おじいクボマ~ル@青空保育園 since 2023

定年前に大学教授から保育園長に転身した「おじい」のブログです。誰にでも開放していますので、ご投稿も歓迎です!

沖縄県宮森小学校の悲劇 by クボマ~ル翁

2024-07-07 16:35:30 | 自由投稿
 嘉手納基地から飛び立ったジェット戦闘機が機体トラブルを起こし、猛火につつまれて近隣の宮森小学校に墜落した。そして、10名の子どもが死に、数十名が重軽傷を負った。
 幾多の哀しみを背負ってきたウチナーだが、この宮森小学校の事故ほど、ウチナーンチュたちの気持ちに深く刺さる事故はないのではないか。10年来の友人である名護市辺野古の保育園長Mさんは、「『事故』ではないよ、『事件』さあ」と静かに言う。
 辺野古の海を埋め立てて造られつつあるキャンプシュワブの新滑走路ができ上がると、彼が園長を務める保育園はヘリコプターだのオスプレイだの戦闘機だのの進入路の真下に入る。米軍機は嘉手納ではなく、辺野古に飛んでくる。
 そう言えば、またもや米兵や軍関係者による性的暴行事件が起きた。そして、その事実はキチンと県に知らされなかったという。デニー知事さんはカンカンだ。1972年に日本に返還されたウチナーは、今もって米軍支配だ。
 個人的な知り合いがいるからイラつくのだろうけど、こういうウチナーンチュの今でも被っている迷惑や苦汁や悲嘆のことを、ヤマトゥンチュ(本土人)の多くはちゃんと知らない。
 宮森小学校には、絶対にお線香を上げに行きたい。東日本大震災の津波で(正確に言うと川の逆流)で一気に数十人の小学生が亡くなった大川小学校には、既に行った。宮森小学校で花を手向けられるのはいつだろうか。最近加速度的にヨレヨレ化している僕だから、もしかするとその前に…かもしれない。



「万歳!」するほどの事かな? by クボマ~ル翁

2024-07-07 16:31:38 | 自由投稿
 何とも奇妙な光景をテレビのニュースで目撃した。午前零時、市役所のロビーに集まった人々が嬉しそうにくす玉を割り、万歳!を三唱しながら例のピースサインまで出していた。
 何だ何だ?と画面を凝視してみると、そうだ今日は20年ぶりに紙幣が刷新され、渋沢栄一さん・津田梅子さん・北里柴三郎さんたちが日本経済を動かす新たなスターになる日だった。
 それはまあ良しとして、お札が新調されるってのは「万歳」や「ピース」をするほどめでたいものなのか。僕が観ていたのは渋沢さんの出身地における大騒ぎだったのだが、市長さんが渋沢さんのコスプレで浮かれまくっているなど、どう考えても「なんで?」が乱舞していた。
 そりゃまあ郷土の偉人がお札の顔になるんだから嬉しいだろうが、それにしても「万歳」「ピース」はなあ。「郷土の自慢」と言えば、地元力士の昇進を喜んだり、サッカーや野球の地元ティームの活躍で盛り上がるのは見かける。
 でもなあ、たかがお札のバージョンアップでなあ。しかも、現金払いがますます使われなくなる時代なのになあ。



