Maladet de Sahara

~ 人とのつながり、出会いの広がり ~

モルドバから 新たな旅立ち・・・

ヤバーニ@サウじかん ~ 健康診断を通して ~

2009-06-25 04:02:53 | サウジ・生活
ここに来てまずやらなければならないこと、それはイカーマと呼ばれる労働許可証をもらうこと。 そのイカーマをもらうためには、まず健康診断を受けに行かなければならない。 前にイカーマ用の健康診断を行っていたという近くの病院へ… もう今はやっていないから、この通りにある向こうの病院へ行けと言われ、40度を越える暑さの中、歩いてその病院へ…

「あのう、ここでイカーマ用の健康診断を受けたいんですが…」
「ここは歯医者だから、無理だよ。」

「確かに歯医者で健康診断は無理だよな… っていうか、普通歯医者を紹介するか?!」と心の中でぼやく。 次の日、アラビア語ができる人と一緒に最初の病院へ行ってみると、やはり同じ返答。 電話をして調べてもらい、私立の病院へ… 健康診断を受けるためにはいろいろな書類が必要と言われ、今度は国立病院へ。 「もう今日は無理だから、明日の早朝なら大丈夫。」と言われ、とりあえず受けられそうなので、ここに決める。 次の日の8時に国立病院へ行く。 視力検査なんて項目にあったかな…といろいろ疑問に思いながらも受けていたが、結果が出るのに1週間はかかると言われ、途中で撤退。 早急にイカーマの申請をしたいのに、ここで1週間かかると言われても、どれだけかかるかわからない。 今度はまた別の病院へ移動。 大きな病院で本日中に結果も出るということで、そこでまず診察券を作る。 30分ぐらい待っていたのだが、声がかからないので、受付に聞いてみると、先生は夕方にならないと戻らないから、6時に来てくれとのこと。 「おいおい、先に言えよ… 30分もそこで待ってたんだからさ。」と心でつぶやきながら、食事に出かける。 6時すぎに受付に来ると、「あなたたち遅刻! 先生は7時半からじゃないと時間がないから、7時半に来て。」と言われる。 その間に近くの別の病院も見に行ったが、3日はかかるということなので、今日できるという病院に戻る。 今度はもちろん7時半前に戻ってきたが、7時半になり、45分も過ぎ、8時も過ぎ、結局呼ばれたのは8時半過ぎ… その先生に会ってやったことは、打診、体重測定、そして、健康診断の用紙をもらう、たったこの3つ! そして、今日結果をもらうことは無理という一言。(笑) こうやって書くと、すごく腹が立っているように思われるかもしれないが、中国に2年、モルドバに2年もいたので、こういうことに対して幸いすごく寛容になっているので、「まぁ、こんなもんだろう…」と半分納得している自分。

まずは血液検査。 看護士のお姉さん二人は日本人だと聞いて大喜び♪ 日本語に興味があると笑顔でうれしそうに話していた。 そう、この国にいる人たちは日本に対するイメージが非常にいい。 ここに来てまだ何日かしか経っていないが、まずは入国審査でそれを感じた。 タクシーに乗ったときは、「ジャパン、ナンバーワン! ソニー! トヨタ!」と運転手さんも日本が大好き。 買い物に行ったときのレジでも日本人だと言った途端、みんなの態度が急によくなる。 自分が何をしたわけでもないのだが、みんな笑顔で接してくれるので大変ありがたい。 たくさん待たされはしたけれど、ここに来て感じのいい対応。 お姉さん二人は周りの看護士さんに「ヤバーニ、ヤバーニ」とうれしそうに話し、仕舞いには何と日本語を知っている台湾人の看護士さんを連れてきた! 台湾人の看護士さんは来た途端「ありがとう!」と一言。(笑) こっちが理解したのを見て、彼も得意げな顔をしている。 仕事中であることを考えると、どうなのかとは思うが、微笑ましい看護士さんたち。 ちなみに、みんな外国人。 次はX線の検査、ここでもやってくれたお兄さんが名前を気に入ったのか、意味もなく名前を連呼してくれた。(笑) 尿検査も終え、残るは便の検査。 これはお持ち帰りで、宿題を持って10時ごろ病院に到着する。 提出してから1時間でできるということを確認し、できるだけ早くやってもらえるよう言って、ご飯を食べに行く。 11時すぎに病院に戻ったが、もちろんそんなにスムーズに事が進むはずもなく、また1時間以上待たされる… 何と待っていたとき隣に座っていたエジプト人のおじさんは自分の名前を聞いて日本人だとわかったらしく、日本語で話しかけてきた! 30年前にエジプトで日本語を3年間勉強していたらしく、思い出すのが大変と言いながらも日本語で会話を交わす。 サウジアラビアでは英語教師をしているらしく、もう11年目になるそうだ。 話してみて、いい人そうだったので、メールアドレスを交換。 ここでも新たな笑顔に出会えた。 実はこのおじさんも同じ先生を待っていたのだが… やっと自分の順番が来て、先生のところへ。 検査結果は良好だったのだが、結果が出るのは今日の夕方と… ぉぃぉぃ… これは取りに行ってくれるとのことで、自分で行かなくてもよくはなったが。

