孫正義氏がソフトバンク営業部隊の手を借りずに自力で販売手法を模索していた時代、つまりパラソル営業が始まる以前から話を始めたい。日本全体のADSL顧客数は2001年11月に100万を超えたがそれから3か月後の2002年2月までにさらに100万顧客が増えたことになる。この頃、日本全体で月に50万以上の顧客獲得の伸びを示し始める。ちなみにFTTHは5月時点で5万程度であり、ADSLにおおきく水をあけられる。
2002年4月にはソフトバンクがIP電話「BBフォン」を開始、日本国内と米国は3分7.5円、BBフォン同士は無料と驚異的な価格設定で、後の携帯電話での自社間無料の萌芽がみられ、7月にはBBケ-ブルテレビが始まり、電話、インタ-ネット、映像サービスというトリプルサービスが完成する。
2002年9月にはソフトバンク単独で100万加入を達成、開業からちょうど1年目、この100万は既に2001年の9月で近い数の申し込みがあったので、1年をかけてようやくこの申し込みを顧客に変えたという事になる。整備不良で難離陸の末にようやく高度1万メートルの安定飛行に切り替わった記念すべき月だ。
100万加入達成を目前にした8月を堺に孫正義氏はADSLの販売に頭を切り替えた。最重要の目標である単年度黒字の200万顧客獲得、株主に約束した累積黒字化300万顧客に向け、販売手法を熱心に考え始めた。過労で引きこんで治らない夏風邪を押して8月にひざ掛けで電気スト-ブの前にいたのが記憶に残っている。
今でこそ携帯電話のテレビコマ-シャルを大々的に継続的に打っているが、当時はテレビ広告に金を使う事を「笊で水を掬うものだ」と発言し、もっと具体的な直接的手ごたえのある販売促進手法を求めていた。ある時は米国の伝説的セ-ルスマンの現した書籍(「売る広告」への挑戦-ダイレクトマ-ケティングの父・ワンダ-マン自伝)に感銘を受け、その本を全社員に配布して全員に感想文を書かた。この本の中には、著者が顧客の誕生日に合わせてコンタクトするなどの手厚い営業エピソ-ドが書かれていて孫正義氏は毎朝出勤前にサウナに入ってこれを読むのが日課になっていた。
電話セ-ルス企業の提案にも興味を示し、九州の鹿児島から北海道まで順に攻め上る販売作戦を8月の台風シーズンに発案したので台風作戦と命名した。これはNTT局舎の工事を重点的に九州から行い、それに合わせて営業をかけていく手法で工事の進捗と営業をあわせ技にしたもので相当に気に入っていたが、工事の進捗と営業のテンポが同期をとるのが思ったほどうまく行かずに実際はやはり首都圏中心の展開になり挫けた。
次の提案は光通信の元幹部が社長の電話営業で、電話セ-ルス対象の総数から統計的に何パ-セントの獲得率が得られるかを過去の実績によりプレゼンされた孫正義氏はその提案に全体重をかけて乗った。獲得数が統計で予測できることに惚れたのだ。投資に対するリタ-ン(獲得数)が見えるところがミソであり、テレビ広告よりもはるかに先の数字が読めるとの感触を得たわけだ。
冷静に考えると、ありふれた電話販売であるが孫正義氏が科学的手法だと24時間先頭に立って言い続けていると全社がその気になってくる。ある種の提案に惚れ込み全体重をかけるという特徴がここにも見られる。
夜7時からから新宿にあるコ-ルセンタで成果を検討・討議する日々が始まった。コ-ルセンタの業務が終了するころ、オペレ-タがちらほら残っているフロアで孫正義氏が参加した作戦会議が始まる。時には孫正義氏自らオペレ-タの横でその対応ぶりを聞き入っていた。
7時から作戦会議は始まり、終わるのは夜の12時、1時といった事も珍しくない。実際に電話を掛けてセ-ルスを行うオペレ-タはほとんどが学生やフリ-タなどの非常勤アルバイトであるが、彼らの内でも成績の良いものとそうでないものが自ら分かれ、成績の優秀なバイトスタッフから孫正義氏は直接に熱心にそのノウハウや経験談を聞いた。20代前半のバイト君から直接に話を聞き、そこから成功にいたる話法をつかみ、普遍的な要素をコ-ルセンタの全スタッフに横展開しようとしていたのだ。横展開について実際の効果がどうだったかは記憶がない。熱中ぶりが尋常でなかったことと徹底した現場主義から学ぼうとする点がこのエピソ-ドのポイントだ。
顧客獲得は電話販売した対象数に比例するのは確かだが問題はその獲得率で、ついで獲得した顧客がどの程度の間使ってくれるのかが利益を出すための大きなファクタ-になる。顧客一人当たりの予想売上高から見てどの程度の販売攻勢つまり費用が欠けられるかは常に気になるところで、まだ実績のないころの予測売り上げは結構高めに見積もられていた(3年分の売上相当)ため、周りの投資家や評論家、幹部からは甘すぎるのではないか見られていた。孫正義氏はその売上額予測に十分な自信をみせていた。従ってこの夏に始まった電話販売戦略は費用も半端ではなかったが成果も十分あったということになる。
NTT局舎工事には金がかかる、赤字が続いていたこの当時には この先行投資は頭を悩ます課題であり、先程の台風作戦もこの悩みに対するひとつの解決手法だったが別の切り口から販売を考えることもあった。工事を行う前に販売代理店から販売権の予約をとり、顧客が一定期間内に取れなければペナルティーをとる方法で、NTT局舎工事完了とともに確実に顧客がつき、先行投資のリスクが減ると考えたアイデアだったが、販売代理店のノリは悪く成功しなかった。
孫正義氏の経営スタイルは何点かの特徴を持つが、もっとも特徴的なことは、長時間考え続け、朝早くから夜遅くまで考えてアイデアを出しまくり、疲労困憊して夜は酒でも飲んでリラックスするのが一般的だが、この人はますます多幸感に包まれ恍惚となって考えを説明するシ-ンを何度も目撃することになる。これだけアイデアを考えると空振りもあるがホームランもある。