『和布刈神社』・・・「めかり神社」
社伝で伝えられる限りでは神功皇后の三韓征伐(新羅・百済・高句羅に出兵し日本の支配下
にしたこと)後奉祀されたもので仲哀天皇(200年)創建とされる。古くは「隼人明神」とも呼ば
れた。
壇ノ浦の戦いの前夜には平家一門が酒宴を開いたと伝えられる。
海峡の守護神として崇敬を集め、建武3年(1336年)足利尊氏氏、応永年間(1394年~
1428年)大内義弘、天正3年(1575年)仁保常陸介などによる諸社殿の修築造営が伝え
られている。
現社殿は明和4年(1767年)小倉藩主小笠原忠聡の再建によるもの。
今まで訪れた神社で、漢字を知らない私には、読めない名の神社が多々あったが
「和布刈」は逆バージョンで、「めかり」の呼び方は知っていましたが、まさかこんな字だとは
知りませんでした
関門海峡にかかる関門橋の九州側の足元にあります
海の向こうは本州の西端の下関です
このような看板あり
神社名となっている「和布刈」とは「わかめを刈る」の意であり、毎年旧暦元旦の未明に
三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って神社の前の関門海峡に入り、海岸でワカメを
刈り採って、神前に供える「和布刈神事」(めかりしんじ)が行われる。
和銅3年(710年)には神事で供えられたワカメが朝廷に献上されているとの記述が残って
いて、福岡県の無形文化財に指定されている
来年(平成25年)は2月9日~10日にかけての深夜に行われるとの事
看板のバックがこれです
本殿
荒波にもまれる灯篭がなかなかいい
最高のロケーションに立地する神社の一つですね、やはり海はいい
などと旅情に浸っていると、船は汽笛と言っていいのかわかりませんが、とにかく
「ボォー!ボォー!」と鳴らしながら海峡にさしかかっていた。
その大きな船の前方には、釣り船が何艘もぷかぷかと浮かび、釣り糸を垂れている
しかし、大きな汽笛にも関わらず釣り船は一向にお構いなし、まるで聞こえないかのように
のんびりとぷかぷか浮かんでいる
そこまでなら、今までも見た記憶があるが、今回は違った、おそらく大きな船は怒りましたね
その後も「ボォーボォーボォー」と切れ間なく鳴らし続けながら波しぶきを上げて近づきます
神社に訪れていた人たちや、海べりを散歩していた人たちが、いっせいに事の成り行きを
見つめる、もちろん私達も興味深々
大きな船が間近に来てやっと2~3艘の釣り船が「うるせぇ~なぁ~」とでも言ってるかの
ようにわずかに移動をし、船の針路を開けました
なんだかすごいものを見たようで、興奮をしてしまいました
その後も船はひっきりなしに往来する海峡での、地元漁師舟とのせめぎあいが
日常茶飯事に行われているのだなぁ~と知り「ワイルドだぜ!」と思った
いつまで見ていても、海と船の往来は見飽きませんがそうも行かず、海べりに作られている
散歩コースを廻る、天気も良く暖かい昼下がり、たくさんの人がのんびりと潮風に吹かれて
散策をしていた、またまた私にはうらやましい場所でした。
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