= 健康診断を通して学んだこと =
☆ 時間に対して寛大であれ ☆
★ 日本人は人気絶大 ★

何事も「インシャーッラ」=「もし神が望むなら」

入国 ~ 真っ白な世界 ~

2009-06-23 23:19:40 | サウジ・生活
飛行機は着陸体制に入る。 雲の中をくぐり抜け、さらに下降していく。 それにもかかわらず、窓の外の景色は変わらない。 陸地が近づいているのかもよくわからない。 時間は過ぎていっても、やはり景色は変わらない。 何か見えてきたときには、もう陸地も間近… そうそこは雲の中ではなく、砂の中だった。 うっすらと砂の覆った滑走路のまわりも白く乾いた景色が広がっている。 入国審査は長蛇の列… 外国人労働者の多さがここから見て取れる。 係の人が近づいてきて、違う列に並べと英語で指示をする。 理由を説明することなく、違う列に並ばせようとする係員に見せた日本のパスポート… 「ああ、日本人か。 じゃ、大丈夫だ。」 日本のパスポートの力はすごい。 緊張しながら受ける初めての入国審査。 提出した入国カードはその辺に置かれ、脚を組んで近くの係員と楽しそうに話しながら入国審査は行われる。 少なくとも好印象なようでよかった。 指紋を取り、顔写真を撮り、「OK!」と笑顔の係員。 ほっとしてそこを離れようとすると、別の係員から「ズボン、ズボン!」と自分の落ちかかったジーンズに突っ込みを入れられる。 上げても落ちるズボンを見て、笑顔の係員たち… 「No problem、no problem!」 透き通った目をした係員たちを見て、温かい気持ちになる。 荷物のチェックも無事終わり、ついに入国。 白い衣装に身を包んだ人々が来る客人をそこで出迎える。 そう、ここがリヤドの地… 駐車場までの道のりで感じたサウジの暑さ… や、や、やっぱり暑い… 名古屋の暑さとは違う乾いた暑さ。 夜の街にはマクドナルドやカルフールのネオンが浮かび上がる。 これから住むコンパウンドの入口は厳しい警戒態勢。 まっすぐ走れないように障害物が置かれ、機関銃を持った警備員がそこには立っている。 有刺鉄線が高い壁の上に張られ、思い出したのは以前訪れたアウシュビッツだった… しかし、コンパウンドの敷地内に入ってみると、そこは別世界。 プールが5つあり、ウォータースライダーや波が出るプール、スポーツジムなど、設備は整っている。 砂漠の地であるにもかかわらず、芝生があり、結構緑もあって、それには本当に驚いた。 午後10時になっても、乾いた暑さが変わることはない。 こうして、サウジアラビア生活初日は過ぎていった。

きっとみんなつながれる ~ 最近感動したYoutube動画 ~

2009-06-09 03:02:29 | サウジ・生活
A Land Called Paradise



無知が生み出すムスリムの人たちへの偏見と差別… 知ることが人と人とをもっと近くする。 ついつい笑顔がこぼれてしまうようなとても素敵な動画だと思った。

Imagine - John Lennon, Pitbull & Nas remix


このリミックスは911の後に作られたと思われる。 Imagineの歌詞だけでも素晴らしいのだが、PitbullとNasのラップの部分もすごくいいと思った。 人種や国籍の壁のない一つの世界がいつか実現されることを願いながら…

