プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

厄日

2010-05-29 23:58:38 | SS



「・・・と、とにかく、ありがとうマーズ。私はこれで仕事に・・・」
「あ、それは駄目よ」
 額の札を剥がしながら体を起こしかけたマーキュリーを、そのままの体勢のマーズが肩をベッドに押し制した。マーキュリーの表情がくるりと変わったのを見たマーズは表情を変えず、頬に手を当てながらやはり淡々と言う。
「今まではお見舞い。これからは仕事」
「・・・?」
「あなたは今日この部屋から出てはいけないことになっているから。これは預かっておくわ」
 手に当てた頬が耳にすべり、一瞬でマーズはマーキュリーのピアスを器用に外した。ただの飾りではない、ゴーグルの起動スイッチである特別なものだ。どんな時でも、よほどのことがない限りは外さないものだが。
「・・・え?」
「普通に室内に閉じ込めておいてもあなたは何かするでしょうから。ポケコンも預かっておくわよ」
「なっ・・・」
「リーダー命令なのよ」
「・・・ヴィーナスが!?」
 マーズはどこまでも淡々と言うが、マーキュリーの肩を押し付ける力は相当なものだった。普段それほどヴィーナスに忠実に見えないのにとマーキュリーは唇を噛む。
「言っとくけど、私がいなくなっても、部屋から出てるのを誰かに見つかったら即連れ戻されるから。女官も兵士も皆知ってるわよ」
「・・・要するにあの人は朝っぱらから私のことをパレス中に触れ回ったわけね」
「ろくにベッドから動けない人を駆り出すほど非人道的でないというだけよ。そしてろくに動けないくせに動こうとするあなたのことを知ってるからでしょう」
「私はもう動けるわ・・・!」
「さっきまで歩くこともままならなかったんでしょう。それに私は祓ったけど治した訳ではないわ。ブレーンなら自分の体調くらい考えなさい。そして心配する人のことを考えなさい」
 マーズはきっぱりと言い放ち、そこでマーキュリーの拘束を解いた。マーキュリーも頭では分かっていた、自分も他の誰かが体調を崩せば休ませる。不調で働いたところでろくな結果は出ない。だが―これは、ただの不摂生以上に自分の責任であると思ったのだが。
「仕事なら大丈夫よ、あなたの分もヴィーナスがしっかりやってる」
「・・・ヴィーナス?」
「ここ何年かつてない真面目な表情でね。朝の異様な取り乱しっぷりといい、そのくせ急にものすごい勢いで仕事するし、あなたに見せたかったくらい」
 マーズは再びにやりと笑んだ。歪んだ唇が妙に妖艶だった。
「随分愛されてるのね」
「・・・っ」
 マーキュリーがまた思わず反論しようと口を開いたところで、ドア付近でがたんと音がした。そしてベッドの方に水筒が数本ごろごろと転がって来た。色違いのそれはそれぞれ「水」「湯」「スープ」などのラベルが丁寧に貼り付けてある。何事かとマーズとマーキュリーがドア付近に顔を向けると、ジュピターがまだいくつかの水筒や簡易なプラスチックの箱を抱え固まっていた。腕の隙間からまた一本水筒が落ち、ベッドまで転がってぶつかって止まった。
「・・・マー・・・」
 ジュピターは「見てはいけないものを見た」と言う表情で固まったまま何かを言おうとしてやめた。彼女が「マーキュリー」と言おうとしたのか「マーズ」と言おうとしたのかは不明だが、ただ、そこでマーズとマーキュリーは自分たちがどういう現状にいるかをようやく意識した。
 着替えている途中でベッドの上で裸同然だったマーキュリーと、祓うためそしてマーキュリーにリーダー命令を伝えるためベッドに飛び乗りそのマーキュリーを拘束していたマーズ―傍から見れば情事に見えなくもないのだ。むしろそう見えて然るべき光景でさえあった。
 ジュピターは何も言わず部屋を横切り水筒を拾い、マーキュリーの枕元に持ち寄ったものを置いていく。そして一瞬だけそれぞれに一瞥をくれると、何か言いたげに、むしろ何を言いたいのか自分の中でまとまらないようにむにゃむにゃと口元だけを動かし、やりきれないように顔を伏せると結局何も言わず嵐のように走り去った。だが、そのジュピターの表情があまりに悲痛且つ純真な乙女然だったので、マーキュリーとマーズが反応を示せたのは足音が遠のいてからだった。
