くたばれ!! HAWKS
南海時代からのホークスコレクションを紹介。
 



【'75~'76南海ホークスカレンダー】
’74年に引き続きカレンダーとしては少し小さめのB4判の横長サイズ。
表紙は'74年から使用を始めたホーム用2パターン・ビジター用2パターンのユニフォーム姿の選手たちで1番下の左から藤原・野村監督・江本、その上が佐藤道・広瀬・長谷川、次が中山・桜井・島野、1番上が門田・山内新・西岡となっています。

2カ月ごとの6枚綴りで、4~5月は野村監督・佐藤道、6~7月は桜井・門田、8~9月は江本・松原、10~11月は山内新・西岡&中山、12~1月は広瀬・ロリッチ、2~3月が藤原&佐野・島野と、当時の主力選手のほとんどが登場しています。カレンダーの方には'75年のホークス戦の日程が記されています。ちなみに表紙に登場しているこの年のドラ1長谷川勉だけが中には登場していません。ちなみなに長谷川はルーキーとして、オープン戦で完封するなどかなり期待されましたが、シーズンでは0勝3敗とふるわず、シーズンオフに行われた江夏ー江本の大型トレードの一員として阪神に移籍しました。

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【'75ファンブック】300円 A4判
なぜか一冊だけある近鉄バファローズのファンブック。野球に興味を持ち始めた頃だったので、取りあえず買ったものだと思います。表紙は当時、実力はイマイチ、人気はピカイチだった太田幸司。

監督は名将西本監督、当時54歳。期待の星!ヤングバファローズとして梨田昌崇・佐々木恭介・羽田耕一・栗橋茂の4選手が取り上げられています。

昨年亡くなった、仰木さんも2軍守備・走塁コーチとして地味~に写っています。当時39歳でした。

これは'75年の後期優勝の時に発売された「優勝記念乗車券」。近鉄沿線に住んでいたので買ったのでしょう、多分・・・。この年近鉄は後期に優勝したものの、プレーオフで前期優勝の阪急に敗れて涙をのんだのでした。


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現在残っている中で一番古いチケットです。
'74年7月31日対日本ハム戦のもので、試合は4対3で南海の勝ち。年間契約をしていた友達の父親に連れて行ってもらったので、ボックス席で観ることができた試合です。

この時期、大阪球場で野球を観るときは、ほとんどがこの座席指定席でした。バックネット裏中段ぐらいの関係者席で非常に見やすかった記憶があります。ただチケットが結構しょぼかったので、ほとんど捨ててしまい数試合分しか残っていません。ちなみにこの試合は'74年9月15日、対太平洋戦のダブルヘッダーで第一試合は9対2で南海の勝ち、第二試合は4対2で太平洋が勝っています。

珍しいところでは、大阪球場のチケット袋。これもほどんど捨ててしまい、残っているのはこの2枚。上が年代不明、下が'81年5月2日対阪急戦の時のものです。この頃になるとチケットを余分に取ってもらうという贅沢をしていたので結構未使用のものが残っています。

これは'88年10月15日、大阪球場での南海ホークス最終戦のチケット。バックネット裏のボックス席で前から3段目でした。ちょうど斜め後ろにMBS中継の解説席があり水島新司を見て感動したのを覚えています。

'88年頃からは、関係者に配布される「家族証」で主に観戦していました。パリーグ公式戦全試合に対応しているカードで、一人でふらっと行くときに重宝していました。

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