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流れる川のごとく

日々の小さな出来事・思いをつれづれに書いていきます。

金隈(かねのくま)遺跡と今里不動古墳

2015-12-16 22:05:12 | 古墳巡り
 前回、東光寺剣崎古墳に行った時、もう2つ続けて行きたい場所があったのですが、
雲行きが怪しくなったため、その時は断念しました。
で、今回、天気も思っていたよりも良いようなので、行くことにしました。

 まずは金隈遺跡に向かいました。
金隈遺跡。
弥生時代前期の中頃(紀元前2世紀)~後期の初め(紀元2世紀)までの400年間使われた
甕棺中心の共同墓地です。埋葬されているのはほとんどが庶民とのこと。
これまでに甕棺墓348基、土壙墓119基、石棺墓2基が発見されています。

ここには以前から行きたかったのですが、いつでも行けると思ったらなかなか行かないもので、
今回やっと訪ねることができました。





ここは弥生時代の甕棺を中心とした墓地の遺跡です。
甕棺展示館で100基以上の甕棺が出土した時の状態のまま保存・展示されています。


墓地を蔽う甕棺展示館。

内部


ちなみに案内の人によると、甕棺及び人骨は全部本物、とのこと。
さすがに撮影するときには手が震えました。


甕棺

出土品


権力の象徴の一つ「ゴホウラ貝」


なんかすごいの見ちゃったって感じです。
この遺跡から弥生人の生活や風習などが少しわかります。
・身長が男性で平均162.7㎝、女性で平均で151.3㎝
・抜歯の風習があったこと。
・主に農作業に従事していたこと
・6歳以下の子供の死亡率が高く、成人では40歳前後の死亡率が高い。
・男女の死亡年齢差でみると女性の方が長生き(60歳まで生きた人がいる)
いつの世でも女性の方が生命力が強い?
なかなか勉強になりました。

この丘全体が共同墓地であり、奥の方に小さな古墳があるということなので行ってみました。
ほとんど破壊されていて円墳のようなものが残されていました。
このあたりで、カメラのバッテリーが警告を始たので、温存のため撮影は控えることにしました。
この丘陵地は弥生時代にも生育していたであろう樹木を植えてあり、
ちょっと弥生時代にタイムスリップ?
時期的に紅葉していてきれいでした。

さて、次は今里不動古墳。
ここは福岡市と大野城市のほぼ境に位置しています。
わかりにくいったらありゃしない。古墳を探して坂を登ったり降りたりしてやっと探し当てました。



石室への道は坂の途中にある階段から降りていきます。
入り口にたどり着いてまずびっくり。
石室の前に建物が建てられています。
お不動さんが祀られているようなので管理するための建物でしょう。
そこから石室にブルーシートで作られたような覆いがされているため石室の中は真っ暗!
漆黒の闇の中にポツンとろうそくの火が揺れているというなんとも幻想的というか
怖い…フラッシュをたいてやっとこの状態。



大きな石室です。奥にはお不動さんが。


天井の石が大きい!


中から外を見たらこんな感じ



実際は真っ暗闇の中から見ているのでなんとも言えない不思議な感覚。
埋葬された方からはこう見えているのか、と。(いやいや、埋葬された人はすでに見ることさえできないだろう)
別に閉所恐怖症でも暗闇恐怖症でもないのだけれど、無性に光が恋しかった。
石室を出てちょっとホッとしました。
今回の遺跡めぐり予備調査はこれで終了。

今回はカメラのバッテリー切れだの(何とか最後まで持ったけど)
自転車のチェーンが外れたりとアクシデントはありましたが、
なかなか面白いポタリングでした。



東光寺剣崎古墳

2015-12-11 00:11:54 | 古墳巡り
 日曜日にある古墳を訪ねてみました。今回は下見を兼ねてのものなので一人です。

 その古墳の名前は「東光寺剣塚古墳」
この古墳、実はアサヒビール博多工場の敷地の中にあるんです。
しかし一般公開をして暮れているので、守衛さんに申し込めばいつでも見学が可能です。
(9:00~15:30の間なら受け付けてくれます。)

 工場の北側に車両専用の出入り口にあり、そこを入ってすぐ左側に古墳に通じる道がつくってありました。
さっそく守衛さんのところに行って見学を申し込みました。
申込用紙に見学者の氏名、入館時間などを書き込むと、入館証と古墳に関する資料がもらえました。
ついでに見学記念のシールももらっちゃいました。

まずは、案内板から



狭い遊歩道のような道を歩いていくと



これを見ると、この古墳は前方後円墳。大きさは約75m。
周濠が3重のようで、周堤の南東部に造出し(古墳にくっついた半円形もしくは方形の部分)があるようです。
線刻による装飾のある装飾古墳!? 
へぇ~、周濠にかぶさる形でもう一つ古墳があったのかぁ…今は残ってないみたい。

順路と書かれた看板に沿って歩く。
左手に社がある。どういう神様が祀られているのかな。



社の真向いに階段がある。



登ってみようかな…でも順路は先に行くようになっているからそっちにとりあえず進みます。



どうやら後円部にあたるところにきたらしい。
このまま後円部を回ると、あ、石室?