「ああっ・・・ジュピター!」
「・・・そーいえばマーキュリー・・・まさか、昨夜から裸で寝て・・・」
「・・・いや、着替えてる途中で・・・それよりジュピターをっ・・・」
 悪霊退散だ何だとあったとはいえ、裸なのを忘れたマーキュリーもマーキュリーだが今まで気にも留めなかったマーズもマーズである。そんな二人の間に何かあろうはずもないのだが、ジュピターの目の前の現実は真実を語らなかった。
 とにかくマーキュリーは目先のジュピターの誤解を解こうと慌ててシーツを体に巻き付け追おうとした。しかし、勢いよく体を起こした瞬間、内臓が浮く感覚を覚え悪霊退散で少し収まっていたはずの一気に吐き気が体中を駆け巡った。
「・・・うっ・・・ぶ」
「・・・マーキュリー!?」
 マーズは素早く傍にあった洗面器を出すが、マーキュリーは口を押さえ結局ジュピターとは反対方向の洗面台に向かって走る羽目になった。
 ジュピターに捕まえられたときよりは頭の回転は速くなっているし、大人しく寝ていればまだ普通に会話くらいは出来た分、未完成の魔性のものはどちらかと言うと頭や精神を呆とさせていたようである。すなわちこの吐き気は魔性とは関係ない純粋にヴィーナスの作ったものの結果によるらしく、マーキュリーは洗面台に顔面を突っ込みながら思った。
「(本当に死ぬかもしれない・・・)」
 


 その後マーズはマーキュリーをベッドに寝かせ寝巻きを渡し、表情に出さずともジュピターのことであからさまにうろたえているのが目に見える様子で出て行った。しかしマーズはしっかり「仕事」をしてくれ、ポケコンとピアス没収で部屋のコンピュータ端末も通信以外の機能を片っ端から封鎖していったようだった。まだゴーグルがあればベッドの中で情報収集くらいは出来たのだがとマーキュリーは思う。
 だが、一度戻ってきた吐き気は一向に治まらない。なまじ意識がはっきりしただけに不快感をより生々しく感じ、暑くもないのに全身をくまなく嫌な汗が流れていく。ジュピターの差し入れにも手を伸ばすことさえ出来ないままだ。結局ジュピターに言い訳する機会も逃してしまったし、仕事はどうなっているのか見当もつかない。どれくらい時間が経ったのかさえ分からない。
 ジュピターにもマーズにも言われたことだが、原因が昨夜ヴィーナスが持ち込んだものなのは最早疑いようがない。一応マーズが来るまでは自分の不摂生と言い聞かせている部分もあったのだが、自分の体内から出てきた煙とも毒ガスともつかない謎の気体はヴィーナスのせいだと断言された。
 だが、それも全て食べてしまった自分の責任である。こんな酷い目に遭うとは思っていなかったが、ある程度は最初から覚悟していた。マーズは『傷つけたくなかったのは分かる』と言ったが、それは―
「・・・マーキュリー」
「・・・・・・?」
「起こすつもりなかったけど」
「・・・ヴィーナス・・・?」
 先ほどのマーズ以上に気配も物音もなくいつの間にかベッドの傍にいたのは元凶であるヴィーナスだった。だがそれは人を見舞う表情でない。
「今日の朝の資料のデータがどこを探しても見つからなかったから。プリントアウトした分はあるんでしょう?どこ」
「・・・向こうの・・・キャビネットの一番上の引き出しの中に・・・」
「そう」
 ヴィーナスはそれを聞き出すとそれ以上何も言わずにキャビネットに向かった。そして目当ての資料を探し出し枚数を確認していた。それを見たマーキュリーは、先ほど膨れ上がった吐き気を思い出しつつも、静かに体を起こした。内臓がぞわぞわと騒ぐ感覚に顔を顰めつつ、幾度となくこみ上げる何かを抑えながら静かに声を出した。
「・・・ヴィーナス」
「何よ?」
「・・・あなた、だけ・・・来てくれないと・・・思ってた」
 公私混同とは知りつつ、それがマーキュリーのヴィーナスに対する本音だった。この現状はどこまで行っても自分のせい。そして自分が倒れるとその責任はヴィーナスが負うことになるのだ。だから彼女が一番忙しくなることも、自分なんかに構っている暇など全く無いことも分かっていた。