歌詞(英文)
http://www.leoslyrics.com/listlyrics.php?hid=s0ZEpCvQwWo%3D

新たな旅立ち・・・ ~ Maladet de Sahara ~

2009-06-09 02:33:54 | サウジ・生活
久々に日本で向かえた秋、冬、そして、春… 日本に帰ってきて早10ヶ月、もうすぐ夏を迎えようとしている。 旅立ちの日が刻一刻と近づいている。

この10ヶ月の間、久々に両親とともに過ごし、兄の家族や親戚とも会うことができた。 また、これまでは年に一度しか会うことができなかった日本の友人たちに何度も会うことができた。 年々、人とのつながりが広がっていっているのもうれしい限りだ。 日本、アメリカ、中国、モルドバ… それぞれの場所で出会った人々、そして、そこから広がったさらなる出会い。 そこで学んだこと… それは、人種や国籍が違っても、人と人とはわかりあえるということ、無知がくだらない差別や偏見を生み出しているということ。 お互いがお互いを理解しようとする心さえ持っていれば、世界はきっともっとよくなっていくということ。 世界から見たら、ほんの小さな点にすぎないかもしれないけれど、その一点になりたい。 その点が重なり、線になり、いつか世界が本当の意味でつながれるときのために。

モルドバでの暴動から見える東西の壁、欧米諸国とアラブ諸国の関係などが最近今までになく近く感じられるようになった。 これからモルドバのときと同様にサウジアラビアで経験したことや学んだことを少しでもみなさんと共有できたらと思う。 また、モルドバの情報も手に入り次第随時お伝えしていきたい。



これを機に"Maladet de Sahara"に改名。 "Sahara"というのはアラビア語で「砂漠」。 となると、「サハラ砂漠」は「砂漠砂漠」になるような気もするのだが… 上の画像は、今の自分の気持ちをモチーフに作ってみたもの。 自分のこの手が愛、平和、幸福に満ちた世界を作っていくのに少しでも貢献できるように…

みなさん、これからも宜しくお願いします。

最近の動向は… ~ あの騒動の後 ~

2009-04-29 17:51:13 | モルドバ・生活

最近は現地でもあまりあの暴動のニュースは報道されなくなっているとのこと。 この前の日曜日に選挙の調査結果が発表されるということだったそうだが、なんだかそれもうやむやになっている様子。 最近聞いたことといえば、イースターのために教会に訪れていた若者二人が警察を名乗る男から「暴徒に参加していたか?」ということを質問され、「やってない。 人違いじゃないか。」と返答したところ、「撮影されたビデオに映っている人間に似ている!」ということで連れて行かれ、暴行を受けたらしい。 現在も入院している若者のほとんどは精神的ショックを激しく受けているうえ、外傷もひどく、手術が必要な人が多いとのこと。

今週の月曜日まで現地ではイースターだったのだが、このまま今回のことが次第に忘れ去られていってしまいそうで怖い。 モルドバの明るい未来はまだまだ遠そうだ…


続報・昨日と今日の出来事 ~ ルーマニア大統領 & 国内情勢 ~

2009-04-16 05:06:09 | モルドバ・生活
昨日のニュースです。

ルーマニアのバセスク大統領が今回の騒動に対してついに口を開いた。 大統領はまず「ルーマニア国民はなぜ今モルドバで起こっていることに対して大統領が何も言及しないのかと思っていたに違いない。」と始め、「たとえヴォローニンがルーマニアの庭にがらくたを捨てようとも、そんなものは決してうまくいかない。」と続け、ルーマニアがこれからもモルドバとの密接な関係を維持していく意向を示した。


= 追記 =  4月16日(木)

