くたばれ!! HAWKS
南海時代からのホークスコレクションを紹介。
 



'70年代から'80年代の南海ファンにとって忘れることのできない選手、久保寺雄二。
1985年、26歳の若さで他界した将来有望の選手でした。

このバットは1979年6月15日、大阪球場で行われた南海ー日本ハム戦に使われたもので、試合後、審判をしていた父が、本人から譲り受けたものです。マーク部分に少しキズがありますが、とても貴重なバットです。

美津和タイガー製のバットで、グリップが太い通称「こけしバット」と呼ばれるものです。
このタイプは、南海の藤原や阪急の福本などが愛用していたことで有名ですが、当時の南海では、新井なども使用していました。
ちなみにこのバットを貰った時「新井のバット?」と聞いた記憶があるので、当時のイメージは藤原より新井の方が強かったみたいです。
一般的に「こけしバット」は重たいイメージがあるんですが、このバットは比較的軽めで、子供の頃、素振りをするには最適の重さでした。

グリップエンドにはN(南海)と当時の背番号33が刻まれています。
6新井宏昌
'78年頃の新井は同じ「こけし」タイプだけでなく、メーカーも同じ美津和タイガー製のバットを使用しています。
33久保寺雄二
当時久保寺は入団3年目で広瀬監督の秘蔵っ子といわれた選手でした。しかしレギュラー定着までにはほど遠く、すでに一流選手として活躍し、更に自分と似た体型の好打者・新井の姿を見て同じタイプのバットを使っていたのかもしれません。




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