岩井俊二「リリイ・シュシュのすべて」（角川文庫）

　雄一は、中学１年の夏休み後、仲のよかった同級生から突然イジメの標的にされる。
彼は、心の痛みをカリスマ的な存在である歌姫「リリイ・シュシュ」の世界で癒そうとする。
そこだけが、自分の居場所であるかのように・・・。
イジメ、万引き、援助交際・・・閉塞感に押しつぶされそうな日常と、
そこから逃避してリリイのファンサイトに没頭する非日常の間で生きる１４歳。
青春のダークサイドをリアルに描き出し、話題を呼んだ０１年、公開作品のもとになった、ネット連載小説の文庫化。


　全編を読んでからブックカバーをはずしたら、上記のようなプロットが出てきた。
だけど、雄一って名前すら、本編には出てこなかったんじゃないかな。
上記のような時間軸で小説はすすんでいかない。
　サイトの掲示板に集うひとたちの書き込み。揚げ足をとり、誰かを騙り、誰か一人をつるし上げる・・・。
どこかの巨大なサイトでよく見る光景だ。
よそのサイトから「特攻」してきたり、わざわざ掲示板に混乱を呼び起こしたり。
そのへんはリアルというのだろうか、でもそれは肉体をもたない、
フィクショナルな場でもあるわけで、そう、痛みだけがリアルなのだろう。
　掲示板で語られるのは半年ほど前におきたリリイ・シュシュのコンサート会場での殺人事件。
でも、いったい、誰が誰を殺したのかすら、彼らには突き止めることができない。

　後半、サイトに集まる人間のひとりが自分の殺人を、回想を交えて語りだす。
ありふれた学校内での陰惨な人間関係を軸に、なだれこんでゆくアンチクライマックスの舞台。
『どうして星野はあんなふうになってしまったんだろう。
その理由がわからない。
理由・・・そんなものがあるのだろうか？
蝶はキャベツを食べない。
あんなに好物だったはずのキャベツを食べなくなる。
そしてもっと甘い花の蜜に執着する。
けど、僕らはイモムシと蝶の中間にいる。
キャベツは喰い飽きた。花の蜜が欲しい。
でも、サナギに餌は与えられていないのだ。
僕らは待たなければならない。大人になるのを。
けれど、成長には個人差があって、僕はちょっと遅めだったが、
星野は早熟だった。早すぎる成長。脱皮の季節。
けれど、世間は早熟なものの脱皮をそう易々とは許してくれない。
期限切れのサナギは、学校という繭の中で、じわじわと腐ってゆくしか
ないのだ。』

　小説のあちこちに掲げられたリリイ・シュシュの詩。
でも、リリイ・シュシュが決して小説内に生の姿を現さなかったように、
語らなかったように、詩を掲げる必要もなかったんじゃないか。
リリイ・シュシュは彼らにとって全能であり、無能であったから。
日常、流通する、量産される、軽いことばたちでリリイを定義しようとするなら、
それはリリイを矮小化させることでしか、意味を持ち得ない。

そして岩井俊二はかつて許したんだった、リリイ・シュシュに肉体を持たせることを。
流通サセラレタ、リリイ。現実ノ世界デ「歌」ヲ歌ワサレタ、リリイ。
その理由もわからない。
岩井俊二は優れた映像の作家だろう。ラヴレターしか観たことがないけれど。
リリカルな世界がスクリーンのこちら側を温めた。
彼は、俳優たちに語らせ、歌わせるのがいいと思うよ。
小説世界で歌ってると、酔っ払っているように見える。