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めんどりと赤ワイン♪

ヨガ講師で1級建築士で主婦の日々を、ゆるく、たまにマニアックに書いてみよう。

真夏の夜の上海 2夜目

2012-08-05 18:00:42 | 特別
夜景

外灘(旧市街)側から陸家嘴(新開発)側を見る。上海の夜景と言えばこれ。



逆、新開発側から旧市街側を見る。水は風景を豊かにする。


外灘側から、通りを隔てたイギリス租界建築群のライトアップをみる。


通りから、ライトアップ(通りに対する配慮、気遣いだ)された室内をのぞきながら、


角を曲がるとこんなライヴハウスがここそこにあり、


私達は軽く食べたり飲んだりしながら3時間くらい楽しんだ。
ピアノとドラムスとギターのトリオバンド。
ギターの到着が遅れて、
舞台にのると帽子の中のスキンヘッドの汗をタオルで拭きながらギターを持ちそのままソロに入って、
なかなかすてきなトリオでした。
旅は夜が(も)いい。

明日はバスに乗って朱家角に行く。明日は日曜日。

上海、街で拾い撮り。

2012-08-05 14:26:46 | 特別
いつでもたくましく働く女たち


店番


男も働く。生き物は生きている限り腐らない。


こんなお店でこんなのを食べていると、豚を見て「おいしそう!」と思えるようになれる。



くつろぎのための街路



時にはカットサロン。散髪してもらっているおじいさんの気持ちよさそうな顔。


そして上海名物洗濯干し風景


始めのころはこの程度でも物珍しく、感心していたが、







究極的路上衣類乾燥風景       だから上海の集合住宅にはベランダがない。




台所が外にある家が多い。


ユトリロが喜びそうな色調。



上海2日目

2012-07-25 01:02:56 | 特別
2日目の朝。土曜日。
目覚めて、45階からの真下を見る。
真下の人民広場で太極拳等やっていれば参加してみたい等と思いつつ。


少し視線を上げると。




ホテルの朝食バイキングが充実しているのでしっかり食べ、
今日は市内観光の続き、夫は出来れば焼き物を買いたい。
明日は朱家角行き。
先ず朱家角行きのバス亭を確認しに街へ。これが暑いせいもありなかなか。

地図や旅行本からはわからない障害がある。
道を渡れば行ける筈なのに、柵があって大きく迂回が必要だったり。
でも昨夜の、「人に聞く」作戦でなんとか場所がわかって、完了。
紆余曲折、自分の足で歩いてやっとたどり着いた処が結果、鳥瞰的に見るとすぐ傍だったりする。
情報社会では絶滅危惧種になりつつはあるが、旅では無駄をしながら、そういう原点に立たざるを得ない。

ホテルを真下から見上げ、


朱家角行きのバス停探し途中で確認


この確認が大切。上海の超高層ビルは高層部の形に皆主張がある。おとなしくない。
ちなみにこの高層ビルは玉をくわえている。龍なのだ、きっと。


朱家角行きバス亭からタクシーにて田子坊へ。
上海でどんどん失われつつある庶民の長屋風集合住宅形式。石庫門住宅。
その入り口(赤い提灯のあるところ) 


20世紀初めころ、ヨーロッパの様式を取り入れた住宅で、
小さな入り組んだ路地沿いにレンガ造りの家がびっしり並んでいる。
街並みを保存してかわいいショッピングモールにリノヴェーションされている。
観光スポットとして人気が高い。







土曜日、お昼時とあってとてもたくさんの人、人種も、年齢も、言語も。

観光用表顔のすぐ傍に日常生活があるのもここ上海の魅力。







静岡でお茶の勉強したという若い店主のいるお茶屋さんでお茶を頂き、お土産に買い、


小さな路地に架かっている塩ビ製の屋根に肉球の跡❤❤


Tシャツをリユースしたらしい、モップ



若い人達で賑やかな街、田子坊を抜け出そうとタクシーを待っていると、こんな建物。
透ける素材でラッピング。きっと夜ライトアップできれいなんだろう。


フランス租界の衝山路を散歩、ランチ。


で、昨日の豫園商域に再度。時間が遅くて閉まっていた古美術商(がらくたも)の集まったビルに入る。
かなりえぐい。
しかもその最上階。夫は腰を据えて交渉に入っているらしい。


銀行で現金を引き出す間、私は人質状態で売主の傍で待つ。様々あり結果景徳鎮のお皿をゲット。

暑い街中から快適なホテルに戻ってシャワー。景徳鎮のお皿もシャワーを浴びてもらった。

さて、土曜日夜の上海へ。











♪上海の夜~♪

2012-07-21 23:43:38 | 特別
上海の夜を徘徊してやっとたどり着いた、ビール。喉がおいしぃ~!


