フォン・デア・ライエン「欧州委員長再選」の大きな意味…ヨーロッパは復活するのか、あるいはこのまま没落するのか?

川口 マーン 惠美

欧州委員長というのは、実質的にはEUの最高権力者

欧州委員会の委員長は、EUの首脳たちが密室で勝手に決める

 

フォン・デア・ライエン「欧州委員長再選」の大きな意味…ヨーロッパは復活するのか、あるいはこのまま没落するのか? - ライブドアニュース

 

ウクライナが勝つまでは

7月初め、ハンガリーのオルバン首相がEU幹部に知らせないまま、ゼレンスキー大統領、プーチン大統領、習近平国家主席などを、単独で次々と電撃訪問した話は、前回の本欄で書いた。ウクライナ戦争を一刻も早く終わらせたいというのが、オルバン氏の願いだ。

参照)ゼレンスキー、プーチン、習近平と次々会談…!ハンガリー・オルバン首相「サプライズ行脚」の狙いは何か?(現代ビジネス 2024.07.12)

しかし、EUのエリートたちは、戦争はウクライナが勝つまで続けなくてはいけないと言っている。ウクライナが本当にロシアに勝てるかどうかは大いに疑問だが、しかし、少なくともドイツ、ポーランド、北欧などの首脳たちはそう主張し、ウクライナに対して膨大な資金や兵器を注ぎ込んできた。つまり、彼らに言わせれば、オルバン首相の行動は断じて許せない。戦争はまだ終わってはいけないのだ。

また、これは米民主党政権の意向でもあり、そのため民主党は、11月の大統領選で自分たちが危なくなればなるほど、トランプ氏が勝っても絶対にひっくり返せないような決定的な行動に出るのではないかと言われていた。オルバン首相がかねてより、米国の大統領選の前にウクライナ戦争がエスカレートする可能性を強く警告していたのは、そのせいだろう。

ちなみに、今回のオルバン氏の和平調停の努力について、特に怒ったのが欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長だった。欧州委員長というのは、実質的にはEUの最高権力者であるから、自分の権威を蔑ろにされたと思ったに違いない。

ただEUというのは、元々、あまり民主的な組織ではなく、欧州委員会の委員長は、EUの首脳たちが密室で勝手に決める。だからこそ、欧州議会選挙に一度も出馬せず、選挙名簿に名前が載っていただけのフォン・デア・ライエン氏が、5年前に欧州委員会の最高権力者の座にまでのし上がれたのだ。

そして、フォン・デア・ライエン氏は今回、さらに5年の続投を狙っていた。一応、手順としては、候補者の名前が欧州議会に持ち込まれ、投票で選出されたという形をとるため、その投票が7月18日に行われた。

ただ、ちょうどその頃、フォン・デア・ライエン氏はかなりの窮地に陥っていた。というのも、これまでの業績の無さもさることながら、実は、氏の首の周りには、汚職、詐欺、越権行為、証拠隠滅、利益誘導などの嫌疑が複数ぶら下がっていたからだ。

ファイザー社CEOとの秘密取引疑惑

奇しくも投票の1日前、欧州裁判所が氏に対して「情報開示」を命じた。何の情報かというと、21年、コロナワクチンの購買の際、権限のない氏が米ファイザー社のCEOと秘密取引をしたといわれるショートメールの中身だ。

EUが22年、23年分として、18億回分のワクチンを購入したのは、この不法取引のせいだとされる。18億回というのは、EUの人間がこれまで通りワクチンを接種するなら、一人10回分が賄える数である。

しかも破格なのは数だけではない。欧州委はこれまで、ワクチンの購入価格を公表していないが、この時、氏が軌道に乗せたワクチン購入の総額は350億ユーロで、しかもこれだけ大量に発注したのに、単価が15.5ユーロから19.5ユーロに膨らんだことがリークされている。

その後EUではワクチン熱は冷め、納入分は期限切れで廃棄。しかし後続分のキャンセルは不可で、しかも、たとえ受け取らなくても支払いは義務という契約だった(ただし、製造されなかった“幻のワクチン”の価格は、19.5ユーロではなく、10ユーロに値引きとか)。

この秘密取引について最初に報道したのが米ニューヨーク・タイムズ紙で、同紙はフォン・デア・ライエン氏とファイザー社CEOとの間で取り交わされたショートメールの公開を求めたが、欧州委は拒絶。その後、誰が何度、閲覧を申請しても叶わず、21年10月、腹に据えかねた緑の党の議員団が欧州裁判所に訴えた。

ただ、フォン・デア・ライエン氏は、すでに証拠のショートメールを、絶対に復元できない方法で削除してしまったとも言われる。

さて、7月18日の欧州議会での採決の結果はというと、フォン・デア・ライエン氏が707の有効票のうちの401票を獲得し、委員長再任が決まった(氏はこれでワクチン問題がうやむやになることを期待しているのではないか)。

なお、この投票前、自分に対する支持が万全でないことを知っていた氏は(保守会派EPPだけでは過半数にいかない)、かなりの根回しをしている。右派であるイタリアのメローニ首相に擦り寄ったり、社会党系の会派である「社会民主進歩同盟」や、緑の党系の会派である「欧州緑グループ・欧州自由連盟」などに近づいたり、さらに票決直前には、オルバン首相の“制裁” という奥の手まで考え出した。

