GoTo政策は、一見したところ、観光業や外食業、あるいは娯楽業という「弱者」を助けようとする政策に見える。しかし、実際には、これらの業種の大企業を助けるだけで、零細企業を助けることにはなっていない。また、新型コロナ下においても所得が減少しない人々に補助を与える結果にもなっている。

第3波の真っただ中で人々の接触を進めようとしている

新型コロナ第3波で、病床使用率上昇など、医療体制逼迫への懸念が強まっている。

それにもかかわらず、政府はGoTo政策を実施している。観光旅行を促し、会食を勧めている。コロナ感染拡大に全力を挙げなければならない緊急局面で、人々の交流と接触を増やそうとしているのだ。

 

感染が広まってくると、高齢者は旅行を控えろとか、東京発着旅行は自粛せよということになった。マスクをしながら会食をせよとの指導もあった。アクセルとブレーキの両方を踏んでいるわけだ。一体どうなっているのだろうと、多くの人が、違和感と強い恐怖感を持っている。

GoTo政策は、もともとは感染が収まってから実施するはずのものだった。それを感染急拡大期に実施しているのだから、このような矛盾が生じてしまうのは当然だ。

実は、GoTo政策の問題は、それだけではない。本当に必要な人たちを助けていないという問題があるのだ。

大企業では事態は改善されたが零細企業では深刻 

GoTo政策は、支出の一定率を補助するものだ。したがって、高額のものほど補助額が大きくなる。だから、人々は、宿泊するなら、安宿に泊まるよりは、豪勢で高価なホテルに泊まろうとする。外食するなら、安い外食店ではなく、高級レストランや料亭で食事をする。
 
ところで、一般に、高額のサービスを供給しているのは大企業だ。したがって、GoTo政策は、大企業を助けることになる。その半面で、安いサービスを提供する零細企業には、恩恵が及ばない。

このことは、データで確かめることができる。図1は、法人企業統計調査のデータから、宿泊業、飲食サービス業、娯楽業について、大企業(資本金10億円以上)と零細企業(同、1000万円以上 - 2000万円未満)の売上高の状況を示したものだ。対前年同期比が、4-6月期と7-9月期でどのように変化したかを示している。

■図1 売上高の対前年同期減少率(%)

資料:法人企業統計調査のデータにより筆者作成

宿泊業の大企業では、売上高の対前年同期比が、4-6月期には71.9%減であったものが、7-9月期には42.8%減と、約半分に縮小した。つまり、4-6月期の深刻な状況は、7-9月期にはかなり改善されたわけだ。

それに対して、零細企業の場合には、売り上げの対前年同期比は、4-6月期には90.0%という激しい落ち込みだった。7-9月期になっても、まだ79.7%減だ。このように、零細企業では、売上減減少の深刻な状況は、ほとんど変わっていない。これを反映して、7-9月期の人員は、対前年同期比で66.1%も減っている。

同様の傾向が、飲食サービス業についても見られる。すなわち、大企業では、4-6月期から7-9月期にかけて、売り上げの対前年同期比減少率が35.1%から7.4%へと大きく縮小した。それに対して零細企業では、売り上げ減少率が28.1%と21.4%であり、ほとんど変わらないのだ。

 

娯楽業では、大企業では、4-6月期から7-9月期にかけて、売り上げの対前年同期比減少率が66.4%から32.9%へと大きく縮小した。それに対して零細企業では、売り上げ減少率が86.6%と74.9%であり、大きな変化はみられない。

このように、深刻な事態が続いているのは、零細企業なのである。

GoToは大企業を助ける

上記のデータについては、いくつかの注意が必要だ。

第1に、大企業が提供しているサービスの価格が高く、零細企業が提供しているサービスの価格が低いというわけでは必ずしもない。ただし、多くの場合において、資本金規模と提供するサービスの間には相関関係がある。すなわち、豪華で高級なホテルは大企業が経営している場合がほとんどで、安宿は零細企業が経営している場合がほとんどだ。

飲食サービスについても、同様の傾向があるだろう。すなわち、豪華なレストランや料亭は大企業が経営しており、安い外食店は零細企業が経営している場合が多いと思われる。娯楽業でも同様の傾向があると考えられる。

第2に、以上で見た状況とGoTo政策の関係も、簡単ではない。

GoToトラベルは7月下旬に開始されているから、大企業の状況と零細企業における上記の差に影響していることは、ほぼ間違いない。

GoToイートが開始されたのは9月下旬であるから、飲食サービスにおける上記の差は、GoTo政策の直接の影響ではない。

ただ、より深刻な事態に直面しているのが零細企業であり、政策が必要なのはそこだということは間違いない。

 

