わたしの日々のくらし

ようこそ「ぽぽんた」です。福島県の田舎に住む中1の男の子の母です。

寂しいけれど…ばいばい ばあちゃん

2010年12月02日 13時57分40秒 | ひとりごと
29日の朝、息子が学校へ行く頃の時間、が鳴った。「だれ?忙しい時に!」息子が取って言った。「○○(実家の地名)のばあちゃんからだよ」この時間帯にはかけて来ないのにと思いながらも出てみると、「ばあちゃん(母の母)が亡くなったんだって!」「?…え~!」母の実家の私の祖母。

数年前に足腰を悪くしてからほとんど寝たきりでいたけれど、毎食3度しっかり食べて特に弱ったとは聞いていなかったので驚いた。

車で2時間半前後の場所だから、いつもならすっとんで行く所だ。でもなぜかこういう事ってある。はずすにはずせない用事が当日と翌日にあった。泣く泣く自分の都合を優先するしかなかった。「ばあちゃんごめんね。すぐ行けなくて」と心で泣いた。

息子にも「××のばあちゃん死んじゃったんだって」と告げた。息子もとてもびっくりして泣きそうだった。お邪魔するといつも私達家族3人に「めんこいなぁ」と言ってくれていた。とても可愛がってくれた。

旦那はすでに仕事に出た後だったのでで知らせたが、私がどうにもならないので仕方がなかった。とにかく用事の先へ出かけました。

次の日予定より1時間も終了時間が押して、4時の予定が5時過ぎてしまった。それから家に着いたのが6時近かった。益々ばあちゃんに会えるのが遅くなってしまったが、帰るなり、準備していた荷物を積み、家を出た。

9時も過ぎてやっとばあちゃんの顔を見る事が出来た。前の晩まで普通にご飯を食べて、朝亡くなったらしい。だからいつものばあちゃんがそこに眠っていた。本当に「ばあちゃん」って呼べば目を覚まして「よく来たなぁ。めんこいなぁ」って言ってくれそうだけど、それはかなわない。もっと早く来て冷たくてもいいからばあちゃんに触りたかったけれど…。

告別式は翌日(昨日)なので、とりあえず母(実家)の所へ泊まった。

告別式当日は良く晴れて、ばあちゃんのみんなへの気持ちかなあと思ったりした。享年98歳の長寿という事で、お祝いの意味で(建前の時のように)撒き餅、撒き銭という事をした。

長生きをしたから大勢のゆかり人達が集まってくれた。大往生だった!

実家へ帰る途中にばあちゃんの家はあるので、いつもそこへ寄ってから実家へ行っていた。でもこれからはいくら寄ってもばあちゃんはいないんだなあと思うと涙が出そうだけど、苦しまずに行くことが出来て、良かったんだと思う。

私のはずせない用事が告別式当日でなくて良かったと思います。

天寿まっとう!万歳ばあちゃん。ばいばいばあちゃん。今までありがとうございました。



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