま始まったとこなんやで・・・ ほんまに・・・」

 

森のおもろい宴はまだ始まったばかりだ・・・

 

 

(2)へ続く

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

箕面の森のおもろい宴 (2)

2016-04-13 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

 箕面の森のおもろい宴  (2)

 

 

宴は始まったばかりだった。

司会の蝶々さんが次にたずねた・・・

 「ところでそこの 松尾 芭蕉はん あんたはいつ箕面へきはったんや」

 

 「私は貞亨4年の4月22日に勝尾寺さんを訪ね、その時ですね。

  そう言えばその4年後だったか、私と門人のこの 岡田 千川

  江戸で詠んだ連句があるんです。 

    箕面の滝や玉をひるらん  (芭蕉)  

    箕面の滝のくもる山峰    (千川)    とね。 

 「さすが上手いこと表現しはるわ  やっぱり芭蕉はんでんな」

 

 「俳句言うたらそこに座ってる 種田 山頭火はん  あんたは相当

  日本中を放浪しはりましたな  ほんで箕面にはいつ?」

 

 「ハイ! わたしが箕面に来たのは昭和11年の3月8日でして

  箕面の駅近くの西江寺さんで開かれた句会です。 

  一人だけ法衣姿で寒かったです。

  その境内には今・・・ 

   <みんな洋服で私一人が法衣で雪がふるふる  (山頭火)>

  と石碑が残っております。 

  句評は愉快だったし酒もご馳走も美味しく、雪は美しく、友情も

  温かかったです」

 「あんさんは酒さえあればご機嫌さんでんな  そうでっしゃろ」

山頭火は丸いメガネの坊主頭をかいている。

 

 「俳句 言うたら箕面はようさん詠まれてまっせ!

  今日はぎょうさん俳人はんらも来てくれてまっせ・・・

  ええ~っと そこの 野村 泊月はんは瀧道に、後藤 夜半はんは

  この大瀧前に句碑がありまんな・・・ そんでそこの 水原 秋桜子はんと

  山口 誓子はんのは勝尾寺に、阿波野 青敏はんのは牧落八幡神社に

  各々ええ句碑が立ってまんな・・・ みなさん虚子門下でホトトギスの

  同人はんでしたな・・・

  それに え~っと そこには箕面山の風物を愛し、箕面賞楓稿を

  残しはった儒学者の田中 絹江はんもいはるし・・・

  それにああ 赤穂浪士の大高 源五はんに箕面萱野の 萱野 三平はん

  も一緒だっか・・・

  そう言うたらあんさんらも俳人で仲よかったんでしたな・・・

  しやけど大高はんら赤穂浪士のあの討ち入りの話は後で

  聞かせてんか・・・」

  

たけしが隣のサル仲間に口をはさんだ・・・

    (たけしはもうすっかり猿の仲間になっていた)

 「西国街道沿いの萱野に今 萱野 三平旧邸とけい泉亭があるねんな

  大阪府の史跡指定やけど、三平はんは赤穂浪士四十八番目の義士と

  言われてな 「忠」と「孝」 の狭間で苦しんで自害しはったんやが

  俳人としても江戸俳壇で高い評価を受けたんや・・・

  オイ! 聞いいてんのか? アホらし」

仲間サル達は知らん顔をして相変わらず酒を飲んでいる。

蝶々さんが続ける・・・

 

 「ついで言うたら何なんやけど・・・この大瀧脇の大きな石碑には

  あそこで飲んでる 頼 山陽はんの漢詩が残されておりまんねん

  ワテ 難しゅうてよう詠めまへんが・・・ え~っと

  水しぶきが輝いて秋の大瀧まえに風が吹いて ほんで紅葉の葉が

  舞ってるちゅう様子らしいでんな? ちょっと頼はん そうでっか?」

 

 「まあ そんなところですが、私が箕面大瀧へ来たのはあれは・・・

  文政12年の11月19日のことです。 紅葉の真っ盛りでこの

  田能村 竹田   後藤 松蔭らと一緒で・・・ それにこの母も一緒で

  その美しい情景に母も喜んでくれました」

 「それは親孝行しはりましたな・・・ 

  ここが「孝行の滝」と言われる所以でんな   

  そうや! 孝行いうたらそこの 野口 英世はん

  あんさんはいつ箕面へ来はったんでっか?」

 

 「あれは私がアメリカから帰国した頃で 大正4年の10月10日でした。

  母を連れてあの瀧道の料亭「琴の家」でお世話になりました。

  今、その前の山中に私の銅像が建てられ、それに千円札に肖像が

  印刷されたりしてちょっと恥ずかしいですわ  でもこの箕面の滝の

  思い出をこの母はずっと大切にしてくれました・・・」

 

 「みんなその帰りにここの瀧安寺はんにお参りしはったんやな~

  ワテは瀧安寺はん言うたら日本で最初に富くじ作りはった言うからな 

  そんで宝くじ当たるように手を合わしてましたな・・・ ハハハハ」

 

 「それはそうと ワテがまだ若うてベッピンさんやったころや・・・」

    「今でもきれいやで!」  と後方から声がかかる・・・

 「おおきに! この瀧道に駅前から大瀧まで観光客をのせた馬車が

  走ってましたな・・・ よろしおましたな  それがこの狭い道を後ろから

  チリン チリン と鈴ならしながら走ってくると山裾にへばりつくようにして

  避けたもんですわ  そんな時に限ってあの大きな馬が尻の尾を

  持ち上げてドカッと馬糞を出しまんねんな かないまへんな 

  ああ すんまへん! みんな美味いもん食べてはるのに台無しやな

  ハハハハハハハハ」

 

 「さて 次は・・・ 今日はいつになくようさんのなじみの人が集まって

  くれはりましたな  おおきに!

  美味い酒も料理もたっぷりとありますさかいな  あがっとくれやす

  ところで酒も飲まんとニコニコしてはるそこのお坊さんは・・・?

  ああ 法然上人はんかいな?」

 

 「はい! 今、皆さんのお話を楽しく聞いてました。

  あそこに座ってらっしゃる御方は北朝第2代の光明天皇で、話を聞くと

  実はここの勝尾寺で崩御されたらしいですわ・・・ あの光明院谷にある

  七重塔は実は 光明天皇陵らしいですよ。」

 「そうでっか それにあの勝尾寺創建しはった光仁天皇の皇子の

  開成皇子さんのお墓・・・今も東海自然歩道沿いの最勝ケ峰にあるけど、

  宮内庁云々の文字がありまんな・・・ その辺の事 後で聞いてみまっさ!

  ところであんさんはいつ箕面へ・・・?」

 

 「私ですか 私は浄土宗を開祖したと言うものの後鳥羽上皇の怒りを

  かって四国に流罪となりました。 しかし、建永2年12月に罪を許され

  京に戻る前に4年間 この勝尾寺境内の二階堂で修行をしました。

  だからこの箕面はよく知っていますよ」

 

屋根の上に座ってたけしは仲間サルにまた解説を始めていた。

 「オレの知る限り、12世紀後半に後白河法皇によって編まれた

  今様歌集の <梁塵秘抄> にな 人里離れた深山で修行する

  修験者、聖ひじりが修行した多くの山々が詠まれてるけど

         ~箕面よ ~勝尾よ

  と詠まれてるから、中世からこの箕面の山々は物見遊山や

  観光地でなく、俗人が容易に入れない森厳しな山中異界

  だったらしいぞ・・・」

相変わらず仲間サル達は知らん顔をしている。

 

すると下のほうでは一人の男が立ち上がって蝶々はんと話している。

するとしばらくして蝶々はんが・・・

 

 「は~い! みんな大いに盛り上がってまっけど ここでカルピスなんぞ

  どうでっか? あんまり酒ばっか飲んでるとワテの相方やったそこの

  雄さんみたいに体悪うなりまっせ!」

    「じゃかましいわい!」 

  南都 雄二が笑いながら返している。

 

 「そやさかいな ちょっとここで発酵乳でも飲んで胃なんぞ休めなはれや

  三島 海雲はん ちょっとみんなに配っとくなはれ・・・」

 「はいはい 私はこの箕面の稲に生まれましてな 明治35年に

  修行の為中国に渡りましてな モンゴルの遊牧民が飲んでた

  発酵乳からヒントを得て造ったのがこの <カルピス> 言います。 

  下界では 初恋の味 とか言うて、よう飲んでもろてます。 

  健康第一! さあみなさん どうぞ どうぞ・・・」

 

みんながそんな一時の間をおいているいる時だった。

突然 大瀧前の舞台が明るくなった。

篝火が一段と炎をあげて燃え盛り、周りは一気に明るくなった。

 

     ドドドドド  ドド  ドド~ン 

 

大きな太鼓の音が森に響き渡り、派手な衣装を着た芸人が舞台に出て

きて挨拶を始めた。 

 

 「・・・ これはこれは箕面にゆかりのある人たちが今宵は沢山

  お集まり頂きました。

  われらはここ摂津の箕面村の真ん中を貫く西国街道を通り、

  東は東海道、西は山陽道へと旅する芸人でございます。

  この脇往還は江戸への大名行列から牛、馬に引かれた荷車に至る

  までせわしなく往来しております。 中には遊行者、巡礼者、虚無僧、

  六部、山伏、行商人、渡職人、香具師や私らのような旅芸人も

  通ります。

  村の四つ辻なんかで繰り広げられるいろんな大道芸人から小猿を

  つれた猿回し、肩にかけた小さな箱で人形を遣う夷舞わし、

  どさ回りの芝居一座やサーカスなんかの一座もです。

  今宵はそんな旅芸人がいつも箕面村を通り、お世話になってきた

  お礼を兼ねまして演じますので どうぞ ごゆっくりと 

  お楽しみください ませ~」

 

そう言うと少し舞台が暗くなり、やがて初春に演じられる 万歳」

「大黒舞」などの祝福芸人に 「太神楽」の一行も賑やかな音曲を

奏でながら入ってきた。

たけしは仲間サルと共に屋根の上で興奮気味にそんな舞台を

楽しんだ。

その間、司会者の蝶々はんも一休みしながらみんなの間を回り、

大声で笑ったりからかったりしながら話が尽きない・・・

 

 「そやそや・・・ みんな聞いとくなはれや 

  今日は後で、あの昭和の大横綱 双葉山の土俵入りもありまっせ!

  なにせ 双葉山はんは昭和14年にここ箕面小学校の土俵開きに

  来てくれはんったんや  そこで立派な土俵入りが行われたんや」

 

まだまだ これから宴が盛り上がる気配だ・・・

 

 

(3)へ続く・・・

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

箕面の森のおもろい宴 (3)

2016-04-13 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

  箕面の森のおもろい宴  (3)

 

 

 「ちょっとそこできれいな芸者さんとさしつさされつしてはんのは 

  桂 太郎はんやおまへんか?  そんで横にいはるのは・・・

  箕面有馬電気軌道の初代社長はんの 岩下 清周はんでっか?

  他にもそこにぎょうさんいはる人ら、あんさんらに関係ある 

  箕面観光ホテルな・・・ ワテはその隣の箕面スパーガーデンの温泉が

  好きでしたわ ハハハハ・・・」

 

岩下 さんに聞いている・・・

 「あのホテルの 桂 公爵別邸の名前はその桂はんでっか?」

 「そうです・・・ それにあの頃 箕面動物園が開園しましてな。

  日本で東京の上野、京都の東山に次いで三番目の動物園でしたな

  大きな観覧車も箕面駅前に設置してね  それは盛大でしたよ。

  当時の面積は3万坪で、広さは <日本一の箕面動物園> と

  言われたものでしたな・・・」

 

桂 太郎が話を継いだ・・・

 「ワシはこの新橋の芸者 お鯉をつれて、その動物園のある 松風閣へ

  泊まりにきましたんや・・・」

 「それ 続お鯉物語で読みましたわ。 そんであんさん それ総理大臣に

 なる前でっか?」

 「いやいや 後の事ですな ワシが第11代内閣総理大臣を拝命したのは

  明治34年じゃからな  日露戦争を勝利した頃じゃな

  それから第13代、第15代も総理を務めたのじゃ

  その頃の箕面は活気にあふれておったな・・・

  なあ 小林 一三さんや」

 

小林 一三が話しを引き継いだ。

 「ワシが今の阪急電車を興したのは明治40年の10月19日で

  日露戦争が終わって2年後でしたな  

  その3年後にこの箕面線と宝塚線が営業運転を始め、

  それに併せて沿線の宅地開発もしました。

  大正11年9月には 箕面・桜ヶ丘で <住宅改造大博覧会> も

  開かれてそれは盛大でしたな・・・  

  線路は神戸や京都へと拡張し、阪急百貨店や東宝、コマ劇場など

  次々作って大忙しでしたな・・・

  この箕面動物園は明治43年11月に開園し、その後事情で

  大正5年3月に閉鎖して宝塚に移し、歌劇場なんかも

  併設したんですわ・・・」

 

 「皆さんは 箕面の発展に尽くしてきてくれはった人ばっかりやな」

話はまだまだ続く  夜は長い・・・

 「ちょっと そこでベレー帽かぶって虫眺めてはる人は・・・

  ああ 手塚 治虫はんやないかいな  ほんまあんた子供の頃から

  虫が好きやたんやな・・・」

 

 「ハイ~ 私の少年時代はこの箕面の山や森をよう歩き回りました。

  この大瀧の上にある 杉の茶屋付近で オオムラサキ蝶を見つけた時は

  もう興奮しましたよ。 オオクワガタなんかもいっぱいしましたしね・・・

  楽しかったな~」  と少年時代を回想している。

 「それがあんた いつの間にやら医学博士になって、そんでいつの間にやら

  漫画の神さんになりはって・・・ 鉄腕アトム、ジャングル大帝、

  ブラックジャック、リボンの騎士・・・ 

  次々とぎょうさん人気漫画をつくりましたな~

  今でも子供からええおっさんまで大人気でんがな・・・ 

  多彩な人やわ」

 

 「手塚 治虫はんの隣で、何やら草眺めて絵描いてはる人は・・・?」

 

  「この方は日本の植物学の父と言われる 牧野 富太郎博士ですよ」 

 「いやいや 何しろこの箕面の山々には日本の150種ほどの羊歯シダの

  種類が生息しているように、多様な植物が昔から自生しているのでね

  それに横にいるのは 江崎 悌三さんですよ。 

   <誰が箕面で初めて採集したか?> (累策社刊)を書いた人です。

  日本が世界に誇る偉大な虫聖とも言うべき人ですよ」 

 

 「いえいえ 箕面は山岳地帯で多くの昆虫学者を育てた昆虫相が

  豊かな場所なんです。 そして昆虫たちは鳥たちと共に箕面の

  植物学者を育てた豊かな植物相に支えられており、それらは箕面の

  地層と河川に支えられてきたのですよ。 またその地勢から生じる

  気流にも恵まれて多様な植物種が繁茂し、豊かな生態系が箕面の森を

  育んできたんですよ・・・」

 

 「ワテにはよう分かりまへんけど、なにせ箕面の面積の大半は

  自然豊かな山でっさかいな・・・

  それはそうと、そこで真面目な顔して座ってはる人は・・・?

