6月29日金曜日、朝9時29分のJALで3時間、時差マイナス1時間なので11時に上海虹橋(ホンチャオ)空港着。
空港のドアから外に出ると、暑さと湿度に包みこまれ、「外国!」
昔々、中国に「コントン」という徳の高い王様がいました。ですが顔がありません。
西洋から腕のいい医者がやって来て、「かわいそうに。私が目鼻をつけてあげよう」
と外科手術をし、目鼻はつきましたが王様は亡くなりました。コントンは混沌。
私がうんと若い時に聞いたお話。詳細を忘れてしまったが、
西洋の合理主義が東洋のカオスを制覇してしまった話だったと思う。
イギリスやフランス、日本にも統治されたけれど死んだりしていなくて力強く息づいているパワフル上海でした。
着陸寸前。

先ずこの住居群に圧倒される。
タクシーで40分、NEW&OLDないまぜの街を走り、
ホテルチェックイン後すぐ亜熱帯の都市に呑み込まれに。
先ずは地下鉄の乗り方チェック。地下鉄は上海万博の時に整備されてとても利用しやすい。
行きたい駅のある地下鉄番号をポチ、駅名をポチ。お金を入れるとカードが出て来る。
なくさないようにお尻のポケットに入れて、改札で荷物チェックがあり、車内も快適。
座っているおばちゃんが話し掛けてきてくれるが、残念ながらわからない。
おばちゃんは前に立っている若い男の子に通訳を頼み、男の子も通訳をかってくれた。
孫かしらと思ったけれど男の子は西洋人の顔立ちで、赤の他人の様子。
「どこで降りるのですか?何か困っていませんか?」
「次で降ります。困っていません。ありがとうございます。」
人民広場駅で2号線に乗って駅2つ、陸家嘴駅で降りる。中国発音がわからず私達は「リクヤクチバシ」
カードを差し込みステンレスのゲートを押して出る。
これで大きな川、黄浦江(揚子江の最下流の支流)を渡ったことになる。暑い。
レイシーな超高層、
有名な球タワー
足元の3本柱
陸家嘴側(新開発側)=浦東(プウドン)から黄浦江を通して外灘側(宿泊ホテル側)を見る。
砂利運搬船がしずしず通る。
対岸に見える建物群がいわゆるイギリス租界。夜景が奇麗なので楽しみ。
コンビニや自動販売機が見当たらない。観光地だからかな~。
お水が欲しかったけれど、売店でお茶を買い。
緑茶って書いてあるのに甘いのでびっくり。「砂糖入り」とか書いてあったのかも知れない。
小さなカルチャーショック。
お掃除道具。ゴミ拾い器。

わかりにくいがバックのガラスのジョイント部分の右側の棒。
上の馬蹄形のハンドルを握り下部のこのヘッドホンのような形の部分でつまむ。写真を撮らせてくれたおじさんに「シェシェ」
乗れるようになった地下鉄にまた意気揚揚と乗り「豫園」へ。豫園駅で降りる。
人の暮らしと超高層ビル。とても上海的写真が撮れました。
履きなれて歩きやすい靴でしたが、底が薄いので足が痛くなりそう。
夫は「ここは漢方のお店できっとバンドエイドはないよ」
と否定的でしたが「溺れる者は藁をもつかむ」
薬局の看板のあるとても立派な古典中国的な建物にはいりました。
空調が効いていて、少し気おくれなのを押して中に入り
「バンドエイドはありますか」
2階を指差してくれ、木製の立派な階段を上がり、立派な会計処で会計を済まして無事ゲット。
旅行中はどうしても気おくれしがちですが上海の人々は好意的なのがだんだんわかってきました。
身体のツボを示した模型。
豫園は公園のようなところだと思っていましたが違いました。
続きはまた。