母と私は安楽死についてよく話した。
当時は二人とも尊厳死なんて言葉は知らなかった。
私たちは30年くらい離れて暮らしていた。
しかし、二人とも「延命処置はしない」いう主義だった。
チューブにつないて息をしているだけの状態。
時に「それでもいいからそこに居て」
という気持ちになるのはすごくわかる。
当時、元気だった母は「弱って食べられなくなっても栄養剤なんてくれるなよ」とよく言った。
しかし、その場になって私は「くれた」。
呑み込んだと思って安心していたアホな私。
訪問看護婦がに呑み込んでいないのを発見した。
どこに隠していたと思いますか?
歯と歯の間!
噛み砕いで歯間に詰めていたのだ。
母は3本の部分入れ歯があるが残りの歯は自前だった。
だから隠す歯間は十分にあった。
歯磨きはしていたはずなのに落ちていなかったのだ。
もちろん飲ませたあとに口の中のチェックはした。
母は隠す素振りなどなかった・・・・と私は思う。
きっと私のど素人看護をせせら笑っている。
リスじゃあるまいし、一体どこに隠したのだろう。
母は看護婦だったから恐らく安楽死の方法も知っていたかもしれない。
しかし、実の娘を殺人犯にするわけにはいかない。
市原訪問医のドラマの中でひん死の父親が娘のために殺人を犯す。
娘は父親が殺人をしたかもしれないのを知って罪をかぶろうとする。
親子なんて死の土壇場でもこんなこものなのだろう。
母に「ほっておけば楽になるよ」と言われて
「誰が楽になるんだよ」とベッド越しに喧嘩になったことがある。
寝たきりになってもまだまだ元気なのを見るにつけ、
生きるのなら生かしたいという気持ちになるのだ。
朝元気で目を覚まし、食欲も一杯、食べたい意思も一杯なのに
この連中は母の気力を折る。
この連中の中にも高齢なのがいて、高齢な親や祖父がいて
老化の大変さなんて他人事ではない。
でもこいつらは「明日は我が身」とは決して思わない。
当時は二人とも尊厳死なんて言葉は知らなかった。
私たちは30年くらい離れて暮らしていた。
しかし、二人とも「延命処置はしない」いう主義だった。
チューブにつないて息をしているだけの状態。
時に「それでもいいからそこに居て」
という気持ちになるのはすごくわかる。
当時、元気だった母は「弱って食べられなくなっても栄養剤なんてくれるなよ」とよく言った。
しかし、その場になって私は「くれた」。
呑み込んだと思って安心していたアホな私。
訪問看護婦がに呑み込んでいないのを発見した。
どこに隠していたと思いますか?
歯と歯の間!
噛み砕いで歯間に詰めていたのだ。
母は3本の部分入れ歯があるが残りの歯は自前だった。
だから隠す歯間は十分にあった。
歯磨きはしていたはずなのに落ちていなかったのだ。
もちろん飲ませたあとに口の中のチェックはした。
母は隠す素振りなどなかった・・・・と私は思う。
きっと私のど素人看護をせせら笑っている。
リスじゃあるまいし、一体どこに隠したのだろう。
母は看護婦だったから恐らく安楽死の方法も知っていたかもしれない。
しかし、実の娘を殺人犯にするわけにはいかない。
市原訪問医のドラマの中でひん死の父親が娘のために殺人を犯す。
娘は父親が殺人をしたかもしれないのを知って罪をかぶろうとする。
親子なんて死の土壇場でもこんなこものなのだろう。
母に「ほっておけば楽になるよ」と言われて
「誰が楽になるんだよ」とベッド越しに喧嘩になったことがある。
寝たきりになってもまだまだ元気なのを見るにつけ、
生きるのなら生かしたいという気持ちになるのだ。
朝元気で目を覚まし、食欲も一杯、食べたい意思も一杯なのに
この連中は母の気力を折る。
この連中の中にも高齢なのがいて、高齢な親や祖父がいて
老化の大変さなんて他人事ではない。
でもこいつらは「明日は我が身」とは決して思わない。