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CubとSRと

ただの日記

雄叫びを上げる代わりに

2020年05月27日 | 神社
2017.08/16 (Wed)

                (略)

 もう一度書く。保守議員は靖國問題から離れよ!

 これは常識の問題である。仮に実弾飛び交う戦闘状態だとしよう。
 敵は間近まで迫ってきている。その時、彼等は「靖國神社を護れ!」と叫びながら、靖國神社に立て籠もるつもりなのか。 
 靖國を弾避けにして、自らはそこから応戦するつもりなのか。
 そんなことをしたら神社は格好の標的になって、焼け落ちてしまうではないか。

 本気で靖國を護りたいのなら、出来る限りそこから離れて「俺はここに居るぞ!」と敵前で踊ってみせるべきである。
 陽動作戦を取り、自らを囮として敵を靖國から遠ざけるべきなのである。
 これは全く常識の問題ではないか。

 実弾飛ばぬ言論戦、ネットを使った空中戦においても状況は全く同じである。
 靖國を護りたければ、沈黙すればよい。左翼の得意技である「話題逸らし」をやって、敵を別件に誘導すればよい。
 そうして静かに参拝出来る環境を護るのだ。

 我々も同様である。大声で参拝を論じる必要は無い。シュプレヒコールは必要無いのである。
 雄叫びを上げる代わりに、静かに友人知人を誘えばよい。手紙を認め、「久しぶりに会わないか、待ち合わせ場所は、そうだ靖國の前にしよう」と誘えばよいのである。
 言論空間にどれほどの言説が流れているかではない、九段の駅にどれほどの人が溢れているかが問題なのである。
 それこそが敵の心臓を射貫く最終兵器なのである。


 靖國問題における対応においても、麻生太郎は一つの模範を示した。参拝云々を無力化させることに尽力した。
 これは安倍晋三の「曖昧戦法」と同様の効果があった。
 麻生の靖國に対する思いは、その著作に存分に書かれている。そして、その任期中にマスコミに対して最も激しい怒りを示したのは、靖國参拝を云々したぶら下がり取材であったことも忘れてはならない。
 その時に吐き捨てるように言った言葉が、全てを表している。
 「靖國は静かに祈る場所であり、政治から最も遠くにあるべき場所である」と。




  2011.07.28 「保守議員は『靖国参拝』を口にするな!」

         ~夕刻の備忘録より再転載~
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「一度は、ちゃんと読みましょうよ」 再び

2020年05月12日 | 神社
2013.09/10 (Tue)

 ・・・・・なんて書き出したんですが。

 前回の「一度は、ちゃんと読みましょうよ」は、麻生発言について、でした。

 大方のマスメディアの報道ぶりが、飛ばし記事か、捏造記事、とでも言った方が良いような雰囲気だったことについて一言付けたして、文字起こしの文を転載したんですが、今回は自省を込めて、です。

 先ほど用があって、暦を見ようと抽斗に入れていた「靖國暦」を出したんですが、何となくパラパラとめくっていて、巻頭の「靖國神社の由緒」書が目に留まりました。
 これまでにも何度か靖國神社について書いてきました。
 だからと言うわけではないけれど、自分なりの「靖國神社への想い」、というのはあります。
 一族に戦死者は居ないけど、「靖國之大神」を祀るのは、宗教の境を超えて一国民として当然のこと、と「夕刻の備忘録」氏のブログに気付かされ、崇敬奉賛会にも入会しました。

 でも、靖國神社の話題、記事を見ると、靖國神社の由緒を知ってる人ばかりとはとても思えない。
 知っていて知らないふりをする、なんてのは報道関係者としては最低だけれど、コメンテーターの発言なんかを見ると、本当に知らないんじゃないのか?と思わされることが多々ある。
 日記に何度も書いたのはその故でしたが、実に簡単なことを見落としていました。
 それが「靖國神社の由緒」という巻頭言です。
 取説なんかに比べたら、簡単だし、短いし、何より物事を考える根本が、ここには在る。

 というわけで、靖國云々を言う前に、とにかく

  「一度は、ちゃんと読みましょうよ」。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    「靖國神社の由緒」
                 ~ 冊子 靖國暦より ~