このビール1杯にたどり着けた時、23時少し前だった。

夕昏の豫園を出て、汗をかいて、足も疲れていたので一旦ホテルに戻り、
シャワーをゆっくり浴び、再び外へ。食事に出る。
タクシーの運転手さんに地図(日本語)の上のプロットを見せ、ここに行きたいです。
しばらく地図を見て「OK」。それが夜の徘徊の元だった。
プロットの位置が上手く伝わらなくて私達は違う場所でタクシーを降りてしまった。
もっと悲劇は私達が今降りた場所が、
目的地(老場坊)から3キロ以上も離れた多倫路文化名人街だとわからなかったこと。
多倫路もプロットされていたし、地図では2センチ位離れているだけだし、
夫の記憶ではとてもよく似ていたし、だった。

何人の人に地図を見せ、そこへの行き方を聞いたことか!
けれど、これがとてもエキサイティングなのでした。
道行く人、お掃除人、下着屋さん、食べ物屋さん、お互い言葉は全く通じず、
かの地の人にとっては地図の形状と何となくの漢字だけが頼り。
どの人も、限りなく親切だった。
おまわりさん、地図を長い間見てから「THIS WAY ハンドレッドビルズ」確信を持った答え。
私「方向は間違ってなさそう、でも百の請求書?建物?」「う~む、何だろう?」
つまり、百のビルディングズつまり「目的地まで遠いですよ」の意だったのだ、と、後で理解できた。
結局2キロ歩き地下鉄で1駅。
いやがる足を励ましながらの目的地は、
昔、場だったところがショッピングセンターとしてリノヴェイションされた「老場坊1933」




最上階のイヴェントスペース。床がガラスで作ってあるので下の中吹き抜けが見える。


そのガラス越しに下階を見る。豚達の走った斜路が見える。


豚達が走った斜路


エントランス(入り口)


外の吹き抜け




まだ店舗の入っていない空間


夕食したお店。時間が遅いので、商談っぽい客が2組程。


旅行前夜つまり昨夜、私は遠足前夜の小学生のように眠れなかった。たぶん朝まで。
到着初日の暑い中、こんなに足が痛くなるほど歩いて、見るモノ聞くモノ全てが、面白くて、
ホテルに戻り、ベッドの枕に顔をつけた瞬間に眠リに、引きずり込まれた。









上海初日の午後

2012-07-12 02:00:09 | 特別
豫園の豫は愉快の愉。楽しい園の意。発音も「ユウヤン」的な感じ。
気付けば朝羽田空港のラウンジで朝食後、機内早昼食のまま。
豫園入り口前の中国茶店に入りお茶タイム。

その前の池の蓮の花。浄土の華。


蓮池から鯉を狙うゴイサギ。

首尾よく、シッポがヒラヒラの大きな赤い金魚をとらえて、
重そうに、満足気に飛び去る。
ゴイサギのピクリとも動かない緊張感に、固唾をのんで観ていた観光客の拍手喝采浴びつつ。


落ち着いた店内。


天井


みんなそれぞれおしゃべり等、いいお茶の時間を過ごしている。


鉄観音茶、ガラスポットの中で花の咲くマリ花茶と、抹茶アイスクリームをオーダー。
お茶を目の前で淹れてくれ、淹れ方も教えてくれてお湯はいくらでもお替りできる。
お茶受けが充実している。

お豆腐、高野豆腐とお豆腐の間の感じで塩味。おいしい。


うずらの卵、塩釜茹で。おいしい。


SWEET THING


テーブル


茶店のソリ返った軒先の瓦の馬。


豫園は16世紀、明時代のお役人さん(きっとセレブ)がお父様の為に造園した。
平面的に見れば順序のある迷路の様に、1つの世界がつくられてそれがもう一つの世界と流れるように、
またはあっと驚くように繋がっているのだと思う。きっと自分が楽しんだのだろう。



中国的竹林世界。


石畳が美しい。様々な材料を使って意匠も凝っている。






塀の透かし瓦





笑顔の軒先瓦


くぐり門




東屋と呼ぶには立派過ぎる家族のティールーム。


塀の頂上部飾り瓦


たどって行くと

大きな龍に変身。目がパッチリの龍がおこのみかな。

シャチホコと童子


昔の人やモノとたくさんの出会えました。謝謝。

豫園の猫。この世で最高の場所にて即リラックス。どこでもリゾート。




豫園はかつてこの2倍の広さがあったが1956年その半分が豫園商域となる。
園の外。

洗濯を干す。


綿のはみ出た布団。このお布団で夜寝てるのかなぁ。
電線、住居表示。


動物の背骨からすき身をスプーンで採る作業。動物は何かわからない。路上にて。


上海は戦争前から多くのの日本人が住んでいるって。今もその数はニューヨークを超えたそう。
上海に住む日本人も外国人の中で最多とか。ビジネスの街なんだな。
夫も仕事で数回来て好きになったらしい。どこでも行けば、見れば、好きになる。
友達ができればなおさら。
友達がいれば戦いたくない。



