mixiのコミュニティに参加したのを機に「 More best of … 」をアマゾンで購入した。
人物系のコミュニティは、複数あって迷うことがあるが、ひとつだけで、迷いようがなかった。
コーエンの作品はアマゾンでもほとんど在庫切れで、入手が難しい。
マーケットプライスでも、かなり高値が付いている。
レビューも少ない。
その中で、「歌が下手だ」という趣旨の評があった。(「哀しみのダンス」に寄せられたレビューで、
全体的には肯定評価)
タイトルは疑問系にしてみたものの、たしかにレナードは歌が下手だと思う。
で、どのように下手なのかを考えるために、いくつか自分で歌ってみて気付くことがあった。
まず「 Best of … 」に比べて、声がすごく低くなっている。
自分が一番気持ちよく出せる音域ってあるでしょう?
それよりも低めの音域で、その分呼気を強め声帯を絞らずに歌っているようだ。
フランス語の発声に近く、彼はモントリオール生れで、英語を話す家族は周囲にいなかったというから、
その影響があるのではないかと思う。
…ま、これは根拠の薄い想像です。
次に、リズムに乗れていないこと。
少なくとも、インテンポで歌うことは放棄しているといってよい。
「 More best of … 」には「スザンヌ」と「ハレルヤ」のライブ演奏が収められている。
「スザンヌ」を世に紹介したのは、ジュディ・コリンズで、清冽このうえない歌唱法だ。
ついでに書くと、この人は見た目も修道女顔。
この曲はほんとうに色々なアーティストが取上げていて、フェアポート・コンベンションも
カバーしているが、最初の裏拍を4分音符で長く取り、拍子を明快に処理している。
一方、コーエン自身のライブは、呻吟というか、これって念仏?みたいな今にも止りそうなテンポだし、
語句は音符からこぼれまくりである。
元々のスタジオ演奏も、相当にテンポが揺らいでいる。
「ハレルヤ」にしても同様のことが言える。(但し、この曲のオリジナルは未聴)
カバーでは、ジョン・ケイルがピアノだけで歌っているバージョンを持っている。
(「 I’m your fan 」所収)
端正で、ジュディ・コリンズが修道女なら、こちらは神学校の音楽教師のようである。
コーエンの歌唱は、曲のリズムと、単語や語句が持つリズムがせめぎあっているかのようで、
多くの場合で後者が優先されている。
とにかく一語一語を噛みしめるように歌っているのだ。
このことは、彼が詩人であることと関係があると思う。
そして重要なことは、彼の書くメロディの骨格はとてもポップだということだ。
「 I’m your fan 」のようなコンピレーション盤や、ジェニファー・ウォーンズのカバーアルバムを聴くと、
それが実に良く分る。
メロディに内在するポップネスを蹂躙する歌唱。
それが、レナード・コーエンの「下手さ」の中身だと思うが、どうだろう。
人物系のコミュニティは、複数あって迷うことがあるが、ひとつだけで、迷いようがなかった。
コーエンの作品はアマゾンでもほとんど在庫切れで、入手が難しい。
マーケットプライスでも、かなり高値が付いている。
レビューも少ない。
その中で、「歌が下手だ」という趣旨の評があった。(「哀しみのダンス」に寄せられたレビューで、
全体的には肯定評価)
タイトルは疑問系にしてみたものの、たしかにレナードは歌が下手だと思う。
で、どのように下手なのかを考えるために、いくつか自分で歌ってみて気付くことがあった。
まず「 Best of … 」に比べて、声がすごく低くなっている。
自分が一番気持ちよく出せる音域ってあるでしょう?
それよりも低めの音域で、その分呼気を強め声帯を絞らずに歌っているようだ。
フランス語の発声に近く、彼はモントリオール生れで、英語を話す家族は周囲にいなかったというから、
その影響があるのではないかと思う。
…ま、これは根拠の薄い想像です。
次に、リズムに乗れていないこと。
少なくとも、インテンポで歌うことは放棄しているといってよい。
「 More best of … 」には「スザンヌ」と「ハレルヤ」のライブ演奏が収められている。
「スザンヌ」を世に紹介したのは、ジュディ・コリンズで、清冽このうえない歌唱法だ。
ついでに書くと、この人は見た目も修道女顔。
この曲はほんとうに色々なアーティストが取上げていて、フェアポート・コンベンションも
カバーしているが、最初の裏拍を4分音符で長く取り、拍子を明快に処理している。
一方、コーエン自身のライブは、呻吟というか、これって念仏?みたいな今にも止りそうなテンポだし、
語句は音符からこぼれまくりである。
元々のスタジオ演奏も、相当にテンポが揺らいでいる。
「ハレルヤ」にしても同様のことが言える。(但し、この曲のオリジナルは未聴)
カバーでは、ジョン・ケイルがピアノだけで歌っているバージョンを持っている。
(「 I’m your fan 」所収)
端正で、ジュディ・コリンズが修道女なら、こちらは神学校の音楽教師のようである。
コーエンの歌唱は、曲のリズムと、単語や語句が持つリズムがせめぎあっているかのようで、
多くの場合で後者が優先されている。
とにかく一語一語を噛みしめるように歌っているのだ。
このことは、彼が詩人であることと関係があると思う。
そして重要なことは、彼の書くメロディの骨格はとてもポップだということだ。
「 I’m your fan 」のようなコンピレーション盤や、ジェニファー・ウォーンズのカバーアルバムを聴くと、
それが実に良く分る。
メロディに内在するポップネスを蹂躙する歌唱。
それが、レナード・コーエンの「下手さ」の中身だと思うが、どうだろう。