  ああ 日本人初のあのノーベル化学賞を貰いはった 福井 謙一はん

  やおまへんか・・・」

 

 「ハイ こんばんわ! 私は子供の頃から昆虫が好きでしてね・・・

  私の家がここに近いこともあって、何度も箕面の山々を歩きましたわ

  学校の生物部に入ってたこともあって、箕面のどこにどういう昆虫や

  クワガタが棲みついているかということまで、頭に入ってましたな~ 

  今思えばそんな経験で学ぶ事の尊さを痛感しましたな・・・

  後々大いに自分の研究にも役立ちましたよ」

 

 「ノーベル賞いうたら文学賞もらいはった 川端 康成はんやな

  どこでっか?  おもろい文学の話でも聞かせてんか・・・」

 

   「オイ オイ 蝶々はん ちょっと待ってや 今ワシと昔の思い出

   話ししてましたんや」

 「ああ あんさんは 笹川 良一はんでっか」

   「そうや ワシはこのボンとはな 子供の頃からの友達でな・・・」

 

休憩所の屋根の上では たけしがまた仲間サルへの解説をしていた。

 「みんな知ってると思うけど、箕面駅前から瀧道に入ってしばらくすると

  お母さんを背負って階段上がってる男の人の銅像あるやろ・・・

  あれが 笹川 良一はんやねな  なにせ日本の首領とか

  日本の政財界の黒幕とか いろいろ言われてきた人やけどな

  A級戦犯容疑かと思うたら衆議院議員やったり、競艇事業創設したり

  後年は日本財団創ってな 多大な慈善事業や社会貢献もしてきはった

  どでかいスケールの人やったんやで・・・

  オイ オイ みんなオレの話し聞いてんのかいな?  アホらし!」

 

川端 康成が頭を掻きながら話している・・・

 「このゴン太にはよう助けられましたわ 私は虚弱で弱虫やったけど

  こいつは村一番の暴れん坊で、そんでゴン太言うあだ名がついて

  ましたな・・・

  私は祖父と貧しい暮らしやったけど、ゴン太は箕面・小野原の酒蔵持ち

  で大きな庄屋の長男やったんで、二人の境遇も性格も正反対やったのに

  よう気がおうて遊びましたな  私の家とは小学校挟んでゴン太の家と

  一里ぐらい離れてたんで、夕方私が遊んで帰る時にはあの小野原村の

  春日神社の森が怖くて怖くて・・・それでようゴン太に送ってもらいましたわ

  同級生やのにちょっと恥ずかしいですな」

 「いやいや あんたとは15歳ぐらいまでいつも一緒やったな  

  けどこいつは頭がようて一高から東大ですわ  ワシは寺の修行に

  出されましてな  あれが運命の分かれ道やったな・・・」

 

二人の話は尽きない・・・

ふっと 川端 康成は近くで飲んでいる 夏目 漱石に話しかけた・・・

 「ところで あんたは 箕面動物園みましたかな?」

 

 

(4)へつづく・・・

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

箕面の森のおもろい宴 (4)

2016-04-13 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

 箕面の森のおもろい宴  (4)

 

 

川端 康成の話のふりに 夏目 漱石 が少し酔い顔で応じた。

 「箕面動物園? ああ ありましたな・・・ 私の記憶にあるのは・・・

  明治44年の8月12日でしたか 大阪の朝日新聞の友人を訪ねたら

  箕面の紅葉の名所へ行こうと誘われてここへ来ましたよ。

  真夏で紅葉には早かったけど、渓流に鳥が鳴き、山があって

  山の行き当たりにこの大瀧があって大変好い所でした。  

   友人はボクを休ませるために箕面の森の中にある社有の倶楽部

  朝日閣に案内してくれて、そこで風呂に入り牛睡しました。 

  暑い日だったけど箕面の森は涼しくて気持ちよかったですよ。

  私の小説 <彼岸過迄> に少し書きましたがな・・・」

 

 司会が引き継ぐ・・・

 「朝日閣 ちゅうたらそこの 坂田 三吉はん  あんた7段やったな

  将棋 名手新手合でそこの8段 関根 金次郎はんと箕面のここで

  やりはったな」

 

 「そうやな  大正2年の7月16日やったわ  しやけど今日の酒は

  美味いでんな・・・」  と言いながら酔いつぶれてしまった。

 

先程まで前の舞台でいろんな芸をして楽しませていた旅芸人たちが

みんなの宴の中に入ってきて一緒に酒盛りが始まり、宴は益々賑やかに

なってきた。

あちこちで大阪弁が飛び交っている・・・

  

 「アホ言いなはんな  けったいやな  おちょくらんといて~や

  さっぱりワーやな  そうでっか  おまへんのや  もうやめときまっさ

  何言うてはりまんの  ウチらよういわんわ  そんなんちょろいわ

  そないしとくれやす  そうでんな・・・」

 

司会者が少し一休みして座ったところ・・・

 「それはそうと そこにいるのは 鴨 長明はんやないでっか?

  あんさんが58歳の時に書きはった <方丈記> 800年前の本やのに

  今でも人気ありまっせ・・・  そや! 箕面川ダム湖畔にあんたの歌碑

  ありまっけど知ってまっか?」

 

  <みのおやま 雲影つくる峰の庵は松のひびきも手枕のもと>

                                    鴨 長明

 あれは鎌倉時代末の<夫木集>にありますね  他にも・・・

  <なかれてと思うこころの深きにぞなにか みのおの滝となるへき>

                                    後九条

  <わすれては雨かとぞ思う滝の音に みのおの山の名をやからまし>

                                    津守国助

 

 「昔から箕面の山はそう詠まれてたんやな   へえ おおきに!

  今宵はいろんな人が集まってくれて面白話しも聞けてよろしでんな

  ワテもちょっとお腹すいたんで休憩して、ちょっと美味しそうなおでんでも

  もろてきまっさ・・・」

 

 「みなさん! ここに箕面名物の もみじのてんぷら がぎょうさん

  ありまっせ  どんどん食べとくなはれや

  ちょっと 中井市長はん そこの座布団ちょっと取っとくなはれや・・・

  ところで昔の市長はんやけど 箕面っていつできたん?」

 

 「え~と 箕面村から箕面町になったんが昭和23年元旦からで、

  箕面市になったんは昭和31年の12月1日からですな

 あの頃、<箕面>言うたら人の数よりサルの方が多いんちゃうか? 

  なんてよう外の人に冷やかされましたわ・・・ 

  それが今 箕面の人口は13万人超えてまんねんな・・・」  

  

蝶々さんが一休みで座った前に旅装束の人がいた・・・

 「あれ? あんさんひょっとして 伊能 忠敬はんやおまへんか?

  あんさんも箕面へ来た事ありまんのか?」

 

たけしは屋根の上でまた膝をたたき、何も聞いていない仲間サルにまた

話し始めた。

 「あの方は楽隠居などせんとな 55歳から17年間も日本中歩き回って

  最初の日本地図を完成させはった人やで・・・」

 

 「私が箕面に立ち寄ったのは第7次測量の時ですね。

  文化6年、今から200年以上前のことですが、8月27日に江戸を発って

  九州へ向かう時でした。 各地を測量しながら 11月4日に大津に着き、

  翌日は京都で、7日には茨木宿川原の郡山宿、そして 11月8日の

  夜明けから箕面に入り、西国街道を測量し芝村、萱野村を測量して

  歩きました。 その時にこの大瀧にも立ち寄ったのです。

  見事な滝の流れで身も心も癒されました。

   その日は箕面・瀬川宿に泊まり、翌日 伊丹の昆陽宿まで測り

  山陽道へと南下しました・・・」

 

 「あの最初の日本地図の測量に箕面も入れてもろて おおきに」

 

 「それはそうと今宵は外人はんもようさんおりまっけど、あの人 どっかで

  見た事ありまんな・・・?

  そうや ワテの好きやったアメリカのケネデイ大統領の弟はんの

  ロバート・ケネデイ司法長官はんやおまへんか?

  グット イブニング・・・ あんさん いつ箕面へ?」

 

 「蝶々さんビューテイフル! です」

  「アホ いいなはんな 口うまいでんな ハハハハ」

 「私は昭和37年の7月9日でした。 このマンスフィールド駐日大使らと

  今の箕面市立西小学校にあった企業学校を視察に来ましたよ」

 

そんな会話を楽しんでいる時だった。 すこし毛色の変わった人々が

みんなの目の前を通り過ぎた。

 「ああちょっと そこの縄文はんに弥生はんら・・・

  あんたらももっとこっちへきなはれや・・・ 何? 恥ずかしい・・・

  なに言うてまんねん あんたら紀元前から箕面にいはりまんのんやろ

  古いでんな  大先輩や  大昔の箕面なんぞ聞かせてえや・・・

  ええっと 皆さん! 今宵は縄文はんや弥生はんらがぎょうさん

  来てくれてはりまっさかいな  大いに大昔の箕面の話しなんぞ

  聞いとくなはれや・・・

     

屋根の上にいた たけしは、突然の縄文人や弥生人にビックリしながら、

だれも聞いてない仲間サルに懲りずにまた話している。

 「確かに箕面には縄文時代の土器、石器も白島村あたりから出土して

  るし、如意谷村には銅鐸が出土し、3世紀の古墳群が新稲村にもあって

  3万年前の大昔から、この箕面には人が住んでいた物的証拠が多く

  あるらしいぞ・・・

  しかし、なんで3万年前の人から、昨日の人まで一緒にここにおるんやろ

   分からんな?」

 

たけしはしばらく首を傾げていたが やがて・・・

 「そうや ワシ ちょっと蝶々さんに話し聞いてくるわ・・・」

たけしは自分がサルであることをつい忘れて屋根を下り、宴の中に

入っていった。

あふれんばかりの人並みをかき分け、やっと司会者の前に出た。

 

 「あの~ ちょっとすんまへんが・・・ この宴に何で大昔の人から

  今の人まで一緒におるんでっか? 教えてもらおうと思うて・・・」

 

 「ちょっと ちょっと あんた!  どっから紛れこんだんや?

  ここは人間だけなんやで・・・あきまへんがな! 

  なんや あんた人間かいな? そんなサルの格好してからに・・・

  そやけどあんた まだ生きてはるんとちゃうの?

  ここはあの世の天の国の住人専用なんやで・・・ そうや あんたも

  よかったら今から手続きしたるさかいに入らんか?」

 

 「え~ そんな! いやいや結構です。 も少し息してたいから・・・

  さいなら~  すんまへんでしたな・・・」

 「けったいなやっちゃな!」

 

たけしが慌てて逃げるようにしてキビを返した時だった・・・

 

    ド--ン  ゴロゴロゴロ  ピッカ! 

       ドカ--ン

 

頭上で激しい大音響が響きわたった。

たけしは慌てて飛び起きた・・・

 

 ・・・ここはどこや? 山? ひょっとして・・・

          あの世の天の国か?

 

たけしは長い長い昼寝からやっと目を覚ましたもののキョロキョロと

周りを見渡していた・・・

            夢?  

       夢やったんかいな?

 

もう夕暮れが近づいていた。

遠くで再びカミナリが鳴り響き稲光が光った。

    うすぐ夕立がきそうやな・・・ 

          それにしてもよう寝てたな~

 

たけしはリュックを背負い、少しふらつきながら六箇山頂から

腰をあげた。

まだ夢の世界と現実の世界の狭間でもうろうとしていた。

 

その時だった・・・

少し先の山道を数匹のサルの群れが横切り、たけしを見つめながら

何か口を動かした・・・

 

 「たけし! きのうはおもろかったな  また来年も行こな・・・」

  「そやな!  え ええ~!   まさか そんな・・・?」

 

たけしの頭の中はまだ半分 <箕面の森のおもろい宴> が

続いていた。

 

 

(完)

  

 

 

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<七日目の朝陽> (1)

2016-03-01 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 みのおの森の小さな物語 (創作)

 

 NO-16作 (1)~(3)

 七日目の朝陽  (1)

 

 

それまで母親に抱かれ乳を飲んでいた幼い娘猿Jrは、少しキョロキョロ

しながら兄姉猿の後ろについて遊び始めた。

 

残雪はあるものの初春の暖かい太陽が差し込む森の陽だまりで、

30余匹の猿の群れが各々に穏やかな昼下がりを過ごしていた。

お互いに毛繕いをしている組、一匹空を見上げ所在なげにしている

中年猿、体力を持て余しとにかく走り回っている若猿たち、

何が気に入らないのか別の猿にちょっかいを出しては喧嘩をふっかけ

追い回している怒り猿、そんなことはお構いなしにこの時とばかり

せっせと愛の交わりをしている若い恋猿たちもいる・・・

そんな中でひときわ大きなボス猿は3匹のメス猿に囲まれて

毛繕いをさせながら大きなアクビをしている・・・

その横でJrはつい先ほどまで母親に抱かれお乳を飲んでいた。

 

やがてJrは目の前で兄姉らが面白い遊びを始めたので、ソロソロと

母親の元を離れ、その後ろにくっついていった・・・

 

しばらくして兄姉猿は数匹のヤンチャ猿らと合流し、申し合わせたかのように

どんどん森の中を走り出した・・・ 

Jrも追いつこうと必死になって走る・・・

そしてそれは母親の元を離れるJrの初冒険の始まりだった。

 

 

やがて皆んなは箕面大滝の上の大日駐車場を見下ろせる岩場に着いた。

だいぶ遅れ、やっとの思いでJrも息を弾ませながら着いた。

皆んなは下の人間たちを見下ろしている・・・

 すると突然、ヤンチャ猿たちが落石防止の金網を伝って下へ向かって

下り始めた・・・ 兄姉猿も続いた・・・

 

    ・・・何をするのかな・・・?

 

Jrは自分が下りられないのでそこに留まり、彼らを目で追っていた。

すると突然ヤンチャ猿の一匹が車の屋根に飛び降りたかと思うと、

開いていた車の窓から手を入れ、子供が持っていた菓子袋をひったくると、

そのまま下の川原へ逃げていった。

驚く子供の悲鳴、母親の叫び声、父親が大声で追い払う声が重なり、

他の猿たちもそのまま一緒に川原へ逃げていった。

 

菓子袋をぶんどったヤンチャ猿は、渓流の中の岩の上でそれを広げた。

 おすそ分けに預かろうと近づく他の猿を制し、一匹だけで美味しそうに

食べている。

他の猿たちは今度は自分たちも取るぞ! と言わんばかりに再び

川岸から路上の柵の上まで出てき、次の獲物を物色し始めた。

その時だった・・・ 

 

   バンバン  ババババババババ  バン  

 

けたたましい爆竹音が鳴り響いた。

ビックリした猿たちは慌てて山を駆け上がり、森の中へ走り去っていった。

 

Jrは皆んなの行動を上からビクビクしながら見ていたが、やがて

初めて聞く大きな爆竹音にビックリし、その恐ろしさに震えて動けなく

なっていた。  

   ・・・怖い! 

      みんな早く戻ってきてくれないかな~ 

      お兄ちゃんたちどこへ行ったのかな?・・・ 

Jrはキョロキョロしながら見回していたが、逃げた彼らはもうすっかりと

妹猿のJrの事など忘れてしまっていた。

 

  (* 箕面大滝の上にある 「杉の茶屋」 の東隣に

  「箕面市野猿管理事務所」 がある。

  箕面市は近畿圏で唯一ニホンザルを 「天然記念物」 に指定し、

  「箕面山猿保護管理委員会」 によって箕面の野生猿の保護、管理を

  しているのだ。 

  時にはそんな悪さをし、人間に害を及ぼすようなヤンチャ猿らを

  懲らしめる作業もしなければならない。

   しかし、その原因は人間側にもあった。

  箕面ドライブウエイで見かける路上での餌やり行為だ。

  車を止め野猿にお菓子や食べ物を与える心無い人が増え、時には

  大渋滞を起こしたり、そんな猿の餌の奪い合いで人間に怪我をさせたりと

  いろいろ問題が発生していたのだ。

   しかしそれは猿社会にもまた被害が出ていた。 

  人間の与える餌を得るため親猿に連れられた乳飲み子や幼い猿が

  路上に飛び出し車にはねられたりしていた。  

  そんな死んだ幼い猿の死が受け入れられないのか、何日も何ヶ月も

  干からびた亡骸を抱きながら過ごしている母猿もいた。

   そこで箕面市は条例を作り、悪質な餌やり行為には罰金1万円を課す

  ことにした。 

  そのPR活動の効果もあり、近年は徐々に改善されつつあるものの、

  猿のほうがまだあの美味しい味が忘れられず、たまにそんな行為を

  するのだった。

   大阪府は何年も前から天上ヶ谷の山中で、毎日2回 全ての猿に

  行き渡る量の小麦を撒いて、係員が餌付け作業をしているのだ。

  その成果もあり箕面の猿の群れは徐々にその周辺に根付くようには

  なっているのだが・・・)

 

 

Jrは一匹だけ取り残されてしまった。

幼い子猿にとって兄姉猿らの後ろについて来ただけなので何も分からず、

心細くて不安で仕方なかった・・・

 

      キー  キー  キー 

 

小さな声で呼んでみるけど何の応えもなかったし、 さりとて母親の元へ

帰る道も分からなかった。

Jrは長い間じっとしていたが、やがて兄姉らがそうしていたように

落石防止の金網を一歩一歩づつ下り始めた・・・

 

   ブルン ブルン  ブルブルブル ・・・ 

 

突然 下から大きな音がした・・・

Jrはあのビックリした爆竹の音かと一瞬パニックになり、その弾みで手を

離してしまった・・・ 

 

          ドスン!