ここからは今日のニュースからです。

ヴォローニンは当初投票者リストの調査、票の数えなおしの両方を承諾したはずだったが、ここに来て投票者リストの調査を拒否。 しかし、自由党(Partidul Liberal)、自由民主党(Partidul Liberal Democrat din Moldova)、連合モルドバ(Partidul Alianţă Moldova Noastră)が事前に取っておいた投票者リストのコピーがあったため、現在このリストの調査が始められている。 カフール(Cahul)地方のリストの調査から、信じられないことに、投票者の約10%がすでに亡くなった人の名前で投票されていたことが明らかになった。 また、キシナウでは法律では禁止されている二重ID(一人の人間が二つのIDを持つこと。 つまり、一人の人間が二人に成りすましていること。)で多くの票が投じられていたことがわかった。 また、投票に来た際、本人確認をするためにサインをするそうだが、そのサインも別の人間がサインしたと見られる偽造サインが多数発見されたらしい。

拘束されていた人、7名が解放された。 しかし、この7名は今回の騒動に関わったとして、国外に出ることは禁じられているとのこと。 この7名のうちの一人がPro TVのインタビューにおいて、「警察にどうして自分が有罪なのか尋ねたが、警察はきちんと理由を説明することなく、ただ『お前は有罪だ!』と言われるだけだった。」と答えている。  また、別の一人は集会に参加していなかったのに、警察に拘束されていたらしい。 もう一人はキシナウ市内の主要な移動手段であるマイクロバス(乗り合いタクシーのようなもの)を降りた途端、突然警察に拘束されたと話した。

モルドバ内務省(MAI)は今回の騒動で拘束した人物のリストをホームページ上に掲載した。 そこに掲載されているのは200人にも満たないが、今回の騒動の後、市役所に寄せられた行方不明者の連絡によると、その数は優に300人を越えるらしい。 また、拘束された子供を捜しにリストにある留置所に訪れても、「違う留置所に移され、今はここにいない。」と言われ、別の留置所に言っても同じことを言われ、結局拘束されている子供には会えなかった親もいるという話。

Pro TVのインタビューに答えた共産党関係者は、今回の事態に対して虚偽の放送をしたとしていくつかの放送局を告発すると話したとのこと。

まだまだ続くこのニュース・・・ ~ 世界とモルドバの関係は・・・ ~

2009-04-15 01:34:23 | モルドバ・生活
すみません、再び1日ほど遅れた今回の騒動に関するニュースです。

モルドバ大統領ヴォローニンは、在モルドバ・ルーマニア大使館の大使が今回の騒動に関わっていたとして国外通報を宣告したが、それに引き続いて、今度は暴徒の中にセルビア人も含まれていたとして、セルビア批判も始めたとのこと。 ただ、ルーマニア国旗を持って暴徒に参加していたのは政府関係者が送り込んだ人間だという疑いもあるため、このセルビアのことも真相は定かではない。

国連関係者が今回の騒動でけがをした人々が入院しているモルドバの病院を訪れたところ、9m x 4mの病室に26人もの患者が押し込まれていることを確認した。 このけが人のことに関しても、政府は今回の騒動によってけがをしたことを完全否定しているという。

また、17歳の男性がこの日手術を受けたそうだが、この男性を最後に目撃した女性の証言によると、この男性がタクシーに乗り込もうとしたところを警察に引きずり出され、警察に暴行を受けたらしい。 この女性も男性ほどではないが、同じく警察に暴行を受けたという証言をした。

大統領官邸にEUの旗を掲げた男性がインタビューを受け、ビデオにも映っているように、警察と旗を掲げることについて話し合い、「EUの旗を掲げれば、学生たちも投石をやめるだろう」と提言し、警察がこれを承諾、そして、この男性は大統領官邸に旗を掲げたとのこと。 また、もう一人の別の男性も警察の承諾を受け、国会議事堂にEUの旗を掲げたとのこと。 この二人の男性も政府関係者が送り込んだ人間だという疑いが強い。


さらに続報 ~ 帰らぬ人・・・ ~

2009-04-14 01:45:07 | モルドバ・生活
少し更新が遅れましたが、4月12日のニュースからです。

未だに警察に拘束された人々の行方は定かではないとのことだが、今回の騒動の下、ブユカーニ(キシナウ市の地区の名前)で拘束されていた22歳男性が亡くなった。 死因はガス中毒と警察側は発表したが、死後の解剖は拒否したと見られる。 ただ、息子の遺体を引き取った両親はおそらくこめかみの辺りを強打されたのが死因ではないかと見ているとのこと。 その男性には1歳ほどの赤ん坊もおり、その状況をまったくつかめていない赤ん坊の姿が余計に心痛かったと学生は話していた・・・

