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日々の記録、ときどき本の感想

最近はときどきどころかたまーに本の感想、ほとんど日常の記録です。

2025.4.14

2025-04-14 23:04:32 | 日記
先週、無事に祖父の見送りが済んだ。
葬儀があると、つい自分のときのことを考えてしまうけど、あれこれ考えすぎた結果、結局「自分が死んだあとのことは自分じゃわからないから、まぁどうでもいいかな」に落ち着く。
人間は過去を考えすぎると鬱になるし、未来を考えすぎると不安症になるらしいので(誰の言葉かは忘れた)、目の前のことに集中するのが良いと思う。
最近なんとなく自分を甘やかしていた結果、1番活動がしやすい自分的ベスト体重より3キロ太った。
ちゃんと体重計に乗り、かつウォーキング習慣を取り戻そう!
それが第一の目先の目標。
第二目標が今年の宅建合格。
私はわりと資格試験が好きだと思うんだけど、近い目標と時間の区切りができるというのが理由だと思う。
少ないものでも1年に1回くらいは試験があるから、「そこを目指してとりあえず勉強する、その日をいったん区切りにして、そのあとのことはまた考える」という流れが好き。
落ちた後、次の試験までまた勉強するときもあるし、やめる時もある‥
やめる時もあると思っていたけど、実はやめたことがないかもしれない。
いったん諦めた資格も、結局数年後に取ってる。
「絶対雨を降らせる雨乞いの話(雨が降るまで続けることさえできれば、結果100%の確率で雨を降らせることができる雨乞いということになる)」がわりと好きなので、実は根性論が嫌いではないのかも。



2025.4.7

2025-04-07 22:56:40 | 日記
90代後半の祖父がいよいよターミナル期。
大きな疾患もなく老衰で。
超省エネモードでほぼほぼ寝ている。
とりあえずいい夢を見ているといいなと思っている。
そして親戚から孫が不登校という話を聞いたり(私は不登校の先輩)、お昼に一緒になった同僚と遺伝子検査の話をしたりして、なんとなく今日は「幸せってなんだろなー?」と考えがち。
脳内整理できていない状態なんだけど、書き出すと楽なので、ここで失礼。
不登校について、先輩として「別に学校に行かなくてもなるようになるから大丈夫」と言ってあげたい気持ちはある。
でもそれを言う前に、私がそれを言って説得力があるのかを考えた。
私はなんだかんだ自分の食い扶持を稼いで、贅沢はできないけど、なるべく好きなものを見つけるようにして暮らしていて、自分のことをわりと幸せだ(少なくとも不幸ではない)と思っているけど、未婚で子供もいないし、輝かしいキャリアがあるわけでもなくて、人から見て「大丈夫」な状態なのかは自信がない。
今さら人から見て「大丈夫」な私を目指す気はさらさらないんだけど、自分が不登校で群れから外れたときに思った「大丈夫」かどうかはわりと「みんなと同じような生活ができるかどうか」だった気がする。
うーん‥
そして今日、お昼休憩が一緒になった同僚が「スマホに遺伝子検査の広告がめっちゃ出てきて、お高いけどいつか受けてしまうかもしれない」と言った。
私は遺伝子検査にあんまりぴんとくるものがなくて「何がわかるんですか?」と聞いたら、「数学が得意とか運動が苦手とか」と返ってきて、思わず「それってすでにわかってないですか?」とつっこんでしまった。
そこからデザイナーベイビーの話にもなって、「遺伝性の疾患がなくてピアノがめっちゃ上手いコをつくれる時代がもう来る?実は来ている国もあるかも??」みたいな会話になった。
倫理的な問題アリアリだけど、そこは置いておくとして、仮に音楽の才能に恵まれたとしても、継続して練習を重ねることができる環境と性格がないと「ピアノが上手いコ」はできあがらないし、疾患がなかったらそれに関する悩みは減るかもしれないけど、だからといって幸せとは限らないし、健康は大事だけど病気だったら不幸とも限らないような気がして思考と感情がぐるぐる‥
それでさっきの不登校にまた繋がるんだけど、「数学が得意」も「運動が苦手」も人間の特性は相対的なものでしかないから、ある程度群れでもまれないと自分のこともわからないと思うんだよね。
この世に自分ひとりだと自分が背が高いのかどうかすらわからない。
勉強もしないよりはしておいたほうがいい。
学校に行かなくてもできるけど、「群れにもまれつつ、必要な知識を身に着ける」が経験できる1番適したところがやっぱり学校だと思う。
でも学校に行けないことで鬱々として過ごした経験があるから、そんな理屈は渦中にはまったく響かないのを身にしみてわかってる。
まぁ10代のときに「人生終わった」くらいの感じで過ごしたおかげで、ご飯食べれて自分のベッドがあって蛇口をひねればお湯がでるだけでラッキーな気がしているから、経験は無駄ではない、多分。
ここで祖父の話に戻るんだけど、おじいちゃんは全然インテリじゃなくて、自分の価値観を変えられないタイプで(つまり昭和ヒトケタの価値観で90ウン年を過ごし切ろうとしている)、スマートかと言われると正直全然そんなことない気がするけど、私の勝手な判断だけど、わりと人生やりきって幸せなんじゃないかと思うんだよね。
戦争中に満州に行っていたんだけど、よく聞かされる思い出話は辛かったことじゃなくて、その時代なりの青春話だった。
大変な目にあったことは匂わせたくらいで、ちゃんと話してくれたことはない。
「戦争の悲惨さを次世代に伝えなくては」という社会的な使命感とか多分考えてなさそうで、「辛いことは耐え忍んで口にださないのが良い」という価値観を貫いた。
黙々と働いたけど、なにかを学ぶことにとりたてて興味を持っていた気はしない。
そう考えると、知識が増えたり社会的なことを考えたりするのが、果たして幸せに繋がるのか、「勉強したほうがいい」というのもなんか大人の説得力のない一般論のような気がしてしまって‥
結局「幸せは自分のこころが決める」だよね。
相田みつをさんは偉大。
でもそれも私が「人間の人生の究極の目標は幸福の追求」だと思っているからでてくる考えで、動物の種の保存の本能として自分が死ぬことで次の生命を残すような生物もいるわけだから、実は生き物として根本の考えがそもそもズレてるのかもと思うときもある。
うーん‥
でもやっぱり勉強はしておいたほうができることが増えるから、社会の中で居場所は見つけやすくなるかな。
やっぱり人間はどこまでも社会的な生き物だし‥

