子供の頃よく行った銭湯。
ホント最近は殆ど見かけなくなった。
資本力のある企業のいわゆる「スーパー銭湯」なんぞとは
一緒にしてもらっちゃ困るぜ。
あれとは一線を引く似て非なるものだ。
内湯が当たり前になり客も減り採算が合わなくなったのだろう。
「外湯」「内湯」なんて家に風呂があるのが普通の今は
死語と言っても良いかも知れないな。
自宅外にある銭湯は当然「外湯」だ。
小さい風呂があったうちの家でも結構銭湯に行くのは特別でも何でもない
今のコンビニに行く程度の感覚だった。
夕方の時間帯なら近所の友達の誰かに会えるので面白かったし、
何より父親と一緒の時には風呂上がりのラムネかヨーグルトが
とても楽しみだったのさ。
ラムネは今でも縁日などで見かけるな。
ヨーグルトは今の健康食品みたいな物と違って
どう考えても子供のおやつ。
太目の牛乳瓶の下2/3を切り取ったような寸胴なガラス容器で
瓶の周囲には確か象だとかキリンなんかの動物のイラストが入っていたような気がするな。
それとは違う意味で番台に金を払う一瞬だけその場に一旦停止する時はやっぱりね。
今ほどスケベではなかった子供時代でも女性の裸にはドキドキしたもんさ。
当時の銭湯でも入口は一応別々。
入ると男女の仕切り壁の真ん中に大人の背丈より少し高いくらいの場所に番台がある。
お金は丁度手を伸ばして払う格好になる。
仕切り壁の番台側は風呂屋の従業員用の扉がひとつ。
これが今では考えられない事にどちらからでも押して入れる自在蝶番型なのさ。
西部劇に出てくる酒場の入り口にある扉をイメージしてもらうと判るだろうか。
運、いやタイミングが良く従業員が出入りする時にあえば
瞬間丸見えという状態になったのも思い出すなあ。
家族で男湯、女湯なんて別れた際には仕切り壁越しに声掛けしたりも
日常の光景だったし風情があったよね。
犯罪のリスクを犯すほど大胆でも能天気でもなかった小心者の話は
今回の記事が文字数がいつもに比べて少ないのもネタ不足なのが
本当の理由なのは賢明なガズー閲覧者にはお解かりだろう。
ガズ友の皆さんが綺麗な写真を添付しているのもこちらはネットから拝借、
若しくはガラケーの当方にはいつも羨ましく申し訳ない気持ちだったのもあって
昨日数年ぶりにカメラを買い替えたんだ。
以前持っていたのは画素数が少ないのは良いとしても
引越しの時から充電器が行方不明になったまま放置されていたのだ。
要は使えなくなっていたのである。
ごく簡単に撮る目的だから大雪氏を初めとする本格的な一眼ではないのは勿論さ。
「長いものにまかれやすい方や、独身男性の皆様にも安心してご使用いただける」
カメラというタイプの代物である。
こんなまどろっこしい言い方になるのは日本カメラ製造者組合に
聞いてもらうしかないが放送禁止用語になっている程の差別的言い方だかららしい。
曲解されてそうなったのではないかと思われるが意味だけは理解している。
が、誰もが既に感づいているだろうに。
正直本音を一言だけ言えば
「ほんまあほらし」
心で思ってもわざわざ口に出すことはないぜ。
私は小市民なのである。
