今日も両国方面を散策です。
2種間前は春日野部屋を発見しましたが、そう言えば相撲部屋はたくさんあるはず。
江戸時代からの歴史のある部屋も少ないと思いますが・・・。
出羽海部屋を発見。

ここは江戸時代より続く歴史のある部屋みたいです。
横綱も輩出している部屋ですが、現在は元前頭の小城ノ花が部屋を継承。
幕内力士1名を含む17名が所属しています。
先日も来た春日野部屋。

元関脇・栃乃和歌が親方を務める、大正時代に創立された部屋ですが、上記の出羽海部屋所属の横綱・栃木山が引退後に分家・独立して興したのだそう。
関脇・栃煌山、小結・栃ノ心など、幕内3名含め25名を抱える名門部屋です。
なるほど、春日野部屋は出羽海部屋の分家だったんですね・・・。
「鬼平犯科帳」にまつわる立看板を久しぶりに発見。

あまり良く読んでいませんが、料亭「井筒」がこの界隈にあった話になっているとかどうとかでしょうか・・・。
すみません。
「回向院」の南側には「大徳院」と言うお寺があります。

建屋そのものは鉄筋で新しく改装されていますが、やはり歴史のあるお寺のようです。
「鏡師中川伊勢住居跡」なる立て看板を発見。

そんな人はまったく知りませんが、幕府お抱えの鏡師で、葛飾北斎を養子にした人物だそうです。
この界隈は「吉良邸」が一番有名ですが、恒例の「義士祭・吉良祭・元禄市」が12月12日・13日に開催されるそうなので、天気が良ければ着てみようと思います。

おっ!

何と、「ヒカルの碁」にも名前が出てきた本因坊秀策の屋敷跡ではないですか!
江戸末期にこの辺りに住んでいたとは知らなんだ。
ちなみに、私は囲碁のセオリーどころかルールも何一つ知りません。
それでも読めてしまうのが「ヒカルの碁」の素晴らしいところでしたが。
とまあ、歩く道を変えるだけで、出るわ出るわ史跡の数々。
相撲部屋も多数あるようなので、相撲部屋に絞って周ってみるのもありかもしれません。