何時かはこの写真も、あの頃が懐かしいということになること請け合い、これから記録写真ということで、元旦に撮影することにしよう、前列左は孫の小6の孫娘、右側は小2の孫坊や、その奥は同居の長女その奥はその亭主、その左は此の家の婆さま、此方は撮影専門で顔がない
何故か毎年この日になるとあの日の思い出が、マスメデアは終戦記念日というが、生きておればこその物だねで、やはり戦争に負けたことを、素直に受け止めるべきではないかと、毎年の此方のリメンバーデイである、写真は敗戦まじかの頃の撮影で帽子はいまだ戦闘帽で、服装には戦闘機(後の我社の零式戦闘機)のアプリが、今思えば何と愚かしきことか
10年ほど前、この方とは会社停年後の第二の職場、市民文化会館の勤務中に迎えの車が来るまでの、短い時間でしたが二人だけになり会話を交わしました、12歳後輩になりますが昔からの大好きな憧れの人との対面に感激でした。
1945年4月に一年生に入学、8月15日に終戦とは言うものの敗戦国に、入学は疎開先の岐阜県高山市九々野国民学校、敗戦後名古屋市でミカン箱を机にお寺の座敷が教室に、今は駿河の国で余命を富士山写真ブログに託す、同居の孫が今一年生に入学、全てが天と地の違い幸せな環境で育って欲しい