近づいてみました。



中を覗いてみます。ここでカメラの電池残量が少ないとの警告が…。節約しないと。
あまり撮れないかもなぁ。



鍵はかかってないけど…勝手に開けていいのかな。でも人の入った気配はないし…
とりあえず、格子越しに中をのぞいてみます。
何かお祀りをしてあるみたい。巨石を積み上げてあるみたいなのはわかる。
う~ん、線刻による装飾なんてここからじゃ全く分からない。
次に来た時に中に入っていいか聞いてみよう。

とりあえず先に進むとまた階段が、さっきの階段の反対側かな。


位置的には前方部かな。登ってみると



樹木が茂りまくり。
後円部から前方部を臨むと



今度は下りの階段。先ほどの神社が真正面に位置しています。



もしかすると、この神社の位置に消滅した剣崎北古墳があったのかも…
ここでカメラが完全に電池切れになったので撮影は終わり。
最後に振り返って全体を眺めたけど、全景がよくわからないなぁ

守衛室に戻って入館証を返していたら、人の良さそうな守衛さんがニコニコしながら「どうでした?」
「いや、すばらしかったです!」
 
次にはメンバーを誘ってこようっと。

あ、石室に入れるのかどうか聞くのを忘れた!







古墳巡り 福岡市西区(3) 今宿大塚古墳~鋤崎古墳

2015-11-28 20:24:10 | 古墳巡り
さて、次の2つの古墳で今回は最後です。
今宿大塚古墳は202号線沿いにあり、車からでも見ることができます。 
他の古墳よりもかわいいという感じですが、美しいラインを持つ古墳です。
私はこの古墳が好きです。


(福岡方面に向かって撮影)



この古墳の特徴として、周りが2重周濠になっています。



少しわかりにくいですが墳丘とロープを張られたところの間に一つ濠があり、
そのロープと芝生のない場所との間にもう一つ濠があります。
前方部後円部ともに2段に作られており、かつて一段目には葺石が施されていたとのこと。
また斜面上のテラスには埴輪が立ち並んでいたこと(円筒形、馬形、武人形など)がわかっています。
墳丘からは須恵器や朝鮮半島産の陶質土器が出てきています。
これらの出土品から、この古墳が作られたのは6世紀初頭~前半と考えられています。

ここまで、ほとんど小さい休憩だけで走ってきたので、ここでちょっと大休憩。
途中で買った缶コーヒーが美味しい。

しばし、のんびりと過ごしてから、最後の古墳に向かいました。
この場所を探すのが一苦労。
西部ガスの研究所の池のそばにあるのですが、道路の反対側。
渡るべき交差点を行き過ぎてしまって…(交差点の表示が変わっていたため)
まずい!と気がついたときには目標は後ろの方に…
次にあらわれた下に降りる道に入って走りましたが、これまた遠ざかるばかり。
元に戻って、目標の西部ガスを探しながら坂道を下っていると、古墳の表示が!
やった!
しかし、その看板の後ろは草ぼうぼう。



しかし、入り口がわかりません。うろうろしているとすぐ下に喫茶店が。
コーヒーのいい香りがしてきました。ああ~、コーヒー飲みたい!
終わったら、ここに寄ってコーヒーを飲もう!

気を取り直して、入り口の探索を。
どうやら看板の建っているところから入るしかないみたい。
草を踏み分けながら、斜面を上がっていくとフェンスに囲まれた池の土手にでました。
それに沿ってあるくと、あまり人の入らないようなところに木立の中にはいっていきました。
右手の斜面、倒木がゴロゴロ、荒れ果てた感じ。足場が悪い。
しかし、これがどうやら古墳みたい。踏み分けて登っていくと
ちょっと開けたところに出ました。どうやら墳丘の上に上ったようです。
前方部から後円部を映してみました。