 そして、分かっていて、それでも思ってしまったのだ―ジュピターとマーズは来てくれたのに。
「来る気なんかなかったわよ。でもどうしてもこの書類が必要で・・・だから何?」
「・・・それだけよ」
「そう」
 ヴィーナスは書類の束を指先で弾くと、あっさりと踵を返して立ち去る。マーキュリーはただそれを目で追ったが、声はかけなかった。しかし、ドアから一歩出ようとしたヴィーナスはその姿勢のまま静止し、背を向けたまま独り言めいた口調でマーキュリーに尋ねる。
「・・・さっきジュピターが謝ってきた、昨日作ったやつ、あたしが作ったものは信用できないから自分の作ったものとすり替えたって」
「・・・ジュピターが?」
「でも、あたしも、自分の作ったものが信用できなかったから、ジュピターが作ったのとすり替えたつもりだった・・・変な見栄を張って結局あなたをこんな目に遭わせた」
 マーキュリーは知らない事実であったが―ジュピターは結局自分一人の胸にしまっておくことが出来なかったらしく、それによって実は二重にすり替えがあった。実のところヴィーナスはジュピターの作ったものを持っていったつもりでいたらしく、罪悪感のようなものもあったらしい。
「・・・正直、味云々より、あなたが私の持ってきたものを受け入れてくれるかどうかって思ったから。それを分かってて食べてくれたのは嬉しかったし、味はジュピターの作ったものだから平気だと思ってた。あたしが作ったって言っても平気で手伸ばしたし、何食わぬ顔で全部食べるし」
「・・・ヴィーナス」
 ヴィーナスは振り返らなかった。マーキュリーは振り返ってくれなくてもいいと思った。こういう告白に勇気がいるのは分かっていたし、彼女には自分の分も仕事がある。奪われたと言われたらそれまでだが。
 ただ、野暮だとは思いつつ、マーキュリーは最後に一声かけることにした。義理も見栄も意地もない、飾らない本音を。
「・・・あまり仕事以外に熱を傾けるのは感心しないけど・・・もし気が向いたら、また、ご馳走してもらえるかしら・・・今度はすり替えなんてしないで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 マーキュリーの予想ではヴィーナスはそこで去ると思っていたのだが、意外と律儀にヴィーナスは反応して部屋を横切りベッドの傍までやってきた。
「マーキュリー・・・」
 そしてヴィーナスはマーキュリーの頬に手を滑らせるように触れて、マーズ曰く「ここ何年かつてない真面目な顔」のまま、それでも少し困ったように言った。
「・・・あなた、マゾヒストなの?」
 そこでマーキュリーは反射的に傍にあった洗面器を投げつけようとした。だが瞬時に理性が押し留めた。そんな行動に出たら吐き気を抑えきる自信がなかったからだ。汗まみれの手でこらえるようにシーツを握り締め、少し逡巡し諦めるように顔を伏せた。
「・・・そう、かもしれない・・・」
「Σ認めちゃった!?」
「・・・あなたを好きでいるってこと自体が・・・」
「ちょっとどーゆー意味よ!?」
 ヴィーナスは自分が持ってきたものを食べた行為を非難しているのだとマーキュリーは思った。そして、その理由を、ジュピターには自分の味覚と嗅覚のせいだと言った。マーズにはブレーンとしての行為だと言った。マーズはヴィーナスを傷つけないためだと言ってきた。
 でもそれは全て違って―ただ、ヴィーナスが自分の事を思い出して作ってくれたのが嬉しかったからマーキュリーは食べたのだ。だから体調を崩したのは自分の責任であり、後悔も非難する気も微塵もない。
 だけど、原因がどうであれ、辛いときに一番傍にいて欲しい人は、自分の穴を埋めるために絶対に傍にいてくれないのが分かっている。それを分かっていて好きなのは、少し被虐的でさえあるのではないかと思ってしまった。
 ヴィーナスはあくまで仕事の用でここに来、そして自分が余計な話をふらなければそのまま黙って立ち去る気だったのだ。そして、自分は彼女に仕事を代わってもらっているにも拘らず彼女を邪魔してまでここにいてもらっている、そうマーキュリーは吐き気を飲み込みながら思う。
