秋の風情が朝夕に現れてきました。そろそろツクツクボウシが鳴き始める頃ですね。
仕事場では2週間くらい前にツクツクボウシがフライングして鳴いていましたが、先週から鳴き声が聞こえなくなりました。やっぱり早すぎたんですね。本当は今頃から出てくるはずですからね。
そんな、何年も待ち構えて出てくるタイミングを失敗するセミが出るくらい、妙な気候だった今年の夏。でも順調に秋は来るものですね。
さて、今日のヘミシンク。
双子は離れていても同じような人生を歩む、という話を結構不思議話として聞かされますよね。その件について今日はちょっと調べてみますね。
昨日コメントでいただいて、そういえばそうだな、と思いましたので。
数秘術、カバラとかタロットの運命数字とか、占星術、そういう原理を聞くと誕生日が同じならば同じような運命になる可能性はあるのかな、と思いますが、世の中にいる双子がみんな同じ人生歩んでいないですからね。
なぜ距離が離れているとそうなるのか?
江原さんの言われる学びなのか?デモンストレーションなのか?
で、聞いてみるのに最適な人は・・・・・・。
「なにか呼んだ?」
「げ、なんでルリカさん出てくるんですか?どう考えても今回はヘルパー先輩でしょう。」
「あなたがフォーカス21なんか聞くからよ。」
「しまった、じゃあ、ゴーイングホーム聞きなおします。」
「待ちなさい! ここに来たのも偶然じゃないのよ。まずは私の話を聞いてからでも遅くはないんじゃない?」
「無駄話なしですよ、時間ないんだから。」
「教えてもらう人の態度かしら?」
「じゃあ、その距離の離れた双子がおなじような生き方していたという事はどういう感じなんです?」
「まず、あなた達はいくつかの事例を挙げることで、さも同じような人生を歩んでいるように思っているかもしれないけど、一生の内にある出来事全部が同じに移行しているわけではないのよ。たまにあるイベントが同じような感じ、というだけであって。
趣味が同じ、結婚相手の名前が同じ、相手のペットの名前が同じ、しかも同時期に事故にあっていたり、仕事も同じように失敗していたりとか、そういう場合もあるかもしれませんが、それは人生のうちのごく一部であって、日常生活の牛乳を飲む時間とか、トイレに入る時間とか、ベットで行う男女体操の体位とか、そういうとこまで同じとは限らないでしょう?」
「さらっと、下ネタいれようとしましたね。規制かかるからあまり言わないでくださいよ。
まあ、確かに。人生の大半は同じとは限らないわけですよね。イベントがあるとそれについ注目しがちですが、異なる部分を見ていけば、それなりに違うわけですね。」
「そう、意識をどこに向けるか。それだけでその判断は異なってきます。」
「じゃあ、この場合、何の意味も無い偶然って事ですか?」
「偶然はないでしょう?ちゃんと意味もあるのよ。あなたはとても都合のいい考え方を持っています。I/Tという考え方ね。」
「都合がいいのですか?これ。」
「他の原理で説明しようとすると、『学びだ』とか『魂の共鳴だ』とか理屈のつけにくい考えかたになりますけど、I/Tだとわりと説明しやすいわね。」
「どういう感じで?」
「そのあたりからは別の人に聞いてもらいましょうか。」
そう言って、二人でフォーカス27へ移動。ヘルパー先輩のいる養成学校へ向かいます。
校庭(?)らしきところで腰に手をあてて立っているヘルパー先輩を発見し、声をかけます。
いつも思うのですが、この人ここで何もしていないような気が・・。
「君達が来るのが分かっているから、時間を空けているんだよ。ヒマなわけじゃない。」
考えを読まれてしまいました。
で、今回の趣旨をイメージで伝えると、ヘルパー先輩はI/T相関図のようなものを書いてきました。
小さな○同士が細い線でつながっている、分子構造図みたいなものです。
