ここ最近、レイは祈祷場にこもっていた。特に嫌な予感がしたわけでもなく敵の動向を予測しようという明確な理由があるわけではなかったが、巫女と言う職業柄とでもいうべきか、ある意味趣味も兼ねているのかもしれないのだが、レイはただ闇雲に炎に向かい集中していた。
集中しないと何かに飲まれてしまいそうなそんな感覚。
理由もないのに何かにがむしゃらに向かうと言うのは愚かしいと言うのはレイも重々承知のことだが、それでも何かしていないと心の安定が保てなかった。
「よお」
不意に目の前の炎が揺らいで、背後の扉から光差す感覚。振り向かなくても声を聞かなくても、誰かは分かった。だから振り返らなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・まこと、今私が何してるか見えてるの?」
炎により篭った熱気の中に、太陽の明かりと新鮮な空気が入ってくるのを感じる。酷く汗をかいた体にはそれは心地よくて、それが逆にレイをいらだたせる。
「うーん・・・何してるって言うか・・・怒ってるように見えるかな」
「なら出て行って。邪魔よ」
「でもねぇ。そりゃ連絡もなく来たあたしも悪いけどさ、2時間も3時間もこんなとこ篭ってんじゃ中で倒れてんじゃないかって心配になるよ」
3時間と言う言葉にレイはぴくりと反応した。もともとどこか浮世離れしたところのあるレイは、一度集中すると主観的な時間の概念は鈍くなる。
だからまことの言葉がに本当だとしたら、自分がそれだけ集中していたと言うより、その間黙って外で待っていた彼女の行動のほうに驚いてしまう。
そう思ってようやく振り返ると、逆光に見えるまことの表情は確かに笑っているように見える。炎とは違う眩さに、思わず強く目を細めた。
その佇まいはどこまでもレイの心を燻ぶらせるのだ。
「・・・・・・・・この暇人」
「相変わらず酷いな」
「他に何だっていうのよ」
「ま、生きてたならそれでいいんだけど、ちょっと休憩したら?」
「・・・余計なお世話よ」
「何でそんな根詰めてるんだよ?何かあったのか?」
「・・・・・・・・何もないわよ」
根を詰めているのは本当のことなので否定しない。自分がこんな行動に出ている理由に関してわざとらしい嘘をつかないのは『仲間』だから。
使命を帯びた上での行動なら情報は『仲間』なら共有するべきだから。
つまり黙っているということはプライベートなことだから聞き出さないで欲しい、そういう意味を込めた一言だった。
まことは肩をすくめる。鈍い彼女でも、どうやらレイの言うことを察したらしい。
「まあ、あたしに言いたくないならいいけどさ・・・あんまり根詰めておじいちゃんとかフォボスやディモスを心配させるのは感心しないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それなのに、まことはレイの心にまた何かを燻ぶらせるような言葉を残していく。両肩には見せ付けられるようにフォボスとディモスが乗っていて尚更面白くない。
彼女たちはレイが何かに心を曇らせていることに気付いてはいるようだが、当の原因の肩の上に乗っていることには気付かないようだった。
「・・・・・・・・何の用?」
どうせもう集中は切れてしまった。誰かに縋るような気分ではなかったが、心許せる家族に心配をかけてまでこんなことを続ける理由は無い。例え目の前に心乱される原因がいたとしても、一人で持て余しているよりはマシかもしれない。心を乱されているのはどこまでもレイの勝手で、まことに罪はないのだから。
レイは汗で張り付いた髪をかきあげながらまことのところに向かう。
「んー・・・レイ、何してんのかなって思って」
「・・・・・・・・・・この暇人」
「いいだろ別に」
「他のとこ行けばよかったじゃない。おじいちゃんに何言われたのか知らないけど・・・2時間も3時間も待ってるなんて」
「いや、おじいちゃんが心配してたのは本当だけどね、おじいちゃんには帰ったほうがいいって言われたんだけど・・・」
「けど?」
「何となく会いたくなって・・・」
「・・・・・・・・・・・暇人」
「もうちょっと違うこと言ってほしいな。うーん、最近レイ元気ないんじゃないかって何となく思って・・・今の様子見てると、あながち間違ってないように思えたし」
「・・・・・・・・・・余計なお世話よ」
「はいはい。じゃあ・・・・・・あたし、レイに頼みがあるんだ」