最近観た映画の感想 by クボマ~ル翁

2024-05-12 16:50:34 | 自由投稿
 忙しいというよりはむしろ老化による体力低下で、仕事と隣家の孫連の誘い以外の外出が極端に減ってしまっている。それでも時折、半日弱の時間を捻りだして映画を観に行く事がある。
 『オッペンハイマー』はストーリーの追い方がかなり難しかった(僕の頭が悪いのだろう)けれど、量子物理学が原子爆弾へと利用されていく過程を考えさせられる「ううむ」な作品だった。三時間近くの大作で、腰や背中が痛くなったのは、何とも情けなかったなあ。
 『デューン:砂の惑星2』も三時間近くの作品で、第1作を観ていない僕にはストーリーがまったく理解できず、誰が良い人で誰が悪い人かという幼児的理解すらできず(笑)、非常に辛かったです。
 『ゴジラー1』ですが、正直に言います。観る前はかなり馬鹿にしておりました。「ゴジラ?またかよ~」って感じでした。が、しかし、映像というよりはストーリーやシナリオが秀逸で、思わず「ううむ、そう来たかあ!」という感動がありましたね。今までの作品との繋がりだけじゃなく、「この後も続きまっしぇ~」というメッセージもあって、次作があればおそらく観ちゃうと思います。この映画の直後に『ゴジラ&キングコング』が封切りされていますけど、どうもこちらには魅力を感じていません。
 『沈黙の艦隊 Season 1』、30年前に原作を読んじゃっている人間としては、立腹!の一言に尽きましたな。こんなちゃちい映画にしちゃダメだってば!

残された孫との日々 by クボマ~ル翁

2024-05-05 09:37:30 | 自由投稿
 幸運にも息子宅に三人、娘一家にも三人、計六人の孫がいる。隣家の三人は「ほぼ同居」だから普段気にはならないが、茨城県に暮らす三人組と黄金週
間に会えるのは非常に嬉しい。もうドキドキだ。
 長男が小4、それに小2と幼稚園年長組が続く。隣家の三人組も合わせて、人生最速で育ちつつある子どもたちと会うと、ついつい「その分の自分の老
い」を思い知らされる。本心はサッカーでもして遊びたいが、脚がもつれては話にならない(笑)。
 心遣いなのか残酷なのか息子は、孫連に「あと何回会えるかわからないな」と苦笑いで言う。確かにその通りで、年に二回としてあと百回なんか会えな
い。子どもが常に傍にいてくれたのは高校生までだ。彼らの独立は誇らしかったが、それは別離の始まりだった。
 既に小4には将棋、小2にはオセロで勝てない。だが、せめて僕は「物知りのオジイ」でいたい。残された彼らとの日々をカウントダウンしつつ、せい
ぜい読書に励みたい。


保育所の児童虐待通告義務について by クボマ~ル翁

2024-05-05 09:33:28 | 自由投稿
 残念ながら、児童虐待の被害に関するニュースが一向に減らない。これだけ多く新聞やテレビ等でも報じられているのだから、おそらくそれを知らない人はないはずだ。保育園長として私は、その原因の一つが通告義務の不徹底にあると考えている。
 周知の通り、保育所や保育士には児童虐待と疑われる事案を市町村や児童相談所などに通告する厳格な義務が課せられている。尊い子どもたちの生命や人権や健やかな育ちを守るために社会から課せられた極めて重要な任務であるから、いかなる逡巡も遠慮も躊躇も忖度も臆病も必要ない。
 「疑わしきは罰せず」という原則は、こと児童虐待については成り立ち得ない。身体的暴力・心理的暴力・性加害・育児放棄のいずれであれ、まずは疑ってかかる必要があるだろう
 保育の現場にある者として私は、とりわけ心理的(言葉や態度によるもの)暴力と育児放棄(ネグレクト)の危険性の高さを感じている。もち論、何もなければ良い。しかし、「あ。やっぱりな…」を生み出してはならない。



