非正規格差の最高裁判決で日本の衰退が加速する理由

 

 

非正規格差の最高裁判決で日本の衰退が加速する理由 このままでは中国に負けてベトナムにも追いつかれる

川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)

 2020年10月13日、最高裁判所は非正規労働者にボーナスや退職金を支給しないことは違法ではないと判決を下した。このことについて、アジアの経済発展との関わりで考えてみたい。

日本に確実に悪影響を与える判決

 2019年の日本の雇用数は5660万人、その内に非正規が2165万人含まれるので、非正規は労働人口の約4割に達している。

 多くの人は一部の左翼が裁判を起こしたぐらいに考えているかもしれない。しかし、大阪高裁は不合理な格差と認めていた。最高裁判所は政権への忖度のためか、かなり保守的な判断を下したと言ってよい。

 裁判官がアジアの経済事情に詳しいとは思えない。法律解釈をこねくり回して出した結果であろう。しかし、この判決は、これからの日本社会に“じわり”と悪影響を与えることになる。悪影響どころか、後になって振り返れば、あれが日本衰退のターニングポイントだったと言われかねない。それほど重大な判決だった。

中国の産業が国際競争力を高めた理由

 日本が非正規労働者を大量に作り出した理由を探っていくと、中国の農民工にたどり着く。

 中国では都市住民と農民は戸籍によって区別されている。都市戸籍を持つものが4億人、農民戸籍が10億人である。現在、中国で豊かな生活を送っているのは、都市戸籍を持つ4億人だけである。

 農民戸籍を持つ10億人は社会の底辺に押し込まれている。農民戸籍を持つ者の中で、農業に従事している人は2億人程度にとどまり、2億人が農民工として沿岸部で働いている。その他にも老人と子供を除いた人々が内陸部の都市で働いているが、その給与は低い。先に李克強首相が中国には月収が1万5000円以下で働いている人が6億人もいると言ったのは、農民戸籍の人々を指している。

 中国で都市戸籍を有する人々は、この6億人の低賃金労働社の犠牲の上で豊かな生活を営んでいる。日本人が北京や上海で会うのは都市戸籍を持った人々だけだ。その人々の生活水準は日本人に追いつき、一部は日本人の水準を大きく上回っている。

 中国の産業は農民工を使うから国際競争力がある。その中国企業と競争するためには、日本に農民工を作り出す必要がある。しかし、昭和が終わった頃に一億総中流社会を作り出してしまった日本には農民工はいない。そのために考えたのが非正規労働者だ。

 非正規労働(農民戸籍)を作り出したことは、アジアとの競争を迫られた日本の必然の選択であった。

衰退産業にしがみつくのは大間違い

 だが、令和になっても、その路線を続けるのであろうか。最高裁の忖度判決は「令和になっても平成の労働慣行を続けましょう」と言っているに過ぎない。しかし、令和の時代になると、平成とも違った国際競争が始まった。

 平成は昭和から続いたもの作り競争の時代。だから農民工を持つ中国は強かった。しかし、ネット、スマホ、GAFAの時代である令和は、デジタル企業が成長の主役となっている。そんな社会では短時間で産業のリーダーが入れ替わる。技術革新の速度が速いので、今日の勝者が明日の敗者になる

 このような社会に求められるのは、労働の流動性である。優秀な人材が負け組からいち早く抜け出して、成長が見込める部門に移動しなければならない。

 しかし、正規と非正規を峻別する社会では人材の流動化が起こりにくい。正規労働者として大企業に入れば、ボーナスは出るし退職金ももらえる。リスクを冒してまで転職する必要はない。万一、転職に失敗して非正規に転落すると、中国の農民工と同様の運命が待っている。

 だから、いつになっても新卒の一括採用が行われる。しかし、うまく大企業に入ったとしても、昭和に基盤が作られた大企業は、製造業だけでなく銀行、証券、マスコミなどを含めてほぼ全てが衰退産業になっている。

 それでも大企業は政府が守ってくれるからなかなか潰れない。だから少々赤字が出たくらいではボーナスも退職金もなくならない。そうであれば衰退産業にしがみつくことが、人生最良の選択になる。

 しかし、衰退産業にしがみついているのだから、良いことはない。そして、これからは大企業といえども潰れる会社が出てくるだろう。

 民主党政権が崩壊して安倍政権になった頃から、日本から社会を変革しようとする意欲が薄れてしまった。痛みを伴う労働制度や慣行の改革を避けて、痛みの少ない金融政策に関心が集まった。また世論が右に流れて競争相手である中国や韓国のバッシングに走った。それは問題の本質を考えるのがめんどうくさくなったからだろう。

 労働人口の流動化、つまり、優秀な人々が数年で職を変わっても不利にならず、かえって転職が有利になる社会を作り出すことが、令和の時代に国際競争を勝ち抜く必須条件になっている。

日本はベトナムにも追いつかれる

 現在、ベトナムの会社の顧問をしているが、ベトナムから見ていると日本の最大の欠点は人材の流動性が低いことにある。ベトナムは開発途上国であり、全ての面で整備が遅れているが、そんな社会では人々の起業意欲が高く、労働の流動性も高い。

 それは中国も同じである。農民工は日雇い労働者のようなものだから、賃金が高い企業があると聞けばすぐに転職する。都市戸籍を持つ人々も、少し条件がよい会社があれば、なんの躊躇いもなく転職する。そもそも自社内で出世を目指すよりも、経験を積んで他社に移動する方が出世しやすい社会である。優秀な人ほど会社を渡り歩く

 製造業が産業の中心を占めていた1980年頃までは、流動性の高い社会はノウハウが蓄積しにくく成長しなかった。そのために日本型雇用の優位性が語られたのだが、産業がネット、スマホ、GAFAなどという言葉とともに語られる時代になると、優秀な人材の流動性を阻害する日本の人事慣習は、成長を押さえつける要因になってしまっている。

 日本がこれからも中国を含めた成長するアジアと伍して戦ってゆくには、全ての労働者を非正規にするぐらいの大胆な改革が必要だろう。

 アジアを見ていると、会社にしがみついていた方が有利である昭和のシステム(おそらく最高裁判所の判事たちも似たような環境の中で生きて来たのだろう)を改めない限り、日本の復活はないと思うようになった。このままの労働慣行を続けていると、日本はそう遠くない将来に、中国に負けて、ベトナムにも追いつかれて、アジアの目立たないごく普通の国の一つになる可性が高い。

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