それにもかかわらず、GoTo政策は、そのような対象に支出が向かうような構造にはなっていないのである。

最も弱い部門が大きな打撃を受けている

以上で見たように、宿泊業や飲食サービス業、あるいは娯楽業などの対人サービス業が、外出自粛や営業規制によって深刻な事態に陥っている。

これらの業種の零細企業は、日本経済で最も賃金水準が低い弱い部分だ。2020年7 - 9 月期における賃金水準(四半期の人件費/人員計)を法人企業統計調査でみると、全産業・全規模では、122.8万円だ。

ところが、企業規模別にみると、大企業(資本金10億円以上)が175.8万円であるのに対して、零細企業(資本金1000万円以上 - 2000万円未満)では96.7万円と、ほぼ半分にすぎない。

宿泊業の零細企業では75.6万円であり、飲食サービス業の零細企業では61.1万円に過ぎない。娯楽業の零細企業では、85.1万円だ。そして、上述のように、宿泊業の零細企業では、7-9月期に人員が昨年比で実に7割近く削減されている。

つまり、新型コロナによる経済停滞は、もともと日本経済で最も弱い部分を直撃しているのである。だから、この部門に対する対策が必要なことは間違いない。

 

しかし、そうした場合の政策は、サービスの価格を操作することではなく、事業者に対する直接の補助金として与えるべきだというのが、経済学の基本的な考え方だ。GoTo政策はこの基本原則に従っていないために、以上のような問題が起るのである。

さらに、つぎのような問題もある。

利益を受けるのは所得の減っていない人

GoTo政策は、サービスの価格を安くしているので、その恩恵はサービスの購入者にも及ぶ。 そして、こうしたサービスの購入者は、必ずしも所得が減っている人ではない。つまり、Goto政策の恩恵は、所得の減っていない人にも与えられている。

というよりも、恩恵を受けている人の多くは、所得が減っていない人だろう。なぜなら、所得が大幅に減っている人や、職を失った人々は、旅行や外食に補助が与えられても、観光旅行にいったり、豪勢な外食をしたりする余裕はないと考えられるからだ。

だから、GoTo政策で支出をしているのは、比較的恵まれている人々だ。この意味でも、GoToは強者に対する補助になっている。

そして、コロナ下においても、所得がほとんど影響を受けていない人は多い。というより、数からいえば、所得が減った人の方が少ないのだ。

実際、家計調査報告によると、勤労者世帯の実収入は、前年よりむしろ増えている(図2参照)。5,6,7月は、定額給付金の影響で著しく増えた。それ以外の月においても、前年比で2%程度の増加が続いている。

なお、法人企業統計調査においても、2020年7 - 9 月期における賃金(人件費計/人員計)は、全産業、全規模で見て、対前年同期比で、2.3%下落したに過ぎない。

 

■図2 勤労者世帯の名目実収入の対前年同月増加率(%)

資料:家計調査報告

「悪魔のプラン」に傾きつつある日本

GoTo政策が強者のための政策だというのは、所得に関してだけではない。

年齢階層別に見ても、問題がある。新型コロナの感染が拡大している中で観光旅行に出かけたり外食をしたりする人は、「人々と接触してコロナに感染したとしても、重症化する危険は少ない」と考えているのだろう。

それは、若い健康な人たちの考えだ。基礎疾患を持っている人や高齢者は、割引があるからといって観光旅行に出かけたり外食をしたりはしない。そうすれば、コロナに感染する恐れがあるからだ。

そして、感染すれば重症化する危険がある。死の危険に比べれば、GoToによる利益はない等しい。

結局のところ、コロナに対して強者であるものが、GoTo政策の恩恵に浴することになる。

私はかつてこの欄で、「悪魔のプラン」について述べた(2020年5月3日公開「コロナ長期化、日本政府は『高齢者を見捨てない』と約束できるか?」)

単純な経済計算からすれば、コロナ感染防止は二の次にして、健康な若者だけで経済活動を再開するほうが合理的という考えだ。そして、高齢者は社会の重荷になるだけだから、置き去りにする。

SNSでも、若い人々の考えは強く現れるが、高齢者の声はあまり現れない。世論調査ではGoTo政策に対する支持率はかなり高いのだが、それは、コロナ強者の声なのだろう。

 

私は、「悪魔のプラン」には絶対反対だと述べた。そして、日本政府がこの戦略を取らないでほしいと訴えた。しかし、世の中の大勢は、急速にその方向に傾きつつあるように思えてならない。