「世の中の仕組み、というのはどうしてもシンメトリー(対称)がバランスがいいのだよ。それは非物質世界での認識も同じ。
I/Tを図に表すとこうなる(そう言って見せてもらったのは『生命の木』をもっと複雑にしたもの)。そして、この要の部分、対称になる軸の部分だね。そこにこういう双子の魂がおかれている場合が多い。ただし、この場合は実際に双子とは限らない。同じ生まれた日で同じ人生を歩んでいるかのような他人も存在しているからね。
こういう軸の部分は右と左のつながりを強化するために存在する。なので、双方が強固にきっちりとつながっている必要がある。ここのつながりが悪いと美しいシンメトリーは完成しないのだから。
そこで、つながりが強い分、そこが同じような選択をしてしまったり、同じような事象が起こったりする原因となるのだよ。互いの情報が行き来するので、現実世界にその情報が同じように転写されてしまうから。」
「それって、結局人生の流れはI/Tのポジションによって決まってしまう、ということですか?」
「君が以前、水無月と呼んでいる存在に講義を聞いただろう?あれと同じだよ。それぞれに決まった流れが存在していて、それが役目を果たしながら有機的につながって世界を構成している。」
「未来が決まっている、という事ですか?」
「今君達に見える範囲では決まっていないように見えるだろう。それはそれでいいんだよ、自由度がある、パラレルワールドがある、そういう風に感じることも大切だし。」
「でも本質はどうなんです?」
「ある地点から見ると、すべては詳細に決まっている。しかし、このある地点、の視点を持つ存在は、現実世界には存在しない。いくら未来が見えるという人も、その存在からみれば決まった事を見て言っているに過ぎない。
その詳細に決まっている事を体感できる存在意外は、自分の運命が決まっていようがいまいが、あまり関係の無い事なんだよ。」
「そうですか?自分の運命が決まっていると思って絶望する人もいるでしょうね。」
「視野が狭いね。君は道を歩いていて、急な坂道が出てきたとする。そこで『あ、もう自分の人生はこれで終わりだ』と思うかい?その坂道を登った先を見ようとするだろう?その先には下り坂があるかもしれない、素晴らしい景色が広がっているかもしれない。
その先が見えないんだから、目の前に来た坂道程度で絶望するのはいかがなものかな?」
「人生苦しんでいる人はそうは思えないでしょうね。」
「苦しむのはなんでかな?それを全部人のせいにしていないかい?もしくは過去生、ガイド、他人、先生、親、病院、社会、政治、友人、知人、親戚、何でもいいけど自分の周りに存在しているものにたいして、その苦しむ気持ちをぶつけていないかな?
相手にぶつけた気持ちは、倍になって帰ってくる。」
「我慢しろって事?」
「違うよ、その感情を開放するのはいいことだ。怒ってもいいし、絶望してもいい、ただし、それを他人のせいにしてしまうからいけないのだよ。その絶望した気持ちの出所をきちんと自分で見る事。人の基準でなくて、だよ。怒りの気持ちがなぜ出たのか。そういう自分を見ること。」
「難しいこと言いますよね。」
「でも、それを行えるのは生きている人間だけだ。自らの内面と対話し、そこから自分の進むべき道を導き出す。私達はすでに決まった道が見えているから、それに従って行動しているだけだからね。君達ほどの楽しみはないんだよ。」
「現実世界のほうが、楽しいですか?」
「選択する楽しみがあるだろう?」
「でも人生決まっているんでしょう?」
「君の通勤する道は最終的にどこにつながっている?仕事場だろう。
それが分かったからといって先に進まないわけではいだろう?進まざるを得ないのだよ。目的地に向かった道をね。ただ、その道中はなるべく楽しくいたいものじゃないか。道路と、見える景色が同じならば、自分の考え方を変えることでその楽しみは倍増するんじゃないかな?
