Today is a very good day to live!

原文は「Today is a very good day to die」だけれど。まだまだここから。今日も精一杯生きる。

2011/03/11

2016-03-02 18:40:18 | 書きかけ日記
あの日、私は東京(四谷)で普通に仕事をしていた。

お昼ご飯を終えて、午後のややまったりとした時間に、地震がおきた。

「あれ?揺れたね。地震?」そんな事を言っているうちにどんどん揺れが大きくなった。

立っていられないほど。

女の子が何人か、キャー!と声をあげている。

コピー機が大きく左右に動き、キャビネットの扉がバタンと音をたてて開いた。

キャビネットを支えようとしている後輩の姿が目に入り、「ダメ!危ないから離れて!」と声をかける。

先輩がドアを解放したのが見えて、私もそれにならい、オフィスの扉を開けて、支えになる物を入れて解放。

空いているカーテンやブラインドを下げる。

このあたりで1度揺れがおさまった。

揺れながらも私の頭の中は「家がなくなる!」そのことばかり考えていたので、揺れがおさまった隙にすぐに実家に電話をした。

コール音。ガチャリ。

意外なほどあっさり繋がり、あっさり応答したので、アレ!?というのが正直なところ。

そして驚くほどのんきな声で母が言った。
「揺れたね。東京は大丈夫?」
「大丈夫。けっこう揺れたけど。そっちは?」
「こっちは大丈夫。」
「そっか。良かった。んじゃまたね。」
夜に落ち着いたらまた架ければいいか。くらいに思っていた。

間隔が開きながら揺れは続いて、とっさに携帯電話とお財布とカーディガンを手にとった。

ほんの数分のできごと。


ずっと、ずっと、子どもの頃から繰り返された地震の避難訓練が役に立ったんだなぁ。

本棚とか倒れそうな家具の近くには寄らない。
出入り口を確保(解放)する。
窓はガラスが割れるかもしれないので、カーテンやブラインドをしめる。
携帯電話や上着を持つ。
すぐに電話を架ける。

すり込まれていたいくつかのことは、何も考えずに動くことにつながっていた。

実際に、その後は電話は全然繋がらず、、、だったものなぁ。

ちなみに、ダンナは同じ会社の違う部署なので、内線がつながっており、こちらもアッサリ連絡が取れた。

家族と連絡が取れているって大事だね。

そのおかげで、私は『会社に泊まる』という事を即決できたのでした。

だって、歩いて帰るのとか無理だし。
帰る途中や、家でひとりでいる時にまた揺れたら怖いしね~。

でも、長い長い1日はまだまだこれから、、、。

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