一見何の変哲もない古墳に見えますが(後で分かったのですが)
実はこの古墳、特殊な古墳だったのです。
石室の作り方が、玄武岩の扁平な板石を積み重ねて作ってあり、
石室の入り口に羨道(玄室と外部を結ぶ道)がついており、
こういった形態の古墳が日本列島で最も早く造られたものだったのです。

※現在その内部を忠実に再現した原寸大の模型が福岡市博物館の常設展示室にあります。

しかし、これだけの古墳、もう少しきちんと保存できないのですかね。
それとも、この状態の方が古墳にとって良いのでしょうか?
ま、はっきり言って古代の人のお墓ですからね。
どっちがいいのか…よくわかりません。

この後、先ほどのカフェによってコーヒーブレイク。
このあと、変える時にいろいろありましたが、何とか帰り着きました。

これで西区の古墳巡り第1回は終わりです。
これからも、西区に注目していきたいと思います。





古墳巡り 福岡市西区(2) 丸隈山古墳~若八幡宮「古墳

2015-11-27 15:16:38 | 古墳巡り
次に向かったのは丸隈山古墳、これも国指定古墳です。
道に迷いながらも、意外とすんなりと行けたのは古墳の導き?(笑)



驚いたことにここ石室を公開しているんですね~。
ちょっと急な階段を上っていくとちょっとした広場になっていました。その奥に石室が…口を開けて待っていた~。



あれ?中に石棺がある?古墳女子Tさんの足も早足に。



さっそく中をのぞきますと



おおっ!石棺だぁ~。そして周囲の石積みのようすもはっきりわかります。
横壁は微妙にカーブを描いています。天井はその上に一枚岩が載せてあるようです。ほおぉ~。
いや~、これは、これは…感動もの!



古墳の下から一枚。こうやって見ると段がついているのがわかります。すごいな。
もっと見ていたい気持ちもありましたが、あと3つ行かなくてはならないので、先を急ぐことに。

 次は若八幡宮古墳ですが、この案内板では800m先と書いてありましたが、行けども行けどもそれらしいものは
見当たりません。どこかで道を間違ったもよう。そのうちに女原(みょうばる)という住居表示が出てきました。
あ、行き過ぎた、と戻ろうとして、角を曲がったら何やらフェンスに囲まれた工事中の広い場所に出ました。
なんとなく、古墳っぽいけど…と思っていたらフェンスの奥に「国指定につき立ち入り禁止」の文字が…
へ?どうやらこれは、山の鼻古墳のようです。古墳公園として整備中のようで重機が入っていました。
はっきりした形がわからないのでここでは写真は撮りませんでした。
ここからはかなり重要な出土品が出ています。
来年には古墳公園として整備が完成しそうなので、その時に再び訪問したいと思います。

ここから少し戻って道路を横切ったところに、若八幡神社発見!
おお、この裏にというか、この神社こそが古墳の上に立っている神社。
なんと近い!
まずは説明文



祭神はオオササギノミコト(仁徳天皇)だそう。え?なんで仁徳天皇?
調べてみると、「八幡宮」の祭神は応神天皇ですよね。
その子(若宮)である大鷦鷯尊(オオササギノミコト=仁徳天皇)を祀ったので
「若宮八幡宮」ということらしいです。なるほどね。
で、さっそく登ってみます。
神社の拝殿がありました。この裏が後円部分のはず。



裏へ回ってみますと、え?



切り崩されている~。どうやら神社を作るときに切り崩した模様…あ~あ。
まあね、昔の人がしたことだからいまさら何にも言えないけど…
こうやって消滅していった古墳がたくさんあるんだろうな。



とりあえず下にあった社務所から、後円部であろうあたりを写しました。
ついでに説明版もあったので。



さて、では次の古墳にむかいましょう。








古墳巡り 福岡市西区(1) 飯氏二塚古墳~兜塚古墳

2015-11-24 14:32:18 | 古墳巡り
 11月22日、西区の古墳巡りをしてきました。
 西区は伊都国と奴国の間に位置し、伊都国の有力な首長が治めていた部分が多いところです。
また、元寇関係の遺跡なども多くあり、歴史の遺物の宝庫と言えるでしょう。

今回は国指定の古墳が中心です。
まずはいつもの集合場所に集まって、9:00に出発しました。
私は坂道を登るのはできるだけ避けたい。
西区に向かうには都市高速に沿って走る下の道を通るのが一番ですが、この道とにかく短いけど急な坂道が多い。
坂の多い区間をできるだけ回避しながら走ります。
ようやく室見川を越え、西区に向かう分岐点に差し掛かりました。
さて、このあたりにおいしいパン屋さんがあるとのこと。まずはそこに寄ってお昼ご飯を確保することに。

