新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

鬼平の小柱の掻揚げとのっぺい汁

2021年04月02日 | 毒男のグルメ
 ここ一ヵ月、『鬼平犯科帳』を読んでいる。仕事のテーマが江戸になったので、慌てて読み出した次第である(もちろん、夏休みの宿題は9月1日から着手するタイプである)。

 さいとう・たかをのコミカライズは時々読んでいたが、仕事を抜きにしても面白い。食通として知られた池波正太郎だけあって、酒食のシーンはどれもいい。メニューや具材が並ぶだけで、『美味しんぼ』風の過剰な説明がないところも好感が持てる。

 それどころか、「さなだや」名物の小柱の掻揚げ(貝柱のかき揚げ)の蕎麦に及んでは、長谷川平蔵は蕎麦を一口啜っただけである。肝心のかき揚げには一箸もつけていない。平蔵は自分を見て店を出て行った不審な男(蛇[くちなわ]の平十郎)を追うために、食事を途中で切り上げてしまうのである。

 粗相でもあったかと心配する店主に「あらためて来るよ」と約束したとおり、事件解決後、平蔵は剣友・岸井左馬之助とともに再び「さなだや」を訪ねる。しかし二人は酒を酌み交わしているだけで、もうかき揚げ蕎麦は食べ終えてしまったらしい。そこに、銚子と共に亭主が茄子の香の物に芥子を溶いたものを運んでくる。熱々のかき揚げそばを啜り、酒で痺れた舌に、茄子の爽やかな後味と芥子のツンとした辛さは心地よかったことだろう。酒飲みの心がよくわかっている。結局、小柱のかき揚げについては最後まで描かれることはなかったが、この締めの至福のひとときに、さぞかし美味かったのだろうと思わせる。これが省略の美というものか。

 新潟の郷土料理と思い込んでいた「のっぺ」が出てきたのには興味を惹かれた。作中では「のっぺい汁」で、平蔵の副官格である与力・佐嶋忠介の行きつけの芝・明神前の料理屋[弁多津]の名物料理とある。

  平蔵が注文しておいた熱い[のっぺい汁]と酒がはこばれてきた。
 大根、芋、ねぎ、しいたけなどの野菜がたっぷり入った葛仕立ての汁へ口をつけた平蔵が、
  「うまいな」
  「は……」
  「おぬしがひいきにするだけはある。躰中が一度にあたたまってきたぞ」
  (池波正太郎『鬼平犯科帳』6巻「礼金二百両」)

 私が知らなかっただけで、「のっぺい汁」は各地にあるらしい。調べているうちに思い出したが、大和の郷土料理でもあって、奈良の居酒屋で食べたこともあった。作中ののっぺい汁は葛仕立てだが、新潟と奈良ののっぺは里芋が自然と煮崩れたとろみである。

 「新潟の郷土料理」といいながら、子どもの頃しか新潟にいなかった私は、のっぺを食べた記憶がほとんどない。新潟出身という奈良のお店の女将さんに、「奈良にも新潟と同じ料理があるんですよ」と勧められたのっぺに、味と食感は思い出したので、食べたことはあるのは間違いない。ハレの日の料理で、日常食卓に上るものではなかったし、根野菜がメインだから子ども心に食指が動かなかったのだろう。

 4年前、新潟に帰省したときに、従姉にのっぺを出してもらった。新潟の、というか従姉の家ののっぺは(地方や家庭により調理法は異なる)、水で戻したほたての貝柱の出汁をベースに、里芋、人参、ごぼう、蓮根など根菜類をメインに、しいたけ、こんにゃく、銀杏などを入れる。かしわを入れる場合もあるようだけれど、鮭を入れるとよい出汁がとれる。仕上げに香り付けの柚を乗せる。鮭やかしわのかわりに油揚を入れれば精進料理にもなる。

 一件落着の冬の夕暮れ、鬼平は温かいのっぺい汁にありついたが、私は冷えたのっぺしか食べたことがない。のっぺは保存食でもあって、豪雪地帯では鍋を雪の中に入れて保存する。新潟市は雪が積もらないが、従姉は前夜に作ったのを台所の外の日陰に置いていた。

 亡母は新潟を出てから、のっぺを作ることはなかった。正月の雑煮が、昆布出汁と鮭をベースに、大根、ごぼう、にんじんと根菜尽くしだったから、見た目も具材もダブってしまうのを嫌ったか、単純に面倒臭かったのだろう。餅を入れた雑煮は最後にイクラを乗せる。椀の底で表面が白く固まったイクラが、プチプチ割れる食感が、子どもの頃のひそかな楽しみだった。イクラを塩茹でした「魚豆」(ととまめ)という郷土料理もあり、瓶詰めも売っている。

 最近、糖質制限のため、心を入れ替えて、日本酒を控えウイスキーに切り替えた(効果はてきめんだった)。しかし『鬼平犯科帳』を読んでいると、熱い酒(の)をやりたくなる。

 そういえば、池波正太郎生誕百年にあたって、『鬼平犯科帳』と『仕掛人・藤枝梅安』が新たに映画化されるそうだ。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/95099



新潟ののっぺ。画像は以下のサイトからお借りしました。
https://www.yanagimiso.com/SHOP/45209.html

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