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めんどりと赤ワイン♪

ヨガ講師で1級建築士で主婦の日々を、ゆるく、たまにマニアックに書いてみよう。

屋久島次の日の後半。

2011-10-17 22:44:08 | 特別
相変わらず最後尾ながらも、それなりにペース上げて縄文杉を目指すのだが、
膝の上やもものあたりの筋肉が普段と違う重労働に不満を言い始めているのが聞こえる。

そのうちこちらに向かって降りて来る人たちとすれ違うようになる。
「もう、縄文杉に会っていらっしゃったのですか?」
「いいえ、私達は昨夜上に泊ったんです」
うん、そうか、それならわかる。

そのうち朝バスで一緒だった人達も降りて来る
「もう、縄文杉に会って、帰りですか」
「ええ、頑張ってくださぁい」
脚の不平不満は最高潮に達しているが、元気よく「は~い」と答える。

帰って来る方の中には
「いいえ、膝が痛くなってしまって、残念ですが戻ります」
という方もいる。

往きの行程の8.5割にさしかかる頃、11時半お昼ご飯。
グループも一人の人もお弁当を食べていた。
きれいな川の流れの側に木製のデッキが地形に合わせて小さくいくつも差し掛けてある。
その川の水は飲める!空きペットボトルに詰めて。

とにかく1時過ぎには縄文杉を出て帰路についていなければならない。
先を急ぐ。
自分の脚が動かないことには前にも後ろにも進めない。
車もエスカレーターも動く歩道も、ここにはない。
歩くだけが辿りつく術(すべ)のすべて。




縄文杉手前の杉の樹。
何かの原因で幹が折れると、枝は出処を求めてこんな風になってしまうのだとか。
強すぎる程の生命力。


縄文杉。
そして、会えた。

大きく、あたたかく、やわらかく、全てを包み込む存在。
私が、こころの奥底でずっと求めていたモノ。
この傍ににずっと居ることはできないけれど、
この大切なものをそのまま記憶するために、脳はある。
ありがと。


帰り途は来た道そのままを辿る。
かなりきている脚にはきつい。でも歩くしか帰れる術はやっぱりない。
ここら辺で「ん、右の足指先痛いな」と感じていた。

行く道でポイントだった有名な、無名な樹たちに再度会えるのはとてもうれしい。

内部空間は単身者用マンションより大きそうな切り株。ウィルソン株。
貴重な体験、樹の胎内。



上を見上げるときれいな ♡ハート型



やっとトロッコ道にたどり戻り。

往く時、最初に通ったトンネルに入ったのは16:59。時計を見ながら駄目かも!と呪いつつ、
抜けると登山口看板の向こうに17:00発の最終バスがみえて!
「あ~、待って!」走れない脚に鞭打ちながらやっとのことでバスに辿りつく。
バスのステップがきつい。
間に合ったんだ。
使い切って、ほどけそうな身体を座席に埋めるうれしさは、筆舌に尽くし難い。

そして縄文杉に会えた喜びは、あれだけ歩かなかったら得られないと、
今、確信できる。
感謝です。

屋久島次の日。大きな存在、縄文杉に辿りつければ。

2011-10-07 20:34:19 | 特別


縄文杉に会うための行程の、半分位を占めるトロッコ道。
川を渡るのにトロッコ橋がたくさんある。



この橋ははきっと後で整備された立派な橋。
それでも下を見れば怖い下。はるか下を流れるキレイな水。



手すり等もなく、枕木の上にレールが2本通っているだけの怖~い橋も通る。
こういう緊張感は私の日常には全くないです。みんな安全ですもの。
生理的に膝のあたりが落ち着かず、写真は撮れませんでした。
今、思うと頑張って撮っておけばよかった。

トロッコ道は続く。



トロッコ道と突然別れ、急な木階段から、さらに森の深くに入って行く。


明るい森



深い森



柔らかな苔達








遠くに、近くに、ずっと付き添う清らかで豊富な水の流れ。






この世に存在するありとあらゆる全ての GREEN






フィナーレの高き縄文杉を彩る森。







偉大な生命力を与えられてちょっと見には訳が分からなくなっている樹達。
倒れた樹に芽を出して、根が大地を求め、造形が進む。






明け方バスに乗り込む頃
「きつかったら途中で引き返して来ようね。」
「うん、無理するのやめようね。」
って堅く約束していたのに。
「もう、何があっても、どうしても、縄文杉に会いたい!」
に気持ちは変化していた。

