根津神社

概要
風情ある下町に広大な敷地を持つ神社です。
日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝える古社で、東京十社の一社に数えられています。
境内はツツジの名所として知られ、森鷗外や夏目漱石といった日本を体表する文豪が近辺に住居を構えていたこともあり、これらの文豪に因んだ旧跡も残されています。
神紋・社紋
捻卍
(ねじまんじ)

丸卍とも呼ばれる紋です。寺の卍と神社の三つ巴を足し合わせて作られたといいます。
主祭神
主祭神
須佐之男命
大山咋命
誉田別命
相殿
大国主命
菅原道真公
創建
不詳
別名
根津権現
例祭
9月21日
六代将軍家宣は幕制をもって根津神社の祭礼を定め、正徳4年江戸全町より山車を出し、俗に天下祭と呼ばれる壮大な祭礼を行いました。
現存する大神輿三基は、この時家宣が奉納したものです。山王祭、神田祭とあわせて江戸の三大祭と言われています。
主な神事
6月30日
大祓・茅の輪くぐり
略縁起
景行天皇の御代に、日本武尊が東征の途次、武神・須佐之男命の御神徳を仰ぎ創祀したと伝えられています。
その後、文明年間に大田道灌により社殿が造られました。
万治年間に同所が太田氏の屋敷となったため東方に移り、のちさらに団子坂上に遷座しました。
宝永2年(1705)、当社を産土神としていた甲府藩主徳川綱豊が叔父の徳川綱吉の養嗣子として藩邸を閉じて江戸城へ移るとともに、藩邸址を当社に献納しました。この場所に新しい社殿が普請され、翌年の宝永3年(1706)に完成し遷座しました。
境内
宝永3年(1706)に完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されています。
社殿

社殿は江戸幕府第五代将軍・徳川綱吉による造営で、本殿・幣殿・拝殿が一つにまとめられた権現造の形式です。
拝殿正面です。朱色の柱に金色の建具が美しいです。撮影した日は、あいにくの曇り空で綺麗に撮れませんでした。実際目の前で拝殿を見ますと、その美しさに見とれます。
拝殿の上部


庇の部分はよくみると、一つ一つに卍が書かれていました。これは手の込んだ仕事をしていますね。
唐門

唐門正面です。曇り空で綺麗に撮れませんでした。残念です。
透塀


透塀は格子状に作られており、中の様子を伺うことができます。拝殿の奥、本殿も少し垣間見ることができ嬉しく思いました。
授与所

神楽殿

神楽殿の前では、近所の幼稚園の生徒さんでしょうか?遊んでいる姿が見られました。昔もこんな風に近所の子どもたちが集まって遊んでいたのかもしれません。微笑ましく思いました。
手水舎

楼門

撮影した日は、八重桜が満開となっていました。青空だったら、さぞかし映えたことでしょう
楼門の正面

細部までこだわりが感じられます。
楼門裏側

こうして、本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門を見て見ますと、意匠が伝わってきます。
美しい建物です。国の重要文化財に指定されるのも納得です。
現存する建物を後世まで残して行きたいものですね。
神橋

表参道口

北口

西口

そのほか
徳川家宣胞衣塚
当社遷座前、公布藩邸時代に嫡子・家宣(のちに藩主を経て6代将軍)の胞衣(胎児を包んだ膜と胎盤)を埋めた時のものです。
塞大神碑

本郷追分に祀られていた道祖神が立っています。
家宣の産湯井戸
非公開
庚申塔-六基

近隣の町の辻にあったものが道路拡幅などで撤去されたものを引き取ったものです。
つつじ園

旧藩邸時代に家宣が植えたものが最初です。現在も栽培されており、開花期(春~初夏)には一般開放されています。
つつじまつりに関して詳しく記事にしました。
そちらも読んでいただけたら幸いです。
摂末社
乙女稲荷神社

根津神社の遷座時、境内西側の傾斜面(つつじが岡)の中腹に洞を穿つ形で祀られました。古くから女性の守り神として知られ、今も良縁をのぞむ参拝客が絶えません。
祭神
倉稲魂命
御利益
厄除け開運
商売繁盛
縁結びなど
千本鳥居

駒込稲荷神社

寛文元年(1661)に鎮座しました。旧公布藩邸時代の守り神として祀られたもので、本殿の遷座に伴い末社となりました。浜離宮内の稲荷神社の分祀元です。
祭神
伊弉諾尊
伊弉冉尊
倉稲魂命
級長津彦命
級長戸辺命
駒込稲荷・手水舎

アクセス
東京メトロ千代田線
根津駅 徒歩5分
千駄木駅 徒歩5分
東京メトロ南北線
東大前駅 徒歩5分
都営三田線
白山駅 徒歩10分
最後に
下町風情漂う根津の街にある根津神社。訪れて見ますと、その広大な敷地に驚きました。
そして、緑豊かで、東京の街中にこんな立派な木があるとは思いもしませんでした。


訪れた時には、近所の幼稚園のお子さんや小学生の遊んでいる姿にホッコリとし、また、近所の方でしょうか。大先輩たちが池のほとりでくつろいでいる姿を見かけました。
昔もこのように近所の方々の憩いの場となっていたことでしょう。

参拝した日は、夏目漱石の旧居跡も散策して見たいと思い、一度神社の北口から外に出ました。
すると、空気の流れがいっぺんに変わり、そして境内の中にいた時には聴こえて来なかった工事現場の音がダイレクトに耳に入ってきました。
これは、まさに神社の境内の中は別世界だったと思いましたよ。
そして夏目漱石の邸宅跡を見学し終え再び神社に帰りますと、一緒に参拝していた子どもが、爽やかな風のような気を感じる、と言いました。
確かに。訪れた日は肌寒い日だったのですが、境内は爽やかな気が流れていたような気がします。本当に居心地の良い神社でした。

※写真は、2021年4月に撮影