贋・明月記―紅旗征戎非吾事―

中世の歌人藤原定家の日記「明月記」に倣って、身辺の瑣事をぐだぐだと綴る。

福井晴敏「6ステイン」を読む

2006-02-25 22:16:20 | 読んだ本
福井晴敏「6ステイン」を読んだ。

短編連作のスパイ小説集である。

防衛庁の諜報組織「防衛庁情報局」(通称「市ヶ谷」)に所属する正局員や正局員の補佐をする警補官(他に生業を持っていて時に応じて活動するいわば「パートスパイ」ですね)が各話の主人公。

打算と面子によって動く組織と、それに苦い思いを抱きつつも、その歯車の一つとして日常業務を遂行する個人。
そんな個人が、ある日重大な事件の渦中に投げ込まれ、命の瀬戸際に立たされる。
ぎりぎりの状況の中で、目覚める各主人公の「人間としての矜恃」。

そんな話が6話。

楽しめました。
福井は、「亡国のイージス」や「終戦のローレライ」の作家だから、長編が良いものと思いこんでいたが、なになに、短編もイイッ。

各スパイ(正局員もパートも)が、日々の生活の中では、生活者としての悩みに満ちた存在として描かれているのが、共感できる。
日々の生活というのは、派手なドンパチとは違った意味で、実に命をすり減らすものだと思わされる。

「短編もイイッ」と書いておきながら、こんなことを言うのもなんだが、登場人物は、どうも、長編のあの登場人物やこの登場人物を思い起こさせる。
胸に抱いた鬱屈や、組織に対する暗い怒りなども、よく似ている。
そういう意味では、ややパターン化していると言えなくもない。
もっとも、それを言い出すと、あれは、あの有名な映画のあれで、これは、あの傑作ミステリのこれと似ているということになるかもしれない。
よく出来たエンタテインメントというのは、映画にしろ小説にしろ、過去の傑作を糧にしているという所があるから、本作もそういうことなのかもしれない。

いずれの話も、大きな組織の前では小さすぎる個人の話であるが、いちおう話の最後は気持ちよく読み終えられる。
ちょっと考えてみると、今回はこれでよかったけれど、本質的なところは何の解決にもなっていないなと、思い至るのだが。
まあ、日々、目の前の危機を一つ一つ乗り越えてゆければ、なんとか明日に希望を抱くことはできるから、きっとそれで良いのだが。

第6話には、彼の長編作の登場人物が、重要な存在として出てくる。
ちょっとうれしかった。