10月の頭に、埼玉の与野本町にある彩の国さいたま芸術劇場でやっていた『海辺のカフカ』を観にいった。
脚本はフランク・ギャラティ。 アメリカの脚本家。 映画『アクシデンタル・ツーリスト』の脚本や、トニー賞を受けた舞台『怒りの葡萄』の脚色で有名な人らしい。 つまり、蜷川幸雄が脚本を書いたのではなく、アメリカですでに上演されていた『海辺のカフカ』を翻訳し、蜷川が演出を手がけたという経緯。 村上春樹の小説『海辺のカフカ』は上下2冊の大作だ。 それを3時間超の舞台に縮尺するのだから、大味な舞台になるのではないかと心配していたけれど、そういう杞憂は見事に裏切られた。
宮沢りえの美しさ、フランス映画のBGMのような素敵な音楽。3メートルはあるかと思われる大きな透明なケースが、黒子によって自在に入れ替わる場面転換。
まるで映画のシーンを見るように、舞台は展開する。 森もトラックも図書館の部屋も、透明ケースで移動する。 シーンによっては、いかにも山の中に迷い込んだような錯覚を起こさせる。 人が動かず、場面が動く。 水槽のようなガラスケースに横になって収まった宮沢りえは、象徴のように美しく、青いワンピースと白い二の腕が目に焼きつくのだ。 ナカタさんという登場人物が猫と会話するシーンでは、着ぐるみの猫が登場する。 リアルな猫。 幻想的な舞台は、観客の心をひきつけて離さない。 芝居が終わったときには、総立ちのスタンディング・オベーション。 もう一度見たいと思った斬新な芝居だった。 蜷川幸雄は80歳だ。 80にして、このような芝居を演出する感性に、深い敬意を表したい。
芝居『海辺のカフカ』を見て、小説『海辺のカフカ』を再読した。
芝居の脚本は小説のエッセンスを抽出して、印象的にまとめられていたけれど、やはり小説は言葉をつないで考えに考えさせる。
奥深い世界がひろがっている。 「世界でいちばんタフな15歳」という発想が、そもそもすごいと思う。 神話的世界がベースになって、物語は重層的に進む。 面白いといったらない。 人物造形も見事。 個人的な感想をいえば、小説の中のさくらより、鈴木杏ちゃんのさくらのほうが、より豊かな人物像を結んでいると思ったけれど。 つうか、こんなにふうに芝居と小説をいったりきたり。 贅沢な読書体験だ。