屋久島、次の日

2011-10-06 00:27:54 | 特別
縄文杉に会いたい日の朝、4時半のバスに乗る為に真っ暗な中バス停で待つ。
起床は4時10分前。
私には「夜更かししてしまって」の方でなじんでいる時間帯。
バス停ごとに乗客が増え、乗車時間は1時間。
屋久島杉自然センター前で待ち時間中、空がほんの少し明るむ。
15分程待ち、登山バスに乗り換える。バス3台だったので登山者は150人位。
空の明るさが増して来る。
30分で荒川登山口に着。
寒いので、ゴアテックスを着込む。横浜を出た時は夏だったので寒いのが不思議。
昨日買ったパンを朝食にして。
登山手続きしてトイレを済まし準備体操をして。



この看板の屋根も屋久杉で葺(ふ)かれている。
屋久杉は油分が多く含まれていて昔から屋根材として用いられていたとのこと。

そして出発。午前7時少し前。

屋久島は、文学的表現で「1ヶ月に35日雨」と言われるほど雨の島。
なのに台風直後のキラッキラな快晴。旅行は「晴れ人」と行くのがいい。

昔、木材を降ろしたトロッコ道を歩き始めると、




すてきなものにいっぱい遭遇。

トロッコを引っ張ったであろう、機関車。
往時は元気いっぱいだったのだろう。
今はご隠居様。



もうすぐ植物に淘汰されそうなトロッコ。幸せそう。



人間スケールのトンネルを通り、





水の庇の下をくぐる。




私ペースで写真を撮ったり見たりしている後ろを、
ガイドを伴った5,6人のパーティーがどんどん通り過ぎて行く。
見かねたやさしいガイドさんが「僕たちより遅くなると帰りのバスに間に合いませんよ。」
と、最適なサゼスションをくれた。
この方には行程中、要所ごとに的確なアドヴァイスをいただくことになった。
体力も大切だが、時間管理はもっと大切。ペースアップ。

秋の始まりに

2011-09-28 15:19:01 | 特別
2011年の夏は旅行しないまま夏が過ぎてしまいました。

夫が少し忙しく、2泊程海に過ごした他、とうとうまとまった休みがとれなかった為です。

この連休、1日前倒しの9月22日(木)から9月25日(日)まで、
屋久島に行ってきました。私を誘ったのは上の娘。

23日金曜日
縄文杉に会うことができました。
縄文杉は、森の深く、のまたその奥深くに座し、瞑想していました。
神のように、安らぎをもたらしてくれました。








神は大きすぎて全容は見えません。

縄文杉に会うのは、私にとって簡単ではありませんでした。
結構な山道を往復10時間、歩き詰め。
途中トイレや昼食、デジカメ休み全部入れても休み時間は40分位。
横浜に帰って来て3日目、やっと脚の大腿筋やヒラメ筋等、
筋肉の痛みはほぼ消えましたが、
足の親指の爪がハードな歩きに耐えきれず、宿に着いて靴下を脱ぐと青くなっていて、
今でも少し歩きにくいし、この爪はもう駄目だと思います。
新しい爪が指の先まで伸びるのにどの位かかるかな。

そんな負の痕跡が、今、私の心を温める程の充足感。
目を閉じれば縄文杉とそれを包む森が、はっきりを姿を現す。
色、匂い、音、空気、すべてを伴って。
縄文杉とそれを包む森は身体と心を浄化するパワーが強い。

ここは日本の中。
羽田を発って飛行機1時間半、バス1時間、船2時間、またバス1.5時間、歩き5.5時間。
合計11.5時間で会えます。

この日シルバーウイークとあって600人が入山したと聞きました。
でも有名な杉のあるところ以外は歩いているのが私達2人だけで心細くなることも度々。
懐が深いのです。








違う世界に入り込んでいるのでは?

