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『パリ左岸のピアノ工房』~私的ベストブック’22

2022-07-26 | 2022夏まで ~本~
T.E.カーハート 村松潔訳『パリ左岸のピアノ工房』(新潮社)・・・
2000年出版、2001年邦訳の本ながら、
どうして今まで知らなかったのでしょう!

この本は、7月にして、
私の2022・ベストブックかもしれません。
・・・ということで、感想文です。


まずは、ざっくりと、内容を・・・


「アメリカ人」の「わたし」は、子どもの送迎で通りかかる、
小さなピアノ専門店に惹かれる。
数十年ぶりに、子どもの頃、弾いていたピアノを再び始めたい・・・

迷った挙げ句、その店の扉を開けると・・・
工房の新しい主人リュックをはじめ、
さまざまな出会いが待ち受けていた・・・

それは、まちがいなく、人生を豊かに彩ってくれる出会いでした。
そして、ピアノを通し、少年時代の記憶をたどることにもなりました。


(以下、グランドピアノの画像は、以前、教室で撮影)


著者カーハート氏のHPでによると・・・

この本のベストセラーとなった理由として、
パリの生活を知りたい人が多かったからだろう、
と言うようなことを、おっしゃっています。

そこは大きいです!


たとえば・・・

子どもを幼稚園に送り届けた後、
その日、2杯目のコーヒーを、ピアノ工房前のカフェで楽しむ・・・

金曜日、仕事納めの日は、工房では、客の誰かしらが、
ワインのボトルを開け、かき集めたグラスで、居合わせた客達が
週末の乾杯をする・・・

まさに、おパリさまのイメージです!


(浜松の楽器博物館の図録より プレイエル製のピアノ)


工房で再生されるピアノのメーカーは、
ショパンの愛したプレイエル(↑)、友人リストガヴォー
ドイツ生まれながら今はアメリカの会社スタインウェイ・・・

という具合に、さまざまなピアノが登場し、
その一台一台の音色が描写されます。


拙記事では、イタリアのファツィオーリをご紹介♫

去年のショパンコンクールで優勝した、
カナダのブルース・リウさん が弾いたピアノです。
私も、リウさんの演奏で初めて知りました。


そのファツィオーリが、本書で、一章設けられているのです。

「まだ20年にもなっていない、新しいメーカー」ながら
世界最高のピアノのひとつ」とリュックに言わしめました。

すっかり惹かれた「わたし」は、イタリアの片田舎にある、
ファツィオーリの工場を訪ね、創業者のパオロ・ファツィオーリから
案内を受けます。

(パオロ氏は77歳の今も現役社長♫ ダンディで素敵♥)

自身も一流のピアニスト並の腕を持つパオロ氏は、
「わたし」のリクエストで、自社のピアノを演奏します。

ショパン、モーツァルト、シューマン・・・
「それぞれが異なる音色だったが、宝石の切り子面のように
鋭い透明感は共通していた」

さらに、ドビュッシーの「月の光」を弾くと・・・

「単に柔らかいだけでなく、不思議なほど澄んだ音色で、
さまざまな倍音を含んでいた。
いままで聞いたことのない音だ」283頁

こんな表現を読むと、このピアノを聴いてみたくなりませんか?



そして、本書の中で、忘れちゃ行けない大きな魅力!

私が惹かれ、多くの人に本書が愛される理由は、
ピアノ工房の職人達の職人魂とでも、いうような想いです。
こんなに素晴らしい楽器なのだと、感嘆の念に打たるというもの。

当初、「わたし」は、この店で、先代主人から慇懃無礼な扱いを受けます。
いくらピアノの相談をしても、暖簾に腕押し。
リュックの代になって、ようやく紹介者が必要なことを知らされました。

つまり一見さんお断ですよね・・・w


「わたし」の紹介者となったママ友によると・・・

「紹介状のないお客にピアノを売りたがらないのよ。
面倒が増えるだけだし、それでなくてもピアノをほしがるお客は
いくらでもいるんだから」とのこと。

この姿勢も、店の商売の有り様を知れば、うなずけます。
ピアノを愛して止まず、大事に再生したピアノが
新しい所有者の元で、どう扱われるかを、店は気にしているのでした。

現オーナー・リュックは、ギャンブラーの如きひらめきのある、
抜け目のない商売人です。
一方で、ピアノへの愛と過去への敬意を持つ、職人でもあります。

このリュックを通して知るピアノ職人の心が、
本書の大きな魅力となっているのでしょう。




彼の元に届いた一台のピアノ。
リュックは言います。

「二世紀以上前(18世紀)に作られ、ほとんどすべてが手作り・・・
しかも、そのピアノを作るために作られた木は、
16世紀末に植えられたものだろう」

彼はそう言って、ピアノをそっと撫でました。

深い敬意」と「母親のようなやさしさ」を込めたその仕草には、
木工職人の傑作への道を準備した一連の企てに、
彼は深く心を動かされているようだった」・・・237頁

「こういうものはもう決して作れない。...
今わたしたちが済んでいるこの世界からは
完全に姿をけしてしまったんだ」237頁

その口調は厳しく咎めるものではなく・・・

「何百年もかけて育て、貴重な木材を収穫するという人間の営みが
いまではなくなってしまったこと」を
悲しんでいるようでした。

こんなくだりを読んだら、ピアノ好きならずとも
胸がいっぱいにならずにいられましょうか!?


我が家の御年54歳、昭和生まれのピアノ↓は
手作りの時代に生まれたわけではないけれど・・・

それでも、大切に作られた一台です。
愛おしさが増すようでした。



カーハート氏のHPでは、本書について
「 narrative nonfiction」と述べています。
「物語的なノンフィクション」と言うことですね・・・

また、原題は「 The Piano Shop on the Left Bank」・・・
これを「パリ左岸のピアノ工房」と名付けた、
翻訳者のセンスが冴えています♫



まだまだ語り足りない本書ですが・・・
この辺でおしまいにしておきますw
長々と、おつきあいいただき、どうもありがとうございました。

本記事は、ブクログ「由々と本棚」を少し短くしてアップしています。

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