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お寺探しの旅~自分が求めるお寺とは?~

我々一般人にとって本当に「いいお寺」とは?
色んな情報を集めて、色んな角度から、色んな視点で追求してみたい。

有難うございました。

2008-10-12 10:33:01 | 雑談
お久しぶりです。

父の件で、多くの方にご心配いただき、また、温かい気遣いメッセージをいただき本当にどうも有難うございました。

父の手術は8時間かけて行われ、脳の中心部に3分の一腫瘍を残しましたが、ひとまず無事に終えることが出来ました。

それにしても脳というのは、デリケートなんですね。

ちょっと?いじっただけで障害がでるのですから・・・父は、目に少し障害がでて少しボケ(まぁ、前からぼけてますけど・・・)ました。

ちょっと脱線しますが、昔父が誰にも言うなよ。そして、笑うなよ。といってこっそり話してくれたのは、

「紅茶を飲もうと思って角砂糖を入れたら、ものすごい勢いで泡がブクブクブクとでて、紅茶が溢れでてきちゃって、すっごい驚いちゃってて何事かと思ってこしぬかしそうになった驚いたんだよ。それで、砂糖の袋をみたら【ポリデント】ってかいてあってび~っくりしたよ。それでさ、仕方なくもう一回紅茶を入れ直して砂糖入れたんだよ。そしたらさ、なんと、また泡がでてきちゃって、まさかと思って袋をみたら【ポリデント】って・・・」

こちらが驚きでよ。ほんと・・・汗。今となっては、そんなことも懐かしいエピソードです

父は眠りつづけながら、案内人に「ご相談者の立場と気持ち」とはどんなものかを教えてくれています。

いよいよ

2008-10-06 22:18:57 | 雑談
明日は父の脳外手術です。

今日は医師より手術説明をうけました。

今回の手術は回復するためのものではなく、一時的な延命措置とのこと。

父は、目の前で術中の命の危険度を告知されている間に、「この子は、私の二女でして、よく頭痛いというもんですから、先生一度診ておいてもらえませんか?」と懇願するのでした。

自分が明日死ぬかもといわれているのに、娘の心配をするとは・・・

親の愛とは、子が計り知れぬほど深いものなのかもしれないですね。

明日は朝8時に手術室に入ります。

自分にできることは、笑顔で送り出して祈る事だけです。



心の準備

2008-10-05 16:33:26 | 雑談
父の手術に合わせて実家へ帰省してきた。

「ただいま~。」と帰ると、父は明日の入院に備えて一生懸命荷造りしているところだった。

「準備できた?」

『うん。できたよ。』

なんだか、たったそれだけでも泣けてきた。

それにしても有難いのは、こんな風に人が窮地に立った時、駆け引きなしに自分のことを気にして声をかけてくださったり、色んな形で心配してくださる方々である。

次に出社するときには、ひとまわり成長した自分がまっていることだろう。



手のぬくもり

2008-09-25 23:44:47 | 雑談
脳の腫瘍が災いして、まっすぐ歩けなくなった父が本屋さんに行きたいというので、車で乗せていってあげた。

乗り降りするのも、人の手がないと上手くできないのである。

「人の世話になんかならない。」

とずっと言い続けていた父であっただけに、娘に手を差し出されて「大丈夫?」ときかれると、なんだか気まずそうで恥ずかしそうで一瞬ためらったが、素直に手を差し出してくれた。

プクプクとして温かく、案内人がそれこそ幼稚園の頃よくつないだ手をようやく結ぶことができたのである。

ちょっと嬉しかった。

実家を後にするとき、父に遺言書を手渡された。

「ここに書いてあるから。」

庭で一緒に写真をとったあと、無理に笑顔をつくって手を振って見送ってくれた。が、振り向きざまに泣くのをぐっとこらえた父の顔が脳裏に焼きついて離れない。

あったかったな・・・
お父さんの手。

おかげさまで誕生日を・・・

2008-09-24 03:04:20 | 雑談
迎えることができました。

案内人は彼岸のお中日生まれ。

使命をもって、この世に生まれて参りました!?

それにしても、今日の誕生日は涙がなぜだか良く出る1日だった。

ときどき、自分の存在について考える。産み慈しみ育ててくれた両親を思うと日中は涙がこぼれた。1年という月日は、日々とても早い。そのことを考えると、来年という日を想像することは今の案内人には難しい・・・

久しぶりに実家へ帰る電車の中でも、あれこれ色んな思いがあふれ出て、なんだか寂しくなって涙がこぼれた。

2週間ぶりに父と顔をあわせたが、たった2週間の間に父はとても弱弱しくなって「身辺整理ができたし、遺言も書いたから安心して。」という。その言葉に絶句して、本当に別れる日がやってくるのかと事実を受け入れがたく、真っ暗な隣の部屋にゴロンと寝転がって、息を殺しながら溢れる涙をこらえるのがやっとで、返事もろくろくできなかった。

