最初に感じたのは隣の熱の不在の違和感。そして下腹部の熱。疼くように熱いのに不愉快ではない。それなのにその内側の熱に比べ外の親しんだ熱がない違和感が酷くて、そこでようやくレイは意識を覚醒させた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
少し寒く体全体がどこか重い気がして、寝不足もあいまってレイは布団の中で思わず体を丸める。体を動かしたところでようやく頭を動かす余裕が出来、ぼんやりと自分が置かれている様子を思い出す。
確かここは自宅ではない、まことの家に泊まりにきて、一緒にベッドに入って、その後は―とそこまで思い出したところでレイは声もなく枕に顔を埋め羞恥に一人悶えた。
昨夜のまことは随分しつこかった。何度果てても体を埋めてきた。別に特に寂しがってるとかそういう気配も感じなかったのに、随分体を離してくれなかった。
そのおかげで、目覚めた今は裸のままだし腰はだるいし下腹部は余韻に未だ甘く疼いている。
「う゛ー・・・・・・・・・・・」
それなのに目覚めたときに、頭が働く前に隣の熱が消えている違和感を感じた。彼女が今隣にいない、ただそれだけのことがレイの体に違和感を覚えさせるほどに染み付いているのだ。
恥ずかしいやら情けないやらでレイは目覚めて早々泣きたくなったが、数時間前までさんざん泣かされていた上に今泣いたら本当に屈してしまう気がして、レイは重い体を無理矢理布団から引き剥がした。幸いまことは隣にいないので別に体を隠す必要もない。
いても今更ではあるが、それは気持ちの問題だ。
朝の光が寝不足の目に容赦なく沁み込む。時計を見るといつも起きる時間より少し早い。元々レイは早起きな方なので、まことがレイより先に布団から出ていると言うのは珍しいことだった。仮にまことが先に目覚めても、布団から出る時にレイは気配で気付いてしまうので、目覚めて隣にいないと言うことは滅多にない。
そう思い俄かにレイの心に不安が陰る。だが部屋から出るにはとにかく服を着なければ、と足もとに畳んでいる服を拾い上げようとしたところで無遠慮にドアが開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言うまでもなくドアを開けたのはまことで。だが何を思ったかまことはドアの前で固まってしばし声もなくレイを見つめていた。それも嫌そうな顔で。
レイはレイでそんなまことをしばし思わず見つめてうっかりアイコンタクトを取って、今更自分の置かれた状況を思い出して咄嗟にまことに枕を投げつけた。
「どぉわっ!」
しょせん変身前の腕力なので当たってもたいしたダメージは無いのだが、まことはいやに慌てて大真面目な顔をしてそれを受け止める。
「こらっ!物投げるのだけはやめろっ!あたしはともかく植物の鉢に当たったら泣くっ」
こんなときにものすごくまともな正論を捏ねられてレイは一瞬たじろいだ。自分のことはともかくと言っているあたりまことはすごく優しい。
だが眠りにつく前は別人のような態度でいじめられていたのも事実である。レイは引っ込めなかった。
「・・・う、うるさいわね!ノックぐらいしなさいよ!」
「あたしの部屋だぞ!」
「・・・だからって私がいるの知ってるでしょう!」
「寝てるかと思ったのにっ・・・ああもう朝からすっぽんぽんで暴れるのはやめてくれ」
額に手を当てるまことの言い分はやはりかなりの正論である。だが人の裸を凝視して挙句嫌そうな顔をするのは何事か、とレイはテンパった頭で思う。そもそも好きで裸で寝てたわけではない。
レイはとにかく体を隠すようにようにシーツを体に巻いてベッドに潜った。頭の中身がぐちゃぐちゃしてまとまらなかった。
そんなレイの様子を見、まことは困ったように頭をかき、ベッドに腰掛けレイの頭の横に受け止めた枕を置きレイの頭をぽんぽんと叩いた。
結局はレイが拗ねたような形になってしまって。
「・・・・・・・・・・・・・おはよう、レイ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・さっき」
「え?」
「さっき私のこと見て嫌そうな顔した」
「・・・はい?」
「何で・・・・・・そんなに機嫌悪いのよ」
傍から見ればどう見ても機嫌を悪くしているのはレイのほうなのだが、だがそれでもレイはまことが部屋に入ってきたときのしかめっ面が忘れられない。人の顔を見ただけであんな顔をされればいい気分はしないものだ。
ましてやあんなに求められた後だと余計に。
だが、こんなことを言ってもどうせ言ってもすっとぼけられるのだろうと思っていたレイだが、意外にもまことは口元を歪めた後レイから顔を反らしぽつりと言った。
「だって・・・レイ、起きてるから」
「・・・は?」
「・・・・・・・・・・・いつも早いから・・・頑張って・・・早起きできないようにしたのに」
よく分からない言葉にレイの思考回路は鈍る。それは決して寝不足のせいではない。まことの言葉が飲み込めないのだ。
「・・・・・・・え、何?」
「・・・・・・やってみたかったんだ」
「何を?」
「・・・・・・・朝、ご飯作って出来てからまだ起きない人起こしにいくの」
「はい?」
「・・・・・・・・・だから・・・起きられないように・・・したのに」
「ちょ、ちょっと待って」
レイは体を起こして―勿論シーツで隠しはしたが、まことの顔を自分のほうに向かせる。まことの顔は若干膨れつつも羞恥に染まっており、これは昨夜の情事中ですら見せなかった表情である。まことの言葉を脳内でレイは、もう羞恥も憤りも忘れ整理する。
まことは起きない人を起こしてみたいと言っていた。シュチュエーションは多彩だが、確かにドラマや少女漫画では最早定番過ぎて誰も使わないんじゃないかとも思えるくらいの定番シーンである。
