スウェーデンの王立科学アカデミーは9日、リチウムイオン電池の開発に寄与した3人にノーベル化学賞を贈ると発表した。リチウムイオン電池が「モバイルの世界を可能にした」と評価している。
米テキサス大学オースティン校のジョン・B・グッドイナフ教授(97)、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校のM・スタンリー・ウィッティンガム教授(77)、そして日本の旭化成名誉フェローで名城大学教授の吉野彰氏(71)の3人。900万スウェーデンクローナ(約9700万円)の賞金は3人で分け合う。
グッドイナフ氏は、ノーベル賞受賞時の年齢としては史上最高齢。
リチウムイオン電池は軽く、再充電が可能な電池で、携帯電話やラップトップ、電気自動車(EV)などに利用されている。また、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの蓄電にも活用されている。
The Nobel Prize in Chemistry 2019
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2019/summary/
Announcement of the Nobel Prize in Chemistry 2019
授賞のテーマが少し物理に近いこと、私たちの生活にあまりにも密着していること、中学生や高校生の関心も引くことから、今年は物理学賞だけでなく化学賞についてもブログ記事を書くことにした。
以下が発表と授賞の解説で映されたスライドである。
発表のタイミングで公開されたプレスリリースを和訳したものを載せておこう。
プレスリリース(英語):
https://www.nobelprize.org/uploads/2019/10/press-chemistry-2019-2.pdf
日本語訳:
2019年ノーベル化学賞
ジョン・B・グッドイナフ
米テキサス大学オースティン校
M・スタンリー・ウィッティンガム
米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校
吉野彰
旭化成名誉フェロー、日本
名城大学、名古屋、日本
“リチウムイオン電池の開発に対して授賞”
彼らは繰り返し充電可能な世界を創造した
2019年のノーベル化学賞はリチウムイオン電池の開発に対して授賞する。この軽量で、繰り返し充電可能で強力な電池はスマートフォンからノートPC、自動車まであらゆるものに使われている。またこの電池は太陽光や風力から得られるとてつもなく大きなエネルギーを蓄えることができるようになり、脱化石燃料社会の実現を可能にした。
リチウムイオン電池は、私たちの連絡、仕事、学習、音楽視聴、知識の検索などの手段となる携帯型電子機器のために全世界で使われている。リチウムイオン電池はまた、長距離走行可能な電気自動車および太陽光発電や風力発電など再生可能なエネルギーの蓄電を可能にした。
リチウムイオン電池の基礎は、1970年代の石油危機に始まった。スタンリー・ウィッティンガム博士は、脱化石燃料技術に結びつく手法の開発に尽力した。博士は超伝導体の研究を始め、革新的なリチウムイオン電池の陽極を作成するために使用される極めて高いエネルギーをもつ物質を発見した。これは分子レベルでリチウムイオンをインターカレート(挿入)する領域をもつチタン・ジスフィルドという物質だ。
このバッテリーの陰極には部分的に金属リチウムが含まれ、これによって電子を強力に放出することができる。その結果、2ボルトを超える文字通り素晴らしいポテンシャルをバッテリーにもたらした。しかしながら、金属リチウムは反応性に富んでいることから、使用する前に爆発しやすいという問題もある。
ジョン・グッドイナフ博士は、金属ジスフィルドのかわりに金属酸化物を使うことで陽極に、より大きなポテンシャルを持たせられることを予想した。組織的に探索した結果、1980年に博士は酸化コバルトをインターカレートしたリチウムイオンが4ボルト(の電圧)を生み出すことを示した。これはより強力な電池に結びつく重要なブレイクスルーとなった。
吉野彰博士は、グッドイナフ博士の陽極を基礎として1985年に商用的に実現可能なリチウムイオン電池を作成した。陽極に反応性の高いリチウムを使うのではなく、博士は陽極に炭素素材である石油コークスを使った。陰極の酸化コバルトにはリチウムイオンをインターカレートさせており、これと同様にリチウムイオンをインターカレート可能な炭素素材を陽極に用いたわけだ。
その結果、軽量で耐久性があり、性能が低下するまで数百回も繰り返し充電可能なリチウムイオン電池が実現した。リチウムイオン電池の利点は、陰極と陽極をリチウムイオンが行き来するだけであり、両電極を破壊する化学反応ではないことだ。
リチウムイオン電池は1991年に商用化されて以来、私たちの生活に革命をもたらしてきた。それは無線の社会、脱化石燃料社会の基礎として拡がり、人類にとてつもない利益をもたらすものである。
グッドイナフ博士、ウィッティンガム博士、吉野博士、化学賞受賞おめでとうございます。
吉野彰博士の記者会見
ノーベル化学賞の旭化成・吉野彰氏、満面の笑顔で受賞会見(2019年10月9日)
ノーベル化学賞の旭化成・吉野彰氏が夫妻で会見 発表から一夜明け(2019年10月10日)
2つめの記者会見で吉野博士は「もし自分が旭化成ではなく電池メーカーで働いたとしたら、ノーベル化学賞に結びつく素材からの開発はできなかっただろう。」とおっしゃっている。
関連書籍:
吉野彰博士の著書: 書籍を検索
リチウムイオン電池: 書籍を検索 Kindle書籍を検索
吉野博士が科学(化学?)に興味をもったのは、小学生のとき読んだマイケル・ファラデーの「ロウソクの科学」がきっかけだった。2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士が大きな影響を受けた本としても知られている。
「ロウソクの科学 (角川文庫):マイケル・ファラデー」(Kindle版)
「ロウソクの科学 (岩波文庫):マイケル・ファラデー」(Kindle版)
次はファラデーの講演を紙上に再現。今までの国内翻訳書にはない、再現可能な実験の写真や図解を掲載し、完訳ではなく抄訳によって、話の流れをわかりやすくした本だ。
「「ロウソクの科学」が教えてくれること 炎の輝きから科学の真髄に迫る、名講演と実験を図説で(サイエンス・アイ新書)」(Kindle版)
原書はこちら。Kindle版には「無料の本」を含め「さまざまな本」がある。
「The Chemical History of a Candle: Michael Faraday」(Kindle版)
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英語原文:
The Nobel Prize in Physics 2019
John B. Goodenough
The University of Texas at Austin, USA
M. Stanley Whittingham
Binghamton University, State University of New York, USA
Akira Yoshino