迷いながらもなんとかパン屋さんに到着。
おしゃれなお店です。おいしそうなパンがたくさん並んでいます。うぅ~、どれも食べてみたい。
イートインコーナーもあるので休憩もかねて、買ったパンを少し試食。
う~ん、美味しい!今度から、このあたりに行くときにはここに寄ろうっと。

さて、休憩したところで、次に向かいます。
ここからが少し正念場。』結構急な長い坂が続きます。一番下から行けば結構きついんです、これが。
一番目の坂を登って降りて、二番目に取り付きます。これが長いわ、急だわ、
でいつもはこの途中で力尽きそうになります。この坂を登り切ったところが交差点になっていて、
この先また緩やかなカーブを描く少し短めな坂道が続きます。これを登り切れば後は下り坂。
しかし、今回はSさんがこの坂に途中から合流する道を知っていたので、最初の坂道をパスでき、
ラッキー!とはいえ、この部分が終わっても先の方にもう一つ、いやな坂道があるんだけど・・・
今は忘れて、下り坂を楽しもう!
途中、左手に今宿王塚古墳の偉容を眺め「さすが!」と感嘆の声を上げつつ(最後による予定なので)走っているうちに、
最後の難関、徳永の坂が現れました。(でたぁ!)中途半端な長さの坂。
ピークの手前でカーブを描き、先が見えない。大嫌い、こんな坂!と心の中でつぶやきつつ、漕ぐ!漕ぐ!漕ぐ!
ここを越えればあとは下り坂と平地のみ!ペダルを踏む足にも力が入ります。
ハアハア言いながらもピークを越え、一気に下り坂~!気持ちがいい~!

最初の目的地が近づいたころ、Sさんが「このあたりに焼き立てベーグルのお店があるのよね~、寄りたい!」。
急遽、そのお店に行くことに。ところで、このお店の後ろ側あたりになんとなく怪しげなこんもりした森。
怪しい、これっぽい。

お店に入るとおいしそうな香りとともに10種類のベーグルが並んでいます。
いくつか購入してみました。残ったらお土産にしようっと。

さて、目指す古墳は・・・やはり先ほど目を付けた場所でした。
飯氏二塚古墳、国指定の古墳です。前方後円墳。



最初この案内板が、道から見えないところにあったので、よくわからずうろうろしてしまった。



くびれ部あたり?なんとなく先の方が円墳のように見えるけど



右手の奥に立ち入り禁止の赤い柵が・・・陥没したと言われる石室でもあるのかな



方墳部分にあたるところに2本の大きな石…なんだろう?

一通り見たので、次の古墳、兜塚古墳へ。すぐ近くにあるらしい。
ところが、どうも道を間違ったらしくそれらしいものが見つからない。困って住居案内図を見ていると、
その近くに住んでいる年配の男性が声をかけてこられました。こふんみてまわっている、というと「案内してあげる」
と自動車まで出して案内してくださいました。本当にありがとうございます。
が、最初に連れて行かれたのは、先ほどの二塚古墳。ありゃりゃ!
しかし、この方、郷土史に興味があるらしく、いろいろと教えてくださって…。先ほど見の2本の大きな石、あれはかつて、
太古の昔、この手前まで海が入り込んでいて、船をつないでいた石「船つなぎ石」なのだとか…。
しかし、ここは標高が結構あるし、その頃の海面はどれくらいのところまできていたのか?
古墳の造成とこの柱とどちらが先にあったの?いや、どう考えても古墳の上に立っているでしょ、この石…
疑問は深まるばかり。
実はここに戻ってくる途中に次の古墳を示す案内板を見つけてしまっていた私たち。
この親切な男性にお礼を言って、ここでお別れをしてそちらに行くことになりました。

兜塚古墳に到着。何のことはない、さっきの古墳に沿って走っていけばよかったのに別の道を走っていたわけです。



先ほどの男性が、「お墓の上にお墓がある古墳がありますよ。」と。
いったいなんのこと?と思っていましたが、ここのことでした。
確かに、古墳の上に一般の人のお墓が数基ありました。わぉ!
おや?あれは?石室が開けてある?おおっ!



内部を撮影



国指定にしては、雑な扱いのような気もするけど…
このあたりには前方後円墳が多くぞんざいし、それをたどることによって首長の系譜を追うことができるのだとか。
全国的にも珍しい地域なんですね、このあたりは。

今回の計画では、6か所を回る予定なので、次の古墳に向けて出発することにしました。