だが人一倍早起きの習慣があり寝起きもいい上に、気配に誰よりも聡いレイを起こさないで部屋から出て朝食を作り終えるのは意外と至難の業で。
「・・・・・・・まさか」
つまり昨夜のしつこいくらいの情事は単にレイを疲れさせて眠りを深くし一人で起きられないようにするためだったらしい。行為は目的ではなく目的のための手段であったわけで。
しかも聞くだけで鳥肌が立つようなこっ恥ずかしい乙女な理由で、まるで乙女とは思えないあんなことやそんなことをされてしまったのだ。それも一晩中。
レイは愕然となって頭を抱えた。
「・・・・・・・・く、くだらない」
「く、くだらないって何だよ!あ、あたしだって・・・・・・・」
「そっ・・・そんなことのために私はここにいるわけ!?」
「そんなことって何だよ!あたしが何考えてようがあたしの勝手だろ・・・!」
「下らないことにためにしょうもないことしないで・・・!そんなことのために、あんな・・・信じられない」
「自分だって結構よろこんでたくせに・・・!」
「う、うるさいわね!」
「だってうさぎや美奈や亜美ちゃんに・・・やっても・・・・・・」
「・・・え?」
「美奈とうさぎと亜美ちゃんは寝起きが悪かったけど・・・」
「ちょ、まこと、まさか・・・美奈やうさぎや亜美ちゃんまで起こしたの?」
「泊まってもらったときに・・・三人とも問題なく寝起きが悪かったからあたしが叩き起こしたけど・・・むしろお母さんみたいな気分で」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「何か違ったんだよ」
そこで今度はまことがふてくされた猫のようにベッドから立ち上がった。その背中を見て、レイは何となく思った。レイには甚だ理解しがたいのだが、まことなりにこだわりはあったらしい。
自身は問題なく寝起きがいい上に家族もまことも勝手に起きてくれるので、レイは誰かに起こされたり起こしに行くなんて言う概念はあまりない。たまに皆でお泊まりなどした時、仮にうさぎや美奈子や亜美を起こせと頼まれたらその苦労を考えるだけで正直面倒だとも思うだろう。
でも、よく考えたらそもそも誰かを起こすなんて、傍に誰かがいないとできないことで。
「・・・まこと」
「・・・もう、朝ごはん作ってくるから、レイ服着といてよ。お風呂も今沸かしてるからシャワー浴びたかったら先に」
「あたまいたい」
「ええっ!?」
機械めいた抑揚のない声で言うレイの体調不良の訴えに、それでもまことは血相を変えて振り返り、大慌てでレイのむき出しの肩を掴んだ。
「あ、頭痛いって・・・風邪か!?裸で寝たのがまずかったのか・・・ああでも毛布はちゃんとかけてたし・・・熱測るか!?」
「それはいいから」
「じゃあっ・・・どうしよう!と、とりあえず寝てろ」
裸で寝てたとか大声で言うな、とか誰も聞いてないのは分かっているのだがレイは薄ぼんやり思う。
だが今そんなことを突っ込むほど野暮ではない、流石に。
「・・・・・・・・下らない話聞かされた上に寝不足で頭痛い」
「・・・確かバファリンがあって・・・・・・・え?」
「あなたのせいよ」
「・・・・・・・え、あ・・・うん」
「だから私、もう少し寝るから」
「・・・レイ?それって」
「・・・朝食出来たら・・・起こしに来て」
そこでまことは目を丸くした。その意外そうな表情がまたレイの気に障って、レイは先ほど同様ふてくされるように背中を向けてシーツを頭からかぶった。外側から包み込む熱はやはりないけれど、下腹部の熱は未だ甘く体に残っている。布団に残る残り香も心地よいもので。
これならもう一度眠ることは出来る。
「・・・・・・あ、ありがとう!おやすみ!ゆっくり朝ご飯作るから待ってて!」
「・・・・・・・・・・・・・言っとくけど、これっきりよ」
布団越しにレイはくぐもった声を上げて目を閉じた。
このくらいの願望を叶えてあげてもバチは当たらないだろう。正直なところ手段はもう少し考えてほしいものだが。
だがそれも嫌なら本気で拒絶できたはずで。
結局自分は想像以上にまことに甘いのだ。でもそれは彼女が自分を甘やかしてくるからで、それ以上に彼女自身が自分に甘えてこないからで。だからせっかくの願望のパートナーを自分に選んでくれたことに、少しは感謝するべきなのかもしれない。
でも、やっぱりこれっきりにして欲しい。
「・・・・・・・・おやすみ」
「ん、また後で」
せっかく一緒にいるのに、目が覚めたとき隣にいないんじゃ不安になるから。隣に熱がないと違和感を覚えるような体にしてしまったくせに、今更そんなしょうもない願望でいなくなられては困るのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・うぅ」
まことが部屋を出たのを確認してから、レイはまたしてもシーツの中誰も見てないのに体を丸め羞恥に悶えた。
恥ずかしいのはまことより自分自身なことを感じつつも、もうどうしようもない。
やはり、どんなに寝不足でも眠りにつくのは無理そうだった。
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朝食作ってもまだ起きないパートナーを「お寝坊さんめ☆」みたいな感じで起こしに行くってこっ恥ずかしい定番シュチュにまつわる話をやってみたかったのです。あと深刻性のない痴話喧嘩とか。
熟睡中のまこちゃんにレイちゃんが一人こっそりデレる展開も捨てがたかったですが。
まこちゃんの願望って、そんなに難易度高くないはずなのに相手がレイちゃんなせいでハードル高くなってるもの多そう。
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