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お寺探しの旅~自分が求めるお寺とは?~

我々一般人にとって本当に「いいお寺」とは?
色んな情報を集めて、色んな角度から、色んな視点で追求してみたい。

お寺の落慶法要

2010-06-16 23:35:59 | お寺訪問
案内人が日頃より大変お世話になっている、ある札幌の真言宗智山派のお寺様が、このたびお寺を改築なさった。そこで落慶法要にご招待いただき、参加させていただいてきた。



ほら貝の音と共に、その場は一気に幻想の世界へ引き込まれていく・・・
  

5歳~12歳くらいまでだろうか、子供達の稚児行列の登場である。

  

御僧侶方が、一列に並んでさらに期待感を持たせていく。

   

あ~、きたきた、ごじゅうしょく~~!!
ほんとうに、おめでとうございます~~~~~!!

 

ここまで、来るのに相当な努力をなさった事であろう。札幌は、仏教徒のほとんどが真宗系といわれており、真言宗智山派は、葬儀100件あったら、5件あるかどうか・・・。
いや、ないかもしれない・・・

もともと檀家数の多いお寺さまではなかったようなので、檀家さん一人一人との絆もかなり深いようにおもわれる。

    

見てみて、かわいいでしょ。
    


雲ひとつないすっきりとした青空の下、満開の八重桜がそよ風にのって花びらを躍らせる。そして、それに吸い込まれるかのように、皆入場なさっていった。
  

すべてが幻想的で美しく仏教とはいかなるものか、と問答したくなる気持ちにかられた時間であった。

  

御住職と奥様の仲むつまじい姿は、誰もが心打たれたに違いない。

そして、檀家さんたちの誇らしげな笑顔をみて、じわ~っとあったかいものがムクムクお腹に湧いてくるのであった。  

「一隅を照らす運動」

2009-09-05 10:27:12 | お寺訪問
9月2日にご縁をいただいて天台宗の「一隅を照らす運動」神奈川中央大会に参加させていただいた。

天台宗のこの活動は、今年40周年を迎えるとのことで、神奈川県立音楽堂で盛大に会は催された。

プログラムのメインは2つあって、一つは聲明講演。もう一つは、五木寛之氏の講演(「慈のこころ 悲のこころ」)。

一つ目の聲明講演は、
 ・聲明を習いましょう
 ・聲明を唱えましょう
 ・聲明を聞きましょう
という3部構成。

そういえば、よくお寺の先生達が「聲明」「聲明」と口を揃えたようによく言っていらしたのですが、正直、どんなものか、はっきりとは解っていなかったことが判明した(全くの勉強不足でお恥ずかしい限りです)。

日頃、神奈川県仏教青年会でお世話になっている、まだお若くて、どちらかといえば、かわいらしさが残る青年僧さん達が、舞台の上で幻想的に聲明を唱えている姿を見て、あまりにも神々しくて拝みたい気持ちになった。

二つ目の五木寛之氏の講演は、「あの五木先生のお話」とういことで、期待通り。

比叡山は、昔、ものすごく財力に溢れ政治にも力を発揮していたという話。

仏教を布教させていくにあたり、聲明を唱え、口移しで伝えていくことがものすごく効果があったという話。

浄土真宗の開祖、親鸞聖人は、比叡山での修行時代があったからこそ、浄土真宗の開祖と成ったこと、そして聲明をまるで歌でも歌っているような節をつけていくことで、庶民が受け容れやすく(覚えやすくなった)なり、一気に布教していったお話。

と非常に興味深く、楽しく聞かせて頂いた。

我々が活動していく中で、消費者がトラブルに巻き込まれない為には、何度も何度も注意点を繰り返し伝え、それこそ「暗記」をしてもらうほどの「伝える力」が必要なのかもしれないな・・・。

ありのまま

2009-09-04 16:44:15 | お寺訪問
お寺のことをもっと知りたいということで、半年間アルバイトさせていただいた経験がある。

昨日は、1年ぶりにお世話になったお寺へ行ってきた。

どうやっても寺好きだから、お寺の前で手を合わせる瞬間は何とも言えない至福の時である。多分、自分と向き合えるからかもしれない。

そして、家族単位でお寺を守っているこちらのお寺様の人間味溢れる優しさは、不完全な自分を温かく受け容れてくださっていると勝手に思えるほど、温かい気持ちにさせてくださる。