 

Jrは何かの上に落ちた・・・

すると間もなくすぐにそれは動き出した・・・?

 

軽トラックの荷台にはダンボール箱が積んであり、Jrはその上に落ちた

のだった。

車は一匹の幼猿を乗せたまま箕面ドライブウエイを北の方角へ走り、

箕面ビジターセンター前を過ぎ、茶長阪橋からグングン加速し、

勝尾寺山門前を過ぎて勝尾寺園地の駐車場へ入ってとまった。

運転手は近くのトイレ舎へ走っていった。

 

 Jrはドキドキしながら初めて乗る車に不安を覚えながら周りを見回して

いたが、車が止まり、目の前にはスギ、モミ、アスナロ、クヌギなどの

雑木林の森が広がっているのが見えた。

Jrは車の荷台からやっとの思いで下へ飛び降りると必死で森の中へ

駆け込んだ。

少しホッとしたものの・・・  小さな声で キーキーキー と叫んでいた。

 

   ・・・ここはどこ?  お母さんは?  皆んなはどこ?・・・

 

やがてあの軽トラックは何事も無かったかのように走り去って行った。

Jrは大きなホウノキの枯葉の中に身を埋め、不安と疲れでウトウトと

眠り始めた・・・

 

 やがて太陽が沈み、空は急に暗くなり、いつしか森は真っ暗闇に

包まれていった。

今まで温かい母親の胸の中で夜を過ごしていたのに・・・

寒さで目を覚ましたJrは、自分一匹だけの現実の状態に驚き

再び今度は大声で キーキーキーキー と泣き叫び続けた・・・

しかし 何も応えてはくれなかった。

 

その頃Jrの母猿は、いなくなった幼い我が子を必死に探し回っていた。

あの兄姉猿やヤンチャ猿も一緒になり、ボス猿に長老猿らと共に

相当広い範囲まで探し回っていたが、Jrはどこにもいなかった。

   ・・・車に轢かれたんだろうか?  連れ去られたのか?

    どこかで肉食獣にやられたのか?・・・

あれこれと心配はつきない・・・

 

やがて小雪交じりの冷たい雨が降り始めた。

Jrは真っ暗闇の森の中で一匹、何の生きる術も知恵もまだないまま、

ただ木の根元の枯葉の中でまんじりともせずにじっとしていた。

初春とはいえ、森の中は冷たく寒い・・・

深々と更けていく森の中で、葉にあたる冷たい雨の音だけが静かな森に

響き渡っていた。

そして 時々涙をいっぱいため、うめくような小さな声で母親を呼ぶ

Jrの声が響いた・・・

         キー キー キー

 

 

(2) へ続く・・・

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<七日目の朝陽> (2)

2016-03-01 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

 七日目の朝陽  (2)

 

 

 

  ワン ワンワンワン ワン・・・・

 

突然 闇を振るわせる大きな吼え声が森に響いた。

 Jrはビックリして目を覚ますと、目の前に一匹の大きな犬が牙をむき出し、

怖い顔をして吼えている・・・ Jrは恐怖ですくみあがってしまった。 

 しかし 咄嗟に本能的に横の木に登り始めた。

猛り狂ったような犬は飛びかかってきたが、間一髪でJrは木の上に難を

逃れた。

 Jrの顔は引きつり、恐怖で泣く事さえできなかった。

いつも守ってくれる母親もボス猿も誰も助けてくれない・・・

 長い時間が過ぎ・・・ やがて下で思い切り吼え続けていた大きな犬は、

諦めたかのようにどこかへ去っていった。

 

 

  (* 勝尾寺やその墓地周辺にはたまに病気にかかったり、

    手に負えなくなり飼えなくなった犬猫や動物を捨てに来る心ない

    人間がいる。

    せめてもお寺や仏様の近くで成仏させてやろう・・・との思いかも

    しれないが、そもそも人間社会の中で餌を与えられ飼われて

    きた動物たちが、急にこの自然の森の中に放り出されても

    生き抜くことは難しい・・・

     そんな動物たちは野山を駆け巡り採食するシカやイノシシの

    群れや、他の肉食動物と競って餌を確保する事は至難のことなのだ。 

    まして森の動物たちと違って採食の術も知らないのだから、この森で

    生き延びるの厳しい事に違いない。)

可哀想なことをする人間たちだ。

Jrは恐怖に怯え震えながら木の上で夜を過ごした。

 同じ頃 Jrの母親は心配で心がはち切れそうになりながら、

まんじりともせず夜明けを迎えていた。

 

 

二日目の朝が明けた。

太陽が顔をのぞかせ、森に明るい木漏れ陽が差し込んできた。

常緑樹林の葉に昨夜の雨粒が残り、太陽に反射してキラキラと輝いて

いる。

 Jrは恐る恐る木を下りるとトコトコと東の<郷土の森>へ入っていった。

  (* ここは明治100年を記念して45年ほど前、全国の都道府県から

    贈られた木々が植えられ大きな森となっている。)

山形のサクランボ、茨城のウメ、徳島のヤマモモ、香川のオリーブ、

大分の豊後ウメなど実のなる木もあるものの、今は冬場で食べられる

実りはなかったし、Jrはまだ食べられる枯れ実さえも知らなかった。

 途中 Jrは小さな流れを見つけ初めて岩清水を口にした。

母親の乳房からいつも朝食をとっていたのに、今は自分で何か食べ物を

探さねばならなかった。

    ・・・お腹がすいたよ・・・ キー キー

何をどうやって探したらいいのか分からない・・・

 しかし 母親が確かそうしていたことを思い出し、近くのアオキの葉を口に

し、その少し硬い葉をよく噛んで食べたり、足元の虫をつまんで口に入れ

たりして飢えをしのいだ。

 

 Jrは森の中をあてどもなく歩いた・・・

隆三世道からいつしか証如峰(604.2m)の森に出ていた。

途中 シカやイノシシ、それに肉食獣のテン、イタチ、キツネたちを見たが

みんな寝ていた。 リスやモリネズミ、タヌキなどとも出会った。

Jrは一匹 寂しくて、悲しくて、怖くて涙にくれながら歩き続けた。

 そして いつしか二日目の夕闇が迫ってきた。

今夜の空はきれいに晴れ上がり、満月が顔をだすと森の中にも明るい

月明かりが差し込んできた。

静かで穏やかな夜・・・

 時折りミミズクが ホーホーホー と鳴いている。

Jは疲れ果て、枯葉の上で涙にくれながら倒れるように眠っていた。

 

夜が更けた頃・・・ 

 

       ダダ ダダダダダダ・・・

 

突然 地響きを震わせる大きな音にJrはビックリして飛び起きた。

見ると横を大きなイノシシの群れが、その大きく太く硬い鼻先で

土を掘り返しながら餌のミミズなどを探していた。

 やがてその内の一頭がJを見つけた・・・ そしてその大きな鼻先に牙を

むき出してJrに近づいてきた・・・

 Jrは恐怖におののきながら大声で キーキー キー 

叫び声を挙げた。

そしてイノシシがJrの顔に触れたときだった・・・

 

       ドスン・・・!

 

そのイノシシに体当たりしたものがあった。

不意をつかれたイノシシは慌ててキビを返して逃げ去っていった。

 

  ・・・よく見ればまだ幼いメス猿が恐怖に震えている・・・

   なぜこんな所に一匹で・・・? 

 

ミケンに深い傷をもつ老猿GFは、いぶかしげにそんな幼猿を

見ていた。

 Jrはいつも群れと一緒にいる同類の猿に出会い、やっと安心した顔を

みせた。

 

老猿GFは、かつて70匹近い猿の群れを束ねた箕面の森の強大な力を

もつボス猿だったのだが、ある日 血気盛んな三番猿とその力に従う

若猿たちが組んだクーデターによってその権力の座を追われたのだった。

 かつて権勢を振るっていた頃には沢山の子孫も残していた。

GFはその激しい戦闘に敗れ、ボスの座を明け渡して以来群れを離れ、

一匹 北の森で余生を送っていたのだった。

 

  (* 猿の群れは体が大きく腕力の強いものがオス、メス問わず

    第一ボスの座を力でつかむのだ。 

    第二、第三と強い順に序列が決まり厳然たる権力階級の社会と

    なっている。

    その権力闘争は常にあり、その順位の入れ替えも常なのだ。

    第一ボスの座についたからといって安泰とはしておれないし、

    第二ボスが次の第一ボスになれるとは限らない。 

    但し、幼い猿や子猿はそんな力関係とは別に、みんなから

    ほぼ平等に優遇される世界なのだ。

     ボス猿は群れ全体を統率し行動せねば、すぐに群れの信頼を

    失ってしまう。

    右に喧嘩があればいって仲裁に入り、左に敵が近づけば危険を

    冒してでも戦ってこれを撃退しなければならない。

     オス猿と違いメス猿はその一生を生まれた森の中で過ごす事が

    多い。

    更に母猿とメス猿はしっかりと集まり、家系ごと血縁にもとづく

    集団が決まっている母系社会なのだ。

    そして族社会の姉妹間では末娘が母に次いで上位となり、

    長女が最下位となる末子優位の法則があるので、Jrは幼いながら

    母親の次の地位にあるのだった。

     メス猿は自分が生き延び、幼猿らに授乳し育てるためにも十分に

    食べなければならない。 それだけに妊娠したり幼い猿を連れて

    長時間森の中で採食活動をすることはできない。

    それには他の肉食動物に捕食されないように土地勘のある生まれ

    育った森が安全だからとの定住法則があるようだ。

     猿の世界は母子社会でメスが完璧な血縁で固まり定住するのに

    対し、オスはほぼ全員が外部からの移入猿である。

    オス猿は5-9歳位の若者期になると生まれ育った群れを離れ、

    やがて別の群れに入り込むのだ。 

     オスはメスを確保しなければ子孫を残せないが、生まれ育った森は

    血縁が濃く、同じ群れでは近親交配が遺伝的に不利と知っている

    自然界の法則のようだ。

     自分の子猿を扶養する義務のないオス猿は、自分だけの食べ物が

    あれば生きていけるので他の群れを目指すのだ。)

この元ボス猿GFもそうやって若い頃 箕面の森にやってきたのだった。

 

老猿GFはこの幼いメス猿が一匹だけで、このままこの森の中で生きていく

ことは不可能だと分かっていた。

 早く森の群れに戻してやらねばならない・・・

 

 

三日目の朝が明けた・・・

GFは朝一番、自分の胸元で眠っているJrを残し採食に出かけた。

 今朝は高木に登り、いつもより木の実を沢山口に含んでいた。

そして次の木の枝に移ろうとジャンプしたときだった・・・

 

       ボキ!

 

鈍い音がして飛び移った枝が折れた。

 いつもなら素早く難なく別の枝に移るのだが・・・

前夜Jrを助けるために思いっきりイノシシに体当たりして、両腕を

痛めていたので力が入らなかった。

 

       ドス~ン!

 

GFは鈍い音をたて地面にたたきつけられた・・・

 しかも運悪く、落ちたところはとがった岩場の上で、GFはしたたか頭と

背中を強打し動けなくなった。

 GFはその痛みに耐えながらしばしじっと堪えていたが、あの幼猿を

何としても母親のもとへ帰してやらねば・・・ と起き上がった。 

ここで死ぬわけには行かなかった。

GFは這うようにしてJのもとへ戻った。

 

目を覚ましていたJrは不安そうにしていたが、GFの姿を見ると喜んで

飛びついた・・・

 しかし GFの体は全身血まみれになっていた・・・

 

 

(3) へつづく

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<七日目の朝陽> (3)

2016-03-01 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

 

 七日目の朝陽  (3)

 

 

 GFはしばらく横になっていたが 、意を決意したかのように起き上がると

Jrを促し、それまで自分がテリトリーとしていた森の中へ連れて行った。

やがてふらつきながらも、Jrに森の中で生きる術をゆっくりと教え始めた。

 冬場の採食は高木に木の実もあるが、今は登れないので地上に落ちている

ブナやシイ、カヤの種実を教え、冬芽、樹皮、常緑樹の葉類、植物の枯実、

昆虫類などを探しながら自分の行動を通して幼猿に一つ一つ採食の

術をゆっくり丁寧に教えていった。

 もし自分がここで死んでも、食べる事さえできれば生き延びられる・・・

との思いからだった。

 

  (* 猿は仲間と共同で狩りをしなければ食べ物が賄えない肉食獣と

    違い、自分で採食の術さえ知れば一匹でも生きていけるからだった)

 

 

四日目の朝を迎えた・・・

 GFは痛みと高熱にうなされていたが・・・ 何とか立ち上がるとJrを連れ

再び森に向かった。

今日は他の攻撃動物から身を守る方法や寝る場所の条件などさまざまな

森の掟や生きる術など知恵を授けた。

 その鬼気迫るGFの教えに、Jrは自分が味わった恐怖と空腹の体験から

まるで乾いたスポンジが水を一気に吸収するかのように体全体で

覚えていった。

 そしてそれらの教えは次の日も続き、その夜GFはとうとう意識を失った。

 

 

六日目の朝が明けた・・・

 GFはもうろうとする意識の中で目を覚ました。

幼猿が自分の胸元に顔をうずめ静かに眠っている姿をじ~と見つめた。

自分の死期が迫っている事は分かっていた。

 

GFは再び決意したかのように起き上がるとJrを起こし、ゆっくりと歩き

始めた。

 やがて最勝ケ峰から尾根道を下り清水谷へ向かった・・・

時々休みながら痛みで意識がもうろうとする中、Jを引き寄せ

再び森の掟、採食、攻撃の回避、森での生き方などを繰り返し、身をもって

教えた。

 GFはこれが最後の見納め・・・ と周辺の山々や森を振り返った。

かつて自分が支配した懐かしいあの場所、この場所を最後に目に

焼き付けるかのように・・・

 

やがて箕面川に下り、川原で水を飲んだ後 長谷山に入ったところで

GFは再び気を失った・・・

  小雪が舞い始めた・・・

深々と更けゆく森の一角で、幼猿はこの夜も意識のない老猿の胸元で

眠っていた。

 深夜、GFはうっすらと目を開きかすかに意識を取り戻した。

しかし その死期は後わずかに迫っていた。

 今夜も幼猿はあどけない顔をし、自分の胸元に顔をうずめ眠っている。

この子を何とかして群れの母親の元へ帰してやらねばならない・・・

 元ボス猿は、かつてのその強靭な精神力と責任感、そして使命感をもって

最後の命の灯をかがやかせた。

 

 GFは眠っているJrを起こし、真っ暗闇の森の中を歩き始めた。

そしてやっとの思いで天上ケ岳にたどり着いた。

  (* ここには瀧安寺・奥の院で<役行者>昇天の地とされ、

    今から1312年前の大宝元年に入寂したというその石碑と

    山伏姿の銅像が建っている)

 

 東の空がほんのりうっすらと明るくなった。

老猿はその役行者に最後の力を与えて欲しいと祈るような仕草をすると

立ち上がり、谷間向かって大きく目を開き、全精力を集中して・・・

 

          キー

 

と 森に響き渡る大声で一言叫ぶと、崩れるように倒れていった。

JrはそのただならぬGの姿に キーキーキー と泣き叫んだ。

 

 その頃、この夜もまんじりともせず幼い末娘を案じていた母猿が、

そのかすかな叫び声を耳にした。

そしてそれは群れを率いるボス猿の耳をもピクリとさせた。

 とっさに飛び起きると、二匹は天上ケ谷からその叫び声の方へ向け

懸命に走った・・・

 

        キー キー  キー キー

 

母猿は真っ先に末娘Jの泣き叫ぶ声を見逃さなかった。

 

       キー キー  キー キー

 

Jrはまたあの懐かしい母親の叫び声を遠くに聞いて叫び続けた。

その声は小さいながら森に響き渡った。

 

        ・・・ いた・・・!

