ロックダウンは、イタリア北部の大気汚染や海水汚染の状況を一変させた」こう語るのは、イタリア在住の作家・佐藤まどか氏だ。

SDGsをわかりやすく伝える「おはなしSDGs」シリーズより「海の豊かさを守ろう」をテーマにした作品『ぼくらの青』(2021年2月)を上梓した佐藤氏が、イタリア海洋問題の今をレポートする。

地中海に面する国、イタリア

イタリアといえば、アルプス山脈よりも地中海をイメージする人が多いだろう。

地中海に面する人口20万人以上の都市を持つ国は、多い順にイタリア、スペイン、トルコの他、中近東数カヵ国、フランス、ギリシャなど16カヵ国あるが、そのうちイタリアが10都市と最も多く、地中海を代表する国と言っても過言ではない。

地中海に面していることによるデメリットは、少なからずある。南イタリアや島々は太古より海路から攻められたし、ここ数年は、移民難民のボートが問題になっている。

イタリア国境警備隊の船に収容された難民 photo by gettyimages

 

以前はアルバニアから、そして今はアフリカ大陸からの年間数万単位の難民移民が海を渡ってくる。受け入れキャパ―をオーバーし大きな負担になっているが、海で溺れそうになっている人々を助けないわけにはいかない。

SDGsの目標のひとつにもなっている「貧困をなくそう」というテーマにも当てはまるはずだが、いざ移民がイタリアで滞在権を得て違う国に行こうとすると、シェンゲン協定で自由に行き来できるはずの国境でブロックされて、結局イタリアから出られないという事がよくある。

これはEU間で揉める原因の一つにもなっている。

海からもたらされるメリット

勿論、地中海にはメリットも多い。古くから地中海貿易の要であり、欧州とアジア、アフリカを繋ぐ重要ポイントとしてなくてはならない存在だ。とくにヴェネツィアは、中世に中東やアジア諸国との貿易で、巨大な富と文化を築いた。

海路以外のメリットとしては、まず、魚が豊富なこと。以前日本のお寿司屋さんで「これはイタリアからのマグロだよ」と言われて驚いたことがあるが、イタリアで漁獲されたマグロは結構多いらしい。

確かにイタリア海域は漁業が盛んである。後述するが、獲りすぎて最近ではいわゆるSDGs第14項目の「海の豊かさを守ろう」というゴールに反する事態になっている。

 

地中海には重要なエネルギー源である天然ガスのパイプも通っている。

さらに、島やビーチは世界的な避暑地でもあり、高級ホテルや別荘、レストランやカフェが立ち並ぶ。

大型クルーズ船が立ち入り禁止に

しかし問題も絶えない。大型フェリーが絶え間なく行き来しており、座礁事故による燃料流出事件も起きるし、フェリーが滞在していれば海水への生活排水も増える。勿論過剰な観光客による生活排水やゴミ問題も大きい。

ヴェネツィアの運河に巨大なクルーズ船が入ってきたニュースを見て、多くの人が心配した。クルーズ船からの生活排水だけでなく、万が一衝突事故があれば宝石のような街があっというまに崩れ落ちるだろうし、大型クルーズ船が起こす波によって街の基礎が侵食されているという批判もあった。

威圧的な超大型クルーズ船がサンマルコ広場の向こう側に出現したニュース映像を見た時、ゴジラが街に向かって火を吹いているシーンをイメージしてしまった。中世のまま残っている美しい街並みを脅かす異様な光景だったのだ。

やがて、大型クルーズ船がボートと事故を起こしたことがきっかけになって大規模なデモが起き、2019年の9月からヴェネチアの歴史的地区への1000トン以上の大型クルーズ船の立ち入りが禁止された。

ヴェネツィアの水質汚染と浸水問題

ヴェネツィアには夏でも冬でも観光客が押し寄せ、大型客船や観光客による生活排水と、近郊にあるケミカル工場排水による汚染、また度重なる満潮時の浸水による廃棄物や生活品の海水への流出も重なり、長年の問題になっていた。

浸水がある度に、たとえ海水に流れ出なくても、多くの家具や書籍、商品などが瞬時に廃棄物になってしまうことも大問題になるのだ。

 

この満潮時浸水については、2020年12月5日のニュースによると、ヴェネツィア近海に設置されたMOSE(モーゼ)という水位コントロールシステムがついに初使用され、中心地の浸水を回避することに成功した[1]。これによって少なくとも満潮時浸水による被害や汚染は抑えられそうだ。

出典1:ANSA(National Associated Press Agency)

地中海から魚が消える!?