 当神社は、幕末の嘉永六年(一八五三)以降、明治維新、戊辰の役、西南の役、日清戦争、日露戦争、満州事変、支那事変、大東亜戦争などの国難にあって、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた方々の神霊をお祀りする神社です。
 靖は安と同じ意味で、「靖國」という社号には、祖国を平安にする、平和な国家をつくりあげるという願いが込められています。

 当神社は、明治二年(一八六九)六月二十九日、戦沒者の御名を万世に伝えその神霊を慰めんとの明治天皇の思召しにより、この九段坂上に祀られた「招魂社」に始まります。
 その後、明治十二年には靖國神社と社号が改められ、今日に至っています。

 当神社には、現在、二百四十六万六千余柱の神霊がお祀りされており、身分、勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖國の大神)として斉しく大切にお祀りされています。
 大東亜戦争終結後、すでに六十八年を数えますが、今も御遺族、戦友会、靖國講をはじめ多くの方々の崇敬・参拝は絶えることがなく、当神社の社頭は我が国における戦沒者慰霊顕彰の中心的施設として一層の賑わいを見せています。
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「志士の御霊」「護国の御霊」を祀る宮

2020年05月09日 | 神社
2013.07/25 (Thu)

 あと一ヶ月もなくなったから、という事なのでしょうが。
 また、その時期がやってきました。
 選挙で圧勝したら、間違いなく行われるとの希望的観測が、いつの間にか決定事項の如くに言い募られる。
 そして、参拝は見送られるという情報が飛べば、それが飛ばしか否かの確認もなく、猛烈な批判が始まる。
 自民党は圧勝したけれど、全勝、有効投票数の全てを獲得したわけではない。

 「国民、みんなが総理の参拝を切望している!」?
 反天連も??
 当選した山本太郎氏の選挙運動を仕切った中核派も???
 党の方針を無視して勝手に応援活動をし、離党勧告されても、承服しない元総理も????(除名が正統の判断でしょう。鳩氏共々)
 「宗教的な理由から」、と強硬に反対する一部キリスト教会や、一部仏教宗派も?????

 「一人、二人、みんな」、は戦後の教育体制の申し子的な考え方です。理屈ではない。そこには感情しかない。社会観(感)はあっても、国家観は(歴史観がないから)、まるでない。
 その理屈とはいえないただの感情までも、(アメリカに押しつけられた戦後民主主義の)理屈として、我々は肯定するのが当たり前となって今に至る。
 
 たった4ヶ月前の日記ですが転載します。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  「靖國神社から世間を見る」
                  2013年3月29日

 以前に麻生総理が靖國神社に参拝するか否かと記者に聞かれ、
 「靖国参拝を政治問題にしてはならない。静謐な祈りの場であり、政治から最も遠くにあるべきところだ」
 と答えたところ、早速に左右両方から散々に叩かれたことがありました。

 シナ、朝鮮ファンなら分からないでもないけれど、何で愛国者を自称する人々にまで、「国を護るために命を捧げ、英霊となられた諸先輩に、哀悼の誠を捧げに八月十五日は参拝すべきだ。参らないというのは愛国の実(まこと)がないのだ」等と糾弾されねばならんのだ。墓地でもないのに。
 靖國神社は墓苑ではありません。お寺でもありません。神社です。
 本来は招魂社という名の英霊を「祀る」神社です。
 神社は亡くなった方を偲ぶところではなく、祈り、誓い、感謝を、赤心を以て「明かしに」行くところです。追悼、哀悼などの、「悼む」ところでも、「慰霊」、「慰める」場所でもありません。

 この点、(私は)麻生総理の考えておられることに全面的に賛成という気はありませんが、(総理、閣僚の参拝を切望される方は)何故、八月十五日に拘るのか、そのあたり、どうも赤心を以て「明かしに」行くという気持ちとは違うようです。却って靖國神社への参拝を手段にしているように感じる。
 それに、靖國神社は、本来戊辰戦争で戦死された先輩方を祀るところから始まったのでしょう?当時、賊軍とされた幕府側の武士も同じ境内に祀られています。

