ショルツ政権の完璧な敗北
4月7日、かねてよりの争点であった「ワクチン義務化」法案が、国会で明確に否決された。これは独ショルツ政権(社民党)が果敢に進めてきたものであったため、否決は政府の完璧な敗北と解釈された。
ワクチンまでが政治の争いに利用されているのは納得できないが、実際にはそうなっている。特に、カール・ラウターバッハ保健相(社民党)は全身全霊でワクチン義務化一本槍。氏は前身が医師で、過去に疫病学の研究にも携わっていたという経緯もあり、とにかくメルケル政権の時よりずっと、専門知識を持った政治家としてトークショーに出突っ張りだった。そして、国民にコロナの恐怖をしっかりと植えつけた “功績”を買われたかのように、昨年12月、現政権が成立した時、保健相に抜擢されたわけだ。
テレビニュースでは、ワクチンキャンペーンの一環として、そのラウターバッハ氏が、ワクチン接種会場を訪れた人に自ら注射を打っていた。そればかりか、彼は最近、いたいけな子供たちにもテレビカメラの前でワクチンを注射しており、私はその光景に絶大な違和感を持った。
ドイツでワクチン接種が始まったのが2020年の12月。当時は、これがコロナ撲滅のための万能の策と喧伝され、待ち構えた人々が我先にとワクチン接種に詰めかけた。当時は70%の国民が2度のワクチン接種を済ませれば集団免疫が形成されてコロナは下火になると言われ、国民は希望の光を見たような気がした。
それから2年あまり、ワクチンの効能書きはどんどん変化している。最初は感染を防ぐと言われたが、しばらくしてワクチンを打っても感染することがわかると、今度は、ワクチンを打てば感染しても重症化しないと言われるようになった。
しかし、そのうち、重症化して入院している人の中に、ワクチンを2度接種した人が多くいるということがわかった。当時、その事実を打ち消すためなのか、バイエルン州などで、ワクチン接種の有無が特定できない重症者を、非接種者として統計に組み込んでいることがわかり、問題になったりもした。
さらにその後、コロナの後遺症がで始めると、今度はその怖さが大々的に報じられ、ワクチンを打てば後遺症の症状が軽減されるということになった。また、集団免疫獲得のための接種率も70%ではなく、85~90%に引き上げられた。
オミクロン株が優勢になると、ワクチンは感染予防には効かないが、打っていれば罹患しても軽症で済むということで、引き続き接種が推奨された。しかも最近は、それまではワクチン接種対象から外されていた子供にも接種が許可されるようになり、対象年齢が5歳以上にまで引き下げられた。病院で若い母親がコロナに罹った赤ちゃんを抱いて狼狽えている様子などがニュースで流され、多くの母親を怖がらせた。
他方、子供たちにワクチンを打つことのデメリットを指摘している専門家も多かったが、政府は今のところ、それらに関しての言及を避け、主要メディアも多くは報道しない。
EUの中ではドイツだけが
現在、ドイツでは、2回のワクチン接種率が76%に達しているが、今年の初めからはオミクロン株のせいで感染が急拡大した。新規の陽性者数が1日で30万人を超える日も出た。
とはいえ、コロナ関連死者数は2桁からせいぜい3桁の下の方で、ここにはもちろん、真の死因はコロナというよりも、怪我、あるいはかねてよりの既往症や老衰だった人も含まれていた。なお、ラウターバッハ大臣が危機感を煽っていた医療崩壊も起こらなかった。
しかし、瞬くうちに、この感染を抑えるためには3回目のワクチン接種が必要だということになり、「ワクチン接種済み」の定義が接種3回に引き上げられた。ドイツではワクチン接種は義務ではないと言いながら、実際には長い間、ワクチン接種済みの証明がなければ、レストランにもジムにも美容院にも入れない時期が続いた。
ドイツでは医療も教育も基本的に州の管轄なので、規制の詳細は各州で若干異なるのだが、ほぼ全国の学校で、生徒全員に週に2~3度、コロナの簡易テストが実施され、低学年にもマスク義務が課せられていた。コロナはいつまで経ってもただの風邪どころか、罹れば大変なことになる怖い伝染病だった。
そんな空気の下、ワクチン拒否はほとんど反社会的行為と見做され、医療関係者はもちろん、多くの職種で、ワクチン回避は解雇される覚悟なしには事実上難しくなった。それどころか、ワクチン未接種者がコロナに感染して仕事を休んだ場合、病欠ではなく、欠勤扱いにされた。