上海へ

2012-07-08 21:48:43 | 特別
6月29日金曜日、朝9時29分のJALで3時間、時差マイナス1時間なので11時に上海虹橋(ホンチャオ)空港着。
空港のドアから外に出ると、暑さと湿度に包みこまれ、「外国!」


昔々、中国に「コントン」という徳の高い王様がいました。ですが顔がありません。
西洋から腕のいい医者がやって来て、「かわいそうに。私が目鼻をつけてあげよう」
と外科手術をし、目鼻はつきましたが王様は亡くなりました。コントンは混沌。
私がうんと若い時に聞いたお話。詳細を忘れてしまったが、
西洋の合理主義が東洋のカオスを制覇してしまった話だったと思う。
イギリスやフランス、日本にも統治されたけれど死んだりしていなくて力強く息づいているパワフル上海でした。


着陸寸前。



先ずこの住居群に圧倒される。

タクシーで40分、NEW&OLDないまぜの街を走り、





ホテルチェックイン後すぐ亜熱帯の都市に呑み込まれに。
先ずは地下鉄の乗り方チェック。地下鉄は上海万博の時に整備されてとても利用しやすい。

行きたい駅のある地下鉄番号をポチ、駅名をポチ。お金を入れるとカードが出て来る。
なくさないようにお尻のポケットに入れて、改札で荷物チェックがあり、車内も快適。
座っているおばちゃんが話し掛けてきてくれるが、残念ながらわからない。
おばちゃんは前に立っている若い男の子に通訳を頼み、男の子も通訳をかってくれた。
孫かしらと思ったけれど男の子は西洋人の顔立ちで、赤の他人の様子。
「どこで降りるのですか?何か困っていませんか?」
「次で降ります。困っていません。ありがとうございます。」

人民広場駅で2号線に乗って駅2つ、陸家嘴駅で降りる。中国発音がわからず私達は「リクヤクチバシ」
カードを差し込みステンレスのゲートを押して出る。
これで大きな川、黄浦江(揚子江の最下流の支流)を渡ったことになる。暑い。


レイシーな超高層、


有名な球タワー


足元の3本柱



陸家嘴側(新開発側)=浦東(プウドン)から黄浦江を通して外灘側(宿泊ホテル側)を見る。
砂利運搬船がしずしず通る。
対岸に見える建物群がいわゆるイギリス租界。夜景が奇麗なので楽しみ。


コンビニや自動販売機が見当たらない。観光地だからかな~。
お水が欲しかったけれど、売店でお茶を買い。
緑茶って書いてあるのに甘いのでびっくり。「砂糖入り」とか書いてあったのかも知れない。
小さなカルチャーショック。

お掃除道具。ゴミ拾い器。

わかりにくいがバックのガラスのジョイント部分の右側の棒。
上の馬蹄形のハンドルを握り下部のこのヘッドホンのような形の部分でつまむ。写真を撮らせてくれたおじさんに「シェシェ」


乗れるようになった地下鉄にまた意気揚揚と乗り「豫園」へ。豫園駅で降りる。

人の暮らしと超高層ビル。とても上海的写真が撮れました。


履きなれて歩きやすい靴でしたが、底が薄いので足が痛くなりそう。
夫は「ここは漢方のお店できっとバンドエイドはないよ」
と否定的でしたが「溺れる者は藁をもつかむ」
薬局の看板のあるとても立派な古典中国的な建物にはいりました。
空調が効いていて、少し気おくれなのを押して中に入り
「バンドエイドはありますか」
2階を指差してくれ、木製の立派な階段を上がり、立派な会計処で会計を済まして無事ゲット。
旅行中はどうしても気おくれしがちですが上海の人々は好意的なのがだんだんわかってきました。
身体のツボを示した模型。


豫園は公園のようなところだと思っていましたが違いました。
続きはまた。







屋久島の4日目

2011-10-23 00:35:41 | 特別
そして4日目の朝。雨。
いいえ、昨日の夜から、屋久島特産の大雨。
「ひと月35日雨」を納得。
バケツをひっくり返したような大雨。

チェックアウトを済ませ鹿児島行きの船が出るまで、
「屋久島環境文化村センター」で屋久島を知ろうと出かけた。
宿に近いし、港のまん前だし。




ところが「休館」の札。
「ついてないわ。」「カフェだけでもやってないかな」
「うん、久しぶりにコーヒー飲みたい」
等と、後ろにまわると、オープンしている!?