「ありのままでいいんだよ。」

そんな声が何処からか聞こえてくるような時間だった


永平寺訪問

2008-09-13 14:32:37 | お寺訪問
世の中三連休の初日です。

にもかかわらず、机に座っていることを疎ましく思う案内人です(苦笑)

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9月10、11日と福井へ出張してきた。

車で移動している途中に曹洞宗の大本山永平寺があったので、お参りさせていただいた。今回は、佐藤相談員と案内人の二人旅。

 

参道は、紅葉の緑が美しくキャンディのように口にほおばって食べてしまいたくなるくらいおいしそうな色をしていた。

 


永平寺での入館料は500円。
この中は、どうなっているんだろうとワクワクです。


 

永平寺は、京都にある寺院のように華やかな部分はないが、修行僧によって磨き上げられた廊下や柱など木材の良さがひきたっていた。

余分な物がないので、気持ちを集中させる坐禅道場としてはさすがである。


 
 
山の傾斜を利用して建てられており、階段を何段ものぼって、ようやく仏殿に到着です。

情けないのは、たったあれだけで筋肉痛になっただめな案内人です。

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永平寺のパンフレットにより・・・

永平寺は、今から760年前の1244年道元禅師によって開かれた坐禅修行の道場です。境内は三方を山に囲まれた深山幽谷の地に大小70余りの建物が並んでいます
 
永平寺を開かれた道元禅師は1200年京都に生まれ、14才の時比叡山で出家し、24才の春中国に渡り天童山の如浄禅師について厳しい修行をされて、お釈迦様から伝わった「坐禅」という正しい仏の教えを受け継がれて日本に帰られました。

初め京都に道場をつくりましたが、1243年波多野義重公の要請もあり越前の国(福井県)に移られ永平寺を開かれたのです。

現在は曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と檀信徒の進行の源になっています。

お寺を守る奥さん

2008-06-03 16:57:50 | お寺訪問
関東は台風の影響で、雨が激しく降っています。

自転車通勤の案内人は、ベージュのポンチョをきて、透明傘をさしてジャンジャン雨の降る中をヨタヨタモタモタと漕いで出勤です。

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今日も京都のお寺のご紹介。

臨済宗東福寺派のお寺で、数年前にお寺を改築なさったとのこと。
当日は、ご住職がお勤めに出かけられているとのことで奥様が丁寧に対応してくださった。



以前から案内人はお寺の善し悪しのひとつにお寺の奥様の存在は大きいと言い続けてきているのだが、こちらのお寺様は電話での物腰も柔らかくとても素敵だな~。っと常々思っていたのだが、実際にお目にかかってもっとファンになった次第である。



そして、お寺の清掃が行き届いているお寺も善し悪しを決める一つと言うことでも、ちりひとつない美しいお寺であった。

「清掃は、どなたがなさっているのですか?お檀家様ですか?業者さんですか?」
との問いに、

「いえいえ、私がやっているのですよ。それなものですから、なかなか行き届かなくて・・・」

とおっしゃった。

後からご住職がお帰りになってごあいさつしたときに、奥様はとてもよく働いて下さるとおっしゃっていた。その言葉にご夫婦でお寺をしっかりと守っていらっしゃる姿に、なぜか安堵を感じた。





それにしても、庭が美しいお寺。
ずっと座って眺めていたい感じ・・・

「檀家さんには、心を癒していただきたいと思っていて、何もなくてもゆっくりし庭をながめにきてもらえたらと思ってるんですよ。」



ご住職と奥様、お二人は学生時代からのおつきあいだそうで、奥様は北海道の在家ご出身とのこと。京都は有名とはいえ、知らぬ土地で知らぬ世界に飛び込んだにも関わらず、控えめながらも立派にお寺を守っていらっしゃる姿に、お寺の奥様としての鏡のような存在である。並の努力ではこうはなれないだろう・・・心から尊敬する。






人の集まるお寺

2008-06-02 10:45:32 | お寺訪問
みなさま、こんにちは。

今日の練馬は曇り空。これから天気はくずれるそうです。

暑かったり寒かったりと超血圧(昨日測ったら上は70下は52)な案内人にとっては、ややこしい季節であります。

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引き続き京都お寺訪問。

真宗仏光寺派であるこちらのお寺は、京都で「人の集まるお寺」として有名である。


             

何が有名なのかというと、この白い建物がカフェになっていて、様々な催し物を開催しているからである。

                