2011-03-20 20:10:16 | 特別
地震は2011年3月11日金曜日15時14分前。
こんな強い地震は初めて。長い地震で、
もっと強くなるのではないかの恐怖心もあって立っているのが辛い程だった。
でもモノが落ちることもなくなんとかおさまってくれた。

強い地底の揺れのエネルギーを大きな海の水に変換して襲う津波。
人が美しく整えた畑を海水が呑み込んで行く。
車が走っている。人がいる。

地球にとっては歪み補正で、首が凝って首回しをするようなもの。
地球は生き物で、その表層に生きる人類は抗えない事実。
としか言いようがない。

それに引き換えこちらは次元が違う。人類の英知を集めて作ったものなのに。
指の間からこぼれ落ち制御できないかなりつつある原子力発電所。
原子力発電は核分裂反応の開始、臨界(持続)、停止を自由に制御できるということ。
できないのが原子爆弾なのだと書いてあった。
原子力発電は地震国のエネルギーには危険すぎる。
100人中96人が原発反対でも4人が推進する。理由はたくさんあるだろうが、
この紙一重の事実が大きいのではないかと考えている。今。

優秀で平和を愛する日本人。
その頭脳ならそれ以外の潤沢な電気供給を開発できる。
世界中があっと驚くような。

この原子力発電のトラブルが全くなかったと仮定すれば、
地震と津波による災害報道も災害復興にかけるエネルギーのかけ方も全く違う筈だった。
復興活動は後ろの暗い大きな穴を気にせず前だけしっかり見ながら出来る筈だった。

一方で熱くなって大量の海水で冷やさなくてはならない事態、
一方で凍えて人の命が危ぶまれる事態。それが隣合わさっていること。
あのたくさんある雪で炉をで冷やせればいいのに。
あの大量の熱で地域全体を、人を暖められればいいのに。

地震の日上の娘が仙台出張中だった。
その2日前の水曜日の地震に、私の心配をメールしていた。

古いビルの7階。停電して、物や棚の骨董が落ちて、
壁にひびが入り、漆喰等の粉ですぐ呼吸が苦しくなったとのこと。
仙台の駅近くのホテルに2泊。ロビー泊。
手厚く羽毛のお布団等で避難生活送らせていただいたそうだ。
感謝の気持ちでいっぱいになる。
その後タクシーで新潟に出て、上越新幹線で東京着。
無事近くの駅で、涙の止まらない彼女を抱きしめることができた。
でも、抱きしめられない方もたくさんいらっしゃるのだ。


参考までに「日本に、居住者の立場に立って原発の安全を考える組織はない」をご覧ください。




そして道東最終日

2010-08-25 20:26:16 | 特別
博物館網走監獄に行きます。
が、少しキレイに創られ過ぎていて、
きっと極めたであろう劣悪環境や過酷さは消されている。



現在の土木工事現場の「たこ部屋」と呼ばれるモノの原型が、
ここで作られたと言う。人を逃がさない為のシステム。
自由を謳歌する私たちの生活からは生まれようもないシステム。
絶滅してほしい。
食べ物の基本の米、野菜、醤油、味噌は自給されていて
上質なものが作られていたとのこと。本物しか出来ない。
化学的添加物等あり得ない。
今の私たちの食生活の方が貧しいかも知れない。

網走の「道の駅流氷街道」で遅めカフェ。
脳の中にリラックス感が生まれる瞬間。
外がデッキになっていて目の前に川が流れ心地のいい場所。
遅めお昼を食べたそばやもおいしかった。
流氷街道の向かいの蔵の造りのお店です。

旅行中出会ったのにアップできなかった生き物たちを紹介します。

キタキツネ


ルリ色の大きなアゲハ


タテハ


交尾中のカミキリ



コクワガタ




元気のないイモ虫。食べ物がありそうな場所に移動。


木道の両側の草が大きく倒れて
何か大きな動物が木道を横切った、跡。


ポニー。ポニーの子供は小さい。
大型犬と中型犬の間位の大きさ。


ハマナス。細かい刺がたくさん!


