
ある人が亡くなってすでに2ヶ月が過ぎた。そのかたの姉が落ち込んでなかなか抜け出せないでいる。同居計画が進行中になくなったのだがもう少し早く同居計画を実行していれば助けられたのではないかとの自責と寂しさから未だ抜け出せない。その姉は若い時からのクリスチャンだ。どうやって元気を取り戻してもらおうか。
そのかたの姉はクリスチャンだがひょっとして原罪、罪を過度に感じすぎている、自分を罪びとだと責めすぎているのではないかとの思いが浮かんだ。そんな罪はわたしもあなたも全ての人類がいっぱい犯している。生きているだけで魚を食い肉を食って他の生き物を殺生する罪を犯している。その他にも数えきれないほどの罪を犯している。人に言わないだけだ。
罪の意識は腹の底にしっかりと収めておけば良い。あとは与えられた命を神や仏「大きな力」「一大神霊」「サムシンググレート」に感謝して精一杯与えられた生を楽しんで生きれば良いと言いたい。さらに云うならば自分を罪びとだと責めることを人に云うことで救われたという気持ちがどこかにありはしないかとも思うが流石にそこまでいうと落ち込んでいる彼女には酷で厳し過ぎて励ましにならない気もする。
さてどのように力づけようかと思案中だが過ぎていく時間だけが解決するのかもしれない。