 

夢にまで見た我が子が今 目の前にいる・・・

Jrは思いっきり母親の胸に飛び込んでいった。

Jrは懐かしい母親の匂いをかぎながら、それまでの恐怖から

思いっきり涙を流して泣いた。

 母と子が再開を果たし抱き合っている間に、後から群れの

猿たちが次々と追いついてきた。

その母と子の横には大きな老猿が一匹倒れ息絶えていた。

 

 群れのボス猿はその見覚えのあるミケンに大きな傷跡が残る

老猿を見て一瞬驚いた・・・ 

かつてボスの座をかけ自分と戦った前のボス猿だった。

しかし Jrの母猿のほうがもっとビックリした顔をしていた。

あのミケンに傷を持つ老猿は・・・ まさか?

 

 それは母猿がまだ幼猿だった頃、一匹 陽だまりで遊んでいる

ときだった。

 他の山から流れてきた数匹のケンカ猿が自分を襲ってきた・・・

その時に群れのボスだった父親がそれを発見し、彼らと戦い

撃退してくれた。

しかしその時の激しい戦いで、ボスはミケンに大きな傷を

負ったのだった。

母猿は当時を思い起こし涙ぐんだ・・・

 

 やがて母猿はJrの手をとると、静かに横たわる老猿の前に

ひれ伏し最愛の幼娘を助け導き、ここまで連れて帰ってくれた

父親に心からの感謝を捧げた・・・

そしてJrの手をとると、その額の傷跡に一緒に手を置きながら・・・

 

     ・・・ おじいちゃん ありがとう ・・・

 

 

箕面の森にひときわ輝く初春の朝陽が差し込んできた・・・

そして 七日目の朝が静かに明けた。

 

 

 

(完)

 

 

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルを抜けると白い雪> (1)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

みのおの森の小さな物語 

               (創作ものがたり  NO-15作 (1)~(7))

 

 

 

  トンネルを抜けると白い雪  (1)

 

 

 

 「 トンネルを抜けるとそこは雪国だった・・・ か 」   

太田垣 祐樹はボソッとつぶやきながら我に返った。

なぜそんな言葉が口をついて出たのだろう・・・か?

 

箕面グリーンロードトンネルを抜けて止々呂美(とどろみ)の出口にでると、

真っ暗闇の中に車のライトに照らされた白く輝く銀世界が広がっていた。

トンネルを入るまでは全く雪がなかったので一瞬ビックリしたものの

すぐにまた自分の世界へと入っていった。

 

三ヶ月ぶりに自宅に帰る・・・

と言っても誰もいない家に帰るのは何とも気が重いものだ。

 

ほんの40分ほど前まで、祐樹は梅田の新ビジネス街に建つ高層ビルの

一室で、苦手な外人バイヤーとの厳しい商談を終えたばかりだった。

その直後、弁護士から 「離婚が成立しました・・・」 と電話があった。

 

   ・・・そうか終わったのか・・・

 

祐樹は26階のオフィスから眼下に広がる光り輝く大都会の街の明かりを

ぼんやりと眺めていた。 

   ・・・やっぱりここはボクの住む街じゃないな・・・ と一人つぶやいた。

そして急にこの連休は一人静かに過ごしたい・・・ との思いから

同僚との飲み会を断り、いつしか車はかつての自宅へと向かって

いたのだった。

 

先日、祐樹は会社の上司からニューヨーク支店への転勤内示があったが、

何度も自分の心と対峙し熟考のうえ辞退を申し入れていた。

同僚や後輩はその早い栄転を羨ましい言葉で賛辞しながらも

やっかみ半分のところがあった。

そのやっかみは祐樹が入社してすぐに感じていたことっだった。

 

   「あいつの入社は俺たちと違ってきっとコネだからな・・・

    何しろ親父は国会議員だし、上の兄貴は地方議員でいずれ

    親父さんの後をつぐんだろうしな。

     母親はその道の家元で全国に教室があるとか聞いたし、

   下の兄さんは大学病院の精神科医でTVにもよく出ているし、

   フランスにいる姉さんはたまに週刊誌にもでてる有名なファッション

   デザイナーなんだろう・・・

   あいつの一族はまさに<華麗なる一族>といったところだからな・・・

    しかし どうもあいつだけはちょっと異色で変わってるよな・・・

   エリートコースのニューヨークを断るなんてバカじゃないの・・・?」

 

同輩や後輩らと飲みに行くと必ず家のことを何かと聞かれるので

祐樹はほとほと嫌気がさしていた。

 

  ・・・ボクはボクなのにな・・・

 みんなボク自身のことより、家族やその背景のことばかり気になる

ようだな・・・ といつも自嘲気味に笑っていたが心は憂鬱だった。

 

  ・・・あんなビジネスの激戦地みたいな所へいったらもう自分が自分で

  なくなってします・・・

  自分らしく生きたい・・・ 小さな自分の夢を追ってみたい・・・

 

やっかみ半分の同僚たちの思いと祐樹の思いとは、全く別の次元のもの

だったが、それは会社の誰もが知る由もなかった。

 

 梅田の会社駐車場から出て新御堂筋に入ると、祐樹の

イタリア製最高級スポーツカーはすべるように江坂、千里中央を経て

箕面グリーンロードトンネルに入った。

 

この車も自分の好みと全く違ったが妻が選んだ車だった。

 

 そこを5分ほどで抜けるとあの梅田の街の喧騒から30分ほどで

全くの別世界に入っていった。 そしてそこには白銀の世界が広がっていた。

 

   ・・・これが幸せと言うものなのか・・・ と思えた1年ほど前の日々を

想う・・・

どこかいつも 違う 違う と思いつつも、祐樹は子供のころから

自分の気持ちを抑え、心をごまかしながら両親や兄姉の指示や

言葉に従順に生きてきていた。

30歳をいくつか過ぎ、やっと祐樹は自分の歩んできた今までの道を

省みていた。

 

 祐樹は母親が41歳のときに予定外で生まれた子供だった。

もうすでに上の兄は19歳、次兄は17歳で姉は15歳と年の差があったので、

それが為にそれぞれにみんなが可愛がってくれた。

 それは一方で過保護となり、過干渉であったりして自我に目覚めると

随分とそのことに悩んだりしたこともあった。

しかし、元来素直で従順で優しい性格の祐樹は、そんな周りの保護の中で

強く自己表現することもなく、常に争いごとを避けて暮らす習慣が身に

ついていた。

 

だが一度だけ大きく家族に反発したことがあった。

それは高校生になったころ、両親や兄姉らがこぞって

 「お前は弁護士になれ・・・ 医者を目指せ・・・ 」 

と次々に干渉され、その必要性を懇々と説かれたことだった。

   「人生の競争に勝つためには・・・ 人の上に立たねば・・・

   権力、名誉、金、力を持てば人はついてくる・・・幸せもついてくる・・・

   自分に合った仕事なんて無い・・・自分を合わせるんだ!

   お前の祖先も両親も俺たちもみんなそうやって成功を

   つかんできたんだ・・・」

  「もういい加減にしてくれ・・・ボクはボクの人生を生きるんだ!」

と はじめてみんなの前で反抗し叫んだときだった。

 

しかし、次の日からまた何事も無かったかのように祐樹の訴えは無視され、

再び過干渉が始まった。

そして祐樹はいつしか ・・・まあいいか・・・ と

それまでの習慣どおり、みんなの意見に自分を従わせようとしていた。

そしてそれはやがて自分の夢や希望や感情までも抑え、家の重圧に押され

毎日現実的な対応を余儀なくされていた。

 

塾に通い、習い事に明け暮れ、競争社会には全く合わない自分を知り

ながらも、いつしかそんな嫌いな社会の渦の中に巻き込まれていった。

 しかし いざとなると自分は人との争いごとの間に立つ弁護士など

天敵とも思えるぐらい全く向かない職業だと思った。

それに医師の次兄の薦めで医学部を目指そうと思ったものの、

本来血を見ただけで怖くて卒倒しそうになるのに、人の死と向き合う

医師など全く存外で自分には向かないと確信して断念した。

 

 「じゃあ 何になりたいんだ・・・」 と問われるので、祐樹は漠然とだが

  「ボクは植物や動物が好きだから・・・山も好きだし・・・絵も・・・」

 「そんなもの勉強したって食っていけるわけ無いだろう・・・

  まじめに考えろ!」

と怒られていた。

 なぜそんな言葉が口をついてでたのか・・・

そこには祐樹に一つ思い出に残る印象があった。

 

 それはまだ祐樹が小学生の頃、家族みんなが仕事で多忙な頃に

家族に代わって周りの取り巻きの人たちが東京のデズニーランドや

大阪のユニバーサルスタジオ、映画や遊園地などにもよく連れて行って

くれた。

しかし、祐樹がもっとも印象に残ったのは、ある日小学校の遠足で行った

箕面の滝への道だった。

近くの山麓に住んでいながらこんな所があるとは全く知らなかった。

 

 箕面川の渓流が岩にぶつかり、白い水しぶきを上げてダイナミックに

流れている・・・

その岩の上に一羽のアオサギがじっと置物のように身動きせず水面を

見つめて狩りをしている姿・・・

美しいコバルトブルー色したカワセミがあっという間に水にもぐり

小魚をくわえて小枝に戻ってきた姿に、祐樹は初めての感動を覚え

興奮した。

 

 山麓に咲く小さなイチリンソウ、ニリンソウなどの野花は、街中では

見られない素朴で清楚な姿をしていて祐樹の心をとりこにした。

野花をみて 「 きれいだな・・・」 と初めて子供心に感動した。

それに野生のサルが群れで木々の上を動き回って木の実を食べている姿は

動物園で見たサルと違って興奮した。

見るもの一つ一つが祐樹の子供心を刺激し琴線に触れるものがあった。

 

見上げれば美しく紅葉した森が広がっている・・・ 

祐樹は落葉したそんなもみじの葉を数枚拾い、持ち帰って本にはさみ

押し葉にした。

今でもその押し葉を見るたびに、あの時の感動を思い出すのだ。

 

祐樹は近くの山麓に住んでいながら今まで家の高台から見る視線は

いつも南側に広がる大阪平野であり、その先に林立する大都会の

近代的ビル群だった。

それが初めて反対側の裏山の箕面の森の中へ行ったとき、祐樹の心を

動かすほどのものがあったのだった。

 次兄にその感動を話したとき・・・

 「お前の生まれる前にもう亡くなっていたけど、祖父は旧帝大出の

  有名な植物学者だったそうだ。 

  それで親父は子供の頃よく束ねた新聞紙を持たされて爺さんと裏山を

  歩いた・・・ とか言ってたな・・・

  なんでも箕面の山には日本の羊歯(シダ)類の相当数の種類が

  自生しているとかで、その採集の手伝いをさせられたんだろうな・・・

  お前はそんな爺さんの遺伝子を引き継いでいるのかも知れんな・・・」 

と笑われた。

 

 「もう勝手にしろ!」 と言う家族の声に これ幸い! とばかりに

祐樹は初めて自分の意思で大学を選んだ。

それはみんなが全く想像外の<心理学>を専攻し、大学院では 

<農学、園芸・森林療法と自然環境学分野との融合> を研究した。

この6年間は祐樹にとって実に充実した日々を過ごした。

 

しかし、祐樹は卒業を前にして再び両親や兄姉からの強い過干渉が

始まった。

そしていつの間にか<特別推薦枠>とかで、考えても見なかった

総合商社へすんなりと採用されたのだった。

それは国際社会を舞台に、ビジネスでの激しい競争を繰り広げる

会社だった。

 

 祐樹は相変わらずどこかで 違う・・・ 違う・・・ と思いつつも仕事に

没頭し6年が経っていた。

この間に名門家系の御曹司で末っ子ということもあり、次々と縁談が

持ち込まれ、親の薦めに反対できず何度も見合いをしてみたが、

祐樹の心に触れる女性は一人もいなかった。

 

 ある日、祐樹は会社の重役の誘いで、ある財界のパーテーに招待された。

そしてそこである女性を紹介された。

祐樹は本来最も苦手なそんな所で酔うことなど無いのだが、仕事の

ストレスもあり、勧められるままにしこたま飲んで酔っ払ってしまった。

そしていつしかその女性から介抱される始末になり、気がつけば彼女の

赤い車の横に乗って家まで送ってもらうことになった・・・

そこまでは覚えているのだが・・・?

 

 ふっと気がついて目を覚ますと、祐樹はホテルのベットに裸で寝ていた。

横には見慣れない女性が寝ている・・・ 

祐樹は あっ! と声をあげそうになった。

 

後日知ったことだが、この女性は中々結婚しない末息子を心配した

父親が、自分の政治後援会長に相談したら、なんとその会長は自分の

人娘を連れて来ていたのだとか・・・

しかし、その後の展開と行為は予想外だったらしい。

 

祐樹は自分の愚かさと女性へのすまなさとで自責の念にかられ、

恐縮の日々を過ごしていた。

そしてそれはやがて祐樹の世界を一変させていった。

 

 

(2) へ続く・・・

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルを抜けると白い雪> (2)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

トンネルと抜けると白い雪 (2) 

 

 

 祐樹は両親や兄姉の薦めと良心の呵責もあり、さらに積極的な

アプローチをかけてくるその女性との間で、まもなく婚約がととのった。

何も知らなかったが、その女性はアメリカの大学院を出、一時 国際機関で

働いていたキャリアウーマンだとか・・・

いずれ女性国会議員を目指すと言う野望をもっていた。

 それを聞いたとき・・・

  ・・・この人も結局ボクよりもその背景を利用しようとしているんだ

     ろうか・・・? 

