プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

新刊サンプル(月華遊星5)

2015-10-06 23:59:50 | Weblog






「・・・愛と美の星、金星・・・ねえマーズ、どうしてあたしが戦士のリーダーであるのか、答えられる?」
 ヴィーナスは広さや高さの概念さえよくわからない暗い空間でマーズに語りかける。この光源がどこか知れない空間で相手の姿がよく見える理屈はよく知らない。マーキュリーに聞けば教えてくれるかもしれないが、おそらく説明を聞いたところで理解できるとも思えない。だから聞こうと思ったことはない。
 相手が見える理屈はわからずとも、自分の姿がわかるのは、それは輝いているからだと思っている。太陽系でもっとも輝く惑星。熱の塊。その守護を受けているセーラーヴィーナスは暗闇の中でも美しく輝く。愛と美の星、金星。
 そう、ヴィーナスは美しいのだ。とてもとても、美しい。
「知性の戦士、戦いの戦士、保護の戦士、みんなそれぞれの強さに特化しているけれど、どうしてその中で美の戦士であるあたしがリーダーなのか」
 マーズは答えない。ヴィーナスは意に介しない。
 さらさらの金髪を、顔から後ろに払う。敵意や闘気といったものを向けられている中でその仕草は、決して髪を払い相手の姿を完全な視界で確保しようというのではない。そんなことをそもそも思考に入れるなら髪など伸ばさない。もちろん髪が短くともヴィーナスが美しいことに変わりはないが、美意識の問題だ。
 暗い暗い空間で、マーズの黒髪は輝き存在を主張している。やや乱れてはいたものの、溶けるような黒の中の艶は地球から見た夜空のようだ。こんなに近くても、手を伸ばしても届かないくらい、まるでどこかに行ってしまいそうなほど希薄なその姿も、地から見た星を連想させるのだ。
 その姿を見てヴィーナスは思う。マーズもまた美しい。もちろん守護戦士はそれぞれの美しさを持っていたものの、やはり戦う者としての使命を背負い生まれてきた火星のプリンセスは、闘気を纏う姿そのものが美しい。
 だが今は、まるで夜空のように儚い。マーキュリーの放つ霧の方がまだ質量を伴うだけつかみどころがあると思えるようなほど。
 戦闘は、マーズが放つ技で始まった。そしてヴィーナスの一手で終わらせた。マーズの腕を、自信を、プライドを、戦士として戦神として持って生まれてきた能力、才能、努力により培われた技術、それにより無意識に芽生える慢心を、ヴィーナスは丁寧に丁寧に粉砕した。
 上も下も床も天井もよくわからない空間で、それでも確かにマーズはヴィーナスの足元に伏している。美しい髪を乱して、ヴィーナスに見下ろされている。戦いの戦士の名を冠し、誰よりも気配の察知に長けているマーズがヴィーナスの気配を読むこともできず、一手一手に対応することもできず今こうやって無残に敗北している。
 マーズがヴィーナスの声を聞いているのかどうかもはっきりしない。もちろんヴィーナスはマーズの息の根は止めていないし、意識がまだあるのは感じている。だが、マーズが立ち上がる理由をすべて砕いてやったから、精神がまともな状態で声を拾っているかもわからない。
 だが、それでいい。マーズのすべてを打ち砕くためにこんな場を用意したのだ。手に持つポケコンの映像を介して、マーキュリーの方にもこの状況は伝わっていることだろう。
 なにかに特化するということは、それだけ死角が大きくなるということだ。特化した能力は慢心を生み、大きすぎる死角は客観性を奪い、そして特性は矢のように鋭く脆くなる。
 気配の察知に特化した者は、他者との乖離が大きくなることに慣れる。他者は自分ほど他人の気配を察さない環境で生まれるのは慢心であり、誰も自分ほど気配を読むことはできないという無意識の死角ができる。攻撃力であってもそれは同じことだ。
 だから、マーズは今ヴィーナスに倒された。ヴィーナスはマーズの死角を丁寧についたのだ。一撃できれいに倒すなんてことはせず、丁寧に丁寧に、めちゃくちゃにした。心を折るために体をへし折ってやったのだ。才では勝っていても、否、もともと才で勝っていたがゆえに、マーズはヴィーナスが戦士のリーダーとして到達した高みには届かなかった。
 もちろんマーズだけではない。知性に、力にそれぞれの特性に秀でた戦士たちは、星を守護する立場であるほど大きな力であるがゆえにとてもとても死角が大きい。
 だが、ヴィーナスだけは違うのだ。そこが彼女がこの王国の守護を統べる存在たる理由でである。
 金星を守護に持つ美の女神。直接の戦闘に関わりのないヴィーナスのその特性。それでいて、王国の守護を統べる戦士のリーダー、そして最強の守護神である理由。
「それは美しいからよ」
 答えないマーズに与える正答。そう、美しさには、死角などどこにもないのだ。

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