津波や満潮時の浸水による被害に限らず、海洋ゴミ問題は深刻だ。プラゴミや排水による汚染は、世界のどこでも起きている。世界のプラスティック素材の90%がリサイクルされずに捨てられ、世界中の海に年間9百万トン900万トンのプラゴミが流出されるというのだ。[2]

出典2:DeAgostino

プラゴミ問題はイタリアも勿論例外ではないし、先述のように過剰漁業も大きな問題になっている。

 

2019年のASviS(イタリア持続可能な開発連合)報告書によると、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」のゴールを達成するにはまだほど遠い。この10年間、状況は良くなったり悪くなったりと不安定だ。

2010年から2015年にかけては国内の保護海域が増えたおかげで海の状況はかなり良くなったが、2016年と2017年には再度悪化し、欧州平均の倍近い過剰漁業が顕著になった。このままでは地中海から魚が消えてしまうかもしれない。

ロックダウンで濁った海が透明に……!

ポジティブな事としては、EU規制による使い捨てプラスティックの使用限度規定が実行され、市場からプラスティックの使い捨てコップや皿、フォークなどが消えたことがあげられる。また、ヴェネツィアに限らず、観光用大型フェリーの排水・廃棄物規制が始まった。

興味深いことに、コロナ禍によるロックダウンは、イタリア北部の大気汚染や海水汚染の状況を一変させた。ロックダウン開始後ほんの数週間で、ヴェネツィアの濁った運河の色が透明になり魚が戻ってきたというニュース[3]が世界をにぎわせた。

 

多くの人はコロナ禍は自然破壊を続けて来た人間の営みを考え直す機会だと言ったが、20年の夏にほぼコロナ禍が収束に向かい全国の感染者数が200人台まで下がった後、人の営みは再開してしまった。

その後の第2波で再度ロックダウンが行われたが、春の時ほど厳重なものではない。コロナ以前と比べると圧倒的に少ない観光客数とはいえ、無事に終息収束した「コロナ後の世界」を考えないといけない時期にきているのは明白だ。

出典3:ラ・レプッブリカ紙、 SKY TG24 テレビのニュース

身近なことから責任を持つ

現在、イタリアのSDGsの様々な取り組みが、コロナ禍で遅れているという。世界的なパンデミックだから仕方がない事とはいえ、地球はまったなしでバランスを崩しつつある。できることから始めなければ、早々に墓穴を掘り終えることになるだろう。

それぞれが住んでいる国の、身近なことから責任を持ちたい。

個人的には、衣類などは基本的に自然素材にし、飲料水は水道水や100%生物資源のバイオマス由来の生分解性素材ミネラルウオーターボトルのものを買っている。数か月の期限が切れてもそのまま飲まずに放置しておくとボトルが少しづつ溶けてしまうので、必ず期限内に消費しないといけないという制約があるが、非常に興味深いと思う。

意外に他のミネラルウォーターメーカーが追随しないのは、そういう期限内消費問題があるからだろう。また、マイクロプラスティックの入っているスクラブや合成素材のティーバッグも使わない。

ひとりの市民としてできることはほんの少しかもしれないが、塵もたまれば山となるはずだ。それだけに、これからの時代を担う子どもたちの意識改革を促す教育は重要だと思う。

イタリアのSDGs教育

イタリアでもMIUR(イタリアの教育・大学・研究省で、日本の文部科学省に当たる)と先述のASviSやINDIR(National Institute for Documentation, Innovation and Educational Research)が協力し、SCUOLA2030というサイトを立ち上げた。

このサイトでは、誰でもおおまかな情報を見ることはできるが、教育者用の詳しいマテリアルは、専用の特殊なコード(SPID=パブリック・システム・オブ・デジタル・アイデンティティ)がないと入手できないようになっている。初等、中等、高等、大学等の教師がここからSDGs教育の情報や資料を入手することができる。

ただ、コロナ禍で授業の大半がオンラインになった2020年-2021年は、カリキュラムに遅れが出ている現状もあるだろう。どれだけ初等・中等教育にSDGsの内容を組み込めるのか、課題は尽きない。

その点、SDGsをテーマに読み物として楽しみながら問題を理解してもらう目的の講談社の「おはなしSDGs」シリーズ(講談社)は、世界中でやってもらいたい企画ではないだろうか。

海の危機を知る物語

今回著者も、シリーズ全10冊のうちの1冊「海の豊かさを守ろう」のテーマで『ぼくらの青』という物語を書かせて頂いた。

日本に住む海好きの主人公の少年が、ダイバーの兄やビニール袋を誤飲して死んだウミガメを通して海の危機を知り、ぼくらの海を守りたいと思っていく様を物語にした。

楽しみながら問題を理解していけるような物語の中には、データやグラフも掲載されている。SDGsの第14項目「海の豊かさを守ろう」を知ることができるよい機会になるのではないだろうか。

 

子どもたちが気軽に「おもしろそう」と手に取り、読みながら問題を意識し始めてくれれば幸いだ。