と一瞬考えたが、自責の念もあって ・・・これも人生か・・・ と 

それまでの家に対する従順な生き方に自分を合わせ過ごしていた。

 

 

結婚式はそれは豪華なもので、父親の関係で大臣や財界の大物たち、

母親の関係でその道のそうそうたる顔ぶれ、兄や姉の関係から

いわゆる偉い人から有名な芸能人まで多彩におよんだ。

新妻はここぞとばかりにそれらの人々の間をこまめに回り、交わりをもち

積極的に話していたので、祐樹は少し困惑と違和感を否めなかった。

 

新居は千里中央駅前にできた50階建ての高級マンションを両親が

用意しようとしていたが、「せめて住む所ぐらい自分で決めさせてくれ!」

と頼み、やっとの思いで断った。

 

 祐樹は学生時代からの愛読書に、ソローの「森の生活」(講談社)があった。

それはヘンリー・ソローが今から168年前の1845年3月、28歳のときに

アメリカ・ボストン郊外の森、ウオールデン池畔に小さな山小屋を建て、

2年2ヶ月この森の中で生活し、思想し、著述活動をした時の記録であり、

今なお世界中に多くの人々に共感を与えている本だ。

 そしていつしか自分も森の中でそんな生活をしてみたい・・・ と

憧れを抱きながら夢見ていた。

  しかし、現実に結婚して生活するとなるとそうもいかず、ましてそんな話を

するとあからさまに嫌な顔をする彼女に遠慮して諦めようとした・・・が、

せめて森の中に開発された新しい街 「箕面森町」(みのお・しんまち)に

住みたい・・・ と何とか説得していた。

 

やがて祐樹は4区画200坪ほどの土地を買い、その一区画に知人の

建築家に頼んみ、ひときわモダンで瀟洒な家を建てた。

  将来子供が大きくなったら真ん中を庭にし、もう一方に家を建てられるし・・・

祐樹はそれまでの間、好きな農園や花畑にしようと、周囲に果樹木を

植えたり小さな作業部屋まで建てていた。

しかし、妻となる彼女はそんな事に全く興味を示さなかった。

そして結婚式前にその新居は完成した。

 

  <この箕面・森町は・・・大阪府が箕面市止々呂美地区に広がる

   313.5haの森を開発し「水と緑の健康都市」とした街づくりで、

   計画はオオタカなどの生息地だった事や、世情の変化などから

   二転三転しながらも次々と造成し完成しつつある。

    計画では人口9600人、2900戸だが現在はまだ300余世帯

   約1,000人ほどの街だが、自然と調和した緑豊かな住宅地景観を

   作り出している。

    箕面グリーンロード・トンネルも開通し、大阪梅田まで車で50分、

   千里中央まで15分、バスで25分とのこと。 

    更に平成30年予定でこの近くに箕面インターチェンジができて、

   第二名神高速道路とつながるとのことで、将来は便利になりそうな

   街なのだ>

   

 

 祐樹の新生活がスタートした。

新妻はしばらくの間は専業主婦として家庭にこもったが、しばらくして

   ・・・周囲には山ばかりで何もないわ・・・ と

不満を言うようになった。

 祐樹はそんな自然の中での生活に満足していたが、この二人の

感性の違いはどうしようもなかった。

 やがて妻は一人で自分のスポーツカーに乗って都心に出かけ、

友人との会食や観劇、ショッピングを楽しみ、帰りに百貨店の惣菜売り場で

夕食を調達してくるような毎日となった

 やがて妻は・・・

  「わたし掃除、洗濯、料理なんか苦手だし、お手伝いさんを

   雇いましょうよ・・・」 と言いだし涼しい顔をしている。

祐樹は呆気にとられてしまった・・・

 

 祐樹は 「休日には夫婦二人で近くの山や森を歩こうよ・・・」 と誘って

みたが 「とんでもないわ!」 と言う顔でいつも断られていた。

近くの森にはエドヒガン、ヤマザクラが咲き、 タニウツギやヤブデマリの

花々が咲いている。 

祐樹の好きな野花もあちこちに咲いていて、穏やかで美しい山里の

光景が広がっている。

 

 「それよりも今晩は都心のホテルでデイナーにしない?」

 「友人のパーテーに招待されてるから一緒に行きましょうよ」 とか

祐樹の苦手なところばかり連れ出されていた。

それでも ・・・これが幸せというものか・・・ と 祐樹は結婚した事を

少なからず喜んていた。

 

しかしそんな順調に見えた歯車が、徐々に逆回転をし始めた。

 

 祐樹が結婚して半年も経たない頃、母親の経営するその道の家元教室が、

本人の全く関知しない出来事から、まさかの巨額詐欺事件に巻き込まれた。

新聞で散々報道され叩かれたこともあり、全国にある教室が影響を受けて

あえなく倒産してしまったのだ。

 

 次いで次兄の妻が、こともあろうに兄の同僚医師と駆け落ち騒ぎを起こした。 

それはやがて離婚となり、傷心の兄は大学病院をやめた。

 

 極め付きは、父親が国政選挙であれだけ再選確実の勢いだったのに

次点でまさかの落選をしてしまった。

さらに同時に行われていた地方選挙で、長兄もあえなく落選の憂き目に

あった。

 

 そして悪いことは重なるもので、少し前に姉がパリから一人で帰国していた。

何でもフランス人の夫と経営していた会社が乗っ取られたとか? 

  --夫の愛人との確執とか?--  とか 週刊誌には面白可笑しく

書かれていた

 

 祐樹を除き家族全員がその後の半年の間に立て続けに次々と不幸な

できごとが起こり、あっという間に失脚し、失業状態になり、地位も名誉も

誇りまでもが一気に崩れ去ってしまった。

 

 

 祐樹はそんな中、みんなを励ますつもりで父の誕生会をしようと

久しぶりに実家を訪れた。 

家を出るまで妻は一緒に行くことを拒んだが、何とか渋々ついてきていた。

  事前に兄姉の知人、友人、今までの親しいみんなに知らせておいたのだが、

その日集まったのは10数人だけだった。

 それまでは数百人の人々が、家のパーテールームやそれに続く

広い庭園にも人が溢れるばかりでそれは賑やかだったのだが・・・ 

その凋落振りは目に余るものがあった。

 箕面山麓の高台で100年以上続いたこの実家も、このままでは

数ヵ月後には人手に渡りそうな事も聞いた。

 

 祐樹は何かの小説で読んだ一説を思い出していた・・・

 「・・・そして男が死ぬとそれまで体の血を吸っていたノミやシラミなどの

  生き物が ゾロゾロゾロと這い出し畳の隅に消えていった・・・」

とあったが、まさにその通りだと思った。

 

 両親に兄姉たちもどん底に落ち、初めてそれまでの自分たちの生き方や

驕り高慢さを自省し、各々がうめくように猛省している姿が痛々しかった。

 人がそれまでの権力から落ち、地位、名誉、金力を失ったとき、

それまでその傘の下で威勢を誇り、権益をむさぼってきたような人々が

真っ先に去っていった。 

それはまさにあの寄生していたノミやダニが死体から一斉に出て行く

姿だった。

そして一族はその悲哀を嫌と言うほどに味わう一日となった。

 

ささやかな食事会が終わること、それぞれが心に誓ったことがあった。

それは父が言ったつぶやきだった。

 「今日から裸になって本当に一から出直し頑張ろう・・・

  そしてこれからは 謙虚に質素に真面目に生きていこう。 

  お互いに切磋琢磨して協力し この難局を乗り切ろう。 

  そしてこれからは身も心も常に清潔にして清貧を心がけ、

  決して再びノミの巣にしないようにしよう・・・」

 

 家族みんながしっかりとうなずき肝に銘じた言葉だった。

しかし、祐樹の妻だけは呆然とした顔をしてそんな父の言葉を聞いていた。

 帰り道、妻は 「こんな事ってあるかしら・・・私はどうしたらいいの? 」 と

激しく動揺しヒステリックな声をあげた。

しかし、実家のほうは大変だけど、祐樹はサラリーマンで給与が減る

わけでもなく、家が無くなるわけでもなく、今までと生活が何ら変わらない

のでいつも通りの生活をしていればよかったのだが・・・

 

 数日後、祐樹は香港へ出張した。

一週間の仕事を終えて帰国し、空港からタクシーで家に直帰したが、

途中何度か妻のケイタイに電話を入れたが一向につながらないのだ。

 「おかしいな? どこかへ出かけているのかな? 

  それとも何かあったのかな?」

 出かける前、妻の顔色が悪く元気が無かったので少し気にはなって

いたのだが・・・

 

 家は真っ暗だった。

家に入ると中は閑散としていて、妻の持ち物は何一つ見当たらなかった。

机上に一通の封筒があった。

祐樹は呆然としながらその封を切って中を取り出した。

そこには祐樹宛の手紙があり、捺印された離婚届け用紙が入っていた。

祐樹はその手紙を夢遊病者のように目で追いながら部屋の中を

さ迷っていた。

  「・・・もう夢も希望もなくなりました。 お家のゴタゴタはもう沢山です。 

  こんな事になるとは・・・ 貴方に対する愛情はもうありませんので・・・」

と、恨みつらみが延々と綴られていた。

祐樹はいま現実に起きていることを認識できないでいた。

 

 

 あの日から三ヶ月が経った・・・

祐樹はとうとう一度も妻と顔を合わせることなく、弁護士同士の話し合いで

離婚が成立したのだった。

季節はあの衝撃を味わった初秋からもうとっくに冬が来ていた。

 あっという間に正月が過ぎ、二月の厳冬期になっていたが、

祐樹の心も氷のごとく凍りついたままだった。

 祐樹はあの日からなんとなく乗ってきたスポーツカーだったが、

明日には業者に引き取ってもらうので今日が最後のドライブだった。

つかの間の幸せ感も、この家も、この街も、この森とも、

すべて終わりなんだ・・・

 

 祐樹の車はうっすらと雪の積もる箕面森町への道を上り家に着いた。

   ・・・3ケ月ぶりか・・・

懐かしさよりも空しさのこみ上げる玄関を開け、雨戸を開けて

冷たい外気を家に入れた。

外はあの日、あの時に一人で家を後にした寂しい光景が広がっていた。

  一面の雪景色に月の光が優しく降り注ぎ、氷魂をキラキラと輝かせて

いる・・・

祐樹はしばしそんな光景に見とれていた・・・

 

    「きれいだな~ 」

 

 

 

(3) へ続く・・・

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルを抜けると白い雪> (3)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

トンネルを抜けると白い雪 (3)

 

 

翌朝、祐樹は家の窓を全開し、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ・・・

  ・・・気持ちいい~・・・

ヒヨドリが2羽、元気に頭上を飛んでいった。

北側の森の樹林が真っ白い雪に覆われ、まるでおとぎ話しの中の

妖精がいる森のように見えた。

 庭に下りると、野うさぎか? テンか? 小さな動物の足跡も見られて

嬉しくなった。

南側の鉢伏山の方をみると、朝陽にキラキラと輝くダイヤモンドダストが

見られる・・・

 

 ・・・きれいだな~・・・

 

祐樹はしばし家の周辺の景色に見とれながら、何度も同じ言葉を

呟いていた。

 

 「そうだ! 久しぶりに箕面の山を歩いてみよう・・・」

 

 祐樹はこの3連休を何して過ごそうかと思っていたので我ながら

いい考えに喜んだ。

 そうと決めると裏に建てていた作業小屋から、以前から置いている

山靴とリュックサック、ストックなどを取り出した。

  ・・・結局 前の妻とは一度も山を歩かなかったな・・・

 学生時代からあちこちの山歩きを楽しんだけど、サラリーマンになって

からは家の近くの箕面の山を歩いては自然の営みに感動していた。

  ・・・何年ぶりぐらいかな・・・

祐樹は久しぶりのワクワク感でいっぱいになった。

 

 

箕面森町から府道423号線を東へ歩き、高山口から山道を登る。

ひとつ山越えをして豊能郡能勢に入り、もう一つ山を越え 「ここから箕面市」

とある表示を過ぎ後ろを振り返った。

 

  ・・・きれいだな~ ここは雪国か? ・・・ 

と 錯覚するような美しい景色が広がっている。

 雪国の人々の雪害の苦労は大変なものがあるけれど、この大阪・北摂では

年に数回ぐらいしか積もらない雪は珍しい部類に入るのだ。

 そう言えばあの小説「雪国」を書いたノーベル賞作家、川端康成は

子供の頃、ここ箕面の山や森でよく遊んだと言うから、どこかで少しでも

この雪の光景が脳裏にあったのかな? と 祐樹はそんな想像をしながら

登った。

 

 やがて再び豊能郡高山に入った。

登りばかりが続く・・・ 息を弾ませながら祐樹は白い息をハーハーと

リズムよく吐きながら、なぜか体も心も軽くなっていくのが心地よかった。

それまでの心の内に溜まっていた暗く重たく黒い汚い塊を、思いっきり

吐き出すかのように意識して息をはきだした。

そして胸いっぱいに新鮮で気持ちのいい森の空気を精一杯吸い込んで

いたら、いつしか身も心も入れ替えられたような新鮮な気分になった。

 

 やがて高山の村落が見えてきた。

ここはかの戦国大名・キリシタン大名 高山右近の生誕地だ。

近くには「マリアの墓」とか「マリアの泉」とかも残っている。

村落の人口はもう100人足らずで高山小学校はもう何年も前に

廃校になり、箕面森町にできた止々呂美小学校に統合されたようだ。

 祐樹は都市近郊にあってこの田舎の自然が満喫できる高山の村落が

以前から大好きだった。

学生時代は箕面駅前から山々を越え、ここまで3時間足らずで

よく歩いたものだった。

 そして昔懐かしい田舎の風情をもつこの貴重な村落で一日を

過ごすのが何よりの楽しみだった。

 

 祐樹は隠れキリシタンゆかりの「西方寺」前から「高山右近生誕地石碑」

裏山を回り、明ケ田尾山への登山道へ入った。

ここは谷道だが雪はそんなになく、いつもの山道が判断できるので

登りやすかった。

 

 やがて山頂に到着した。

 明ケ田尾山は箕面最高峰で619.9mと聞いた。

祐樹はここで一休みをすると、持ってきた水筒の水を一気に飲み

ノドを潤した。

登りが続いたので汗で下着がぬれている。

  ・・・そう言えば腹が減ったな~・・・

3ケ月ぶりの森町の家には食料の買い置きは無かったし、途中で買う

つもりが国道沿いに店は無く、高山にも一軒の店も無いので仕方ない。

 

 これから尾根づたいに歩き、梅ケ谷から鉢伏山を経由し、

<expo‘90みのお記念の森>から天上ケ岳を下り、2号路から箕面瀧道へ

出るか、ようらく台から前鬼谷を下り落合谷に出てもいいし・・・ と 漠然と

これからのコースを考えていた。

  ・・・それまで水も食料もなしか・・・ しょうがないな・・・

     まあなんとかなるさ!・・・

 祐樹はそれ以上にこうして久しぶりに自分を取り戻し、自然との会話が

楽しめる事に満足し嬉しさでいっぱいだった。

 

     ハックション! ハックション!

 

祐樹は大きなくしゃみをして我に返った。

   ・・・寒 い・・・

寒気がしてきたので祐樹は再び歩き出した。

 

 梅ヶ谷へ下り、再び鉢伏山へ向けて登った後、しばらく気持ちのいい

下りの山道を歩いているときだった。

南斜面なのでここまで来ると雪はないものの、逆に山道は凍りつき、

歩くたびに バリ バリ という霜柱が壊れる音が響いた。

 

 そして事故は起こった・・・

それは祐樹の第二の人生の幕開けとなった。

 

 尾根道には冷たい風が吹き、山道は硬く凍っていた。

それまでの雪道とは違ってまだ歩きやすく、祐樹はバリバリと

霜柱を壊す音を立てながら黙々と山を下っていた。

その時だった・・・

 

   ツルン~   ガクン   バリ  

 

あっという間に左足が滑り、鈍い音がしたかと思うと祐樹はドンデン返し

にひっくり返り、腰を嫌と言うほど打ちつけ、左足首に激痛が走った・・・

 

  「痛い! これは何だ!」

 

何が起きたのか判断するのに時間がかかった・・・

しばらくしてそれは山道に転がっていた太い木の枝に足をとられ

滑ったようだ・・・

  ・・・とんでもないひねり方をしたようだな? 