 八月十五日というのは、戊辰戦争以来の、数多ある記念すべき日のうちの一つではないのでしょうか?なぜ、八月十五日だけが特別視されるのか。何故、敗戦の日にわざわざ参拝するのか。
 英霊を祀る、というのなら、春季秋季の例大祭に参拝するのが当然なのではないでしょうか。春秋の皇霊祭のように。
                         
                
                 (以下は夕刻の備忘録からの転載です)

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「靖國参拝問題」で自称「保守派」から、政治家に向けて繰り返し発せられる言葉は、「国家を護るために命を捨てた英霊に対し、国民の代表として敬意を表し参拝するのは当然の義務である」というものである。

 そこでこちらも繰り返しになるが、靖國参拝問題は政治問題ではなく、国民の心の問題であり、これに「国民の代表」などという代理人は無用である、と強く主張したい。
 敬意を表し参拝するのが当たり前なのは、我々国民であって、政治家はその後ろに続く存在にすぎない。国民主権を声高に言うなら、これは国民がまさに先頭に立つべき大問題であり、政治家は主役ではないのである。

            (略)
 ここには、現代の批評病の影は全く無い。色々と考えて、政府の対応を批判して、是々非々に論じて、あれはダメ、これはOKと区別して、それから漸く腰を上げたのではない。
 そんなことをしていては、政権が弱くなる。国家が弱体化する。内部分裂を毛ほどでも匂わせれば、他国はより露骨に入り込んでくる。それが分かっているから、(英霊となられた諸先輩は)全てを飲み込んで行動されたのである。

 今、我が国は危機にある。この危機に際して、政府の大方針に賛成だ反対だと騒いでいる暇は無い。
 無能政府は既に倒した。これも繰り返し論じてきたことであるが、批判がしたいなら小声ですればいい。
 間違っても「国論を二分する」などと形容されるような手法を採るべきではない。それはそのまま日本の危機をより深刻化させるからである。

 また平和な時が来れば、思う存分に議論を戦わせればいいだろう。今は国民の団結心を見せる時である。その団結心の強さ、深さを相手に見せることが出来れば、戦争は回避出来る。もし、安物の議論に溺れて、国内が分裂していると思われれば、敵はその瞬間に攻め込んで来るだろう。
 この辺りの機微を、どれだけの国民が理解することが出来るか。それが全てを決することになるだろう。

 「秘すれば花」は芸術論ではない。
 我々日本人の生き方の指針である。
 無言が雄弁に遙かに勝ることを教えた先人の遺訓である。
 その生き方に徹することが出来れば、日本は護られる。
 それを侮れば、直ちに日本は消え失せる。

           (以下略)

      ~夕刻の備忘録~
             靖國と「秘すれば花」より
                                      2013.03.26
      http://jif.blog65.fc2.com/blog-entry-904.html

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  この際ですからもう一つ。

  2011.07.28の「 保守議員は『靖国参拝』を口にするな!」
  というエントリーからも。
 
            (略)

 もう一度書く。保守議員は靖國問題から離れよ!

 これは常識の問題である。仮に実弾飛び交う戦闘状態だとしよう。
 敵は間近まで迫ってきている。その時、彼等は「靖國神社を護れ!」と叫びながら、靖國神社に立て籠もるつもりなのか。 
 靖國を弾避けにして、自らはそこから応戦するつもりなのか。
 そんなことをしたら神社は格好の標的になって、焼け落ちてしまうではないか。

 本気で靖國を護りたいのなら、出来る限りそこから離れて「俺はここに居るぞ!」と敵前で踊ってみせるべきである。陽動作戦を取り、自らを囮として敵を靖國から遠ざけるべきなのである。これは全く常識の問題ではないか。
 実弾飛ばぬ言論戦、ネットを使った空中戦においても状況は全く同じである。 靖國を護りたければ、沈黙すればよい。左翼の得意技である「話題逸らし」をやって、敵を別件に誘導すればよい。そうして静かに参拝出来る環境を護るのだ。

