箕面の森の小さなできごと&四季の風景 *みのおハイキングガイド 

明治の森・箕面国定公園の散策日誌から
みのおの山々を歩き始めて三千余回、季節の小さな風景を綴ってます 頑爺<肇&K>

<トンネルを抜けると白い雪> (2)

2016-02-16 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

トンネルと抜けると白い雪 (2) 

 

 

 祐樹は両親や兄姉の薦めと良心の呵責もあり、さらに積極的な

アプローチをかけてくるその女性との間で、まもなく婚約がととのった。

何も知らなかったが、その女性はアメリカの大学院を出、一時 国際機関で

働いていたキャリアウーマンだとか・・・

いずれ女性国会議員を目指すと言う野望をもっていた。

 それを聞いたとき・・・

  ・・・この人も結局ボクよりもその背景を利用しようとしているんだ

     ろうか・・・? 

と一瞬考えたが、自責の念もあって ・・・これも人生か・・・ と 

それまでの家に対する従順な生き方に自分を合わせ過ごしていた。

 

 

結婚式はそれは豪華なもので、父親の関係で大臣や財界の大物たち、

母親の関係でその道のそうそうたる顔ぶれ、兄や姉の関係から

いわゆる偉い人から有名な芸能人まで多彩におよんだ。

新妻はここぞとばかりにそれらの人々の間をこまめに回り、交わりをもち

積極的に話していたので、祐樹は少し困惑と違和感を否めなかった。

 

新居は千里中央駅前にできた50階建ての高級マンションを両親が

用意しようとしていたが、「せめて住む所ぐらい自分で決めさせてくれ!」

と頼み、やっとの思いで断った。

 

 祐樹は学生時代からの愛読書に、ソローの「森の生活」(講談社)があった。

それはヘンリー・ソローが今から168年前の1845年3月、28歳のときに

アメリカ・ボストン郊外の森、ウオールデン池畔に小さな山小屋を建て、

2年2ヶ月この森の中で生活し、思想し、著述活動をした時の記録であり、

今なお世界中に多くの人々に共感を与えている本だ。

 そしていつしか自分も森の中でそんな生活をしてみたい・・・ と

憧れを抱きながら夢見ていた。

  しかし、現実に結婚して生活するとなるとそうもいかず、ましてそんな話を

するとあからさまに嫌な顔をする彼女に遠慮して諦めようとした・・・が、

せめて森の中に開発された新しい街 「箕面森町」(みのお・しんまち)に

住みたい・・・ と何とか説得していた。

 

やがて祐樹は4区画200坪ほどの土地を買い、その一区画に知人の

建築家に頼んみ、ひときわモダンで瀟洒な家を建てた。

  将来子供が大きくなったら真ん中を庭にし、もう一方に家を建てられるし・・・

祐樹はそれまでの間、好きな農園や花畑にしようと、周囲に果樹木を

植えたり小さな作業部屋まで建てていた。

しかし、妻となる彼女はそんな事に全く興味を示さなかった。

そして結婚式前にその新居は完成した。

 

  <この箕面・森町は・・・大阪府が箕面市止々呂美地区に広がる

   313.5haの森を開発し「水と緑の健康都市」とした街づくりで、

   計画はオオタカなどの生息地だった事や、世情の変化などから

   二転三転しながらも次々と造成し完成しつつある。

    計画では人口9600人、2900戸だが現在はまだ300余世帯

   約1,000人ほどの街だが、自然と調和した緑豊かな住宅地景観を

   作り出している。

    箕面グリーンロード・トンネルも開通し、大阪梅田まで車で50分、

   千里中央まで15分、バスで25分とのこと。 

    更に平成30年予定でこの近くに箕面インターチェンジができて、

   第二名神高速道路とつながるとのことで、将来は便利になりそうな

   街なのだ>

   

 

 祐樹の新生活がスタートした。

新妻はしばらくの間は専業主婦として家庭にこもったが、しばらくして

   ・・・周囲には山ばかりで何もないわ・・・ と

不満を言うようになった。

 祐樹はそんな自然の中での生活に満足していたが、この二人の

感性の違いはどうしようもなかった。

 やがて妻は一人で自分のスポーツカーに乗って都心に出かけ、

友人との会食や観劇、ショッピングを楽しみ、帰りに百貨店の惣菜売り場で

夕食を調達してくるような毎日となった

 やがて妻は・・・

  「わたし掃除、洗濯、料理なんか苦手だし、お手伝いさんを

   雇いましょうよ・・・」 と言いだし涼しい顔をしている。

祐樹は呆気にとられてしまった・・・

 

 祐樹は 「休日には夫婦二人で近くの山や森を歩こうよ・・・」 と誘って

みたが 「とんでもないわ!」 と言う顔でいつも断られていた。

近くの森にはエドヒガン、ヤマザクラが咲き、 タニウツギやヤブデマリの

花々が咲いている。 

祐樹の好きな野花もあちこちに咲いていて、穏やかで美しい山里の

光景が広がっている。

 

 「それよりも今晩は都心のホテルでデイナーにしない?」

 「友人のパーテーに招待されてるから一緒に行きましょうよ」 とか

祐樹の苦手なところばかり連れ出されていた。

それでも ・・・これが幸せというものか・・・ と 祐樹は結婚した事を

少なからず喜んていた。

 

しかしそんな順調に見えた歯車が、徐々に逆回転をし始めた。

 

 祐樹が結婚して半年も経たない頃、母親の経営するその道の家元教室が、

本人の全く関知しない出来事から、まさかの巨額詐欺事件に巻き込まれた。

新聞で散々報道され叩かれたこともあり、全国にある教室が影響を受けて

あえなく倒産してしまったのだ。

 

 次いで次兄の妻が、こともあろうに兄の同僚医師と駆け落ち騒ぎを起こした。 

それはやがて離婚となり、傷心の兄は大学病院をやめた。

 

 極め付きは、父親が国政選挙であれだけ再選確実の勢いだったのに

次点でまさかの落選をしてしまった。

さらに同時に行われていた地方選挙で、長兄もあえなく落選の憂き目に

あった。

 

 そして悪いことは重なるもので、少し前に姉がパリから一人で帰国していた。

何でもフランス人の夫と経営していた会社が乗っ取られたとか? 