贈る言葉 by クボマ~ル翁

2024-04-28 16:26:28 | 自由投稿
 青空保育園ぶどう組の皆さん、卒園おめでとうございます。
 どうしておめでとうなのかわかるかな。誰がおめでとうなのかわかるかな。
もうすぐ1年生になる皆さんがおめでとうなのは当たり前だけど、皆さん今ここで見てくれているお家の人たちは、きっと皆さんよりももっと嬉しいんだと園長は思います。
 赤ちゃんの頃から、皆さんはとても大きくなりました。赤ちゃんだった頃の事を、何か覚えているかなあ? おうちの方はきっと覚えてくれているから、お家に帰ったら聞いてみてください。ちっちゃい赤ちゃんだった頃、あなたはどんなだったんだろう。
 さて、あと何日かで、皆さんは小学校に通い始めます。小学校って、保育園とどこが違うんだろう。保育園にはなかった♪キンコンカンコ~ン♪というチャイムガ鳴ります。算数とか国語とかの勉強もあります。オトナみたいに大きなお姉さんやお兄さんもいます。それに、自分一人で歩いて行かなくちゃいけないんだよね。凄いよねえ。小学校と保育園の違うところがわかったら、いつでも園長に教えに来てください。
 でも、もし一人で来るなら車には十分気をつけて、そして、必ずお家の人に「青空保育園に行ってくるよ~」と、言ってから来てください。 

 ちょっとだけお家の方にお話をしますので待っててください。
 保護者の皆さま、お子さまのご卒園、心よりお慶び申し上げます。
お子さまにとっては、それこそ人生初の大事な区切りの日です。赤ちゃんだったあの子が、たった五年でこんなに立派な「1年生」になりました。それはひとえに、保護者である皆さまのおかげです。青空保育園にできたのは、皆さまのご家庭での子育てをお手伝いすることだけでした。その意味で、皆さまのご尽力に心よりお礼を申し上げます。
 子育てはまだまだ続きます。孫六人のオジイとして一言言わせていただければ、子育ては、あなたのお子さまが母親や父親になった時にやっと一段落するもののようです。どうかこれからも、お子さまの子育てに力を入れ続けてください。皆さんは常に、お子さんから見られています、聞かれています。
 
改めまして、青空保育園職員一同より、重ねて本日はおめでとうございます。
ぶどう組の皆さん、それじゃまたね!



ヤンバルに手をつけるな! by クボマ~ル翁

2024-04-28 16:12:03 | 自由投稿
 ミルフォードサウンドはニュージーランド南島の南西部に位置するフィヨルドのトレッキングルートで、「世界一美しい散歩道」と呼ばれている。氷河に形成された見事なパノラマを堪能するには、完全予約制の上に、日に数名しか入山が許されない。全人類の宝を確実に守り抜くためだ。
 2025年、わが世界自然遺産ヤンバルの地に巨大テーマパークがオープンするという。ニュース映像にはジップラインで滑空する親子や空に浮かび上がる熱気球、そして、恐竜に追われるジープの女性まで登場している。彼らは一体、ヤンバルで何をしでかそうというのか。
 ヤンバルの最大かつ貴重な魅力は「手つかずの自然」だ。真の観光とは、それを人間が自己都合で破壊(=開発)することではなく、「そのまんま」「あるがまま」にしておくことではないのか。まちがっても、この滑稽な施設を拡大してはならない。
 クイナを求めて徒歩で巡るヤンバル登山道。経済やお金よりも大事なものがそこにある。