かぼちゃ。果実の上と下の色が違う。


ひまわり畑



女満別空港から羽田に無事到着。ドアの外に出て暑さにびっくり。
飛行機が着陸する前「スカイツリー」が見えました。
旅の報告に長い間付き合って下さってありがとうございました。

4日目の続き

2010-08-23 19:00:08 | 特別
夕方網走到着。網走湖湖畔を少し走ってから野取岬へ。
読みはノトリミサキだが、野取湖はノトロコと読む。
アイヌの音感としては後者が正しいような気がする。
二つ岩と呼ばれる大きな岩の際から岬の方に上がって行く。

かわいい小屋とかわいい白い軽トラック。海。



ブルーの石油タンク。



広い牧場。家路を急ぐ牛達。



何にさえぎられることもなく、
視線ははるかかなた向こうまで、
見えなくなるまで飛んで行ける。




日没から






夕暮れになるまで野取岬。





足元の草の間に残された足跡。






北海道の4日目

2010-08-18 19:26:09 | 特別
知床五湖を訪ねる。
知床五湖は20年位前から観光用に整備されたが、
その前は名もない沼だったらしい。
今でもそれぞれ一湖二湖三湖四湖五湖と呼ばれている。
全部歩けば一時間くらい。
涼しいし、お天気はいいし、歩く気満々で向かった。
が、「今日はヒグマがいるので行けません」とのこと。
山間部の原生林にあるので、もともとヒグマの生息地です。
人は「すみません、ちょっとおじゃましたいんですが・・。」
と遠慮がちにお願いする側だから文句は言えない。

それでも、
「高架木道」で一湖の周りをほぼ半周できるようになっている。
一湖のこちら側



こんな風に高架木道が続く。



途中こんな小さな沼もあります。
五湖よりもっと小さいのは出来たりなくなったりしているとのこと。



一湖の向こう側。高架木道越しに見る。晴れ晴れと知床連山が映って。



木道でできた日陰に、小鹿がリラックス中。
長い細い前足を優雅に投げ出して。
前景にボケている二本の線がヒグマよけの高圧線。



傍にお母さん。かなりの美人さん。エゾシカはみんな美人。
プロポーションはいいし。毛皮のドットもきれい。
向こう向いてくつろいでいても
目と耳は子供の方を向いて常に安全確認。





知床自然センターまで戻って「フレぺの滝」まで。
これも徒歩で行ける。この知床の海に向かって
二股に分かれ、切り立った崖の股のあたりに滝がある。
川の流れがつくっている滝ではなく落ちている水は地下水。
断崖の岩の間から突然水がオホーツク海に落ちて行く。



虹が出ている。
別名「乙女の涙」他に「男の涙」という滝や温泉の滝もあるらしい。



ウトロまで戻って遅い昼食。「道の駅」のイクラご飯とウニ折ご飯。
ちょっと高かったけれ美味でした。価値は充分です。

最終地網走に向かう。「オシンコシンの滝」に寄る。
334号線沿いにあるので車を止めてすぐに見られる。
それだけに人も多い。階段途中の白く見えるのが滝。
アイヌ語の「オシュンクウシ」エゾ松の多いところの意。



大きな滝で側に行ければ気持ちいいのだろうが、
「う~ん、そうか。」といった感じ。
ロープが張ってあり、これ以上は近づけない。



知床斜里駅がすてき。
私たちの旅は車を使うことが多いが、
道路の側に駅があれば見に行く。
JRの古い懐かしい愛すべき「チョーしょぼい駅」を見つけると幸せになる。

でも、新しいのに、こんなすてきな駅もある。




2008年1月にリニュウアルされそんなにお金をかけずに瀟洒な駅に仕上がっている。
建築コンペでの優勝作品かもしれない。
設計した建築家がわかればまた後日報告します。
街ですてきな建築を見つけても設計者の名前はわからないことが多い。

駅前の大きな鳥の彫刻がよかった。
青銅のメッシュで出来ていてその透け感がいい。
嘴先を空に向けて、爪はしっかり土台の岩を掴んでいる。
駅前のスケールと合っていると思う。
これはアーティスト名があり、ロベルト・フリオ・ベッシン。
雪が降って地面が真っ白になったら、
駅と彫刻ととてもすてきな風景になりそう!



