
このタイミングで中国の映画を観たことにまったく他意はなかった。
パッケージに魅かれて借りたDVD、映画が始まって、画面から中国語が流れてきて初めて、
昨今の日中関係のことに思いいたった。
現在は沈静化したものの、中国の反日デモ映像に衝撃を受けたのはつい最近のこと。
いまもまだ日中間の緊張状態は続いている。
『日本人が普通に中華料理店に入ったり、親しい中国人と変わらぬ親交をしているのと同じように、
中国でも、なにも考えずにAKB48の歌を聴いている若いひとはいっぱいいるだろう。
文化は国と国のかけ橋だよね』 …なんて、あっけらかんなことで
果たして本当にいいのかどうか、正直いって私にはよくわからなくなった。
映画自体はとてもよくて、主人公ジンチュウ役のチョウ・ドンユィは、浅田真央ちゃん似の笑顔がとっても可愛い女の子。
許されぬ相手である青年スン(ショーン・ドゥ)と出会い、恥じらいながら戸惑いながら、
おどおどと楽しく進んでいく控えめな初恋に、同じアジア人として、日本人にも通じる繊細さや情緒を感じる、とおもった。
時は文化大革命。ジンチュウが通う学校では、毛沢東賛歌が歌われ、校庭にも毛沢東像が絶えず登場する。
出身階級の差で差別されたりいじめられたり、それが原因で、ジンチュウとスンの恋も、認められない。
それでもふたりは秘密の逢瀬をかさね、いつかサンザシの花が咲くのを一緒にみよう、と約束する。
「サンザシにはきっと赤い花がさく、だから私は赤い服を着て、あなたに逢いに行く」とジンチュウは言うのだ。
ところで、その昔、世界史をちゃんと勉強しなかった弊害で、
私は「文化大革命」と聞いても、具体的になんなのかまったく説明できない。
「中国で起こったなにか大きな革命」らしい、というくらいの、ふわーっとした印象だけだった。
それで、映画を観終わって、感動の涙をふいたところで、「文化大革命」について検索してみたところ、
そのポジティブなネーミングとは裏腹な、それは恐怖と猜疑と暴力、殺戮の歴史なのだった。
そして、私が感動で涙したこの淡い恋の映画のタイトルにもなっている「サンザシ」は、
抗日戦争で中国兵士たちが流した血の色で、本来白い花が咲くサンザシが赤い花をつけた、という言い伝えで、
「革命精神」の象徴となるものだった、というのである。
そういう意味があることも知らずに、中国の映画を観て感動すること、
それって「昔のことを知らないから」だけですむのだろうか。
感動した映画に、観終わってからしっぺ返しをされたようなちょっとしたショック。
反日感情に対抗するべきだ、と思っているわけではぜったいにない。
でもいったいなにが根っこなのか、私にはさっぱり見えないので、漠然とした不安を感じる。
尖閣諸島を、うちのもんだ、いやこっちのもんだ、と言っているのは、中国と、そして私たちの自分の国のハナシだ。
世の中にはさまざまな闘争や問題や、悲しい出来事が起こっていて、
それらのすべてについて事情を網羅するなんて、どんなに時間があったって足りない。
でも「知らないから」だけではすまないことも、あるかもしれない。
さすがです。
抗日戦争などは相当過酷なものっだったでしょう。
日本と中国の立場を置き換えてみる想像力も必要だと思います。