さらに、以前は6ヵ月有効だった快癒証明(これがあれば、ワクチン接種は免除)は、いつの間にか3ヵ月に短縮された。つまり、ワクチン接種は義務ではないと言いながら、未接種者は普通の生活を営むことにさえ支障が出た。そこで、そんな面倒を避けるため、あまり気が進まないまま、多くの人が3度目のワクチン接種会場に足を運んだ。
ただ、その頃、やはりオミクロンの患者がたくさん出ていた他のEU国では、次々と規制を緩和、および撤廃に切り替えていた。オミクロン株は感染力は強いが、ほとんど重症化はしないとわかったからだ。そして、それに伴い、それらの国では、懸案だったワクチン接種義務化の話も急速に消えていった。
こうしてEUの中ではドイツだけが孤立した。規制の撤廃は、無謀で、無責任で、命を軽視した危険な実験のように報道され、多くのドイツ人がそう信じていた。主要メディアは、規制を撤廃した国々で、何ヵ月過ぎても別に不都合が起こっていないという事実は、一切報道しなかったし、今もほとんどしていない。
反対378票、賛成296票、棄権9票
そんなドイツで、遅ればせながら方向転換が試みられたのが3月18日。この日、感染予防法が改正され、突然、20日よりほとんどのコロナ規制が撤廃された。これには、ラウターバッハ氏のやり方に痺れを切らしたいくつかの州政府の意向が大きく作用している。
こうして、マスク義務は医療機関、公的機関、公共交通機関、老人ホームなど以外では廃止され、個人の自由に委ねられた。また、学校や幼稚園での簡易テストの実施も、個々の機関に一任されることになった(ただし学校でのマスク義務撤廃には、無症状の元気な生徒からの感染を恐れる教師や、用心に用心を重ねる生活に慣れてしまった国民の間から強い反対の声もある)。
おそらく政府としては、緩和措置を施しながらも、ワクチンの義務化だけは貫徹するつもりだったのだろう。「飴と鞭」政策のように。しかし、本当に義務化が決まれば、今は3回とされる接種が、いつ、4回、5回になるかわからなかった。
なお、この法案の採決直前の状況はというと、政府とメディアがいくら宣伝しても3度目のワクチン接種はあまり進まず、約6割で止まったままだった。つまり、ショルツ首相もそれを見れば、18歳以上の全ての国民へのワクチン義務など国民に支持されないことは容易に予想できたはずだ。
また、野党であるCDU(キリスト教民主同盟)は、「ワクチン義務化は違憲の恐れがある」と否定的だったし、右派AfD(ドイツのための選択肢)は義務化に反対なだけでなく、ワクチンの安全性にも懐疑的だった。それどころか与党である自民党(FDP)までが、「個人の判断を尊重するべき」として強硬に反対していたのだ。
そこで、法案は議員立法として提出され、しかも、直前に、接種義務の対象年齢が18歳から、急遽60歳以上に変更された。
採決の当日、1票を争う接戦になることを予想したショルツ首相は、ウクライナ問題を協議するEUの外相会議に出席していたベアボック外相を、採決のためブリュッセルからベルリンに呼び戻した。
しかし、結論としてはその甲斐もなく、法案は接戦どころか、反対378票、賛成296票、棄権9票で明確に否決された。
それが読み上げられた瞬間、「ウォーッ」と雄叫びを挙げたAfDのことを、メディアはあたかも反社会的団体であるかのように報道した。いずれにせよ、これがショルツ内閣とメディアの完全な敗北であったことは確かだった。
また、ワクチン義務化法案と並行してCDUが提出していた「秋になって再び感染が増え始めるようならワクチン接種を義務化する」という法案も、自民党が提出していた「ワクチン義務化は(将来に亘っても)しない」という法案も、両方とも否決された。こうして、ドイツのコロナ政策は完全に指針を失った。
がっかりしたのはメディアで、軒並み、今回の「否決」を重大な過ちとし、「ドイツ人だけが、この結果を命で支払わなければならない」とか、「本物の勝者はウイルス。我々は何の防御もなく、次のコロナの波に飲まれる」など、呪詛満載だった。
日本はいつになったら
さて、ドイツのこの方向修正により、いまだにコロナを季節性インフルエンザと同等とみなすことを拒絶しているのは、西側世界ではほとんど日本だけになってしまった。
コロナ対策に関しては、何が凶と出るか、吉と出るか、まだはっきりとわからないところはあるが、日本政府は、経済をこれ以上犠牲にする愚行だけはやめるべきだ。そうでなくても日本経済は予断を許さないところへ突入しようとしている。
無意味なコロナ対策をこれ以上続ければ、国民はマスクの下でどんどん萎縮し、電気不足、食糧難、インフレに押し潰され、二度と再生できなくなる。そちらの被害の方が、コロナの被害よりもずっと壊滅的であることだけは、火を見るよりも明らかだ。