「・・・頼み?」
じゃあって何だ、とか、明らかに今作った頼みだろう、という言葉はレイは飲み込むことにした。自分をここまで心配してくれる友人は欲しいと思ってもそう得られないものだ。
そして出会ってすぐの頃に感じたお節介一辺倒な印象もまた変わってきている。無理に話を聞きだすことはしないから、何となく会いたくなって待っていてくれたと言うのは本当だろう。
それが分かってしまうから嫌なのだ。
それが嬉しくて、何かを期待してしまう自分がいる。仲間であり友人の垣根を越えない感情はあまりにも心地よいものなのに、それに基づいて誰よりも信頼できる関係を築いてきたつもりなのに、このところそれを自分から破ってしまいそうになる。
だけど遠ざけることも出来ないまま、結局はこうやって彼女と向き合ってしまうわけで。遠ざけてしまえば、それこそ自分の気持ちに屈してしまうようでレイにはできなかった。
だから何かに集中することで振り払うつもりだったのに、まさか彼女自身に邪魔されることになるとは思っていなかった。
「レイ、占い得意だろ?あたしのこと占ってよ」
「・・・・・・・何について?」
「・・・えっと・・・・・・・・れ、恋愛、とか?」
願ってもない言葉だった。断る理由なんて、ない。恋愛を拒絶した自分が、それでも彼女の望む未来のための恋を願ってやまないのだから。
ただ、少しだけ軋む心を、レイは曖昧に頷くことでごまかすことにした。
「あまりあてにはしないで欲しいけど。特に、こういうことは」
「ああ、レイの力を信じないわけじゃないけど、鵜呑みにするつもりもないから大丈夫。ちょっと参考にしてみたいだけ」
二人は場所を変え、レイの部屋にいた。
霊感だと失せ物探しや過去に関すること、つまり不動のことしかはっきりわからない。未来のことは、これから起こり得る事象に纏わりつく予兆を人並み以上に感じることは出来るが、運命は山の天気と似たようなもので、ささやかなことでころころと流転していく。
レイに未来など分からない。だだ、天気で言う雲の動きを予測することが出来る程度のものであるだけだ。だが外れたとしてもその外れたこと事態が運命を流転させたりもする、占いとはなかなかどうして侮れないものである。
法則があるようで、見つからない。でも何となく分かることもある。それは、レイが持て余す感情にもどこか似ている。
「・・・何が知りたいの?」
「え?」
「恋愛って言っても色々あるでしょう。いつ運命の人と出会うのかとか、どんな人と結婚するのとか・・・」
「あー・・・うん、実はちょっと気になる人が出来て」
「気になる?好きじゃなくて?」
「うーん・・・なんだろうね。今までの好みのタイプとかあたしの理想と全然違って・・・でも何となく気になるんだよなぁ」
「どんな人なの?」
「恥ずかしいんだけどさ・・・何だろう。あたし、今までさ、運命の人って会えば分かると思ってたんだ。別にうさぎや衛さんみたいなほどじゃないけど、その人と出会うべくして出会って・・・今まではこの人じゃないかって何度も思ったけど駄目で。で、どんな人がいいんだろうって考えてみたんだけど」
「・・・・・・・・・・ええ」
「漠然としてるけど・・・優しくて、格好良くて・・・尊敬できて、辛いときや悲しいとき守ってくれるような人がいいって・・・月並みだけどそう思ってたんだけど」
レイはまことの言葉を黙って聞いていた。別に彼女の言葉がおかしいとは思わないし、特別に理想が高いとも嗜好が変わっているとも思わない。大抵の女の子は自分だけの王子さまを求めているものだから。
レイ自身、まことにそれを望んでいるはずだ。恋愛を拒絶した自分でもはっきり思う。いつか、ずっと一人だったまことの隣を歩いてくれる、誰かが現れれば。
きっと、この気持ちも治まるはずなのに。
「なんかね、その人、冷たいんだよ」
「冷たい?」
「無愛想だし、無口だし、そのくせ気まぐれでわがままだし、変に潔癖なんだけど結構世間知らずでいい加減なとこあるし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと顔はいいかもしれないけど、それでもあたしの好みじゃないし」
「・・・いいとこないじゃない」
「それでも・・・何か、こんなの自己満足って分かってるんだけど・・・・・・・あたしがついててあげないとって思っちゃったりするんだよね」
