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あとはおまかせ
馬鹿の国民はつぎにとんでもない馬鹿を選ぶ選挙に熱狂している
宮崎正弘ブックレビュー
米国の庇護下の発想では、これからの日本は生き残れない
この本には保守の覚醒を促す激越な憂国論に横れている
西尾幹二『権力の不在は国を滅ぼす』(ワック)
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いつものように辛辣な批評が並ぶが、今度の評論集はいくつか従来の西尾史観にはなかった特質を胚胎している。何編かは「WILL」や「正論」に書かれたものである。
第一に北朝鮮への経済制裁に関してのパラダイムが激越である。
すなわち経済制裁は「戦争行為」であって、北朝鮮も米国も、日本の経済制裁は『戦争』段階という認識だが、経済制裁を実施している日本はぽけっとして、或いはシレッとして、平和主義のままに埋没し、言葉だけが虚ろに戦争準備空間を飛び交っていると。
この見解は外務省、政府の認識と異なる。
すなわち「日本は既に北朝鮮に対して『宣戦布告』をしているに等しい のであり」(中略) 「相手がノドンで報復してきても、なにも文句を言えない立場ではないか」とする危機意識。これを保守の政治家も分かっていない ことに西尾氏は苛立つ。
日本はとうに「北の標的なのに他人事」なのだ。
そして保守が賞賛する安倍前総理はアメリカに取り込まれてしまったと容赦なく批判すると同時に皇室の危機を保守陣営に存在しなかった鋭利なツール(言葉)でばっさり斬る。穏健な保守主義を奉ずる人から見れば、温度差というよりやや違和感に囚われるだろう。
第二に保守思想の崩壊的予兆を西尾氏は淡々と述べるが 「自民党は左翼政党に成り下がって」という議論ばかりか、すでに「文藝春秋も左翼雑誌に」になりさがり、いやいや、自衛隊が左翼グループに成り下がっている ではないか、と状況パラダイムの分析はさらに先鋭化する。
明確に次代を予言して西尾氏はこういう。
「はっきり予言しておきますが、アメリカに庇護された平和主義の時代はいよいよ間もなく終わるのです。アメリカに義理立てする東京裁判史観――占領軍の統治に便利だった日本の指導者悪者論――とは本当に、確実に訣別し、戦前のアメリカと戦前の日本が再び対等に裸で向き合わざるを得ない時代が近く到来することがどうして分からないのでしょうか」(本書258p)。
なぜなら「金融と軍事の両面でアメリカに鎖で繋がれている日本はこのうえなく危ういというべきで」、「アメリカは沈没していく大型船です。日本は自ら鎖を断ち切ってうまく親船を離れる子舟になりうるか。それは離れようとして満身創痍の手傷を負い、どうにもうまく行かず、親船に繋留されたまま洋上をさまよい、海底奥深く引きずり込まれて行くのか」(153p)という分岐点に差しかかっていると現状を分析されている。
パラダイムは次のように変わると西尾氏は言う。
「戦争という手段を封じた現行憲法が今まで辛うじて有効だったのは、日米安保条約とワンセットになっていたから」。
だが、もはや時代状況は変わり「この条約は共産圏から日本を守る役割を失い、ゆっくりしたテンポで変質しつつあります。日米安保条約は今では国際社会での日本の行動の自由を拘束し、国内では、外交政策や経済構造や司法や歴史教育観などにおける日本の自律を侵害し続けている」(298p)とされる。
つまりこの先の日本には日米安保体制を克服するなにものかが必要、その気概がしかし、いまの政治家にはあるのか。
時局重大な日本であるにもかかわらず、戦後状況の延長と問題の先送り政治によって、国家中枢が犯されて、「権力の空洞化」という問題が濃密に浮かび上がる。本書を読むと暗澹たる思いがする。そして馬鹿の国民はつぎにとんでもない馬鹿を選ぶ選挙に熱狂している。日本はますまる劣化してゆくだろう。
米国の庇護下の発想では、これからの日本は生き残れない
この本には保守の覚醒を促す激越な憂国論に横れている
西尾幹二『権力の不在は国を滅ぼす』(ワック)
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いつものように辛辣な批評が並ぶが、今度の評論集はいくつか従来の西尾史観にはなかった特質を胚胎している。何編かは「WILL」や「正論」に書かれたものである。
第一に北朝鮮への経済制裁に関してのパラダイムが激越である。
すなわち経済制裁は「戦争行為」であって、北朝鮮も米国も、日本の経済制裁は『戦争』段階という認識だが、経済制裁を実施している日本はぽけっとして、或いはシレッとして、平和主義のままに埋没し、言葉だけが虚ろに戦争準備空間を飛び交っていると。
この見解は外務省、政府の認識と異なる。
すなわち「日本は既に北朝鮮に対して『宣戦布告』をしているに等しい のであり」(中略) 「相手がノドンで報復してきても、なにも文句を言えない立場ではないか」とする危機意識。これを保守の政治家も分かっていない ことに西尾氏は苛立つ。
日本はとうに「北の標的なのに他人事」なのだ。
そして保守が賞賛する安倍前総理はアメリカに取り込まれてしまったと容赦なく批判すると同時に皇室の危機を保守陣営に存在しなかった鋭利なツール(言葉)でばっさり斬る。穏健な保守主義を奉ずる人から見れば、温度差というよりやや違和感に囚われるだろう。
第二に保守思想の崩壊的予兆を西尾氏は淡々と述べるが 「自民党は左翼政党に成り下がって」という議論ばかりか、すでに「文藝春秋も左翼雑誌に」になりさがり、いやいや、自衛隊が左翼グループに成り下がっている ではないか、と状況パラダイムの分析はさらに先鋭化する。
明確に次代を予言して西尾氏はこういう。
「はっきり予言しておきますが、アメリカに庇護された平和主義の時代はいよいよ間もなく終わるのです。アメリカに義理立てする東京裁判史観――占領軍の統治に便利だった日本の指導者悪者論――とは本当に、確実に訣別し、戦前のアメリカと戦前の日本が再び対等に裸で向き合わざるを得ない時代が近く到来することがどうして分からないのでしょうか」(本書258p)。
なぜなら「金融と軍事の両面でアメリカに鎖で繋がれている日本はこのうえなく危ういというべきで」、「アメリカは沈没していく大型船です。日本は自ら鎖を断ち切ってうまく親船を離れる子舟になりうるか。それは離れようとして満身創痍の手傷を負い、どうにもうまく行かず、親船に繋留されたまま洋上をさまよい、海底奥深く引きずり込まれて行くのか」(153p)という分岐点に差しかかっていると現状を分析されている。
パラダイムは次のように変わると西尾氏は言う。
「戦争という手段を封じた現行憲法が今まで辛うじて有効だったのは、日米安保条約とワンセットになっていたから」。
だが、もはや時代状況は変わり「この条約は共産圏から日本を守る役割を失い、ゆっくりしたテンポで変質しつつあります。日米安保条約は今では国際社会での日本の行動の自由を拘束し、国内では、外交政策や経済構造や司法や歴史教育観などにおける日本の自律を侵害し続けている」(298p)とされる。
つまりこの先の日本には日米安保体制を克服するなにものかが必要、その気概がしかし、いまの政治家にはあるのか。
時局重大な日本であるにもかかわらず、戦後状況の延長と問題の先送り政治によって、国家中枢が犯されて、「権力の空洞化」という問題が濃密に浮かび上がる。本書を読むと暗澹たる思いがする。そして馬鹿の国民はつぎにとんでもない馬鹿を選ぶ選挙に熱狂している。日本はますまる劣化してゆくだろう。
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