哀しいけれどこれが現実 by クボマ~ル翁

2024-04-28 16:05:25 | 自由投稿
 三月に入って以来、卒園式の練習がバタバタと続きました。緊張の中にも嬉しさがこみあげている子どもたちの笑顔をながめながら、僕の頭の中にはもう一枚別の映像がありました。
 何日か前、夕方のニュース番組で衝撃的なシーンを見かけました。一つは、イスラエルによる大量虐殺的侵略攻撃で、餓死寸前にまで痩せ細ってしまった骨と皮だけの子どもたちです。
 もち論、パレスチナのガザ地区に閉じ込められてしまった子どもたちで、あそこまで栄養失調が進むと、おそらくもう点滴による栄養補給も受け付けないでしょう。後は一人ずつ順番に、命の炎が尽きるのを待つだけです。そんな子どもたちが、瓦礫にまみれて病院の地下廊下に並べられていました。
 もう一つは、ロシアによる情け容赦ない空爆の下、痛みと苦しみに喘ぎまくっているウクライナの乳幼児たちです。命を落とさないまでも腕や脚を失くしてしまった子もいます。彼らはこの先、何年生きられるのでしょう。
 それより何より、一体いつまでこんなオトナたちの馬鹿な殺し合いに、いたいけな子どもたちがつき合わされるのでしょう。卒園を前に喜びに満ちている園児たちと、パレスチナやウクライナの子どもたちとの間のこの格差や不公平や違いって何なのでしょう。
 そんな二つの映像を重ね合わせながら僕は、大過なく平和と安全に満ちたこの国で、卒園児たちへ贈る言葉を考えるフリをしていました。そんな自分が、なぜか虚しくやるせなかったです。
 もち論、「よかったね、卒園おめでとう!」と言わなければならないのですが、「でもね、世界の中にはみんなと同じ子どもでも、今にも死にそうになっている子もいるよ」と言ってしまいたくなる僕もいました。この気持ちって一体、何なのでしょうか。
 いつかこの子たちにも、オトナ社会の現実世界を語らなくちゃいけないのでしょう。政治家たちの「裏金」やら「破廉恥パーティ」やらについても・・・
子どもたちの健やかな育ちを願わざるを得ません。



「マルハラ」? by おじいクボマ~ル

2024-04-28 16:03:04 | 自由投稿
 十年以上前から、若者の文章に不気味な歪みがあるのが気になっている。誤字や脱字レベルの話ではない。段落の先頭を一字空けない・そもそも段落がない・適度な句読点を打っていない等だ。昭和レトロな爺さんには読み難いったらない。
 「マルハラ」という言葉を聞いた。またぞろ新しいハラスメント?と思いきや、文末に付ける「。」に強い威圧感や嫌悪感を持つことらしい。句読点は、文章の切れ目を示す日本語表現の基本ツールだ。ないと、文全体が単なる文字の連続になる。まるで電報だ。
こういう歪みの一原因は、全行左詰めのスマホ画面上の窮屈な文章だろう。狭いスペースに押し込められたギリギリ字数の文章には、「、」も「。」も「段落」も入る余地がない。
言葉は生き物だ。時代や社会とともに変化する。しかし、一つ心配なのは学校教育がその変化に追いついているかだ。句読点と威圧感というダブルスタンダード(併存)は、子どもたちのために放置されるべきではなかろう。



 句読点がハラスメントなのか? by おじいクボマ~ル

2024-04-28 11:35:14 | 自由投稿
 十年以上前から、若者の文章に不気味な歪みがあるのが気になっている。誤字や脱字レベルの話ではない。段落の先頭を一字空けない・そもそも段落がない・適度な句読点を打っていない等だ。昭和レトロな爺さんには読み難いったらない。
 「マルハラ」という言葉を聞いた。またぞろ新しいハラスメント?と思いきや、文末に付ける「。」に強い威圧感や嫌悪感を持つことらしい。句読点は、文章の切れ目を示す日本語表現の基本ツールだ。ないと、文全体が単なる文字の連続になる。まるで電報だ。
 こういう歪みの一原因は、全行左詰めのスマホ画面上の窮屈な文章だろう。狭いスペースに押し込められたギリギリ字数の文章には、「、」も「。」も「段落」も入る余地がない。
 言葉は生き物だ。時代や社会とともに変化する。しかし、一つ心配なのは学校教育がその変化に追いついているかだ。句読点と威圧感というダブルスタンダード(併存)は、子どもたちのために放置されるべきではなかろう。