この日の午後も1万人もの人が暴力を使うことなく選挙のやり直しを求めて集まったらしい。

続・モルドバで起こっていること・・・ ~ 不正な選挙と暴動 ~

2009-04-11 05:35:09 | モルドバ・生活
= 不正な選挙 =

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090409/erp0904090941002-n1.htm

上記、記事によると、「共産党は第一党の座を維持したが獲得議席は60議席で、単独で大統領を選出できる61議席には届かなかった。」とあるが、選挙の不正についていろいろと聞いたところ、こんなことが実際にあったという話を聞いた。

投票は本籍地で行うよう法律で定められているようなのだが、首都キシナウで働いていた人々が自分の出身地に戻り、投票に行くと、すでに何者かによって自分の分が投票されていた。

投票のとき、リストのようなもので本人確認をするようなのだが、ある女性は結婚していないのに、そのリストには自分の旦那として見ず知らずの人の名前があり、結婚していないことを伝えても、このリストに間違いがあるはずがないと言われた。 当然一人の人間が二人分投票することは法律上不可能なはずなのだが、実際はいるはずのない人間がこのように存在しているということは、そういうことが行われていると言えるだろう。

また、ここからはニュースで聞いたらしいのだが、共産党が投獄されている人々にお金を払って、自分たちに投票させたり、何とすでに亡くなっている人々の票が共産党に投じられていたりしたらしい。


= 暴動 =

このニュースはPro TVという共産党よりではない放送局によって報道されたそうだが、ルーマニアの旗を掲げて煽動したのは実際は共産党側が送りこんだ人間だったらしく、それを証明できるビデオさえあるらしい。 また、投石に関しても、警察官が階段などのコンクリート部分を意図的に破壊し、投石を煽動するような行動を取っていたことがビデオによって明らかになったらしい。 ただ、このことを話してくれた学生は「だからといって、それに釣られて、暴力的な行動に出るべきではなかった。 多くの人が怒りに我を忘れ、さらには、他の人もやっているから自分も、という集団心理に駆られたのではないか。」と言っていた。

昨日追記したジャーナリストの兄弟は姿を現したらしいが、兄のほうは警察に拘束され、暴力を受け、弟のほうは警察が自宅に不法侵入し、いろいろなものを物色していったとのこと。 女性ジャーナリストは依然として行方不明。 また、パリ出身の学生も英語で現地ジャーナリストに通訳をしていたところ、警察から暴行を受け、顔も体もあざだらけだったらしい。 モルドバのジャーナリストの中にはアメリカに政治的亡命を求めている人も見られるらしい。

暴動後、病院に入院している学生たちの部屋のドアのところにはそれぞれ警察官が立っていて、退院でき次第、拘束しそうな雰囲気らしい。 また、今回の暴動後、おそらく拘束され、未だに息子と連絡が取れず、泣き叫ぶ親の姿も放送されていたとのこと。

ただ、ここ数日は静かな日々が続いているらしい。 広場に集まっている人々の数もごく少なく、 人々はみな手に花を持ち、暴力に頼ることなく、選挙のやりなおしを求めている。 ただ、政府はこの暴動の鎮圧のためには銃器の使用も辞さないという発表をしたらしい。 この縛られた平静さから普段の平静さを1日でも早く取り戻すことが切に願われる。

