プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

王手

2015-04-28 23:59:46 | SS







「王手」

 ぱちん、というきれいな音が縁側を通り抜ける。レイは黙って頭を下げて、投了の姿勢を見せる。

「・・・亜美ちゃん、将棋も強いのね」

 亜美は駒にかけた指をすっと引くと、にこりと笑った。その笑顔がレイには眩しく、少しだけ恨めしい。

「ありがとう。でも、レイちゃんも強かったわ」

 事は放課後の集会、ホームルームが長引いたらしいトリオより一足先に神社にやってきた亜美が、神社の縁側で将棋の盤を見つけたことから始まった。
 レイは、祖父の友人が昼ごろやってきて、縁側で将棋を指していたこと、これから片づけるつもりなことを告げた。だが、ぺらぺらの板ではなく、本格的な脚付きの将棋盤は亜美とてあまり目にする機会はなかったらしく、妙に興味を示した。

 だから、レイは軽い気持ちで、ほかの人が来るまでどう、と亜美を誘ったのだ。
 わりと幼いころから祖父に鍛えられていたこともあって、レイは将棋は得意だった。あまり同年代に対戦相手もおらず披露する機会もなかったが、亜美とふたりきり、しかも盤まできちんとそろっている状況だったから、ほんとうに軽い気持ちだった。亜美なら将棋のルールは知っているだろうというのと、たとえ亜美でも経験だけで言うなら自分が上だという侮りもあったと思う。実際、亜美はあまり将棋の経験はないと言って、どこかこわごわと駒を触っていたのだ。

 それなのに、爽やかな夕暮れ時、すがすがしいほど容赦ない手で攻められたレイはあっさり負けた。

「チェスだけじゃないのね」
「え、ええ・・・私の周りはチェスをする人が多かったから自ずとチェスばかりだったけど、将棋も知識としては・・・」
「それにしても悔しいわね。少しは自信あったのに」
「で、でもレイちゃんも強かったわ。ほんとうに」
「いいわよ、お世辞は」

 少しだけ拗ねたような口調で返せば、亜美は申し訳ないほどあわあわとした態度でレイを見返してきた。その表情を見るだけで、こちらがいじめてくるような気がしてくるから不思議だ。先ほど真剣な表情で容赦なく攻めてきた人と、同一人物とはまるで思えない。

 思えば、亜美が真剣に考え事をする表情を、こんな間近で、しかも正面から見るのは珍しい気がした。勉強を教わっているときは隣り合っているし、教科書やノートを見るからわざわざ亜美の顔をまじまじと見ることはない。ほかの人が教わっているときは、一列にいても隣り合っていたり、正面であっても机越しだったりで、ここまで近くはない。
 指令室にいるときやパソコンを使っているときは、せいぜい後ろから覗きこむ程度で。戦っているときは、戦略を組み立てるマーキュリーに被害を与えないため、自分が前を行くことがほとんどだ。

 レイはチェスを嗜まない。だから、この盤の幅だけの距離で真正面から思慮に沈む亜美を見るのは、ほんとうに珍しいことだ。

「・・・レイちゃん?」

 黙ったままのレイを訝しんだのか、亜美が少しだけ首を傾げレイを見つめる。まさか将棋の結果ひとつで本気でレイが機嫌を損ねるとは思っていないだろうが、少しだけ不安そうだ。戦っているときとは、ほんとうに別人のような表情で。

 対戦中の、微かにうつむいて、真剣に盤を見つめるまなざし。駒の動きを用心深く見つめる表情。木漏れ日を浴びて微かに影を落とす長いまつ毛。駒を打つのに慣れていない、きれいな爪の揃った指。こちらの手を観察するとき、ほんの微かに動く唇。混じりけのない本気。それらはすべて、レイがこれまで見ることはなかった表情。

 こんなに、近くにいたはずなのに。

 ゆっくりふたりの時間を楽しむことも無かった前世から、今、ともだちになってから中学を卒業して高校生になって、やっと、やっと今、亜美が戦う時にこんな顔をすることに気づいた。せめて同じ学校だったら、ひとつの机を挟んで勉強やなにかをしていたら、そんな表情を見ることもあったのかもしれないのに、それすらなかったレイはいまさら知った。

 だからそれがうれしくて、それと、自分がこれから打つ手が王手になることを確信していたから、少しだけ口角が上がる。少しは自信があったものをこてんぱんにされて、レイには正直負け惜しみの気持ちもあった。

 そう、これは完全にただの負け惜しみなのだ。だから、できるだけ不敵に言い放った。

「将棋を打っている亜美ちゃんはきれいだから、正直、集中できなかったもの」
「れ、レイちゃん!」

 一気に顔を真っ赤に染める亜美を尻目に、レイは王手を返せたことに内心で舌を出しながら立ち上がった。そろそろいつものメンバーがそろうことを気配で察したからだ。未だに立ち上がる気配のない亜美を置いて、レイは縁側から庭に立つ。

「亜美ちゃん、よかったらまた相手して」
「・・・え、ええ。レイちゃんがいいなら、私はもちろん」
「今度は負けないわよ。亜美ちゃんに惑わされないように鍛えておくわ」
「惑わせてなんか・・・!もう、レイちゃん、急にどうしたの」
「思ったことを言ったまでだけど」

 前世では果たせなかった、ふたりでのんびりと盤あそびに興じられるくらいの距離と時間と、亜美の真剣な顔を安心できる環境で見ることができる平和さがある。その中で見る亜美の戦略を組み立てる表情はとてもきれいだと素直に思った。

 それがただうれしくて、レイは亜美の抗議に背を向け、ひとり静かに微笑んだ。





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 チェックメイトもいいけど、王手ってかっこいいですよね。
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