 我々も同様である。大声で参拝を論じる必要は無い。シュプレヒコールは必要無いのである。
 雄叫びを上げる代わりに、静かに友人知人を誘えばよい。手紙を認め、「久しぶりに会わないか、待ち合わせ場所は、そうだ靖國の前にしよう」と誘えばよいのである。
 言論空間にどれほどの言説が流れているかではない、九段の駅にどれほどの人が溢れているかが問題なのである。それこそが敵の心臓を射貫く最終兵器なのである。

 靖國問題における対応においても、麻生太郎は一つの模範を示した。参拝云々を無力化させることに尽力した。
 これは安倍晋三の「曖昧戦法」と同様の効果があった。
 麻生の靖國に対する思いは、その著作に存分に書かれている。そして、その任期中にマスコミに対して最も激しい怒りを示したのは、靖國参拝を云々したぶら下がり取材であったことも忘れてはならない。
 その時に吐き捨てるように言った言葉が、全てを表している。

 「靖國は静かに祈る場所であり、政治から最も遠くにあるべき場所である」と。



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「拍手・柏手」

2020年03月14日 | 神社
2018.03/05 (Mon)

 「手水舎」「参道」ときたら、次はやっぱり「参拝」、です。
 これまた以前に何度か書いてきたことではありますが、今回もまた思いつくままに書き散らします。
 
 わざわざこれを「かしわで」、或いは「かしわ手」とし、「かしわ手を打つ」と書いてあることが多いので、何となく特殊なものと思ってしまいますが、標題の通り、「かしわで・かしわ手」は「柏手」が本来の表記。
 なぜ「柏」なのかというと、「人の手の形が柏の葉に似ているから」と説明されます。
 ん?似ているからって、ただ「手を拍つ」、じゃいけないのか?なんでいきなり「かしわの葉っぱ」が出て来るの?

 まあ、直接に「そのもの」の形を言わず、似たものを挙げてそのものを暗示、象徴などして連想させる、というやり方は古今の東西を問わず行われていることですから分からないでもない。
 つまり、「かしわ手を打つ」ではなく、本当はただ「手を拍つ」と言いたいのだ、と。
 でも、神前で「手を拍つ(叩く)」という表現は、あまりにも率直過ぎる。だから「手」と言わず「かしわ(手)」と言い、「拍つ(叩く)」ではなく「打つ」と言葉を変える。これもまた「畏れ多い」とか「失礼に当たる」という参拝時の心持ちがあったからこそ、の言い換え、と思えば、我々日本人の神への敬虔な気持ちが見えてくるんじゃないでしょうか。

 さて、この「拍手」、一体何のために行うのか、ですが。
 パンパンと手を打って「お~い、おかみ。酒を頼む!」・・・それと神様の前で手を拍つのと同じにしちゃ迷惑ですよね。
 では演奏会場や集会場で見られる「万雷の拍手」は?あれはたった二回だけ、なんてことはありません。あれらは惜しみなく盛大に手を叩く。
 日本では連続して拍手をする、という習慣はなかったみたいですね。あの平家物語なんかでは「万雷の拍手」にあたるものが「船縁を叩い」たり「箙(えびら)を叩い」てどよめきける、とあったと思います。
 拍手はしない。普通に「手を拍つ」、それも二回だけ(四回、更には八回というのもありますけど)、なんてのは神前だけみたいです。

 で、元に戻ります。
 「拍手は何のために行うのか」。
 やはりこれも皮膚感覚で「感じる」しかないでしょう。
 姿勢を正して手を拍つ。すると辺りの空気がピンと張り詰めるような気がします。
 一瞬、手を拍った音だけが響いて、辺りの穢れが祓われたように感じる。
 そして拝礼(揖)をすると、その清浄な時間と空気が続いているように感じる。
 これは「(意識を集中して)音を立てる」ことで、邪なもの、穢れたもの、が祓われるという日本人が思ってきたことと繋がっているのでしょう。
 たとえば、神事では弓の弦を鳴らしたりします。邪気を払うために、刀を振って風切り音を立てたりします。
 弓弦を鳴らすのは平安時代の頃には武官がやっていたようだし(確か、源氏物語にあったような・・)、刀を振って云々、となると、その刀の風切り音である「フッ」という音から「経津主(布津主)神」という神が現れ、刀の神となり、更には武芸の神として、香取神宮に祀られています。

 「刀」や「弓」のような穢れを祓うものがない時は「手を拍つ」。そうやって、辺りを清める。
 西洋由来の拍手や、お隣の大陸・半島国のような自身も手を叩いて衆人の拍手に応える、といったものと、日本の拍手は、どうも根本から違うようです。
 やっぱり、だからこそ、「拍手」、と言わず「かしわ手」と言ったのかな?

