みなさま
関東地方でも、さくらの開花のニュースが報じられていますが、その翌日はみぞれまじりの雨が降り冬に逆戻りしてしまったような天気になっています。いかがお過ごしでしょうか。
今年のキリストの復活を祝うイースターは4月4日(日)です。そうなると来週は受難週になります。キリストの想い、そして十字架などについてまったく気づいていなかった弟子たちの想いなどを考えながら聖書を読む一週間にしてはいかがでしょうか。
第13課 霊の結ぶ実---クリスチャンの品性 3月27日
暗唱聖句「この秘められた計画が異邦人にとってどれほど栄光に満ちたものであるか、神は彼らに知らせようとされました。その計画とは、あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です」コロサイ1:27
今週の聖句 マタイ6:33、ヨハネ15:8、ローマ3:20~26、14:17
テモテ第一6:11、ヨハネ第一2:15
今週の研究:キリストを信じることによって、彼によって贖われた、堕落した人類は、愛によって働き、あらゆる汚れから魂を清める信仰にあずかることができる。そのとき、キリストに似た特性が現れる。というのはキリストの眺めることによって、人は栄光から栄光へ、品性から品性へと同じ姿に変えられるかたである。よい実が生じる。品性が神の姿に変えられ、誠実と高潔、真の慈愛が現れる。
月曜日:ガラテヤ5:22,23、エフェソ5:9だけが、クリスチャンの品性の中心となる霊の結ぶ実を列挙しているのではありません。テモテ第一6:11、テモテ第二3:10、ペトロ第二1:5~7でも、たとえば信心や徳、知識といった多くの実が繰り返されています。
これでおわかりのように霊の結ぶ実に関しては、一つの公式のチェックリスト(照合表)がないということです。クリスチャンの品性には、多くの異なった側面があります。使徒たちはそれぞれ、特に自分の読者に当てはまる特質を上げているにすぎません。
水曜日:私たちは律法主義に陥らないように注意する必要があります。その一方で古代イスラエルの過ちを繰り返さないようにしなければなりません。彼らは、周囲の国民に合わせて妥協したとき、常に背信しました。ヨハネ第一2:15は、世を愛することは心から神を愛することを不可能にすると教えています。世に福音を伝えようとしてかえって世に心を奪われ、世に引き込まれることのないように、私たちは教会として注意する必要があります。
木曜日:以下にあげる方法は霊の結ぶ実の成長を助けてくれます。
・神の御言葉を学ぶこと
テモテ第二3:16によれば、聖書は何のために有益ですか。その結果として、私たちのうちに何が達成されますか。
・祈ること
「祈りは魂の呼吸である。それは霊的力の秘訣である。いかなる恵みの手段もその代用とはならず、したがって魂の健康を維持することはできない。
・正しい思想
「終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や賞賛に値することがあれば、それを心に留めなさい」(フィリピ4:8)
・信仰をあかしすること
イエスによって悪霊からいやされた男は、イエスと一緒に行きたいと願いました。しかし、イエスは彼の願いを退け、彼に向かって自分の家に帰り、主がしてくださったことを知らせるように言われました。(マルコ5:18~20)
金曜日:「実を結び」みことばを聞いて、それをたくわえているものは、服従という実を結ぶ。魂の中に受け入れた神の言葉はよい行いとなってあらわれる。キリストのような品性と生活とが、その結果となってあらわれてくるのである。
「彼におる」と言う者は彼が歩かれたように、その人自身も歩くべきである」と聖書にある。(ヨハネ第一2:6)
霊の結ぶ実についての学びが今週で終わろうとしています。みなさまはどのような学びをなさいましたか?
清い、神さまから与えられる実をつけるために、○○をもっとするように、△△がとても良いなどという方法論が多かったら、できそうもないので学んでいるだけで責められそうな教課だなと学ぶ前は思っていました。
けれども、今期の学びを通じて、様々な霊の実は聖霊がわたしたちにくださるもので、わたしたちはそれを受け取ることを選ぶことが重要と教えられましたね。
また今週の月曜日の学びにありましたが、霊の実の種類はガラテヤ書に書かれているだけではなく、聖霊が必要であればいろいろな賜物を与えてくださるのです。
そして日曜日の学びで「まず神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6:33)の聖句について学んでいます。霊の実を与えてくださいと祈るのではなく、最初に神の国と神の義を求めるように勧められています。
この神の国は、何を指しているでしょうか。もちろん未来の天国を指していて、一日も早く神さまが来てくださることを願うことも含んでいるでしょう。
けれども聖書の中には、この地上でも天国にいるような平安が与えられることを約束されています。それは神さまの守りと導きが確信できた時です。神さまがそばにいてくださった時なのです。
神さまにそばにいていただくためには、神さまが好まれないものを排除する必要もあるでしょう。それだけでなく、わたしたちの心の戸を開いて入っていただかなければなりません。
最初に神さまとわたしの関係を良好な正しい状態にするようにと、このみことばは教えているのです。そのような関係を築く時に、神さまの義がわたしたちのうちに表わされて、霊の実が実るのです。
そのようになるために、わたしたちが日常生活で励んだらよいことについて木曜日の学びに書かれています。
ある時はつまずいても、一歩ずつ神さまの国を目指して歩む時、必ず神さまは導いてくださり、実を結ばせてくださるのです。そのような確信が深まった今期の学びを感謝いたします。
東京 安河内 アキラ