       これは大変な事になってしまった・・・ 

と祐樹は焦った。

滑った左足は痛みもあるが痺れたような別感覚になっている。

  ・・・このままでは一人で歩けない・・・

    助けを呼ぼうにも山の中では 電波が届かずケイタイが使えない・・・

    案の上<圏外>表示が出ている。 それにまだ一人のハイカーにも

    出会っていないような今日の状況だ・・・  

    どうしよう?・・・

祐樹は激痛に体を横たえたまま頭は思案でいっぱいだった。

 

  ・・・冬の夕暮れは早い・・・

 

 ひょっとするとここで一晩を過ごさねばならないかもしれない・・・

祐樹は横たわりながらリュックを引き寄せ中を見たが、こんな時に

役に立つような物は何も入っていない。 

 水も食料もないし、防寒具といってもこの寒風吹きすさぶ尾根道で

夜を過ごすことなど到底無理なことは分かっていた。

 

左足はどうやら骨折しているようだ。

 

  ・・・後10数分も下れば<みのお記念の森> に着く距離だ・・・

    そこに常駐の人はいないけれで、いつも森の駐車場の開閉に

    ビジターセンターの職員が来るはずだ・・・

    何とかしてそこまでいかねば・・・

時計はもう3時を回っていた。

祐樹は焦った。

 

  ・・・何とか這ってでも下に下りねば 命が危ない・・・

 

少し足を動かしてみるが、そのつど激痛が走り到底動かせない。

祐樹は天を仰いだ・・・

 ・・・家族全員が今最悪の危機の中にあるけど、どうとうボクにも

   死神がやって来たようだな・・・

   ボクの人生もここで終わりかもしれないな・・・まあいいか・・・

   人間はいつかは死ぬんだ・・・それにボクはこの好きな森の中で

   死ぬのならそれも本望か・・・

 

そう自分の運命を受け入れると、祐樹の心も少し落ちつき穏やかに

なってきた。

 祐樹はそのままゴロリと大の字になって空を見上げた。

冬枯れの森・・・ 葉を落とし、枝ばかりのコナラの大木が寒風に揺れ、

枝と枝のすれる音がリズミカルな音色のように聞こえる・・・

空には ヒュ~ン ヒュ~ン と冷たい風が吹き雲が激しく動いている。

 

  寒い・・・ 痛い・・・」

 

そしていつしか祐樹は意識が遠のいていくようにゆっくりと目を閉じた。

頭上を冬鳥が一羽 飛んでいった・・・

 

 

 

(4) へ続く・・・

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルと抜けると白い雪> (4)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 トンネルを抜けると白い雪  (4)

 

 

 

 「大丈夫ですか? もしもし大丈夫ですか?  どうしよう・・・」

 

祐樹は薄れゆく意識を懸命に元に戻しながら、そんな声を耳にした。

 

  「あっ! 気がつきましたか・・・」

   「ああ どうも・・・ どうもありが・・・

    足を滑らせ・・・

    動かせないんで・・・ 痛!」

祐樹は薄れていた意識を取り戻した。

 

 「私が肩を貸しますので立てますか・・・?」

 

気がつけば麻痺しているのか、少し足の痛みが和らいでいる・・・

祐樹はゆっくり女性の肩を借り、やっとの思いで立ち上がった。

  「これなら何とかこの下までは下りられそうかな・・・?」

 

それから何度も休み休みしながら10余分の道を1時間近くかかって

やっと芝生広場までたどり着いた。

 

  「ありがとうございました・・・もうここで・・・

   すいませんがケイタイが繋がる所から救急車を呼んで・・・あれ!?」

 祐樹がボソボソとお願い事を言う前に、彼女はもう一人で走っていった。

15分ほどして一台の軽自動車が前に止まり、先ほどの人が急いで

下りてきた。

 「丁度出会った係りの人に事情を話して車を中に入れさせてもらいました

  さあ早く病院へ行きましょう・・・」

 そう言うが早いか祐樹を抱きかかえるようにして助手席に乗せると

園内を通り抜け市道を下った。

 

  「あの~ この下の箕面ビジターセンターまでお願いできますか?

   あそこで電話を借りて救急車を呼んでもらいますので・・・」

  「大丈夫ですよ! 救急車がこの山を登ってくるのにどれだけ時間が

    かかると思います? それに公共のものはもっと緊急の方の為に

    残しておきましょう・・・ あっ 貴方が緊急だってことは

    分かっていますよ・・・ でも今は私が何とかできますから・・・」

と笑いながら車を走らせる。

 

 車は箕面ドライブウエイをゆっくりと下りながら、30分足らずで

箕面市立病院の救急外来に到着した。

早速レントゲンを撮ると、やはり左足靭帯破断で足首の骨折で

全治3ヶ月の重症だった。

 

  「どこのどなたか知らないけれど・・・

   あっ!  あの方のお名前も聞いていなかった・・・ しまった! 

   ろくにお礼も言わないままに・・・ どうしようか?

   でも本当にありがとうございました」 

 ベットの上で治療を受けている間、祐樹は心の中で感謝の言葉を

何度も呟きながら安堵感でいっぱいだった。

 

 治療が終わるまで3時間近くかかった。

祐樹は手続きなどを済まし、支払いも終え、処方された薬を飲むと慣れない

松葉杖を腕の両脇に挟みながら下の兄のケイタイを鳴らした。

何となく医師だからというだけの事だったが、医者の有難さをしみじみと

実感したからでもあった。

 久しぶりに兄と会話し、自分の状況を説明しておいた。

  「・・・でもよかったじゃないか・・・その方にはお世話になったんだな。

   しっかりお礼を言うんだぞ。 命の恩人だからな・・・」

祐樹はその時初めて本当に命を助けられたんだ・・・と認識した。

お礼を言う前に自分のことで精一杯で名前も聞かなかったことを

心底後悔した。

 

  「それはそうと兄さんは今どこで何してるの?」

  「オレか・・・ 今な 福島にいるんだ。 あの忌まわしい出来事から

  逃れるようにしてここに来たんだがな・・・ 以前 大学病院にいる時に

  派遣されて、大震災直後の被災地に来た事があるんだ。 

  余りにも非日常的なことばかりで過酷だけどやりがいがあたんで、

  それでフリーになったんで再びここへ来てみたんだ。

   今はボランテイアだけど、やっぱりここに骨を埋めてもいい覚悟で

  これから診察活動をしようと思ってるんだ・・・」

 

  「そうか・・・それはよかったね。」

   医師として厳しい任地だろうが、兄は兄なりにやりがいと共に

  やっと自分の居場所見つけたようだった。

 

祐樹は他の家族にはこれ以上心配事を増やさないために

自分のことは黙っておこうと思い連絡はしなかった。

そして会社の上司にだけは電話で事情を話し、しばらく休暇を

もらう事にして病院を出た。

 

外はもう真っ暗だった。 

冷たい風が吹いている・・・ 寒い!

北の箕面の山々の峰がうっすらと見て取れる・・・

山の中腹にある <風の杜 みのお山荘> の灯かりだけが

ボンヤリと見える。

そして目の前のタクシー乗り場の明かりだけがひときは明るかった。

 

 

  「大丈夫ですか?」

 

どこかで聞いた事のある声だ・・・

祐樹が振り返ると・・・

 

  「あっ! 貴方は・・・まさかここで私を・・・ 待っていて・・・」

 

祐樹はビックリすると共に感謝と感動が入り混じって言葉になら

なぜかポロポロと大粒の涙が溢れ出した・・・

 

  「帰りもお困りだろうと思いまして・・・ それにこの荷物も・・・」

   「あっ ボクのリュックとストック・・・すっかり忘れていました。

    預かってもらっていたんですね・・・ ありがとうご・・・」

 

祐樹が言葉をつまらせ感激の涙を拭いていると・・・

 

  「さあどうぞ! 」

 

彼女は軽自動車の扉を開け、助手席に祐樹を座らせると松葉杖を

運転席との間に置いた。

 

  「さあ出発です! お客様どちらへ参りましょうか・・・?」

 

彼女がタクシー運転手のしぐさをしたので二人で大笑いした。

 

 

祐樹は朝までいた箕面森町の家へは向かわなかった。

上の兄が所有する箕面駅近くの集合マンションの一室を、祐樹は

大学入学と同時に兄から借りて使っていた。

 それまでは両親と一緒に住んでいたが、広い家とはいうものの常に

父の秘書や書生やお手伝いさんや10数人の人たちが寝起きを共にする

中で心に窮屈な思いをしていたから大喜びだった。

しかし たまに上の兄が訪ねて来た時はあわてて掃除をするものの・・・

 

  「なんと汚い部屋に住んでるんだ・・・もっときれいにしろ!

   そんなことしてたらまた嫁に逃げられるぞ!」

 とからかわれていた。

勿論 結婚前に妻となる人をここへ連れてくることは一度も無かった。

 結婚をするまではここが祐樹の城であり居場所だったのだ。

そしてあの人が家を出て行った次の日から、ここが再び祐樹の家だった。

病院から10余分で祐樹のマンション前に着いた。

 

  「遅くなりましたけどお礼を言えなくて・・・本当にありがとうございました。」

  「いいえ! たまたまですわ・・・お役に立てて嬉しいです」

  「ボクは太田垣 祐樹と言います。 ここに住んでいます。」

  「私は吉永美雪と申します。 この東の間谷の団地に住んでます」

 

  「そうだ! よろしかったらお食事をご一緒していただけませんか?

   ボク朝から何も食べていなくてお腹ぺこぺこなんですが、ご迷惑

   でなければ・・・」

 

美雪はすこし戸惑っていたが・・・

  「よろしいんですか・・・?」

   「よかった! うれしいです! ありがとうございます!」

 祐樹はそのまま美雪の車を案内した。

学生時代からなじみのイタリアレストランはすぐ近くだった。

 

 「美味しかったわ! こんなに美味しいイタリアンは初めてだわ・・・

  ご馳走様でした。 でもマスターが祐樹さんの痛々しい姿をみて

  どしたん!? とビックリしていた姿やその顔が可笑しくて・・・

 と思い出したては大笑いしている。

祐樹もつられて二人で笑った。

美雪は祐樹の部屋の前まで送ってくれて・・・

 

  「では失礼します! ご馳走様でした・・・ お大事にして下さい!」

 と手を振りながら帰っていった。

 

長い一日だった。

祐樹は慣れない不自由な格好でベットに横になりながら

朝からのまさに激動の一日を振り返っていた。

そして・・・ 「いい一日だったんだな~」 とため息をついた直後から

薬が効いたのか いつしかゆっくりと心地よい眠りに入っていった。

 

 

 

(5) へ続く・・・

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルを抜けると白い雪> (5)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

トンネルを抜けると白い雪  (5)

 

 

祐樹はこの2日間迷っていた。

あの美雪さんのことが頭からも心からも離れないのだ。

もっと彼女の事が知りたいけど、迷惑かな? どうしたらいいのか?

こんな思いをするのは生まれて始めての経験だった。

別れ際にケイタイのアドレス交換をしていたので、何かメールでもあるかと

期待をしていたのだが・・・

 

3日目の朝、祐樹は意を決し美雪さんの出勤前に伝えようと

メールを送った。

   ・・・先日は本当にありがとうございました。 おかげで命拾いをしました。

    もしよろしければ今晩この前のレストランでお食事でもご一緒に

    いかがでしょうか・・・?

 

祐樹はこの年になるまで、自らデートの申し込みをしたことが無く

何かぎこちないドキドキするような誘い方だった。

 

早速返事が来た・・・ オーケーだ!

祐樹はなぜか飛び上がって喜んだものの・・・

   イタ!  イタ!  痛い・・・!

と足を押さえながらベットに倒れた。

でも嬉しかった・・・そしてまだ文面は続いていた。

 

   「・・・私は今日仕事が休みなのでお昼でよろしければ・・・

    それに差し支えなければ歩くのも不自由でしょうから

    私がこれから美味しい飛び切りの料理を作って持っていきますので、

    それでご迷惑でなければ祐樹さんのお部屋でランチなどご一緒に・・・

    なんて言うのは如何でしょうか・・・?」

 

祐樹は勿論すぐに大賛成の返事をした。

  ・・・このワクワクする気持ちは何なんだろう・・・?

 祐樹はつかの間の心躍る余韻を楽しんだ後 ふっと

   え~ この部屋で・・・!

あわてて部屋を見回すと汚い! 何とも汚れた男部屋だ。

   ・・・ 何とかしなくちゃ! 痛い! イタイタイタ・・・ダメだこりゃ!

 とても自分ひとりで掃除できる状態じゃないので諦めた。

すると何だか心が落ち着き、裸のまま素の自分を美雪さんには

見てもらうしかないと思った。

 

お昼までの時間が待ち遠しかった。

 やがて12時半を回った時、ピンポン・・・とチャイムが鳴った。

   美雪さんだ!

マンション入り口のドアロックを解除すると、やがて部屋のベルが鳴り

祐樹ははやる気持ちを抑えてドアを開いた

 

  「こんにちわ! おじゃまします・・・」

 

そこには先日の山歩きの格好とは違う花柄のワンピースに身をつつんだ

美しい女性がニコニコしながら立っていた。

両手にいっぱいの紙袋を提げている・・・

 

男の汚れた部屋に入った美雪は一瞬にこっと笑った。

 

  「こんな汚いところですいません・・・」 と言った祐樹の言葉に

首をふりつつ・・・

 

  「足のほうは如何ですか? 大変でしたね・・・痛みますか?

   お腹すいたでしょう・・・遅くなってごめんなさいね。 あれから

   懸命に作ったんですけどお口にあうかしら・・・?」

 そう言いながら、テーブルいっぱいに持ってきた料理を並べた。

 

  「すごい・・・美味しそう・・・ これみんな貴方が作ったの?」

   「そうですよ! 私ね門真にある会社の社員食堂で働いているの

    ・・・だから料理を作るの大好きなんだけど、食べ物は

    みんな好みがありますからね・・・ちょっと心配ですわ」

 

   「美味しい!」

 

祐樹は心底美味しいと思った。  

こんな美味しい家庭料理など本当に食べた事が無かったからだ。

それから二時間ほど、二人は笑いを交えながら食事を楽しんだ。

 

  「私ね 祐樹さんにはきっといい人がいそうな気がして、足のことも

   気になってたけれどお伺いのメールもしなかったの・・・

   でもこのお部屋の様子から見て大丈夫のようだわね・・・」

 と大笑いしている。

祐樹も頭をかきながらつられて大笑いしてしまった。

 

   「実はボク離婚したんです。 妻が家を出て行ってしまって・・・

    だから・・・」 と祐樹は唐突に話題を変えて頭をかいた。

 すると・・・

   「私も10年前だけど、二十歳の時に短かったけど結婚してたのよ

    母を早く安心させたかったの・・・ でも夫の暴力に耐えられなくて

    すぐに別れて大阪に来たのよ。

    逃げられた人と逃げた人なのね・・・ハハハハハハ!」

 お互いにこれで気が楽になった。

 

   「私ね・・・北海道の十勝出身で母子家庭なの・・・ 母は町で唯一の

    病院食堂で必死に働いて私を育ててくれたのね  だから

    私は早く自立して今度は私が母を支えようと決めてたの・・・

    でもね 町にはいい就職口がないからと東京の専門学校に行かせて

    もらってね それで栄養士の資格を取ったのよ

    早く自立して母を支えたかったのよ・・・

    いづれは母と暮らしたいんだけど、今は年に一回ぐらい大阪に

    呼んでるの・・・でも母は私の住んでる団地ですごしても

    一週間日ももたないのよ。 

     大地がない、畑がない、自然がない、預けてきた犬が心配だ、

    人との付き合いがない・・・ なんて言うのよ。

    広大な十勝とは違うものね・・・

    それで私の出勤後一人で孤独になっていつの間にか北海道へ

    帰ってしまうのよ・・・」

 

そんな話を明るく可笑しく話す美雪の言葉を、祐樹はしっかりと

聞いていた。

 しかし祐樹は自分の家族の話は少ししかしなかった。

   「ボクの父母も兄姉もいろいろあって、今はみんな失業中なんだ。

     (実際そうなんだ) 

   下の兄はあの大震災後の福島で今ボランテイアをしているようだし・・・

   ボクだけサラリーマンだけど、本当はやりたいことが別にあってね・・・

   今までどうしようか悶々としてきたけど、今回の生死を感じたできごとが

   あってそれで決心したんだ。 だからもうすぐボクも失業と

   なるかもしれないんだけどね・・・ハハハハハハ・・・」

 

   「まあ~ それは大変ね! 