今日はもう寝よう。
寝ずに考えることが私の健康に良くないことは確か。






2025.3.31

2025-03-31 22:35:20 | 日記
本日は月末日。
今月初めあたりに書いた節約チャレンジ(数百円~高くても五千円くらいのプチごほうびを決めておいて、それを含んだ額で予算内でやりくりできたら月末に購入する )、今月も無事成功した。
今月は結局「海の生き物ソックス」になった。
靴下は実用品だからごほうびとしてふさわしくないのでは?とちょっと思ったけど、いま数は足りていて必需品というわけではないから、今回は良しとする。
「エルバブランシュ(シロツメクサのイメージのフレグランス)」の再販情報はないし、運命のまりもは見つからなかったから‥
運命のまりもは見つからなかったけど、私のイマジナリーキャット(イマジナリーフレンドの猫版)にそっくりなコをTikTokで見つけた。
色がちょっと違うんだけど、顔とかサイズ感とか質感とか態度とか、まさに私が思い描いている「ウチのコ」でびっくりした。
すっかり夢中でずっと眺めてしまう。
時間がもったいないとも思うけど、この世に好きなものが増えてちょっと幸せが増えた気がする。



2025.3.23

2025-03-23 23:43:43 | 日記
屋外の至るところに花粉がうっすら積もっている気がするし、ウグイスの鳴き声は聞いたし、トカゲが素早く草陰に走り去っていくのも見たから、これはもう完全に春。
春のソワソワ感が苦手で、いつもあんまり調子が良くない気がする。
気温の上がり下がりについていけずに、服装調整に失敗しがちなせいもあるかも。
なんか夢中になれる本とかドラマとかないかなー。
ちょっと自分の人生から現実逃避したい。
すっごくストーリーが面白い小説とかないかな?
「ローマ人の物語」を読みなおそうかなとも思ったけど、絶対ワンシーズンじゃ終わらないし‥。
うーん‥。
とりあえずしばらくは宅建のお勉強に集中しようかな。
試験はまだ先だけど、何かを目指して勉強するとなんていうか一応人生進んでる感が得られるから、精神衛生上良い気がする。
勉強しているとやけに褒めてくれる人がいるけど、自分のためにしかならない行為で偉くもなくてちょっと気恥ずかしいので、こっそりと強化期間開始しておく。


2025.3.18

2025-03-18 22:49:46 | 日記
職場で労務管理のストレスチェックを受ける度、「ストレススコアは平均より低いけどやる気も低い」という結果を叩き出してきたけど、今の職場はわりとストレスがあるかもしれないと思っている。
でも今日、社外の方と話をしていて、自分が今のところ退職は考えていないことに気が付いた。
なんでだろうなー?と考えながら帰路についた。
色々現職のメリットとかデメリットとかあげてみたんだけど、つまるところ、「退屈しない」という一点が結構大きいのかもしれないと思った。
「楽しい職場で仕事にやりがいがあって~」というわけではないけど(まったくないわけでもないけど)、なんていうか今のところは自分に起因するわけじゃない良いことも悪いことも発生率が高い気がする。
率直に言ってしまうと、「過去の前々、前々々任者がもうちょっと後先考えて仕事をしてくれたら、こんなに面倒くさいことになっていないのでは?」と思うことも結構現れるんけど、まぁ退屈はしない。
求職時には想定もしていなかった理由だけど、なんとなく自分の中で腑に落ちた。
まぁ何にせよ社会の中に役割があるのはありがたいし、今後もやる気は低空飛行ながらできることはやっていこうと思う。
というか、ストレステストでいつも疑問なんだけど、みんなあの質問にどの程度本気で回答しているんだろう?
そして本気でヤバい段階の人は自分で自分のストレスを認識していないから、本人に聞いても正確性に欠ける気がしてしまう‥