  --夫の愛人との確執とか?--  とか 週刊誌には面白可笑しく

書かれていた

 

 祐樹を除き家族全員がその後の半年の間に立て続けに次々と不幸な

できごとが起こり、あっという間に失脚し、失業状態になり、地位も名誉も

誇りまでもが一気に崩れ去ってしまった。

 

 

 祐樹はそんな中、みんなを励ますつもりで父の誕生会をしようと

久しぶりに実家を訪れた。 

家を出るまで妻は一緒に行くことを拒んだが、何とか渋々ついてきていた。

  事前に兄姉の知人、友人、今までの親しいみんなに知らせておいたのだが、

その日集まったのは10数人だけだった。

 それまでは数百人の人々が、家のパーテールームやそれに続く

広い庭園にも人が溢れるばかりでそれは賑やかだったのだが・・・ 

その凋落振りは目に余るものがあった。

 箕面山麓の高台で100年以上続いたこの実家も、このままでは

数ヵ月後には人手に渡りそうな事も聞いた。

 

 祐樹は何かの小説で読んだ一説を思い出していた・・・

 「・・・そして男が死ぬとそれまで体の血を吸っていたノミやシラミなどの

  生き物が ゾロゾロゾロと這い出し畳の隅に消えていった・・・」

とあったが、まさにその通りだと思った。

 

 両親に兄姉たちもどん底に落ち、初めてそれまでの自分たちの生き方や

驕り高慢さを自省し、各々がうめくように猛省している姿が痛々しかった。

 人がそれまでの権力から落ち、地位、名誉、金力を失ったとき、

それまでその傘の下で威勢を誇り、権益をむさぼってきたような人々が

真っ先に去っていった。 

それはまさにあの寄生していたノミやダニが死体から一斉に出て行く

姿だった。

そして一族はその悲哀を嫌と言うほどに味わう一日となった。

 

ささやかな食事会が終わること、それぞれが心に誓ったことがあった。

それは父が言ったつぶやきだった。

 「今日から裸になって本当に一から出直し頑張ろう・・・

  そしてこれからは 謙虚に質素に真面目に生きていこう。 

  お互いに切磋琢磨して協力し この難局を乗り切ろう。 

  そしてこれからは身も心も常に清潔にして清貧を心がけ、

  決して再びノミの巣にしないようにしよう・・・」

 

 家族みんながしっかりとうなずき肝に銘じた言葉だった。

しかし、祐樹の妻だけは呆然とした顔をしてそんな父の言葉を聞いていた。

 帰り道、妻は 「こんな事ってあるかしら・・・私はどうしたらいいの? 」 と

激しく動揺しヒステリックな声をあげた。

しかし、実家のほうは大変だけど、祐樹はサラリーマンで給与が減る

わけでもなく、家が無くなるわけでもなく、今までと生活が何ら変わらない

のでいつも通りの生活をしていればよかったのだが・・・

 

 数日後、祐樹は香港へ出張した。

一週間の仕事を終えて帰国し、空港からタクシーで家に直帰したが、

途中何度か妻のケイタイに電話を入れたが一向につながらないのだ。

 「おかしいな? どこかへ出かけているのかな? 

  それとも何かあったのかな?」

 出かける前、妻の顔色が悪く元気が無かったので少し気にはなって

いたのだが・・・

 

 家は真っ暗だった。

家に入ると中は閑散としていて、妻の持ち物は何一つ見当たらなかった。

机上に一通の封筒があった。

祐樹は呆然としながらその封を切って中を取り出した。

そこには祐樹宛の手紙があり、捺印された離婚届け用紙が入っていた。

祐樹はその手紙を夢遊病者のように目で追いながら部屋の中を

さ迷っていた。

  「・・・もう夢も希望もなくなりました。 お家のゴタゴタはもう沢山です。 

  こんな事になるとは・・・ 貴方に対する愛情はもうありませんので・・・」

と、恨みつらみが延々と綴られていた。

祐樹はいま現実に起きていることを認識できないでいた。

 

 

 あの日から三ヶ月が経った・・・

祐樹はとうとう一度も妻と顔を合わせることなく、弁護士同士の話し合いで

離婚が成立したのだった。

季節はあの衝撃を味わった初秋からもうとっくに冬が来ていた。

 あっという間に正月が過ぎ、二月の厳冬期になっていたが、

祐樹の心も氷のごとく凍りついたままだった。

 祐樹はあの日からなんとなく乗ってきたスポーツカーだったが、

明日には業者に引き取ってもらうので今日が最後のドライブだった。

つかの間の幸せ感も、この家も、この街も、この森とも、

すべて終わりなんだ・・・

 

 祐樹の車はうっすらと雪の積もる箕面森町への道を上り家に着いた。

   ・・・3ケ月ぶりか・・・

懐かしさよりも空しさのこみ上げる玄関を開け、雨戸を開けて

冷たい外気を家に入れた。

外はあの日、あの時に一人で家を後にした寂しい光景が広がっていた。

  一面の雪景色に月の光が優しく降り注ぎ、氷魂をキラキラと輝かせて

いる・・・

祐樹はしばしそんな光景に見とれていた・・・

 

    「きれいだな~ 」

 

 

 

(3) へ続く・・・

 

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