その外の側溝の護岸もやはり丸石。



屋久島のなりたち。動植物。興味深く勉強して、
「あ、そういえば、表門閉っていましたよ。」とスタッフに報告
「え、大変!」と早速開門した様子でした。

屋久島は人がやさしい。表裏なく、都会人からみると桁違いにやさしい。
ここでは自然は厳しいだろうのに。

私達が会いに行った縄文杉は今日きっと雨。




横浜に帰ると、屋久島から送った島外不出の「三岳」は一足先に届いていた。



江戸切子でいただこう!




最後にもう一つ、かわいらしい苔を。




3日目つづき、あと少し。

2011-10-20 23:33:36 | 特別
流れる水と苔。



もうひとつ、樹の胎内空間。これらが森の空気をきれいにしている。



私達のランチスペース。



おにぎり食べ、プチトマトを川で洗ってほおばるの、おいしかったね。

下流を見ると



上流を見ると




あともう少し有名な屋久杉にお会いしました。
3本槍杉



その根元。わかりにくいがこの2枚はつながる。



樹高25m  胸高3.9mって書いてある。
樹の太さは普通、「目通り何メートル」と言って目の高さでの周囲寸法で表すが
3.9mと言えば大人2.5人分。私の目測では8人を超えそうなのだが・・・。

最後の方はやはり足が痛くなって後ろ歩きをしながらバス乗り場まで帰りました。

バス亭近くでも人は自然に包まれています。
観光地にありがちな、人の垢の汚れを感じさせないところがすばらしい。


飛流落としの滝。バス停少し前。
大量の水が岩の間を深く浅く、飛沫を飛ばしながら走る様は迫力があります。



最後の締めくくり、バス停手前の、山ほど大きな丸い岩がよかった。
ゴロンと寝転んで、花崗岩の石肌の暖かさを感じるのは最高に気持ちいい。

今度こそやっと、バスを待って、乗りました。
宿でママに、テープのお陰で今日も歩けたことを報告。と感謝。
お風呂で焼け石水のマッサージ。三晩目のお食事をいただき、
部屋でビールと幻の名焼酎「三岳」みたけで乾杯。
今日も1日空はキラキラな上機嫌。 でも、木々たちのお陰で帽子も不要。
 
明日は帰る日。


3日目

2011-10-20 01:07:52 | 特別
一旦、本道に戻って「サツキ橋」を渡り、森の山道へ。






岩を抱え込む樹。岩は抱きしめられて幸せなのかなぁ。
それともちょっときついのかなぁ。



大きなヒメシャラ!
森の中でヒメシャラの赤い肌が見えると少しなまめいて見える。



その肌。




ヒメは「小さい」の意。
都市住宅の小さな中庭にスケールの合う直径7,8センチの株立ちのヒメシャラは、一時もてはやされた。


根っこ道



右の杉が、下をくぐれる「二代くぐり杉」  



股下寸法3メートル位。

左のもくぐれる。すぐ下の切り株も下をくぐれる。



見上げると





神に許されて膨大な時間をかけて大胆な造形を自由奔放に進める、樹達。












2日目から3日目にかけて。

2011-10-19 18:35:53 | 特別
バスの手すりにしがみつくようにして、バスを降り。
バスの運転手さんは都会人のマゾヒズムを笑っているかも。

右足親指がダメになってしまったのは前述のとおり。

「焼け石に水」みたいなものだが、「藁にもすがる思い」で、お風呂で筋肉をほぐし、
夕食をいただいて、もう星を見るために、波止場まで行く力も残っていなくて。
崩れるように寝た。明日のことは明日朝考えよう。


朝、小鳥のような目覚め!
「ん?なんだか歩けそう。」
ということで、3日目、「白谷雲水峡」に行くと、決定。
宿のママに指を固定するテープをいただき、乗るバスを決め、
お昼用のおにぎりを買いにマーケットへ。
果物の選択に時間がかかって、再度バスを逃しそうになる。
また、走る。

間に合って、というか、バスの運転手さんが待っていてくれて乗れました。
30分ほどで入り口到着。行程は昨日の半分以下、往復4時間。

時々会えるヤクシカ



もう少し頻繁に会えるヤクザル。二人で毛繕い中。夢中になっている。



弥生杉を目指す。たったの0.5k。道も整備されているしルンルン、「らくね~」
入り口すぐのところにこんな苔人形が迎えてくれる。



弥生杉。





弥生杉は樹としてのエネルギーは大きい。
でも、縄文杉に会えた時ほどの感激が得られないのは、きっと私の中の問題だ。

何かを得るのにどれだけエネルギーを投じたかで、
自分にとってのモノの価値のほとんどが決まる気がする。