今モルドバで起こっていること・・・ ~ 現地の学生の声とともに ~

2009-04-09 04:32:21 | モルドバ・生活
モルドバの議会選で共産党が大差で勝利した。 この集計には明らかに不正があったとして、大統領官邸や国会議事堂周辺に何万人もの人々が抗議のため集結した。 asahi.comの記事はこちら・・・

http://www.asahi.com/international/update/0407/TKY200904070330.html

うちで取っている中日新聞にもこれに関する記事が掲載されていた。

これは現地の学生が撮影した写真・・・





国の庁舎の前の様子





国会議事堂の様子



大統領官邸の様子


先ほどまでこの写真を撮った学生と話していたが、多くの人が国会議事堂や大統領官邸に向かって投石をし、大統領官邸の中にあった家具や書類、本などを投げ捨て、大統領官邸の前でそれらに火をつけていたのを見たそうだ。 最初はそこまで警察がいなかったらしいが、途中から抗議をする人々と警官とのぶつかり合いがだんだん激しくなっていったらしい。 そのときはカメラを持っておらず、上の写真は次の日の写真だそうだ。

モルドバのテレビではニュース番組が打ち切られ、「技術的な問題のため、放送できない」という字幕とともにBGMが流され、 PRO TVという共産党系ではないテレビ局のHPも一時アクセス不能になっていたとのこと。 また、国境を一時的に封鎖しており、人の行き来が現在は不可能という話。 共産党系のニュースでは暴徒と化した若者たちがモルドバの国旗ではなく、ルーマニアの国旗を持っていたということを取り上げ、これはルーマニアが裏で絡んでいるというような放送もしていたらしい。

ちなみに、真ん中に紋章がないのがルーマニアの国旗で、紋章があるのがモルドバの国旗。


ルーマニア国旗


モルドバ国旗


これは毎日新聞のニュース・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090408-00000054-mai-int

この記事によると、死者も出ている模様。

別の学生からも「私たちは大丈夫だから」というメールが届いた。 その中にあったニューヨーク・タイムズのリンク・・・

http://www.nytimes.com/2009/04/08/world/europe/08moldova.html?_r=3

http://www.nytimes.com/2009/04/09/world/europe/09moldova.html?_r=1&ref=global-home

モルドバ第二の都市バルツィに住む あとぽんさん の話によると、バルツィでも昨晩市庁舎のあたりが騒がしかったが、大きな騒ぎにはならなかったとのこと。

旧ソ連から独立後ずっと共産党支配が続いているモルドバ・・・ 国の経済は一向によくならず、労働人口は国外に流出していっている現状。 自分の学生たちも「この国の政治は腐っている」とよく話していたが、それが明るみに出た今回。 暴徒と化したことは肯定できることではないが、これが現在の政治体制を変え、国が変わっていくきっかけになっていくことを切に願うばかりである。


追記(4月9日 14:30)



今日の中日新聞朝刊によると、モルドバ大統領は今回のことにルーマニアが関与していると非難し、ルーマニア大使を国外に追放することを決定したらしい・・・ 上の国旗からもわかるように、モルドバというのは元々はルーマニアの一地方であり、ルーマニア系の人々が作った国である。 今までルーマニア人がモルドバに入るのにビザは必要なかったが、今回のことから、ビザを義務化するということまで書かれている。 モルドバとルーマニアの距離がまた離れていってしまいそうだ・・・ 今世紀に入っても、ここに東と西の深い溝が見えるような気がしてならない。


さらに追記(4月10日 15:00)

今日も「○○時に○△に集合」というような携帯のショートメッセージがまわっているらしい。 ただ、昨日はいつも以上に街が静かだったということ。 現在は私服警官も動員して、政府は沈静化をはかっている模様。 昨日聞いた話では、ロシアで報道関係の仕事をしていたモルドバ人女性ジャーナリストが今回の騒動を報道中、行方不明、今回のことに関係するモルドバ人男性ジャーナリスト、その弟も行方不明という話。 また、今回の騒動で逮捕された人々がどこに拘束されているのかなども定かではないとのこと。 このことを話してくれた学生も自分がたとえ関わっていなくても、外を歩くのが怖いという話をしていた。

また、別の方から今回の騒動を「やりすぎ」と見ているモルドバ人もいるという話も聞いた。 共産党側がこのような暴力騒動になるよう煽動したという噂もあるが、解決法としてこれ以外の形もあったのではとも考えられる。 この方の話では、今回の騒動が必ずしもすべてのモルドバ人の意見を代弁しているわけではないとのこと。

情報源が限られているため、これらの情報がすべてではないと思われるが、これからも情報が入り次第、わかる範囲内で伝えていきたい。