こういう電話は嬉しいなあ by クボマ~ル翁

2024-04-28 11:27:23 | 自由投稿
 「卒園児の保護者です」という電話がかかってきた。園への電話といえば苦情や文句が相場だから、瞬時に緊張して受話器を握り直す。
 色々な保育士さんにお世話になってきたが、Wさんは最高だった。おかげで無事に小学生になれたし、ママ友たちも同意見だ。それを園長に伝えたくて電話をしたのだという。
 過日の卒園式では、定番の保護者の謝辞がなかった。「どうする?」の問いかけに、「やりません」と返された。あるべきものがないのは、旧型人間には驚きだ。若い世代はそうなのかと、早合点するところだった。
 ところが、こういう温かい言葉をわざわざ届けてくれる人もいる。他人事だが、飛び上がるほど嬉しかった。さっそく本人に電話の件を伝えたら、「あら~、私じゃないですよ~」と照れまくった。 
 保育士の社会的地位も給料も、残念だが今もって高くはない。しかし、こういう素敵で素晴らしい人たちが少なからずいることを、是非とも忘れないでほしい。



ふりだしに戻ってコツコツと by クボマ~ルおじい

2024-03-25 06:51:22 | 自由投稿
 4ヶ月近くブログをほったらかしにしておいたら、ご来訪者が四分の一程度になっていました。自分の怠慢のせいなので反省しきりなのですが、中には「何やってんだよ、お前!」と応援メールをくださる方もいたので、心機一転、再び悪戯書きを続けたいと思います。どうぞよろしゅうに!


どっこい生きております by クボマ~ルおじい

2024-03-24 09:06:05 | 自由投稿
 スマホとPCを新調したのは良かったのですが、その新規設定に難儀をしまくり、やっと数日前に娘婿殿の力を借りて復活しました。今は何だね、何から何までパスワードだPINコードだとかいうから、設定しては端から忘れていく僕ではまったく歯が立ちませんでした。
 というわけで、ほぼ四ヶ月ぶりの復活となります。イッペーユタシクウネゲーサビラ~

ハロウィンなんか要らないぞ by おじいクボマ~ル

2023-12-04 05:17:12 | 自由投稿
 堪忍袋の緒が切れた区長が、「ハロウィン目的で渋谷に来るな!」と吠えた。くり返される乱痴気騒ぎの尻拭いをさせられているから、この「来るな!」に快哉を叫んだ渋谷区民は多かろう。
 ハロウィンなんてものが流行り出したのはいつからだろう。自分の子ども時分には影も形もなかったが、いつからか意味や由来も知らない若者中心の「無礼講コスプレ大会」となり、全国各地の馬鹿騒ぎの月末だ。そして、何と!わが保育園でもハロウィンをやるという。
 日本には、お節句・お彼岸・花祭り・七夕・お盆・お月見などの大事な伝統行事がある。それで十分だろう。古来の文化より、面白いだけの空騒ぎが優先されるのは感心しない。
 今も旧暦が生きるウチナー(沖縄)には、お彼岸にウンケー(お迎え)とウークイ(お送り)という文化が残っている。親戚一同とご先祖さんたちとで互いの絆を確かめ合う風習だ。「お菓子~」などとふざけず、自分のルーツを静かに探ってみよう。



クリスマスなんか要らない by おじいクボマ~ル

2023-12-04 05:13:57 | 自由投稿
 ついうっかり、「プレゼントは何がいい?」などと言ってしまった。
 周囲の子らから即座に、「サンタクロース?」「クリスマス?」という質問が押し寄せる。そうだった、私は小学生から預かった中古の文房具をネパールの山村に届けに来ていたのだった。
 ネパールはヒンドゥ教やチベット仏教に守られている所だから、「ほっほ~」などと哄笑する白髭・赤衣装のお爺さんの出番はない。
 家族や地域社会のためのお手伝いや貢献をしなくとも、この国の子どもらにはクリスマスにプレゼントが届く。
 一方、同じ日にバナナやレモンを路肩に並べ、誇りにまみれて声を嗄らすネパールの子どもたちがいた。彼らは幼児期から、家族のために物売りに立つ。
 幸・不幸を比べる気はないが、私は「学校に通って村の医者になるんだ」と瞳を輝かせていた彼らの味方でいたい。
 ハロウィン・クリスマス・お年玉と立て続けに子どもらをプレゼント漬けにするこの国は、やはりどこかおかしいと思う。