 ここまで何かに心を奪われるのはブレーンとしては好ましくないとは思う。でも、まだそれが露骨に伝わっていないならいいかとも思った。マーキュリーの本音を言い当てたのは、結局、ジュピターの「随分愛してるんだね」と言う言葉だけだったから。
「・・・ヴィーナス、もう仕事戻ったら?」
「そっけないわねー・・・って、確かにロスタイム半端ない!!定時に仕事が終わらないっ」
「・・・定時に終わらせるつもり?」
「当たり前でしょだからあなたに構ってる暇なんて一秒もないのよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「夜は洗面器持って添い寝してあげるから、それまでは我慢して独りで寝てなさい!じゃあっ」
 ヴィーナスは急に思い出したように立ち上がると、書類の枚数を確認しばたばたと足音を立ててベッドから離れた。ヴィーナスの一方的とも言える予定を聞かされマーキュリーは一瞬驚くも、黙ってベッドに潜った―肯定を意味する沈黙を返して。ようやく少しは心安らかになるだろうと一息ついて目をつぶると、出て行ったと思ったヴィーナスの乱暴な足音が再び近づいてきた。何か忘れ物かと再びマーキュリーが目を開けた瞬間にベッドが軋んだ。
「・・・んっ」
「お休みのキス!忘れてた!」
 先ほどのマーズより乱暴にベッドに乗られ、一瞬だけ唇が重なった。そしてそのままヴィーナスは素早くベッドから下り去ろうとした。既に三度目だったが、しかし。
「・・・うっ・・・」
「・・・マーキュリー!?」
 マーキュリーも三度。今のベッドの振動で吐き気が溢れ出、ヴィーナスを見送るどころか洗面所に直行する羽目になった。倒れこむように洗面台に顔を突っ込むマーキュリーをヴィーナスは結局仕事モードのまま無視することが出来ず追いかけ背中をさすった。
「・・・まだそんな気分悪かったの?」
「ごめっ・・・あなたの顔見たら我慢できなくなっ・・・げほっ・・・」
「ちょ、そーゆー言葉って性的な意味で使わない普通!?そもそもキスした途端吐くって超失礼よ!ジュピターとマーズも相当だったけど、それでも今日一番失礼な人ってあなたよ!?」
「・・・あり、がと・・・うぇ」
「いやいや全く以って褒めてないから!・・・生きてる?」
 マーキュリーはヴィーナスの質問に水道の蛇口を捻ることで返した。マーキュリーは静かにうがいをし息をつくとようやく顔を上げた。
「・・・はぁ・・・やっとすっきりしてきた・・・」
「アアソウ、アイノチカラネ」
「・・・そんな露骨な棒読みで嫌味言わなくても」
「すっきりしたんならあたしはもう行くけどっ」
 もうすっかりペースを崩されたヴィーナスは数度失敗している立ち去りを何とか成功させようと踵を返した。マーキュリーの先ほどの様子と比べるともうさほど心配ないように思えたので、さっさと仕事に戻ることにした。
「・・・ヴィーナス」
 だからヴィーナスは何を言われてももう振り返らない気でいたのだが。
「・・・その、時間が急いてるのは分かってるけど・・・・・・・・・その」
「・・・何?」
「・・・ちょっと、だけ・・・ぎゅっ、てして欲しいの」
「・・・・・・・・・まだ具合悪いみたいね。普段からおかしいけど更におかしいわ」
 マーキュリーの言葉にヴィーナスはわずかに引きつりはしたものの、結局肩をすくめ、微かに目を細めると静かに抱きしめた。それはむしろ仲間に対する親愛に近いような数秒のハグだったけれど。
「・・・ちゃんと寝てるのよ?」
 今度こそ、ヴィーナスは扉を閉じ去って行った。マーキュリーはそれを目だけで見送り、微かに微笑んだ後ゆっくりベッドに腰掛ける。もう動いても吐き気が染み出すことはなかった。そしてジュピターの差し入れに手を伸ばす。食欲があるわけではなかったが、一応薬を飲む為には胃に何か入れなければいけないと、水筒のカップに小分けしてスープを啜る。こんなときでも味を感じるのはジュピターの腕さまさまだろう。祓ってくれたマーズにも内心感謝して、そして―彼女の訪問で、胃だけでなく、胸に澱んでいたものが取れた気がするから。錠剤と湯を一緒に飲み下した。
