これは社会主義国で起こる現象と同じだ。パンの価格を製造コストより安くすると超過需要が大きくなり、パン屋の前に行列ができて品不足になる。待機児童のような割当問題が起こるのは、価格メカニズムがゆがんでいるからだ。
公立保育園は安すぎるので、親を審査してサービスを社会主義的に割り当てている。その審査も、母親が働いているかどうかとか、所得(納税額)がいくらかとかいう家庭の事情を基準にして行なわれる。
所得がガラス張りのサラリーマンは不利で、所得の捕捉しにくい自営業者が有利だ。保育料も所得に応じて決まるので、税金を払わない人が二重三重に得をする。
改革を妨害する社会福祉法人
だから待機児童を解決する方法は簡単である。需要と供給が一致する水準まで保育料を上げ、参入を促進すればいいのだ。
もちろんすべての保育園の料金が10万円以上になっては困るので補助が必要だが、今は公立保育園が補助金を独占し、株式会社の参入を阻止している。
こういう問題は以前から指摘され、保育園と幼稚園を一元化する「幼保一元化」の議論が10年以上続いているが、保育園の所管は厚生労働省、幼稚園が文部科学省なので、話し合いがつかず、「認定こども園」という保育園と似たようなものができただけだ。
待機児童問題の根本的な原因は、このように保育園を経営する社会福祉法人に補助金を出す「弱者救済」システムが根を張っているからだ。保育園の園長の仕事は、役所と仲よくしてなるべく多くの補助金を取ってくることだから、厚労省や自治体からの天下りを受け入れ、株式会社の参入を阻止する。
こういう仕組みは不正の温床で、公金を私的に流用したという不祥事がよくあるが、社会福祉法人を見直そうという話は出ない。彼らの数は全国で約2万と、かつての特定郵便局のように大きな票田で、天下りの受け皿としても強い政治力をもっているからだ。
こういう社会主義をなくすには、補助の対象を社会福祉法人ではなく、子をもつ親にし、保育バウチャーに改めればいい。バウチャーというのは教育費だけに使えるクーポンだ。国の保育予算は8000億円以上あるので、これをバウチャーとして公平に分配すれば、待機児童はなくなるだろう。
これは50年以上前にミルトン・フリードマンが提案した教育バウチャーと同じ考え方だが、アメリカの一部の州で実施しているだけで、なかなか普及しない。私立と同じ条件で競争にさらされる公立学校の労働組合が反対するからだ。
ただ保育バウチャーは、イギリスでは労働党政権が実施した。日本でも、大阪市が「塾代補助クーポン」という試みを始めた。これは学習塾などの料金の一部を市が補助するもので、バウチャーの一種だ。
政府が個人を直接支援する社会保障へ
これからの日本の教育で重要なのは、保育園や幼稚園などの幼児教育である。人間の脳は3歳ぐらいまでに回路ができ、教育の効果は8歳がピークだといわれる。小学校で成績のよかった子は、たいていその後も成績がいい。
勝負は幼児のときに決まるので、大学に補助金を出すより幼児教育に出したほうがいい。こういう観点から、OECD(経済協力開発機構)は、日本にも小学校の5歳入学を勧告している。
補助金漬けで子供を「預かる」だけの保育園は、前代の遺物である。彼らがコストより安い料金を出して株式会社を排除していることが、待機児童問題の原因だ。支援すべき対象は、教育を受ける子供とその親であって保育園ではない。
保育バウチャーの対象は、ベビーシッターでもいい。専業主婦で、よその子を預かってもいいという母親は多いだろう。今は個人的に頼んでいるが、これを配車サービスUberのようにスマートフォンでネットワーク化し、「ベビーシェアリング」をやってはどうだろうか。
日本の社会保障は、今までは国が福祉施設に補助金を出していたが、こういう仕組みは非効率で、もう財政的に維持できない。規制改革・民間開放推進 会議でも、教育バウチャーが提言された。政府が供給側に補助金を出すのではなく、個人を直接支援する社会保障の転換が必要である。