    でも貴方は夢や希望がいっぱいあるのね・・・素敵だわ!

    そうだわ! 私夕方までにこのお部屋お掃除して片付けてあげるわ

    いいかしら!」

と突然 美雪が言い出した。 

そしてそう言うが早いか美雪は早速食事の後片付けをするとテキパキと

掃除を始め、片づけをしだした。

 

   「さあ 祐樹さんはこのイスに座っていてくださいね。 

    口だけ動かして指示してくださいね・・・」

祐樹はそんなみゆきの動き回る姿を、まるで幻でも見ているかのように

ボ~っ としながら見つめていた。

 

 祐樹と美雪はそれからも時々会ったが、なにしろ祐樹の足の硬い石膏は

3ヶ月は取れず、松葉杖も離せず、仕方なく祐樹の部屋でデートする

ことが多かった。

そして美雪は動けない祐樹に代わって部屋の掃除や美味しい料理を

作ったりしてお互いの心は徐々に近づいていった。

そしてこの温かい交わりがこれからも続くものと、二人とも信じて

疑わなかった。

 

 

 祐樹の足の石膏がやっと外せる日がやってきた。

晴れて不自由な足と松葉杖から開放されるのだ。

祐樹は勿論だが美雪も自分のことのように喜んでいた。

  祐樹はこの間会社の配慮でデスクワークをしていたけれど、どうしても

仕事への情熱が別の所へと移っていた。

そして熟考の上、会社にやっとの思いで辞表を提出していた。

いろいろ引きとめ工作もあったけど、何とか受理してもらった日でもあった。

  祐樹は美雪に自分の夢を語り、自分の思いを告白する決意を

固めていた。 ところが・・・

 

    ・・・美雪のケイタイがつながらない・・・? 

   なぜ連絡がつかないんだろう?

   事故でもあったのかな? もっと自宅を詳しく聞いておけばよかった。

   いったいどうしてしまったんだろう・・・?

祐樹の不安がピークに達していた時、美雪からの電話が入った。

 

   「無事だったんだ・・・よかった!」

    「ごめんなさいね! 母が倒れたの! 飛行機に乗っていたりして

     ケイタイが使えなかったの! 今から最終の汽車に乗るので

     明日にでもまた電話するね・・・」

 

次の日の昼前、やっと待っていた電話が美雪から入った。

   「今~ 母と病院にいます。 大事には至らなかったけど脳梗塞が

    あって・・・ それに軽い認知症状もあってね・・・ それで・・・

    私~ 母一人子一人だからしばらく十勝にいなければならない・・・

    会社には事情を話して長期の休暇をもらったの・・・ 突然で

    いろいろ大変だけど母を一人にしておけないの・・・」

そう一気に話すと・・・ 

   「あっ! 先生が呼んでいるからまた後でね・・・」 

と 急いで電話を切った。

 

祐樹は呆然とケイタイを耳に当てたまま動かなかった・・・

  「もうこのまま会えないんだろうか・・・?」

 

 

 

(6) へ続く・・・

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルを抜けると白い雪> (6)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

トンネルを抜けると白い雪  (6)

 

 

 

あれから祐樹はいろいろ悩み迷った。

けれど 会社を退職したばかりなので、自分の選んだ仕事の

準備作業に没頭ししょうとしていた。

しかしその悶々とした気持ちをそれで紛らわせることは難しかった。

 

そんな時だった。

5ヶ月ほど前に申請していたドイツの大学から <クナイプ研究> の

ОK 返事が来たのだ。

 自分の新事業立ち上げにはどうしても勉強しておきたかった事

だったのだが・・・ あの頃はまだ美雪を知らなかった。  

しかし このままの心の状態で無為な時を過ごすこともできない。

    美雪の事が頭から離れない・・・

 

祐樹は何日も熟考のうえ決心し、美雪には半年間勉強してくる

から・・・ 詳しく内容を伝え、帰国したら一度十勝を訪問したい旨を

伝えた。

 

 

 数日後 祐樹はルフトハンザ航空の機内で回想していた・・・

 

 ・・・あれは自分が10年前に会社に入社して間もない頃だったな~

  商社マンとしての新人研修が始まり、ドイツ・バイエルン州の

  ミュンヘン駐在員事務所に一年間配属されたが、

  それは厳しい毎日だった。

  慣れない語学力と仕事の内容にいつも月末にはクタクタになり、

  心身ともにボロボロ状態になっていた。

   そんな頃合を見計らったかのように会社の先輩は自分を

  外へ連れ出し、汽車で一時間程の郊外の森の施設へと

  連れて行ってくれた。

   大体2泊3日の短い週末を利用しての事だった。

  しかし、そこで過ごす日々は自分にとって芯から身も心も癒され、

  翌月はまた頑張れるという不思議な空間だった。

   <クナイプ療法> と言う言葉は、箕面の山歩きのときに

  勝尾寺山門前の階段脇の看板ではじめて見た。

   <・・・森林浴・・・ ドイツではクナイプ療法と言う・・・>

  その変わった名称だけが心に残っていたが、まさかそのドイツで

  自分が体験できるとは夢にも思っていなかったな~

 

それはバート・ウエーリスホーフェンという人口1.5万人程の

小さなの町にある「森林保養所」だった。

クナイプ療法というこの自然療法はドイツでは健康保険が適用

される公的な医療機関で各地の森に点在している・・・

  例えば沢山の散策コースが用意され、森林浴のできるコース、

温水冷水浴法、森を散策してからの運動法、栄養バランスを

取り入れた食事法、アロマセラピーの植物法、心身と体の内外

の自然との調和を図る調和法などの治療から成り立っている

総合的な森林医療施設なのだ。

 

 それは専門の医師会や国の森林局が連携し、広大な森の中で

活動している。

その周辺には専用の提携ホテルや民宿が数多くあり、ドイツ国内

はもとより世界中から年間100数十万人が訪れる人々を

受け入れているのだ。

 その中には心理的に問題を抱えている子供たち、ストレスの多い

仕事人、心身を病む人々、認知症の人々など様々な人々がいて

何度もリピーターとして訪れる森の施設でもあった。

 

 自分が実体験をしてきただけに、これからの日本の社会にも

必要不可欠な施設だと確信していた。

それだけにドイツ駐在から帰国後、時々箕面の森の中を散策

しながら・・・ ここならいいな・・・! とか あちこち勝手に想像して

いたが、日本の行政や諸々の制度や法律に阻まれて動けない・・・

 それで父や兄にも相談していたが、それは遠い国のよくできた

制度だぐらいでいつも終わっていた。  

  政治とは何なんだ・・・ 誰の為にあるのか・・・

と そんな政治家の父と上兄の対応には不満だった。

 

 しかし自分の夢はいつしかさらに膨らんでいった。

    こんな森の施設を箕面の森に造りたい・・・ と。

 

 

季節はあの冬から夏を過ぎて秋を迎えていた。

祐樹は半年間のドイツでの研修を終え、帰国の途についた。

 成田空港に着いた祐樹はその足で札幌に飛び、十勝の美雪の

家を訪れた。

 

 「お帰りなさい!」

 

美雪は祐樹に飛びつかんばかりに満面の笑みを浮かべて

迎えてくれた。

 久しぶりに見る美雪は少しやつれていたが、笑顔の元気な

様子に祐樹は安心した。

母親はその後大きな後遺症もなく元気を取り戻したようで、

大歓迎で迎えてくれた。

 

 祐樹は広大な十勝平野を望む美雪の家で一週間を過ごした。

小さな家だけど温もりがあった。

横を小川が流れ、家の周りにはいろんな果物の樹が植えられ、

野草がいっぱい花を咲かせている。

祐樹と美雪はそんな野草の名前を交互に当てっこして遊んだ。

 

   ワン ワン ワン 

 

 「ミユキこっちへいらっしゃい!  この犬は母の飼ってる犬で

  ミユキっていうのよ。 雑種だけど私が東京へ出た頃、

  家の近くの森に捨てられていた子犬を母が拾ってきてね。 

  それで私がいなくて寂しいものだからミユキって私と同じ名を

  つけて母と一緒に暮らしてきたのよ。

  もう10年以上だからもうおばあさんのミユキだよね・・・」

とミユキを抱きしめている。

祐樹は滞在中、よくこのミユキと散歩し野山を一緒に駆けた。

 丘の上に立つと遠方に万年雪を抱いた十勝連峰が見える。

新鮮で気持ちのいい空気・・・

祐樹が箕面森町で望んでいた生活の想いがここには詰まっていた。

 

それから一ヶ月ほどして美雪は大阪に戻り職場に復帰した。

 「母が早く大阪へ戻りなさい・・・って 毎日のように言うのよ。

  それに先生ももう大丈夫でしょうから・・・ と言ってくれたの・・・」

でも美雪は母親の事がいつも心配で仕方ない様子だった。

 

 祐樹は箕面市内に事務所を構え、新しい自分の事業に生きがい

を感じつつ、夢と希望をもって活動を始めていた。

しかしそれ以上にもう一つ、自分の人生をかけ、どうしても

やらねばならない最重要な大切な事があった。

 

それは祐樹の人生で初めて、自らの意思で決断する日でもあった。

 

 

街中はクリスマスソングが流れ、華やかなイルミネーションに

飾られ キラ キラ キラ と輝いていた。

そして今日はクリスマスイヴの日・・・

 夕暮れ時・・・

美雪は一段とお洒落な服装をし、美味しそうな手作り料理を

両手に持って祐樹の部屋にやってきた。

 

 キャンドルを立て、ワインを傾けながらいつものように大笑いの

内に美味しいデイナーを終えた。

そして美雪がデザートを取りにいこうとしたのを静かに制して・・・

祐樹はおもむろに美雪の前に正座した。

そして祐樹は美雪の目をしっかりと見ながらしっかりした声で・・・

 

  「美雪さん  今日はボクから大切なお話があります。

   ボクは美雪さんを心から愛しています。

   ボクは生涯をかけて美雪さんを、愛し守りたいです。

   どうかボクと結婚していただけませんか・・・」

 

祐樹はもっと格好良く告白したかったけれど、いざとなると練習の

ようにはいかず、もう心の内から湧き出るそのままの気持ちを

素直に伝えた。

 

美雪は目にいっぱい涙をためながら・・・やがて笑顔で大きく

うなずいた・・・

 

   「よかった・・・!」

 

祐樹は世界に向けてこの喜びを叫びたい気持ちだった。

 

祐樹は美雪を静かに抱きしめながら、長い間そうしてお互いの

温もりを感じていた。

やがて祐樹はポケットから用意していた指輪を取り出した。

ビックリする美雪の顔を見つめ、そして左の薬指にゆっくりと

はめた。

それは小さなダイヤモンドが入った、美しい婚約指輪だった。

再び美雪の目から大粒の涙があふれた・・・

 

やがて二人は美雪の作ってきたデザートを食べながら、

その喜びのうちにこれからの事を語り合った。

 入籍は美雪の誕生日の3月1日に、二人で箕面市役所に行き

届出をする事にした。

 

そんな話をしているときだった・・・ 祐樹のケイタイが鳴った。

上の兄からだった・・・

 

 

(7) へ続く・・・

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<トンネルを抜けると白い雪> (7)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

トンネルを抜けると白い雪  (7) 

 

 

祐樹は上の兄からのケイタイをとった。

大きな明るい声で兄が話し始めた・・・

 

  「やあ~元気か? オレ来月から東京行きだよ。

   聞いてるかも知れんが前回の国政選挙で当選した霞さん

   だけどな、重大な公職選挙法違反で失職する事になってな・・・

   それで次点だった親父が繰り上げ当選になるんだよ。

   オレも次のこともあるんで親父の公設秘書として国会で仕事

   することにしたんだ・・・」

政治や選挙に余り関心のない祐樹は 

    「そうか それはよかったな!」 とだけうなずいた。

 

   「それに淳子も週刊誌で見てるかもしれんがな、日本で

    自分のファッションブランドを立ち上げることになって、

    春には銀座に店を開くと言うしな・・・

    そうそう  お袋もな有力な支援者が後押ししてくれて

    全国の教室も再開したしな・・・

     それにこの家も手放さなくてよくなりそうだし・・・

    やっと何とか先行きが少しづつ明るくなってきたな・・・」

 

    「そりゃあ よかった! よかったよ・・・ おめでとう~ だな

     ところでこの前 話したけどボクの大切な人を

     今度連れて行くからよろしく頼むよ」

    「それは分かった。 大歓迎だよ! その日は家族みんな

     揃って待ってるからな・・・」

祐樹は少し前実家に帰り、父母や兄姉らに今までのいろんな

いきさつを話しながら、美雪さんと結婚したい旨 しっかりと話して

いた。 そしてみんなから おめでとう! との快諾を得ていた。

 

祐樹は安堵のため息をつきながら美雪の顔を見た。

  「なにか良いことがあったみたいね・・・」

   「そうなんだよ 両親も兄姉も一気に仕事が決まりそうなんだ」

   「本当に! それはすごいわね! この厳しい時代によかった

   わね。 私の会社なんか業績悪化とかで社員のリストラが

   始まったわ。 ストレスでうつ状態になる人なんかもいてね

   だからせめて社員食堂に来てくれた時だけは美味しい

   食事をして貰いたいと思って心をこめて作っているのよ。

    そう言えば下のお兄さんは福島でボランテイアなさって

   いると言ってたわね・・・ 本当にすごい事だわ・・・ 

   私も短期間だったけど会社から派遣されて被災地に入った

   けど、それはすごい大変なものだったわ。 

   でも私被災者の皆さんに逆に力を頂いて励まされたわ・・・」

 

   「下の兄はあのものすごい惨状の中で働いていて

    人の心の温かさを感じたり、仕事のやりがいを感じたり

    して、パラダイムの転換というか、大きなショックを受けて

    人生観が変わったみたいだよ。 それでどうやらそこに

    住みつく覚悟のようだよ」

祐樹にとって兄が医師である前に、その地に人間としての

生きがいを見つけたことに大きな意義があった。

 

   「そうだ! それからね  うちの家族の揃う来月下旬に

    君をみんなに引き合わせたいんだ。」

    「私、少し怖いわ! 大丈夫かしら・・・」

   「両親や兄姉など もうみんなには話してあるからね。 

    大歓迎で待ってるからって今も兄が言ってたからね・・・」

聖夜 二人だけのクリスマスイブが静かに幸せの中でふけていった。

 

 次の日、二人はあのお気に入りのイタリアンレストランで

乾杯した。

 直前に結婚の聞いたマスターは・・・

  「 あっ あのときの方と!」 と大喜びし、急いで店を貸し切りに

するとバンド仲間らを呼び、近くの花屋さんからきれいな花を

全部買い込んで店に飾り、みんなで大いに歌い食べて飲んで

お祝いの宴をしてくれた。

祐樹も美雪もそんな友人らの温かいもてなしに心から感謝した。

 

 数日後、年末だけど祐樹は仕事納めが終わった美雪を

山歩きに誘った。

小雪がパラつく寒い中を、美雪はいつもの古い軽自動車で

祐樹を迎えにやってきた。

 あの日以来 祐樹は車を所有せず、いつも休日にはもっぱら

美雪の車に乗せてもらっていた。

祐樹が助手席に乗ると・・・

  「出発で~す! お客様どちらまで参りましょうか?」 

なんておどけて笑っている。

 

二人は一年ぶりにあの <expo‘90 みのお記念の森> へ

向かった。

 

 「結婚したら次はエコカーを買おうよ・・・」

  「嬉しいわ! 私この車中古で買って10年目なの・・・

   無理しないでね  安くて小さくて燃費のいい車がいいわね」

祐樹は一年前、イタリア製の高級スポーツカーを処分したが、

美雪の望む車が10数台買えそうだ・・・と思った。

 

 「まあ~ ここへ来るのは一年ぶりだわね・・・

  ものすごく遠い昔の事のように思えるわ・・・」

 二人は山靴に履き替え、リュックを担いで山道に入った。

細い道はバリバリに凍っている。

冷たい風が音をたてて吹きすさぶ・・・寒い!