後ろの風景が悪いです。すみません。



さて、3日目です。

2010-08-17 18:35:23 | 特別
長距離ドライヴの日。

厚岸まではできるだけ素通り。
愛冠(アイカップ)岬経由、海側を走って
霧多布(キリタップ)を目指します。
どちらの地名も漢字のあて方に拍手喝采です。

霧多布手前でとても静かな馬の家族に出会います。





霧多布岬はその名の通り。濃い霧に包まれていました。






帰り、同じ道を辿って帰ると、
静かな馬の家族は、位置も向きも姿も同じで、佇んでいました。
つながれているわけではありません。
ここでは時間が止まっているらしい。
やっと、仔馬がおかあさんの足元に横になり眼を閉じて、お昼寝。
静かに。おかあさんの眼が限りなくやさしい。



次は根室を目指します。
まだ、先は長いので浜中から内陸に入って
44号線を走りましたが
142号線で行ければよかったと思います。
童話の景色は見つづけても眼がいやだとは言いません。





根室は何もない、
駅前に3軒花咲ガ二直売所があるだけの
ところのようにみえました。


で、野付半島を目指します。
44号線を戻り風蓮湖(フウレンコ)を迂回して244号線をどんどん走ると
海の向こうに平べったい砂嘴(サシ)が見えてくる。
付け根まで北上して砂嘴に入る。

砂嘴、辞書をみると
「陸地から海中に延びた砂の堆積物が水面に現れたもの。
普通湾口にできる。」とあります。
砂州と同じように川がつくるのかしら?
野付半島の砂嘴はワラビの芽吹きみたいなかたちをしている。

ここは別世界。





道路の左はオホーツク海、
右は砂嘴で囲まれた内海というか干潟というか。
迎えてくれたのはワシの仲間と思う。とても大きくて尾が白い。



先へ走ると、音のない、さらに静謐な世界に入り込んでいく。







アオサギの群れ(群れといっても個体距離は大きい)が漁をしている。
写真が小さくてすみません。確認できるかしら?

もう5時過ぎでネイチャーセンターに入れませんでした。
ですからその先にも行けませんでした。残念。
ここ野付半島はかつて国後島に渡る番屋などがあり
人も住み、遊郭まであったそうな。
年間1.5㎝ずつ沈んでいるそうな。
満潮の時は海の中になってしまう場所もあり、
トドマツの枯れた原をトドワラ、
ミズナラの枯れて白化した原をナラワラ、
というそうな。
正直、観光案内などを読んでも魅力的な場所とは思えなかった。

ここはいい場所でした。脳の倉庫にそっと大切にしまう価値がある。
半島では、誰にも会わなかった気がします。






水の波紋ような心になって。

先に。
羅臼(ラウス)目指しドライヴ開始。
そしてここから知床横断道路。
冬期は通行できないそうです。
峠越えです。知床峠。
峠でエゾシカの親子に会いました。
もう、暗くなりかけていたのでうまく撮れていませんが。



ウトロのホテルに着いて、先ずはスパ。
この大浴場の夕焼けが素晴らしくきれいでした。
若い女の子達が「ねー!オーロラじゃない~?」って。
ありえませんがそう言いたくなるくらいドラマチックな景色でした。
そして夕焼けが長かった。
最後は暗い雲を下の方から太陽光がほのかな赤に染めて見事でした。

たくさんドライヴしたね?
お疲れ様。お休みなさい。




まだ次の日が続きます。

2010-08-14 00:08:50 | 特別
厚岸漁港の漁船



懐かしいフィラメントのクリアボール球がたくさん付いています。
今のLEDとは違って球の寿命だってそんなに長くないし
切れたら取り換えするの大変そう!
私個人は時代の波に絶滅の危機に瀕している白熱球の光が好きです。

夜、暗い中、魚たちが「わ!奇麗!」とか
イリュミネイションを見に来てあえなく捕まってしまうのです。
船首に、象徴的に立っている竹にまたそそられます。




漁港のウミネコ達。全員風の吹いてくる方向に顔を向けています。



ちょっと考え中のウミネコ



リラックス態勢のウミネコ




さて、厚岸を堪能後釧路のホテルに戻りすがら
また強い引力で引き寄せる建物に出会います。
海側に向かって赤い小屋を引っ張るワイヤーが見えるでしょうか?
風の強さを想像してみる。その温度も。音も。



反対側から見た同じたてもの。




建物達をもう少し。







こんな風に風雪に耐えたタテモノを見ると素通りできない!

明日は早く起きて知床まで走ります。
釧路から野付砂嘴まで134キロメートルとか。
知床ウタリまでその倍くらいの距離かな~。