つまり、EUの結束を壊したオルバン首相を欧州理事会からボイコットするという過激な話を提案し、これによって、オルバン首相とは犬猿の仲である左翼会派の票の取り込みを狙ったわけだ。

ハンガリーに対する「制裁」

EUの最高決定期間である欧州理事会(首脳たちの集まり)の理事長国は、半年の輪番制で回ってくるが、今月1日からはハンガリーが理事長国だ。

つまりオルバン首相は理事長国の長として、今年いっぱいEUサミットや欧州理事会を仕切るはずだった。また、各省ごとのEUの閣僚会議でも、それぞれをハンガリーの閣僚が指揮することになっている。

ところが、フォン・デア・ライエン氏は、ブダペストで開かれる第一回目の首脳会議をボイコットすると言い出し、これからハンガリーで次々と開催される重要な閣僚会議もボイコットするよう、各国に呼びかけた。

EUの外相にあたるジョセップ・ボレル上級代表は、すぐにその案に賛同し、ブダペストで外務閣僚会議が開かれる同日に、EU本部のあるブリュッセルでもう一つの外相会議を開くと発表。つまり、正しい考えの持ち主である閣僚はブダペストには行かず、ブリュッセルの閣僚会議の方に参加しろというわけだ。踏み絵? あるいは小学生の喧嘩?

7月22日には、さっそくブダペストでEUの内務閣僚会議が開かれたが、予定通り大臣がやってきたのは、ベルギー、ルクセンブルク、オランダ、オーストリア、ルーマニア、スロベニア、クロアチア、イタリア、スロバキアの9ヵ国。あとの17ヵ国は官僚を送り込んだ。

強硬な反オルバンを貫いているのが、スウェーデン、フィンランド、ポーランド、デンマーク、そしてバルト3国だ。ドイツは案の定、党内の意見がバラバラで、まだ政府としての見解が固まっていない。

一方、ブリュッセルではその日、EUの外相たちがアドバイザー抜きで集まり、ハンガリーに対するいわゆる「制裁」について話し合った。お互いに拍車を掛け合っているのか、オルバン攻撃がどんどん過激になり、参加していたハンガリーの外相は、文字通り、血祭りに上げられたという。

ただ、そんな中でルクセンブルクの外相のように、「ボイコットや無視は誤りである」として、ハンガリーとの対話の重要性を説いている政治家も、もちろんいる。EUの閣僚や議員の全員が、フォン・デア・ライエン氏の味方というわけではない。

EUの分断は進むか、止まるのか

それがはっきりと示されたのが、18日の投票前の各会派のスピーチで、一番強烈だったのがポーランドの若手議員、エワ・ザヤツコフスカ-ヘルニク(Ewa Zajączkowska-Hernik)氏。

極右と言われている政党に属している女性(34歳)だが、「あなたの居場所は刑務所であり、EUではない(ワクチン購入問題)」とか、「ポーランド国境を守るすべての兵士に頭を下げるべきだ(難民問題)」と、10mも離れていないところに座っていたフォン・デア・ライエン氏を罵倒。その場で、「グリーンディール」と「移民協定」とかいた紙をビリビリと破り捨てた。

あまり凄かったので、翌日、ポーランドの新聞を覗いてみたら、彼女を「欧州右派の女王」と称える人々と、「ポーランドの恥」と批判する人々に分かれていた。まあ、予想通りだ。

●Ewa Zajączkowska-Hernik do Ursuli von der Leyen: „Powinna pani trafić do więzienia”(Euractiv, July 18, 2024)

また、6月の終わりにオルバン首相の提唱でできた右派の新会派「欧州の愛国者」の代表を務めるフランスのバルデラ氏(国民連合)は、「今回の選挙で分かったことは、ヨーロッパの人々が自分たちのアイデンティティと民主主義、そして、伝統、農業、生活を守りたいということだ」として、やはりフォン・デア・ライエン氏の政策を強く批判。

なお、ドイツ内の反応はというと、AfDのヴァイデル党首は「(フォン・デア・ライエンの再選は)ヨーロッパにとって致命的な決断」、BSWのヴァーゲンクネヒト党首も「大きな誤り」とし、改めてコロナワクチン購入に関する情報の開示を求めた。

しかし、当のフォン・デア・ライエン氏は馬耳東風。一番重要なのは、豊かな生活と、国際競争力の強化と、ヨーロッパの統一であると豪語しつつ、緑の党のドグマとも言える「グリーンディール」も続行するつもりらしい。また、「議会に巣食うデマゴーグや過激派とは断固戦う」とか。

ただ、どう見ても、今や「グリーンディール」や「移民協定」がEUの国民に支持されているとは思えない。また、氏がこれまで通り権力と利権の拡大に励むのを、今後、EUの国民が見過ごしてくれるはずもない。

今後のヨーロッパの浮沈は、これまでの国民無視のEU政策が、どの程度修正されるかに掛かっている。ヨーロッパが復活するか、あるいは没落するか? 国民の分断が進むか、止まるか? フォン・デア・ライエン氏の責任は極めて重い。はたして、氏はそれがわかっているのだろうか。

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