しばらくそんな道を登ると・・・

 

 「あっ ここだったわね・・・貴方が倒れていたところ・・・」

祐樹はあらためて美雪に心からの感謝とお礼を伝えた。

そしてふっと北側を見ると・・・

 「あれ!?  そうかこの尾根から見えるんだ・・・」

冬枯れの森で、枝葉を全部落とした樹木の間から視界が広がり

眼下に箕面森町が一望できた。

 

 「そうだ! 美雪さん ボクはあそこに見える町に、小さな小屋を

  持っているんです」

祐樹は自宅の庭の角に建てた作業小屋のことを笑いながら

説明した。

 「六畳ぐらいの小さな部屋だけど、君さえよければ二人の

  新居にしたいと思っているんだけど・・・ ハハハハハハ」

  「わ~ 素敵! 早く見たいわ! あそこにあるのね・・・

   嬉しいわ! 私 貴方と二人ならどんな所でも幸せよ・・・」

そう言うと二人は予定を変更して引き返し、再び車に乗った。

 

祐樹は箕面森町の家へあれから何度か一人で行ってみた。

全てを処分するつもりでいたけれど、美雪と出会いひょっとして~

との思いがあり、車以外はそのままにしておいたのだ。

 そして千里中央から直通バスで25分程なので、庭に植える

果樹の木や花、野菜の種などを持って行き少しづつ整えていた。

 それはあのドイツからの帰りに十勝を訪れ、美雪の母親と三人で

過ごした一週間の間に考えていた事だった。

 

  ・・・この箕面森町なら山々に囲まれた緑の中にあるし、

   十勝での生活環境が造れるかもしれない・・・ 

   今まで一人で暮らしてきたお母さんもここなら一緒に生活

   できるかもしれないし・・・

    それに花壇や菜園を作り、お母さんの得意な料理にも

   生かしてもらえるし、何よりあの大切なミユキ犬が

   ここなら存分に一緒に遊べる・・・

 

  「祐樹さんはなにをニコニコしているのかな・・・?」

   「いやいや 何でもありませんよ・・・後二日で新しい年だね。

   新しい人生が始まると思うと嬉しくて幸せだな~ と思ってね」

  「私もよ・・・祐樹さんありがとう・・・」

 

少し涙ぐみながら美雪の運転する車はトコトコと <坊島> の

入り口から初めて通る <箕面グリーンロード> に入った。

そして全長6.8kmのトンネルを7分程で走り抜けると

<下止々呂美> の出口に出た。

 

 「まあ~ 大阪でお正月前に珍しいわね・・・ 見てみて真っ白よ!

  とってもきれいな雪だわ・・・」

 

祐樹は箕面の山々を装う美しい雪と、妻となる美雪の笑顔に

魅入っていた。

 

(完)

 

 

 

‘16-2月 撮る

  画面をクリックすると拡大へ)

 

 

鉢伏山の尾根道から見る 箕面森町

            

         

          

 

           

         

 

 

箕面森町の風景

      

      

 

 

府道から高山への道

         

 

 

高山の村落から

           

          

 

 

高山から明ヶ田尾山への山道

         

            

 

 

  

 

 

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

運命の出会い (1)

2016-02-04 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

箕面の森の小さな物語 

              (創作ものがたり  NO-13)

 

 

 

 

運命の出会い   (1)

 

 

 「さあ 今日はどこを歩こうかしら・・・」

 

箕面の駅前から西江寺の裏山を上り、聖天の森からヶが原林道へ出ると、

もう初秋の涼しい風が吹いている。

 渡辺まり子は今日も一人で森の散策に出かけた。

 

地獄谷からこもれびの森に向かう途中 東に折れて才ヶ原池で

一休みする事にした・・・ 

  ・・・今日は釣り人が一人もいないようだわね・・・ と独り言をいいながら、

少し出始めたススキの穂が数本 穏やかな風にゆっくりとなびいている。

池畔を周り、いつも座る石のベンチに向かうと・・・ 

どうやら先客がいるようだ。

 

   「こんにちわ!」 

   「あっ  こんにちわ!」    

見るとまだ少年のようで運動靴に普段着の服装、棒キレを一本もった

だけの軽装です。

まり子は自分の山歩き用の完全装備スタイルと余りにも服装が違い、

思わず苦笑してしまった。

   ・・・どこからきたのかな・・・?  

そう思ってもう一度声をかけようとして再び顔を見ると・・・

 

   「あれ!  どこかで見たような顔つき・・・?  

     思い出したわ・・・  貴方と一度会ったことあるわね?」

   「え! そうですか・・・?」

彼はまり子の顔をマジマジと見つめつつ首を振ってる・・・

 

   「そうか! あれは私が見ただけで、貴方は見てないものね・・・

     あれは・・・? そうだわ・・・ 奥の池じゃなかったかな?  

     一人で池を見てたわ・・・

     こんな山の中の池で少年が一人で池を見つめているなんて・・・ 

     どこかありえないと思ったので、印象に残っていたのよ」

   「そうですか・・・ ボク、池を見るのが好きなんです」

   「なんで?」

   「なんでかな?  だって森の中は静かでしょう・・・

    でも、池には波があって揺れているし、鳥もよく飛んでくるし、

    それに魚もいるし・・・  

    じっと見ていると、ボク一人じゃないからかな・・・」 

   「そうか・・・」

   「あ!  どうぞ・・・」 

  

少年は端に座りなおし、まり子に座り場所を空けた。 

   「ありがとう!  ところで貴方はいくつなの? 何年生なの? 

    どこからきたの?  いつも一人なの・・・?」   

また自分のお節介が始まったと心では思いながらも、少年に興味を持った

まり子はいつしか少年への質問を連発していた・・・

   「ボク!  13です、中学一年です・・・  

     この山の下におばあちゃんと二人で住んでます・・・  

     ボク! 山が好きなんでいつも一人で歩いてます」

 

言葉づかいが今時の若者にない喋り方に、まり子は先ず好感を抱いて

いた。

しかし もう仕事を離れて大分経ったのに、いつまでも抜けない自分の

詮索好きに注意していたのだが、また出てしまった・・・  

そう思ったとたん・・・

   「そうだ!  オバサンの作った卵焼き、よかったら食べて

     くれない・・・?」

   「 卵焼きですか・・・?」

   「オバサンね・・・  自慢じゃないけど料理作りが得意でね・・・ 

     いつも美味しいもの作っては楽しんでいるのよ・・・ 

     でもね、一人なので味見してもらう人がいないと張り合いが

     ないでしょ・・・ だから・・・」

そう言いながらまり子は、二人の座った間にすばやく自分の今日の

お昼ご飯を並べた・・・

 

   「わー! きれいですね・・・ 美味しそう!」

   「どうぞ どうぞ!  よかったら他の物も食べてみて・・・」 

   「いいんですか?  じゃ頂きます・・・」

そう言うと少年は、先ず卵焼きから手をつけて口に運んだ・・・

 

  「わー美味しい!  美味しいですね・・・  

   こんな美味しい卵焼きは初めてです・・・」

まい子は本当に美味しそうに食べてくれる少年を見ていると嬉しくなって

しまった。

   「このサンドイッチも美味しいわよ」

   「頂きます・・・  あ! オバさんのがなくなっちゃう」

   「いいのよ! オバサンね・・・ こんなに美味しそうに食べて

      くれる人は初めてなので、胸がいっぱい!  

      お腹もいっぱいなのよね・・・ハハハハ!」

と、なぜか泣き笑いになってしまった。

 

   「ボク、卵焼きを作るのが得意だったんですが、

    こんなに美味しいの作れないな・・・」

   「ボクちゃんが作るの?」

   「はい! おばあちゃんに作ってやると喜ぶんで・・・ 

     ボク、小学校の家庭科の実習で初めて卵焼きを作ったとき、

     先生に誉められたんです・・・ 

     それからボクがご飯を作るときは玉子買ってきていつも

     作るんです・・・ 

     こんなに美味しい卵焼きが作れたらきっとおばあちゃん喜ぶ

     だろうな・・・」

   「そうなの!  でも私のは簡単なのよ・・・ 先ずだしをこうしてね~」

それからしばし卵焼きの講習が始まる・・・  

まり子はまさか少年を相手に、森の中で卵焼きの作り方を教えようとは

夢にも思わなかったが しかし、なぜか幸せな気持ちがして嬉しかった。

 

すると突然に・・・

    「あ!  忘れるところやった・・・ 

    すいません、おばあちゃん迎えにいくのでボク帰らなくちゃ・・・  

    オバさんありがとう  ごちそうさまでした!」

そう言うとボクちゃんは棒キレを持つと、あわてて飛ぶように行って

しまった。

 久しぶりに我を忘れて楽しいおしゃべりに花を咲かせただけに、

まり子は膨らんだ風船が急にしぼむように、この僅かな一時の現実が

まだ飲み込めないまま、心が深く沈んでいってしまった。

 

まり子は保険会社のエキスパートとして30年以上も第一線で働いてきた。

女子の幹部候補一期生として採用され、仕事が面白くて面白くて・・・ 

いろんな男性とのチャンスもあったけど仕事を選び、とうとう一人身で

定年を迎えてしまった。

 お陰で箕面の山麓に新しいマンションも買えたし、蓄えもできたし、

同年輩の女性より高い年金を貰い、老後の経済的な心配はないけれど、

こうしていざ一人になってみるとなぜか無性に 淋しい、空しい といった

気持ちになってしまうときがある。

 友達も沢山いるし、かつての自分のお客さまで、今も新聞やTVで活躍を

されている方々の中にも いまだに マコ マコ! と、親しく呼んでくれて

御付き合いの続いている方も多いので、自分は恵まれた人生を過ごして

きたんだといつも感謝して過ごしているのだが・・・  

しかし いつも何か? 物足りない思いが消えないでいるのだった。

 

唯一 箕面の森を歩いている時は心が安らぎ、自然のもつ包容力が心を

癒してくれたので、森の散策はもう何年も長く続いていた。

いくら得意な料理を作っても、それをいつも美味しいと喜んで食べてくれる

人はいない・・・  一人でそれを食べる時の空虚感は拭いきれなかった。

それだけにあの日 あの少年の美味しそうに食べてくれた笑顔が

忘れられない・・・  

   ・・・もう一度会ってみたい・・・

  

まり子は週に1~2回のペースで箕面の森の一人歩きを楽しんでいたが、

いつも自分の気持ちを大切にしながら、心のおもむくままに、ゆっくりと歩い

たり、浸ったり、気を使わないマイペースの一人歩きが好きだった。

あれから森を歩くたびに キョロ キョロ と周りを見回すようになり、

いつもどこかの山の池をコースに入れるようにしていた・・・ 

だからそれまでのゆったりとした癒しの散策から、人探しの歩きになって

いるようで本末転倒だわね!  と 笑いながらも自分の心をごまかす

事はできなかった。

 

いつしか秋も深まり、箕面の森も見事な紅葉につつまれていく・・・  

まり子は瀧道のすごい人並みを避けて森の奥に入り込み、人のいない

絶好の穴場で一人、紅葉狩りを楽しんだりしていた。

やがて寒い北風が吹くようになると箕面の山も静かになり、鳥たちの賑や

かな歌声だけが響いている・・・  しかし、強い風が吹くと落葉する樹木が

踊っているようで、沢山の鳥の鳴き声と合わせ、まるで大交響楽団の

クライマックスのような響きにとなり、まり子はその自然の感動を味わって

いた。

 

やがて冬がやってきた・・・

ある寒い朝、まり子が新聞をみると、箕面の池にシベリアから

キンクロハジロ今年初飛来した・・・ との記事があったので、

その日早速行ってみることにした。

いつもの冬の山歩きの完全装備スタイルで・・・  我ながらちょっと大げさ

な格好かなと思うけれど、何度か恐い思いをしてきた事もあり、

箕面の山は低山とはいえ、自然は決して侮れない事を体験してきたので、

これでいいのだ・・・ と、改めて納得しながら家をでた。  

今日も紅茶の入った温かなポットに、いつもの特別弁当を持って・・・

 

箕面山麓線の白島から谷山・巡礼道へ向かうと間もなく薩摩池がみえ、

やがて大きな五藤池が見えてきた。

まり子はリュックを下ろして池畔に目をやると、先ず潜水の上手な

カイツブリが5、6羽いる・・・  その手前にはきれいなオシドリの夫婦? 

がいて、先にはマガモが10数羽、波間に浮かんでいる・・・ 

オスの緑色の頭部が鮮やかだ・・・ 

この池にはいつも沢山の水鳥たちが羽根を休めている・・・  

それにしても肝心のキンクロハジロはどこにいるの?   

双眼鏡で眺めていると、遠方から二羽のアオサギが飛び立っていった・・・  

この寒いのに、みんな元気だわね!  なんて独りごとを言いながら、

双眼鏡を覗いている時だった・・・

突然後の方から大きな声がした・・・

 

   「オバさん!」

 

   「えっ!」

 

余りにも突然だったのでまり子はビックリ! 

振り返るとあの時のボクちゃんだ。

   「ボクちゃんじゃないの!  なつかしい  うれしいわ」

まり子は感情が高ぶり、思わず抱きしめたくなるような気持ちをおさえた。

 

   「会いたかったのよ! ボクちゃんに・・・」  

まり子の目からなぜか嬉し涙がこぼれ落ちる・・・

   「どうしてたの?  元気だった?  あれからオバサンは

      ボクちゃんに会えないかなと思って、才ヶ原の池やいろんな森の

      池も回ったのよ・・・  

      どうしてたの?  元気だった?  何かあったのかと心配してた

      のよ・・・ 連絡先も分からなくてね・・・」

まり子は同じことを聞きながら、またお節介虫を発揮して、

つぎつぎと質問を浴びせていた・・・

 

   「あ!  ごめんね!  オバサン一人で喋ってるわね・・・」

一度会っただけの少年なのに、何でここまで気持ちが入ってしまうのだ

ろうか?

それをニコニコしながら聞いていたボクちゃんが、それには応えずに・・・

   「オバさん!  これから山へ行くの?  

      ボクも一緒に行っていい?」

   「勿論よ!」

まり子にとっては願ってもない言葉だった・・・

 

   「オバさん 鳥を見にきたの・・・?」

   「そうなの!  今日新聞でこの池にキングロハジロが越冬する

      ために飛来したって書いたあったからなの・・・」

   「それならさっきみんなで一緒にどこかへ飛んでいったよ!  

      そのうち帰ってくると思うけど・・・」

 

 

ボクちゃんは相変わらず棒切れ一本をもっただけの軽装だった・・・

 

 

(2)へ続く・・・

 

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする