相模女子大学子ども教育学科くぼた組のブログ since 2012

くぼた組/久保田ゼミ生だけでなく、担任するクラスのメンバー、その他に広く開放! 投稿大歓迎です!

今回の選挙に対する腰が重いのだなぁ by おじぃクボマ~ル

2019-07-20 12:22:46 | 自由投稿
 かれこれ、選挙権を持ってから40年以上経つので、既にかなりの回数の選挙に出かけてきた。しかも、これは自慢できるな、一度も「行かなかった」ためしがないのだ。誰か、表彰くらいしてくれないかな(笑)。
 ところが、今回の参議院議員選挙についてはどうにも腰が重いのだ。
 そもそも、「参議院」というものの必要性に疑問があるのだよ。「良識の府」とか言うけれども、じゃあ「衆議院の議決優先性」って何なのだろう。参議院で可決されても衆議院で否決されたら終わりって・・・ そんだったら、最初から衆議院で決めてくれれば無駄な人件費がかからなくていいんじゃないの?
 そしてですなぁ、あまりにも政党が細分化されてしまっていて、どう考えてもつぶしっこしてしまうだろう。で、結局は大規模店舗が圧勝してしまい、何も変わらない・変われないするということでしょうかね。何だか、とても徒労感が強いんだけどさ。
 でも、おじぃクボマ~ルは既に、ちゃんと期日前投票に行ってきましたよ。ただねえ、候補者選びと政党選びがチグハグなんだよなぁ。つまり、名前を書いた候補者の政党と、選んだ政党が違うのだよ。だって、しょうがないのだ。「この人なら!」と「この政党を!」とが違うのは、むやみやたらと細分化しているからでしょうに。
 何となく結果が目に見えているようだというのも、僕の投票モチベーションが上がらない理由かもしれない。それでも意地でも、投票してきたぞ。どうだ若い衆、あんたもちゃんと投票には出かけろよな。



子育て支援実践研究/最終ミニレポート課題の提出について

2019-07-20 11:06:11 | 受講生向け連絡
1.「こどもの夏まつり」を通して学んだこと
2.「積み木」の思い出
3.「子育て支援」の担い手として
の三テーマから一つを選択し、任意のタイトル(表題)をつけて 600字の「ワード文書」にまとめ、添付ファイルで久保田に送信。
メール表題内に必ず「添付ファイルがある」旨を明記し、「文書」にはタイトルと氏名を書く事。
ヘッダー&フッターは使わない(編集が面倒になるので)。
久保田のリライトはないので、キチンと推敲したものを提出の事。それを繋げて、授業記録として公開する予定。
基準に満たないものについては「ダメ出し」あり。

〆切:8月7日(水)正午(厳守!)
送信先:久保田のメールアドレス(既報の通り)



【予告】 2019年度/今後の「やるやる漢検隊」

2019-07-20 10:03:29 | 受講生向け連絡
今年度今後の「やるやる漢検隊」は、
 10月18日(金) エントリーは9月15日まで
 11月 8日(金) エントリーは10月5日まで
  1月17日(金) エントリーは12月16日まで
  2月 7日(金) エントリーは1月5日まで
を予定しています。「準会場」は10名そろわないと成立しませんので、毎回実施というわけではありません。
チャレンジ希望者は、早めに久保田まで申し出てください(メイル可です)。


孫4号(1月2日生まれ)&孫5号(5月1日生まれ) ただし、大きさは逆(笑)

今週はとりわけバタバタしているのだ by くぼま~る

2019-07-16 05:40:11 | 日記
 まぁ、こういう一週間もあるんだろうなと思っているのだけど・・・
 昨日は、普段離れて暮らしている息子一家(練馬区在住)&娘一家(福島県会津若松市在住)と合流し、孫五人「総会(笑)」に出かけてきた。五つの個性の鬩ぎ合いと、各自の成長の早さにビックリした。授業で使えそうなネタだらけで、思わずニンマリしてしまった。
 本日火曜日は、世田谷区立西弦巻保育園での「子育て車座トーク」に出かけ、コーディネーターという名の狂言回しを務める。現役母ちゃん&父ちゃんたちとの、子育て本音トークが楽しみだ。このボランティア活動は、もう10年近く続いている。
 水曜日は、箱根町強羅にある某私立女子高校にて模擬授業と学科説明。おかげで大学の授業を休講にせざるを得ず、試験が近く、しかも、大人数科目なので心配なのだが、受験生集めも大事な仕事なので、入試課からの依頼を受けて出かけることにした。
 木曜日は自宅に引きこもり、試験作成作業に勤しみたい。
 金曜日には久々に出校し、大人数科目や卒業研究指導や自主ゼミを頑張る(つもり)! 「こどもの夏まつり」が近いので、何かトラブルが生じていないことを祈りつつ・・・
 土曜日は、翌日にひかえた「こどもの夏まつり」を心配しながら、ドキドキしながら自宅で引きこもって仕事をする(予定)。
 確か、こんなロシア民謡があったよな~


 

オジィくぼま~る/ここ暫くの活動予定(7月13日バージョン)

2019-07-13 15:31:32 | 一般向け連絡
「自宅」日でも、ゼミ生・塾生からのオファーがあれば出校する場合がありますので、あくまで「予定」として理解してください。来室の際は、事前のアポ取りをお願いします。

7月13日(土) 自宅
  14日(日) 自宅
  15日(月) 終日/練馬区内へ
  16日(火) 午前中/子育て車座トーク@世田谷区西弦巻保育園
  17日(水) 午後/模擬授業@函嶺白百合学園高校(強羅)
  18日(木) 自宅 
  19日(金) 出校/授業&くぼた塾 10:00~19:00
  20日(土) 自宅
  21日(日) 出校/子どもの夏まつり 8:30~15:00
  22日(月) 出校予定
  23日(火) 自宅
  24日(水) 出校/授業(トムテさん)+補講(6限) 10:00~19:30 
  25日(木) 自宅
  26日(金) 出校/定期試験 14:30~16:00
  27日(土) 自宅
  28日(日) 自宅
  29日(月) 午前中/教員免許状更新講習会@蒲田保育専門学校
  30日(火) 自宅
  31日(水) 出校/定期試験 14:30~16:00

8月 1日(木) 自宅
   2日(金) 出校/親子点字教室 9:00~14:00
   3日(土) 自宅
   4日(日) 出校/オープンキャンパス 10:00~16:00
   5日(月) 出校/寺子屋くぼた塾 10:00~12:00
   6日(火) 出校/2年生オリエンテーション 10:00~12:00
   7日(水) 出校/寺子屋くぼた塾 10:00~13:00
   8日(木) 出校/教員免許状更新講習会 9:00~13:00
   9日(金) 自宅
  10日(土) 自宅
  11日(祝) 自宅/親類の法事
  12日(振休)自宅
  13日(火) 自宅
  14日(水) 出校/寺子屋くぼた塾 10:00~13:00
  15日(水) 自宅
  16日(金) 出校/AO事前相談 13:00~17:00
  17日(土) 自宅
  18日(日) 自宅
  19日(月) 午前中/教員免許状更新講習会@蒲田保育専門学校
  20日(火) 自宅
  21日(水) 出校/寺子屋くぼた塾 10:00~13:00
  22日(木) 自宅
  23日(金) 自宅
  24日(土) 自宅
  25日(日) 出校/オープンキャンパス 10:00~16:00
  26日(月) 自宅
  27日(火) 自宅
  28日(水) 出校/寺子屋くぼた塾 10:00~13:00
  29日(木) 自宅
  30日(金) 出校/AO入試面接委員 10:00~13:00
  31日(土) 自宅


保育士募集情報!/社会福祉法人 みわの会

2019-07-12 13:53:24 | 一般向け連絡
 「カプラ」でおなじみのトムテ(笠井)さんメガプッシュの保育園(社会法人立の認可園ばかりです)が、保育士さんを募集しています。
 あかね台光の子保育園/横浜市青葉区
 桐ヶ丘保育園/東京都北区
 シンフォニア保育園(東京都江東区)
 千田保育園(東京都江東区)
 蒲田本町保育園(東京都大田区)
 春日町第三保育園(東京都練馬区)
 興味がある方(4&3年生)は、至急!久保田までご一報ください。優先的に採用が決まります。
 



Final Call/やるやる漢検隊8月班への挑戦希望者へ

2019-07-11 15:42:32 | 一般向け連絡
 標記漢字能力検定の受検受け付けを締め切ります。挑戦希望者は、大至急!久保田までその旨をご一報ください。


総括的評価の日程&時間帯/久保田の二科目

2019-07-07 17:35:53 | 受講生向け連絡
 「保育の原理」は、7月26日(金)4限に試験を実施します。
 「教育の制度」は、7月31日(水)4限に試験を実施する予定です。7月17日(水)が出張のため休講となりますので、その補講が24日(水)6限に入った場合、状況によっては、その日に総括的評価の実施もあり得ます。慌てないよう・焦らないよう、早めの復習と準備をしておいてください。



ムラサキツユクサみたいな女性(42歳くらい?) by おじぃクボマ~ル

2019-07-07 06:27:01 | エッセイ
 何年前くらいからだろう、自宅での仕事量が増え、体力の低下も明らかになり、日々流されるだけの生活が続く中で、庭の手入れをしなくなった。
 庭と言っても、ほんのわずかな狭い庭だ。30年前に家を新築した時、芝生を張り、義弟が選んでくれたヤマモモや椿の木を植えた。芝生の真ん中には、町の「みどり祭り」でもらってきた椎の木が育っている。もう25年以上経つから、二階までとどくくらいの高さになっている。
 その庭が今、いわゆる「雑草」だらけで凄いことになっている。名前も知らないような、しかし、可愛らしい白い花を咲かせる草や、螺旋形に赤紫色の花をつける「ネジバナ」に加えて、笹やドクダミまでが蔓延(はびこ)っている。
 89歳と88歳の老父母は、「みっともない」「ちゃんと手入れをしろ」と騒がしい。既に体の自由がきかず、自分では何もできなくなってからとくに、僕たちへの注文というか命令というか指示が増えた。それに対する反感や反抗もあるのだろうか、ますます「ほったらかし」である。
 しかし、ある時ふと考えた。雑草の何が悪いのか。雑草が一本もない芝生って、かえって気持ち悪くないか。整然と手入れされた庭だけが庭なのか。「なすがまま・生えるまま」もまた、庭なのではないか。これだけの草と木が生えてくれるってのは、幸せなことなのではないか等など。
 というわけで、カオス(混沌)状態にあるわが庭を眺めながら、怠け者の僕は「自然」を満喫しているのだが、最近、かみさんが「ご近所さんに迷惑がかかるんじゃない?」とか言い出した。確かに、ネコジャラシの種は飛散するし、ヤブカラシの蔓は隣家への越境を目論んでいそうだから、この夏にはちょっとした「庭弄り」をしてみようかと思っている。
 でも、ムラキツユクサって好きなんだよな~。こういう雰囲気の女性がいたら、オジィはイチコロ(笑)であろうな。どうもすみません。

「老害」について考えた by くぼま~る

2019-07-06 12:11:33 | 日記
 三日前に、隣家のオジさんが亡くなった(享年91歳)。
 本日午前中に行われた、そのオジさんの告別式に参列して、今しがた帰宅したのだが、ほとほと呆れてしまったことがある。弔辞の二番バッターに登場した、オジさんの同級生だというオヤジの話が止まらなかったのである。
 お坊さんたちのお経が滞りなく進行し、一段落して始まった弔辞だが、「その話なら、後日、故人と一対一でやってくれませんか?」みたいな昔話・思い出話を延々と話し続けるのだ。中には、故人ではなく、むしろ「それは自分の自慢話じゃん」みたいな内容まであって、次第に参列者の間からヒソヒソザワザワが広がっていく。
 どこかに旅行で出かけた際、前夜に二人で酒を飲み過ぎて予定していた古刹詣でができなくなり、加えて、オジさんの胸の調子が悪くなり病院に運ばれてしまい、それを後になって気づいてお見舞いに行って云々かんぬん・・・ 遂に、会場スタッフのお姉さんにストップをかけられてしまった(笑)。それでも、それからさらに五分ほどオヤジのウダウダ話が続いた。「え~、時間が来たようなので」とか言いながらも、である。
 僕は、苦笑しながら、「ああ、これが『老害』ってやつなんだろうな」と思っていた。「場の意味が読めない」というか、「自分以外にも人がいる」というか、「周囲がどう思っているか」とかがわからない、否、そもそもそういう気遣いが消えてしまっているのだね。本来、静穏であるべき病院の待合室で甚大なクシャミ・アクビ・咳払い・世間話なんかをしているのは、そう言えばほとんどが高齢者だし。やれやれ・・・
 「ああはなるまい」「あるなる前に人前から消えたい」などとイラついていたものだから、隣のオジさんごめんなさい、あなたを偲ぶ気持ちが薄らいでしまったような気がする。

 

尊敬する友人 by ヒッシー with くぼま~る

2019-07-04 06:14:48 | 自由投稿
尊敬する人 by ひっしー
 私には、一緒に過ごすことで、自分にはない様々なことに気づかせてくれる、素晴らしい友人が数多くいる。中でも、幼稚園の時に出会い、16年間の付き合いになる友人が、私にとって最も尊敬する人だ。
 彼女の良さは沢山ある。例えば、誰に対しても平等に接し、決して人の陰口を言わないところだ。もちろん、「少し苦手」ということはあるが、「嫌い」という言葉は聞いたことがない。強いて「嫌い」といわれた人を挙げるならば、アニメやドラマなどの悪役に対してだろう。彼女は、正義感も強いのだ。
 また、彼女は人の話をよく聞き、聞いた内容をしっかり記憶している。私の膨大な量の話を、時には笑い、時には真剣に聞いてくれる上に、話の登場人物までも覚えていてくれるのだ。むしろ、私が話したことを忘れてしまう方が多い。
 彼女の良さの中でも、私が一番尊敬するところは、いつも平常心でいるところだ。いつ何時会おうと、いつも同じ調子で声をかけてくれる。怒っていたり、悲しんでいたり、不機嫌な時を見たことがない。
彼女が平常心で接してくれているうちに、朝は不機嫌だった私も、つられて笑顔になっている。彼女と会って、笑わずに別れた日はない。
彼女と一緒にいることで、何度救われたのだろう。「平常心でいる」という、誰でもできるわけではないことを、無意識にできてしまう彼女は本当に凄い。私も彼女のような人になりたいと、心から尊敬している。

↓≪くぼま~る改稿≫
 幸いなことに、一緒にいて色々なことを気づかせてくれる素晴らしい友人に恵まれている。中でも、幼稚園以来16年ものつき合いになる彼女は、私にとって特別な人だ。
 誰にも平等に接し、他人の悪口や陰口を決して言わない。彼女の口から、「嫌い」という言葉を聞いたことがないのだ。強いて言えば、正義感も強い彼女は、アニメやドラマに出てくる架空の悪役たちが嫌いのようだ。
 人の話には懇切丁寧に耳を傾け、その内容をキチンと記憶してくれる。私自身が話したことを忘れている話でも、彼女は登場人物まですべて憶えている。とりわけ尊敬できるのは、常に平常心でいる点だ。怒り・悲哀・不機嫌などとは無縁な心持ちで、いつどこで会おうと、同じ調子で声をかけてくれる。私が不機嫌に話しかけてしまった時ですら、いつしか彼女につられ笑顔になっていたりする。
 彼女がいてくれて、今まで何度救われたことか。平常心を保つことは、なかなか容易ではない。それを、無意識的にやり遂げている彼女の凄さを思う。彼女のようになりたい。




急げ! やるやる漢検隊8月班 by くぼま~る

2019-07-03 05:37:39 | 一般向け連絡
 8月21日(水)午前中に実施予定の「やるやる漢検隊8月班」のメンバー募集をしています。
 〆切が迫っているので、「受けてみる~」という方は久保田まで、とりあえずご一報くださいまし。
 7月19日(金)がデッドラインです。



早くも 琉球童連は蝉なのだ by くぼま~る

2019-07-02 14:43:09 | 日記
 早くも梅雨が明けた沖縄の、仲良くしていただいている辺野古の園長さんからLINEが届いた。
 「子どもたちの大半が、木から聞こえてくる蝉の声を探して、色々な方法で蝉を捕まえようとしている」とのこと。
 そうかぁ、辺野古のワラビンチャー(子どもたち)! わけもなく嬉しくなって、思わず頬が緩んだ。


教員の判断は正しかったか? by Yes! wtith くぼま~る

2019-07-02 06:36:31 | 自由投稿
※ ところどころ意味不明な文章や言葉があるんだよね。いいこと書いてあるのに、それが惜しいな・・・

 日本中の人々が恐れた3.11(東日本大震災)は、避難所と認識されていた、大川小学校にも被害を及ぼした。
 地震が発生し、宮城県には大津波警報が発表されていた。だがしかし、児童が「ここにいたら死ぬ」と訴えても教師は安全な場所と判断したのか、高台に児童を誘導させなかった。高台の三角地帯までは、約200キロメートル、津波が来るまでは51分もあった。点呼を取り次第、高台へと逃げていれば児童の命は救えたのかもしれない。
 泥まみれのランドセルの写真を見て、なぜ高台へと、避難しなかったのだろうか。ただ津波が到着するのを待って息絶えた児童の遺族の方々と同様に、私も市教員や、学校側の考えが分からない。訴えた子どもの証言は無かった事にされ、真実を明確にはされず、曖昧に打ち消されてしまったことに対し事の重大さを重く感じて欲しいと思った。
 何万人ともいう命を一瞬で、奪ってしまう災害は、いつ・どこで起こるか誰もが予想できないからこそ、恐ろしいものなのだ。だから、私達はこれからも隣り合わせで、生きていかなくてはならない。そのためには、日頃からの計画性を持った避難訓練を、行わなければならない。又、保護者には、その経路をしっかりと伝えるべきではないかと私は思う。そうした事で、保護者の安心感や、教師の責任感が、さらに強くなると感じた。
 教師や、先生になるという事は、命を預かるという責任がありその重大さを今からでも身につけられるように、もっと多くの事件を知り解決策を生み出したいと考えた。

↓≪くぼま~るの推敲&改稿≫
 地震直後、宮城県沿岸には大津波警報が発令されていた。「ここ(校庭)にいたら死ぬ」と訴える児童もいたが、教員たちは裏山の高台に彼らを避難させなかった。そして、約50分後、70余名の子どもたちが堤防を越えてきた泥水の壁に飲まれた。
 泥にまみれたランドセルの写真を見ながら、高台への避難を訴えていた子の思いや遺族の無念さを思った。そして、彼らの言葉をないがしろにした教員たちに憤りを感じた。
 いつ・どこで起きるかわからないから、自然災害は恐ろしい。私たちは、常にそれと隣り合わせで生きている。だから計画的な避難訓練が必要であり、避難経路の確認など、保護者にも理解と協力を求めなければならない。教員の義務や責任は、言うまでもない。
 子どもを預かるということは、彼らの命を預かるということだ。そのことの意味を、もう一度、しっかりとかみしめておきたい。


人の命を預かるということ by お花坊 with くぼま~る

2019-07-02 06:32:37 | 自由投稿
※ 落とせそうな贅肉がたっぷりですね~

 2011年3月11日、東日本大震災で発生した大津波が、石巻市立大川小学校を襲った。
 当時は、子どもが被害にあった遺族からの「津波から逃げる時間は十分あったはずだ」や「避難後、直ちに高台に避難していれば子どもたちは助かった」という、学校の避難誘導に対しての疑問や、激しい指摘が相次いだ。
 そして、災害から7年がたった2018になっても、学校の避難誘導に対する訴訟や裁判が多く行われた。しかし、いくらそんな事をしたって、当時の事はそこにいた先生と子どもしか分からない。先生方が本当に判断を誤ったのか。
 以前津波が到達した記録もなく、学校の決まりとして校庭が避難所になっている。ましてや、大きな揺れに怖がり、動揺して子ども達は泣いている。そんな状況で余震の続く中、裏山に登らせることを考えると、校庭で保護者の迎えを待つのが一番安全ではないかと先生も考えていたはずだ。
 しかし、判断が誤っていたかどうかは別として、結果的に先生の判断で、多くの命が失われたのは事実だ。そしてその時、ほんの少しでも津波というワードが先生の頭にあれば、こんなに悲惨な事にはならなかった可能性があるのも確かだ。
 今私が考えることは、近い将来、先生という職業に就きたいと思う以上、常にその時々の判断に大きな責任を持ち、あらゆる可能性を考えなければいけないということだ。たとえそれが、まさか起きるわけがないと思うようなことでもだ。それが人の命を預かるということだ。

↓≪くぼま~るの推敲&改稿≫
 70名を超える児童たちが大津波に飲み込まれて亡くなる、という悲劇から八年経つ。今でも、「すぐに裏山に逃げていれば助かった」「非難する時間はあった」等、教員たちの避難誘導に関する論争や裁判が続いている。だが、その是非論はしょせん結果論でしかない。
 教員の判断は、本当に間違っていたのだろうか。大川小学校には、大津波が到達したという記録はなかった。しかも、学校自体が災害時の避難場所に指定されていた。余震に怯えて泣く子どもたちを見て、おそらく教員たちは裏山に登らせるのではなく、校庭で保護者の迎えを待たせる方を選んだ筈だ。
 この判断が、結果として多くの子どもの死を招いた。誰かの頭に、「大津波の到来」という言葉が浮かべば、あるいは、この悲劇は起きなかったかもしれない。
 私は、先生と呼ばれる仕事に就きたいと思っている。つまり、子どもたちの命を預かるということだ。すなわち、常に大きな責任と、起こり得るあらゆる危険を予測し、それに備える義務が求められる。自分には本当にその覚悟や能力があるのか、考え直したいと思う。