ご住職は、とても物腰のやわらかく考え方も斬新で、数多くお寺を訪問してきた案内人にとってもこのハウスのあり方はとても新鮮で興味深かった。よく絵画や書道など本堂でやっているお寺をみかけるが、ご住職や奥様みずからカウンターにたって、コーヒーを入れてくれるところはそうないと思う。

このカウンターが、我々一般人にとっては、ひとつの境界線になって少しずつ心を開いていくのに丁度良い。また、その時々の話の内容によって軽快な音楽だったり、癒し系の音楽だったりとご住職が気を遣って話しをしてくださったこ心配りが居心地の良さを倍増させる。

お寺では、障害者の方々のサポートも行っているそうで、彼らが作ってくれた芸術作品も販売されていた。土粘土を焼いた様々な作品たちは、一つ一つの表情が異なり、ひびの割れ具合が何とも味をだしていた。

案内人は、その中でもひどくひびがはいっている「ひび玉子」と名付けられた作品が、なんだか不完全な自分を表しているようで、愛着が湧いて一緒に連れて帰ることにしました。

今日は、カメラを忘れたので、この子を紹介できないのが残念ですが、案内人のそばで心癒してくれています。

                


ちなみに、こちらのお寺様は真宗仏光寺派の六寺といわれるお寺のひとつで、お寺の前の道を左手にみるとすぐに仏光寺本山があります。




仏光寺では、お昼になるとOLやサラリーマンの方たちが境内にすわって、お弁当を食べている姿がみかけられました。

印象的だったのは、サラリーマンの人たちが、お弁当を食べる前にお参りをしていたのには、「京都ならではなのか」という非常に関心した次第です。

そこには「平和」という言葉がぴったりな優しい時間でした。


臨済宗東福寺派のお寺訪問2

2008-05-31 11:58:57 | お寺訪問
今日は江東区にて葬儀・仏事の勉強会です。

報告は後日あらためて・・・・

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先日東福寺を案内してくださったお坊さんのお寺を紹介。
こちらのお寺は、東福寺の日下門のすぐ前にあり、保育園も経営している。

寺子屋の名残だろうか。お寺では、保育園や幼稚園を運営しているところが数多い。

ここの保育園は、トトロの森と名付けた木を巧みにつかった遊具の遊びが場があり、さらにあひるやウサギといった小動物も一緒に暮らしている。



このお寺は桔梗が有名で、この窓からの眺めは格別である。



「せっかくだから・・・」とおっしゃていただき、お庭を前に写真を一枚。



訪問をした日の翌週から、お寺内で達磨さんの掛け軸を公開するということで、江戸時代から色んな方が描いたという掛け軸7~8本が虫干しされていた。
あいにく、写真は遠慮させていただいたが、同じ達磨さんでも、描く人がちがうと
全く別人のよう。共通しているのは、はげていてるということだけだった。



帰りざまに、玄関に妙なスリッパを発見。何処で利用するのかというと、本堂の仏殿の床が黒い正方形(直径25センチくらい)のつるつるした石でしきつめられており、その上をこれで歩くのだとか。このスリッパは階級によって色が違うとおっしゃっていた。

案内人の未知な世界はかぎりなく広い・・・

臨済宗東福寺派 本山 訪問

2008-05-29 14:40:12 | お寺訪問
今日の練馬地区は雨。

今日は、ライフデザイン研究所の相談員が、車で茨城の県北まで葬儀社を面談しに出かけています。道中無事でありますように・・・

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引き続きお寺訪問である。
臨済宗南禅寺にかわって、今度は臨済宗東福寺派本山へ。

中門から日下門を入って、仏殿横から。東福寺へは、ライフデザイン研究所に支援いただいているお寺のお坊さんに案内していただいた。



この仏殿の天井には、巨大な龍の絵が描いてあり、その龍の手には直径1.8メートルもある玉が握られている。なんでも、龍は火事から衛ってくれるということでお寺の天井にはよく描かれているらしい。


仏殿から後ろを振り返るとで~っかい三門(国宝 室町1405年建)がたっている。





通天橋の入り口にさしかかるとそこは極楽浄土のように緑が美しい。



ここは、紅葉の名所とのこと。秋は紅葉で、赤く染まるのだとか。




開山堂 http://www.tofukuji.jp/index2.html

庭は、計算つくされた日本庭園で、写真には写っていないが、この左脇に石で、流れ模様(枯山水みたいな感じ)がある。案内をしてくださったお坊さんに「これを描く順番はどうなっているのですか?」とたずねると、「修行をするとわかりますよ。」と笑顔で答えて下さった。