人生が決まっているなら何もする気が起きない。のではなく、人生が決まっているなら、その範囲内で思いっきり楽しんだほうが勝ちじゃん!と思えるようになると、いいのだろうね。」
「そのためのスピリチュアル的な思想ですか。」
「そういうこと。ヘミシンクもそうだよ。だたし、依存するとスピリチュアルも意味を成さなくなる。そこに注意だね。」
「そういえば、双子の話はどうなったんですかね?」
「さっき言っただろう?左右対称の要を担っている接続部分のI/Tメンバーだと思えばいいよ。」
「なんか、そう書くとシステマティックですね。」
「情報を受け取るのが君だからね、どうしても理系に走ってしまうよね。」
「そういうものですか。」
「詩人が私の情報を受け取ったら、美しい詩にでもしたかもしれない。世の中、そういう事だよ。」
という感じで、まあいろいろと聞くことができました。そういえば、ルリカさん、あまりしゃべっていないですね?
「当たり前でしょう?人が話している間に割り込むようなことはしないわよ。」
「案外常識あるんですね。」
「失礼ね。これでも良識派ガイドとして振舞っているんだけど。」
「非物質世界は、その人の基準次第なんですねぇ。」
まあ、今日はこんな感じで。下のイラストはその世界樹的なイラストです。
こんなイメージということで。
仕事場では2週間くらい前にツクツクボウシがフライングして鳴いていましたが、先週から鳴き声が聞こえなくなりました。やっぱり早すぎたんですね。本当は今頃から出てくるはずですからね。
そんな、何年も待ち構えて出てくるタイミングを失敗するセミが出るくらい、妙な気候だった今年の夏。でも順調に秋は来るものですね。
さて、今日のヘミシンク。
双子は離れていても同じような人生を歩む、という話を結構不思議話として聞かされますよね。その件について今日はちょっと調べてみますね。
昨日コメントでいただいて、そういえばそうだな、と思いましたので。
数秘術、カバラとかタロットの運命数字とか、占星術、そういう原理を聞くと誕生日が同じならば同じような運命になる可能性はあるのかな、と思いますが、世の中にいる双子がみんな同じ人生歩んでいないですからね。
なぜ距離が離れているとそうなるのか?
江原さんの言われる学びなのか?デモンストレーションなのか?
で、聞いてみるのに最適な人は・・・・・・。
「なにか呼んだ?」
「げ、なんでルリカさん出てくるんですか?どう考えても今回はヘルパー先輩でしょう。」
「あなたがフォーカス21なんか聞くからよ。」
「しまった、じゃあ、ゴーイングホーム聞きなおします。」
「待ちなさい! ここに来たのも偶然じゃないのよ。まずは私の話を聞いてからでも遅くはないんじゃない?」
「無駄話なしですよ、時間ないんだから。」
「教えてもらう人の態度かしら?」
「じゃあ、その距離の離れた双子がおなじような生き方していたという事はどういう感じなんです?」
「まず、あなた達はいくつかの事例を挙げることで、さも同じような人生を歩んでいるように思っているかもしれないけど、一生の内にある出来事全部が同じに移行しているわけではないのよ。たまにあるイベントが同じような感じ、というだけであって。
趣味が同じ、結婚相手の名前が同じ、相手のペットの名前が同じ、しかも同時期に事故にあっていたり、仕事も同じように失敗していたりとか、そういう場合もあるかもしれませんが、それは人生のうちのごく一部であって、日常生活の牛乳を飲む時間とか、トイレに入る時間とか、ベットで行う男女体操の体位とか、そういうとこまで同じとは限らないでしょう?」
「さらっと、下ネタいれようとしましたね。規制かかるからあまり言わないでくださいよ。
まあ、確かに。人生の大半は同じとは限らないわけですよね。イベントがあるとそれについ注目しがちですが、異なる部分を見ていけば、それなりに違うわけですね。」