 体調がそれなりに落ち着いても、未だコンピュータ端末は封鎖され、ポケコンとゴーグル没収。そんな憂き目にあっているから、眠るしかないのだけれど。
「・・・ほんとに・・・おかしいわ、私」
 ジュピターは彼女自身がそう言ったようにマーキュリーをベッドに縛り付けておくべきであったし、マーズも彼女が命令されたことを律儀にマーキュリーに伝えるべきではなかった。ため息をつくマーキュリーの手の平に転がる水色のピアス。
 マーズに没収されたものだが、彼女が「リーダー命令で動いた」となると報告がてら現物をヴィーナスの元に持って行くことになるだろう。そして多忙な上元々この部屋に来る気も長居する気もなかったヴィーナスは、ピアスもポケコンもまとめてポケットにでも入れているだろうとマーキュリーは予想していた。
 そして―先ほどの抱擁のとき。
 ポケコンを奪うとばれる可能性が格段に上がるので諦めたが、少なくともピアスは取り返すつもりでいた。それは仕事を任せておけないからではなく、稚拙な意地による行動。すぐ気付いたら彼女は怒りに来るだろうか、それとも仕事に集中し意外と気づかないかもしれない―どちらにせよこの事実を知った時の彼女の表情が知りたかった。
 マーキュリーは緩慢な動作で仕事着に着替えると、ピアスを装着しゴーグルを起動させる。室内の端末は封鎖され、外に出れば誰に見つかっても捕まってしまう。それでもゴーグルさえあれば、少なくとも兵士や女官には捕まらないままどこかしらのコンピュータ・ルームに辿り着く自信はある。だから気付かれるまでは何が何でも自分の仕事は取り返す。少なくとも3人が自分に割いた時間分は取り戻すつもりで。
 ゴーグルの情報に頼るとマーズは祈祷場に、ジュピターは外で兵の統率をしているらしかった。先ほどのことが二人の仕事の尾を引いている様子でないことに安堵しつつ、むしろ単に双方顔が合わせられないだけかもしれないが、やはりマーキュリーの仕事はヴィーナスが担っているよう。なら自分が部屋から消えたことに一番に気付くのもヴィーナスのはずだとマーキュリーは頭の中で組み立てる。そして部屋のコンピュータ端末の封鎖をなんでもないように解除していく。
 本気で仕事をする気ならヴィーナスにばれないように、簡単に封鎖を解除出来た室内の端末のみをいじり、彼女が今後見るであろうデータを一時的にごまかしながらやるのが正しい。むしろブレーンならそうすべきなのだけど、結局いずればれることにそこまで自分の手の内を見せる気はない。この部屋でないコンピュータ・ルームで、普通に仕事をする。そしてやがてばれるその事実を、ヴィーナスがピアスの紛失に気付くのが先か、仕事の進行具合で気付かれるか、直接見つけるかは分からなくても。
「(どうせばれるなら・・・分かりやすいように逃げる)」
 どんなに愛されていると分かっていても―結局、来てくれないだけで寂しくなる。でも駆け引きなんてとても出来ないから、せめていつまでも彼女に油断されない存在でいたいだけ。そしてそういう言い訳を自分にしなければ行動に出られない弱さが厭わしくもあるけれど。
 命令に背いた上に先ほどの要求がピアスを奪う為と知った彼女は怒るだろうか。むしろ怒って、また滅茶苦茶な理屈をつけてあの高い声で耳元でがんがん怒鳴って、無理矢理連れ戻されても構わない。
「(・・・だから、つかまえて。はやく)」
 そして、意外と小さい体で抱きしめてくれればいい。
 普段なら向き合うことさえできない感情がはっきり頭の中に浮かんできたが、それは全て本調子でないかららしくないことを考えることもあるのだと思い直し、マーキュリーはドアを開いた。





         *****************


 「原作でやってほしい」と言うお言葉を頂いた金水看病ネタ。こんな話を期待されてたかは恐ろしいほど自信ないんですが、全員出したかったのと前世に限ればマキュが倒れてもヴィーだけは自主的に看病なんか来ないんでねーのと思ったんで。この話何気にマキュがMですよね(笑)
 
 さて、一番厄日だったのは誰でしょう。
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