『あの』忌々しい事件は、学園内で警察沙汰寸前となることによって、私の仲間や、そして何より私の脳にも強烈に残ることとなった。
罪悪感は無いが、不快感は残る。そして何よりも―
「レイちゃん、美奈にキスしそうになったんだって?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「しかもその美奈が止めなければ、他の女の子にも襲いかかろーとしてたんだって?」
私の大切な人に知られてしまったから。
軽口のように叩くその言葉。彼女からは怒りは感じられない、どこかからかうような冗談めいた口調だったけれど、ほんの少しだけ、感情の揺れを感じた。
嫉妬と言うよりは、どこか寂しそうに揺らめく翡翠の瞳。普段は穏やかさを湛えたその色に、陰りが見えた。
信頼されていないわけじゃないし、そもそもあの事件に私の感情が伴わなかったことは理解されている。そして美奈に対しても呆れはあれどそれ以上のマイナスの感情はない。
「・・・・・・・・・・・・・・未遂、だったん、だよな・・・?」
微かに震える、せめてもの救いを求めるような声。
―ああ、この人は嫉妬というものが苦手なんだ。誰よりも寂しがりなのに、そんな感情があることを気付きさえしないから。
この事実を、ただ悲しんでる。そしてそれを感じることを嫌悪しているんだ。そんな向け場の無い感情を持て余しているのが、感覚で分かる。
それが私にはほんの少しだけ嬉しくて、苦しい。
「・・・レイちゃんがキスするのは、そんな子たちじゃないだろ・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・どこなんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あんな妖魔なんかに操られた自分が不甲斐ない。それ以上にこの人を悲しませる行為をしてしまったことに悔しさを感じる。
知っている。私は―
「―痛ッ・・・」
彼女の、身長につりあわない細い手首を掴むと、そこに噛み付くように口付ける。刃のように尖った犬歯を押し付け痕をつけ、舐める。
―唇へは愛情のキス。あの妖魔はもしやそれが欲しかったのだろうか。
だが生憎私が好きな人に向けるものは、そんなものじゃ全然足りない。だからこそ―
「レイは―」
「まことがほしい」
手首へのキス。それは支配的な欲情を表す。私はこの人を駄目にしてしまっても全て自分のものにしてしまいたいと言う欲望を持っているのだ―そんな自分を止められない。そして、そんな、子どものような独占欲を受け入れてくれる彼女を愛しているのだから、唇のキスだけで愛情を持っていると思われたくなんかない。
そのまま手首を掴んで押し倒して、首筋に噛み付く。実際の力比べなら私には万に一つの勝ち目もないが、彼女は抵抗もしない。
そのまま獲物を屠る肉食獣のように、歯を首に食い込ませる。苦しそうな声が漏れたけれど、それでも彼女は抵抗しない。
そして口を離すと、喉には最早キスマークとは呼べないくらい痛々しい痕が残っていた。彼女は涙目に息を荒くしながら、それでも慈愛に満ちた瞳で私を捕らえる。
下から私の髪を梳く指が、くすぐったい。
「・・・私がキスするのは―私が愛してるのは」
「・・・わか・・・ってるよ・・・」
「・・・分かってない」
「・・・?」
「・・・ほんの少しでもあなたにそんな思いをさせたなら」
この人にしか、あげない。
「―だから分からせる」
「・・・・・・だ、いて・・・」
大きい体に、幼い子どものような弱々しい声の懇願に、私の意識は炎の如く揺らめいて理性が溶けた。
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心がすごく広いけど、実はものすごく寂しがりな人。冷静に見えるけど、炎のように強い独占欲を秘めた人。
いいカップルです。まこレイ(レイまこ?)。
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