「そう、意識をどこに向けるか。それだけでその判断は異なってきます。」
「じゃあ、この場合、何の意味も無い偶然って事ですか?」
「偶然はないでしょう?ちゃんと意味もあるのよ。あなたはとても都合のいい考え方を持っています。I/Tという考え方ね。」
「都合がいいのですか?これ。」
「他の原理で説明しようとすると、『学びだ』とか『魂の共鳴だ』とか理屈のつけにくい考えかたになりますけど、I/Tだとわりと説明しやすいわね。」
「どういう感じで?」
「そのあたりからは別の人に聞いてもらいましょうか。」
そう言って、二人でフォーカス27へ移動。ヘルパー先輩のいる養成学校へ向かいます。
校庭(?)らしきところで腰に手をあてて立っているヘルパー先輩を発見し、声をかけます。
いつも思うのですが、この人ここで何もしていないような気が・・。
「君達が来るのが分かっているから、時間を空けているんだよ。ヒマなわけじゃない。」
考えを読まれてしまいました。
で、今回の趣旨をイメージで伝えると、ヘルパー先輩はI/T相関図のようなものを書いてきました。
小さな○同士が細い線でつながっている、分子構造図みたいなものです。
「世の中の仕組み、というのはどうしてもシンメトリー(対称)がバランスがいいのだよ。それは非物質世界での認識も同じ。
I/Tを図に表すとこうなる(そう言って見せてもらったのは『生命の木』をもっと複雑にしたもの)。そして、この要の部分、対称になる軸の部分だね。そこにこういう双子の魂がおかれている場合が多い。ただし、この場合は実際に双子とは限らない。同じ生まれた日で同じ人生を歩んでいるかのような他人も存在しているからね。
こういう軸の部分は右と左のつながりを強化するために存在する。なので、双方が強固にきっちりとつながっている必要がある。ここのつながりが悪いと美しいシンメトリーは完成しないのだから。
そこで、つながりが強い分、そこが同じような選択をしてしまったり、同じような事象が起こったりする原因となるのだよ。互いの情報が行き来するので、現実世界にその情報が同じように転写されてしまうから。」
「それって、結局人生の流れはI/Tのポジションによって決まってしまう、ということですか?」
「君が以前、水無月と呼んでいる存在に講義を聞いただろう?あれと同じだよ。それぞれに決まった流れが存在していて、それが役目を果たしながら有機的につながって世界を構成している。」
「未来が決まっている、という事ですか?」
「今君達に見える範囲では決まっていないように見えるだろう。それはそれでいいんだよ、自由度がある、パラレルワールドがある、そういう風に感じることも大切だし。」
「でも本質はどうなんです?」
「ある地点から見ると、すべては詳細に決まっている。しかし、このある地点、の視点を持つ存在は、現実世界には存在しない。いくら未来が見えるという人も、その存在からみれば決まった事を見て言っているに過ぎない。
その詳細に決まっている事を体感できる存在意外は、自分の運命が決まっていようがいまいが、あまり関係の無い事なんだよ。」
「そうですか?自分の運命が決まっていると思って絶望する人もいるでしょうね。」
「視野が狭いね。君は道を歩いていて、急な坂道が出てきたとする。そこで『あ、もう自分の人生はこれで終わりだ』と思うかい?その坂道を登った先を見ようとするだろう?その先には下り坂があるかもしれない、素晴らしい景色が広がっているかもしれない。
その先が見えないんだから、目の前に来た坂道程度で絶望するのはいかがなものかな?」
「人生苦しんでいる人はそうは思えないでしょうね。」
「苦しむのはなんでかな?それを全部人のせいにしていないかい?もしくは過去生、ガイド、他人、先生、親、病院、社会、政治、友人、知人、親戚、何でもいいけど自分の周りに存在しているものにたいして、その苦しむ気持ちをぶつけていないかな?