 いずれにしても、神前での「拍手」、「柏手」は喜びや感動を表現する拍手とは違ったもののようです。

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拝礼

2020年03月14日 | 神社
2018.03/07 (Wed)

 「参拝時の拍手」について思ったことを書いてみたんですが、「揖(ゆう)」・「拝礼」についてはどうなんでしょうね。
 いや、それ以前に「礼」ってなんでしょうか。

 「礼(礼法)」は、社会の秩序を守るために考案された考え方で、その実践のために作られたものは「礼式」ということになります。
 「礼法」とは「礼(の心、目的)」実現のための考え方(決まり)だけれど、「心」自体見えないものだから、何らかの形で見えるようにしなければならない。それで目に見える形(型、動作)である「礼式」が作られました。

 礼式は大きく二つに分けられます。
 一つは神様や故人に対する「拝礼(拝礼式)」。もう一つは人に対する「敬礼(敬礼式)」。
 「拝礼」は「拝む」わけだから、目を伏せ、顔を挙げない。「敬礼」は同じ人に対するものだから、目を伏せることはない。
 しかし、同じ人であっても、「貴人」に対する最上の礼式である「最敬礼」は、上体を深く前傾させるから拝礼と見分けがつかなくなります。(勿論、その際の礼の心は拝礼とは違いますけどね。)

 普通の「敬礼」は、上半身を60度くらい前傾させます。
 その際、帽子をかぶっていれば落ちてしまうから、取らねばならない。めんどくさい。手間がかかる。隙ができる。
 前傾させない西欧の場合も、その辺は同じ悩みがあって、早くから「帽子を取る格好だけする」という簡略な礼式の形が作られていた。取る格好だけすることで、そのあと胸に当てたり、上体を深く前傾させたり、という動作を省略することができる。時間が大幅に短縮される。
 
 「取る格好」というのは、帽子の「目庇(まびさし)」に指を当て、取ろうとしているように見せることなんですが、ただ、問題がありました。どうも緊張感に欠ける。特に軍人なんかはきりっとしてなけりゃ頼りないですよ。「緊張感のない軍隊」って・・・ねえ。
 何より「(帽子を取る)格好だけ」、なんて。国家の存亡に命をかけて係わるんです。格好だけ、なんて「敬礼」の雰囲気には遠過ぎる。

 とにかく、どんなに簡略化したものであっても、「敬礼」の雰囲気だけはなくさないようにしたい。何かいい方法はないか。
 それで、利休の柄杓と同じく、カッコよく見せるために(?)庇に触れるだけの指をぴんと伸ばしてやることにした。カッコいい。一斉に何十人、何百人がこれをやると、「帽子を取る格好だけ」なんか、比べ物にならないくらいカッコいい。
 と言うわけで、本来は「帽子を取る格好だけの礼(式)」という簡略礼が、「挙手の礼」という新しい形の礼式になった。中国武術の「抱拳(の)礼」なんかのカッコ良さとはまた違ったカッコよさが敬礼の礼式の一つになりました。

 ありゃ?拝礼の話だったんですが・・・。
 まあ、「敬礼」をはっきりさせれば「拝礼」もぼんやりと見えてきますから、気を取り直して。

 神前での礼式は「敬礼」ではなく「拝礼」ですから、拝殿、更にはその先の本殿の方に目を向けることはなく、視線は常に伏せているものでしょう。
 「拝む」というのは一般に手を合わせて行うものですが、「拝礼」は礼式だから、上体を前屈させ、目を伏せることの方が主になります。
 本来の拝礼は座って行うものですから、「額づく」ものです。だから立って行う場合は、上体を90度まで倒そうとするのが基本になる。
 そうなると、神社では個人のためのお願いである「拝む」ということは、基本的にできないもの、ということになりそうです。
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