それにしても、南禅寺も大きかったが、東福寺の敷地はもっと大きかったように思う。東西に2キロとおっしゃってたもの。

我々の想像を絶する仏教の世界が奈良時代~現代に至るまで繰り広げられてきているのだろう。


臨済宗南禅寺派のお寺訪問

2008-05-28 11:47:06 | お寺訪問
みなさん、こんにちは。

今日の練馬地区は曇り空。ですが、過ごしやすい陽気であります。

先日、京都へ出張した際に暴飲暴食をしてきたわけですが、年齢を重ねてきた身体は正直で、みてみない振りといいますか、気づきたくないといいますか・・・
数少ないスーツが、きっつ~くなって。

とうとうダイエットを決意いたしました。

今日は、まだ2日目。空腹との戦いは、自分の意志との戦いである。と妙に喧嘩ごしな感じな今であります。

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京都の今は、緑の美しい季節である。



さすが、本山ともなれば堂々たる門構え。正門までたどりつくまでに150メートル近くかかります。そして、すべてが大きい。



南禅寺は、臨済宗南禅寺派の総本山。敷地が大きく、その敷地内には数多くのお寺が建っている。これらのお寺は、南禅寺でお勤めなさった偉いお坊さんたちが、老後過ごすための場所として利用されていたとのこと。



京都のお寺はお庭の手入れに力を入れている所が非常に多い。檀家は、それらを誇りに思うのだとか・・・物質的なものによくステイタスをうたうが、このお寺の存在に関わることがステイタスだと檀家は考えるのかもしれない。



永代供養墓を作られたとのことだが、それらもデザイナーにデザインしてもらったとのことで、何とも彫刻をみているようで、うつくしかった。

http://homepage2.nifty.com/tomosibi/



再度、南禅寺の門をくぐって、振り返りざまに別れを告げる。
門が額縁のようである。

千葉県の臨済宗お寺訪問してきました

2007-07-20 06:42:09 | お寺訪問
おはようございます。

暑さは、全く苦手ですが、こう太陽をみていない日々が続くと「暑いってどんなだったけ?」と少し恋しい気がいたします。

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昨日は、千葉県の臨済宗妙心寺派のお寺へ訪問させていただいた。

禅宗というおおきなくくりでも、曹洞宗は派が分かれていないが、臨済宗は細かく15の派に分かれている(案内人が認識している限り)

たくさんの緑に囲まれたそのお寺は、ひっそりとそこにたたずんでいた。

本当にお寺は、大好きである。空気が俗世界と違う。空気?がなんとなくピンとはっているような止まっているような、そんな錯覚をするからだ。

まずは、ご本尊様をお参りさせていただいてから、住職の話を伺った。臨済宗の考え方、お布施の意味、考え方、金額、檀家と檀家じゃない人との違い等・・・ちなみに、臨済宗では、一人一人との対話を重視しているとのこと。膝と膝を突き合わせて話をすることで、双方の信頼関係が結ばれていくのだとか。

ひとつ思ったのは、檀家とはお寺の住職にとっては、会社の社員のような気がした。お寺を何百年と護っていく中で、いかにこの社員(檀家)教育を経営者(住職)が教育し、統率してくのか。

お参りのこと。戒名を授かることの重要性、寄付をする意味など檀家に教育する。一人の人が納得してくれるように、説明をするのにはエネルギーがいることだろう。

全く、仏教に興味がなくお寺にも感心がなく、だけど、葬儀のとき形だけ読経してもらいたい人をそのお寺に振り向かせる努力とは並大抵ではない。

そういう人に限って、お寺が何かすることをうっとおしい。という。ご近所とのお付合いだって、うっとおしいのに・・・そう思う人もいるだろう。

ここで、僧侶としての考え方が別れていくのだろうな。

興味が無い人は、そのまま去っていけばいい。興味がなかったとしても、何らかの形で仏教を感じてもらえてもらえるよう努力をする。

仏教は、絶対なくならない。けど、お寺は余程のステータス性がない限り、住職の努力無しでの尊属はありえないと考える(お墓がある限り大丈夫!?)

訪問先の住職は、こういっていた。

これから団塊の世代の人たちがどんどん亡くなっていくから、僧侶は忙しいんだよ。

確かにそう思う。だが、無宗教葬・火葬式が急激に増えているのも事実。

事実は、色んなことを我々に教えてくれる。じっくりと観察して、自分の進むべき道を歩みたいものだ。