相手にぶつけた気持ちは、倍になって帰ってくる。」
「我慢しろって事?」
「違うよ、その感情を開放するのはいいことだ。怒ってもいいし、絶望してもいい、ただし、それを他人のせいにしてしまうからいけないのだよ。その絶望した気持ちの出所をきちんと自分で見る事。人の基準でなくて、だよ。怒りの気持ちがなぜ出たのか。そういう自分を見ること。」
「難しいこと言いますよね。」
「でも、それを行えるのは生きている人間だけだ。自らの内面と対話し、そこから自分の進むべき道を導き出す。私達はすでに決まった道が見えているから、それに従って行動しているだけだからね。君達ほどの楽しみはないんだよ。」
「現実世界のほうが、楽しいですか?」
「選択する楽しみがあるだろう?」
「でも人生決まっているんでしょう?」
「君の通勤する道は最終的にどこにつながっている?仕事場だろう。
それが分かったからといって先に進まないわけではいだろう?進まざるを得ないのだよ。目的地に向かった道をね。ただ、その道中はなるべく楽しくいたいものじゃないか。道路と、見える景色が同じならば、自分の考え方を変えることでその楽しみは倍増するんじゃないかな?
人生が決まっているなら何もする気が起きない。のではなく、人生が決まっているなら、その範囲内で思いっきり楽しんだほうが勝ちじゃん!と思えるようになると、いいのだろうね。」
「そのためのスピリチュアル的な思想ですか。」
「そういうこと。ヘミシンクもそうだよ。だたし、依存するとスピリチュアルも意味を成さなくなる。そこに注意だね。」
「そういえば、双子の話はどうなったんですかね?」
「さっき言っただろう?左右対称の要を担っている接続部分のI/Tメンバーだと思えばいいよ。」
「なんか、そう書くとシステマティックですね。」
「情報を受け取るのが君だからね、どうしても理系に走ってしまうよね。」
「そういうものですか。」
「詩人が私の情報を受け取ったら、美しい詩にでもしたかもしれない。世の中、そういう事だよ。」
という感じで、まあいろいろと聞くことができました。そういえば、ルリカさん、あまりしゃべっていないですね?
「当たり前でしょう?人が話している間に割り込むようなことはしないわよ。」
「案外常識あるんですね。」
「失礼ね。これでも良識派ガイドとして振舞っているんだけど。」
「非物質世界は、その人の基準次第なんですねぇ。」
まあ、今日はこんな感じで。下のイラストはその世界樹的なイラストです。
こんなイメージということで。
そんな高次の方々と自由に対話の出来る
まるの日さんがうらやましいです。
私もそうなれるように頑張らなくっちゃ。
江原さんは未来は変えられるというスタンスだったと思いますが、一度「変えられると信じている」というニュアンスの事をおっしゃっているのを見て。
普通の人と同じように悩んだりしているのかなぁ…と思ったりしました。
ちなみに私は、未来が決まっていると思うと絶望する方ですね、どっちかというと(笑)
でも、こういう情報を頂けるということは、乗り越えていけるということなのかなぁ…と思ったりも。
それと、このお話で気になることがありまして。
シリアルキラー等の凶悪犯罪者のことなのですが、この人たちのしたことも、決まっていたりするんでしょうか…。
よく犯罪を犯した理由として「神の声が聞こえた」等の証言を聞きますが、昔は頭がおかしい人の妄言だと思ってました。
けど今は「本当に聞こえたのかも…」と思ったりします。
…こういった話はネガティブ領域になりますかね(^^;)
変な話してすみません(汗)
本当に勉強になります。
未来が決まっていても、どうせわからないんだから、気にならないかな?
好奇心満足できました。面白いですよ~~~^^
ほんとにありがとうございました!^^
一般庶民に馴染みの深い、占星術、というものも、やはり意味があるのかなあ、、、
なんて思ってしまいました。
この流れでヘルパーさんのお話を聞きたいです!
ありがとうございます。
まぁ、巷の運命学で定義されている、変えようがない”宿命”と自由意志で変えられる可能性がある”運命”の内の”宿命”の部分を言っているのであれば納得ですが。
人間同士の関わりで成り立つ社会の個々人の詳細なシナリオまで決まっていると言われるとパスかなぁ。
まるさんの体験や世界観は、私の中の世界観と共通点がとても多くて、
親近感を感じると共に、うれしく思います。
感謝感激です。
家の主人はヘミシンクすら知らないのでセミナー行くのも一苦労です。
その点、まるのひさんはご夫婦でヘミシンクできるというのは本当に素晴らしいことですね!?