ごめんね、お父さん。

父の寝室の横を通り過ぎた時、大きなイビキが聞こえた。普段は、ただ、うるさいとしか思っていなかったが、そのイビキですら子守唄のように聞こえ「ああ、生きてる」と安心ができた。

誕生日は、両親に感謝する日。って誰か言っていたな。

おかげさまで、自分の年齢が本当にいくつになったのか真剣に考えないと思い出せないくらいおばさんになることができました。

案内人とご縁をいただく皆様、いつもどうも有難うございます。

感謝・・・


死と向かい合うとき

2008-09-05 02:01:32 | 雑談
真夜中に電話でたたき起こされた。

案内人の姉からの電話だった。
姉の職業は医師である。こんな時間=異常な事態であることだけはすぐに察しがついた。

父の病状について、主治医からのメールをみての連絡だった。

「えっちゃん、覚悟を」

と言われた。その瞬間、ああ、やっぱり。と思うばかりで後は声にならないが、こみ上げてくる感情にまかせて、ただひたすら泣いた。

「あと、どれ位?」

       ・・・


うそでしょ?やめてよ。

普段、葬儀の相談員として活動している自分とご相談者の心情が重なる。

泣きすぎて頭が痛い。

こんなに眠れない時間をご相談者は過ごしているのだな。

今晩は、当直で自宅で相談電話の待機をしている案内人である。
どうか、この悲しみと重複する電話がありませんように。と願う自分がここにいる。



良寛のスローライフ~その1~

2008-08-15 12:14:29 | 雑談
あ~っちちちちぃ。
と、思わず大声で叫びたくなる程の外気です。

お化粧しても通勤中の汗で、会社へ到着したときには、すでに暑苦しいただのおばさんになっている自分がむなしい今日この頃です。

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先日、近所の本屋さんで「良寛のスローライフ」というNHK出版生活人新書が出している「松本市壽著」を購入した。

良寛は、生涯自分の寺を持たず、托鉢の乞食僧として過ごしたのだという。質素で、自然を愛し、自然に根ざした生活を送った良寛は、まさに「スローライフ」の先駆にして最高の体現者だったのだそうだ。

まだ、読んでいる途中なのだが、結構おもしろい。

文中に、

「お寺の経営を主体とする僧侶として生きるとは、葬式・法事の利権によりかかって、むしろ一般の俗世間のように立身出世を目的として足をひっぱりあう生活と変わらない。その内実は俗世間よりも醜いものがあるとみたのである。その思いは五二行の長詩「僧伽」に綿々と書きつらねている。」

とあった。

お坊さんの世界は、政治家と同じ派閥社会だと思い込んでいる案内人は、「ふむふむ」と妙に納得して読みふけってしまうのであった。

それにしても

2008-07-25 00:49:00 | 雑談
今日は、1日の中でいろんな事があった。

それにしても、人というのは良くも悪くもめんどくさい生き物である。

案内人は、どういうわけか「うわべだけ」というのは苦手だ。
多分自分が不器用だからだと思う。

人生には山あり谷ありで、案内人の前には決して楽な道は用意されていないし、自分も楽な道は選べないのだろう。

それだけに不完全な自分であることはなんとも不甲斐ないものである。

が、不完全であることを知っていることは、自分ではいいことだと思っている。

それにしても相手の気持ちを本当に思いやりながら、うわべだけじゃなくて駆け引きもなくて心で話をしてくれる人とあってみたいなぁ~。

そんなとき、ありませんか?

気持ち次第!?

2008-07-15 13:19:37 | 雑談
自転車に乗って、のんきに通勤している間にも夏を感じる瞬間が何度かある。

保育園の裏の通りを走り抜けていくとき、子供たちの幾種類にもわたる奇声が重なりあってきこえてくる。と、同時に懐かしく感じる塩素の匂いが、プールを容易に想像させる。

その昔、足の裏が焼けそうなほど熱いプールサイドで、両目を洗うために順番待ちをしていたとき、ブ~ンブ~ンとクマンバチがとんできて、目の前の友達に止まったかな。っと思った次の瞬間には、自分が「ぎゃ~~~。」と叫んだあの痛さがよみがえってきた。

案内人が怖いものベスト3といえば、①ミミズ②蜂③人

③の人に関してだけは、ほんと、もっともあなどれない怖い存在である。

その一方で、ご縁をいただいて生かしていただいている有り難い存在でもあることはまちがいない。

すべては、気持ち次第。いや、行動次第かな。




ひょんなことから

2008-06-07 12:26:43 | 雑談
今日は、午後2時から大田区の葬儀・仏事勉強会の日です。

今は昼の12時15分。

担当のスタッフは、今頃車中で緊張の時間を過ごしていることでしょう。

報告は、また今度。

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人とのめぐりあわせとは不思議なものである。

今日は、あるお寺さんがきっかけで、以前仕事でお世話になった方と3年ぶりにお話した。

このお寺さんがいらっしゃらなければ、たぶん、話す機会は当分、いや、もしかしたら永遠になかっただろう。

過去の縁、新しい縁、人はつながりの中で生かしていただいているのだなぁ。