「・・・やめときなさいよそんな人」
それはレイの口から出た本心だった。まことはこんなに冷静に相手の欠点を並べ立てている。その時点でまことが言う理想とは大いに外れていることだ。それに、レイ自身、口には出さないもののそんな人物にまことを任せられるか、と思った。
彼女を守って、幸せにできる人物でなければ。自分が文句の付けようがないほどの人なら、彼女のためにこの気持ちを治めることができるのに。
「あたしも単に放っとけないタイプなんだろうなって思ったんだけど」
「・・・そうでしょう」
「でも、よく考えたらあたしが考えるあたしの理想の人って、いつどこで何から守って欲しいかとかいうのも、自分でよく分からないんだよ。今まで大抵のことは自分で何とかしてきたし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもその人は・・・愛想無いしわがままだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あたしが眠いときとか、お腹すいたときとか、宿題分かんなくて困ってるときとか、楽しいときとか、落ち込んでるときとかに・・・ほんの些細なときに、ふっと振り返ったら自分の目の映るところにその人がいればなって・・・笑ってくれてたらもっと嬉しいなって・・・思うんだ」
まことは困ったように笑う。妙に冷静なその態度は、いつも不特定多数の誰かが素敵だと軽く言っているような態度とは違う。
何となくレイは悟った。好きかどうかはっきりしないと言っているこのまことの言葉こそが、誰もが焦がれる運命めいた恋なのだと。
義務でも友情でも使命でもなく当たり前のように傍にいる人物。それこそ、レイがまことに持っていて欲しいと望んだ存在。
自分がなれないと諦めていたもの。
「どう思う?」
「・・・占いとか関係なく、私は勧めないわよ。その人、聞いてる限りいい印象ないし」
「占ってくれないのか?でも気になるんだよなぁ」
「大体、その人は、あなたのことどう思ってるわけ?それだけ悪口が出るってことはそれなりに知ってる人なんでしょう」
「うーん、何か如何せん愛想無いしわがままだし冷たいしそっけないし、何考えてるか分からないからな」
「最低じゃない」
「でも嫌いとか思ったことはないんだよ。あたしも嫌われてはないと思うんだけどね」
「それでも占うまでもないわ。友達として言うけど、そんな人あなたに相応しいとは思わない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むぅ」
レイは自然と表情が険しくなる。まこともそんな様子を見て口元を曲げる。だがレイは表情を崩すことは出来なかった。
まことのことを本当に思うなら、ここできちんとその恋を応援してあげるべきなのに、口から出た言葉はそれを否定することで。
まことも何を思っているのか口元をむにゃむにゃと歪ませながらレイを見つめている。だがレイもこれ以上言うことも見つからずに不毛な見つめ合いは続く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー」
やがてまことがうなだれるようにレイの方に手を置いて顔を伏せた。
「・・・・・・・・・・・・・どうしたのよ」
「・・・・・・・・・・いや、反対されると反発したくなるものだなーと思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「レイ」
ふと真面目な声で名前を呼ばれて、手を頬に滑らされてレイは一瞬息が止まった。真っ直ぐ合わせられた目線はいつもみたいにふわふわした笑顔でなく、真剣そのものだった。
「レイ、笑って」
未来なんて、本当に占いや霊感では想像もつかないものだ。レイの思考回路は予想もつかない形でショートした。
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「占い(うらない)」するレイちゃんと言葉に「裏ある(うらある)」まこちゃん、と言う言葉遊びが密かにテーマだったりしたんですが、生かしきれてない感ありありorz
まこレイは都合よく原作と実写ごちゃ混ざってる感じです。どっちもほんとに好きだから困る・・・
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