Asahi Kasei Corporation, Tokyo, Japan
Meijo University, Nagoya, Japan
“for the development of lithium-ion batteries”
They created a rechargeable world
The Nobel Prize in Chemistry 2019 rewards the development of the lithium-ion battery. This lightweight, rechargeable and powerful battery is now used in everything from mobile phones to laptops and electric vehicles. It can also store significant amounts of energy from solar and wind power, making possible a fossil fuel-free society.
Lithium-ion batteries are used globally to power the portable electronics that we use to communicate, work, study, listen to music and search for knowledge. Lithiumion batteries have also enabled the development of long-range electric cars and the storage of energy from renewable sources, such as solar and wind power.
The foundation of the lithium-ion battery was laid during the oil crisis in the 1970s. Stanley Whittingham worked on developing methods that could lead to fossil fuel-free energy technologies. He started to research superconductors and discovered an extremely energy-rich material, which he used to create an innovative cathode in a lithium battery. This was made from titanium disulphide which, at a molecular level, has spaces that can house – intercalate – lithium ions.
The battery's anode was partially made from metallic lithium, which has a strong drive to release electrons. This resulted in a battery that literally had great potential, just over two volts. However, metallic lithium is reactive and the battery was too explosive to be viable.
John Goodenough predicted that the cathode would have even greater potential if it was made using a metal oxide instead of a metal sulphide. After a systematic search, in 1980 he demonstrated that cobalt oxide with intercalated lithium ions can produce as much as four volts. This was an important breakthrough and would lead to much more powerful batteries.
With Goodenough's cathode as a basis, Akira Yoshino created the first commercially viable lithium-ion battery in 1985. Rather than using reactive lithium in the anode, he used petroleum coke, a carbon material that, like the cathode's cobalt oxide, can intercalate lithium ions.
The result was a lightweight, hardwearing battery that could be charged hundreds of times before its performance deteriorated. The advantage of lithium-ion batteries is that they are not based upon chemical reactions that break down the electrodes, but upon lithium ions flowing back and forth between the anode and cathode.
Lithium-ion batteries have revolutionised our lives since they first entered the market in 1991. They have laid the foundation of a wireless, fossil fuel-free society, and are of the greatest benefit to humankind.
すごい時代になったものですね。シミュレーション技術が進化したことで、人間の手を離れた研究がますます増えていきそうです。かといって基礎理論が重要であることに変わりはありませんが。
しかし数千もの化学反応なんて結果を見ても把握できそうにないですから、人間の手を離れた世界です。
詳しいコメント、ありがとうございました。
> さらに複雑な系を考えると混沌の世界がぱっくりと口を開けて待ち構えているので、嫌気がさすのだと思います。
それは言えますね。w
> 「物理学者,機械学習を使う ー機械学習・深層学習の物理学への応用ー」ですが、書評をアップなさるのを楽しみにしております。
読む順番から言えば、少し後回しになってしまいますが「旬」のうちに読んで紹介記事を書きたいと思っています。
> ガソリンの燃焼さえシミュレーションできないと聞いてから10年以上経ったけど、今はどうなってるのかなー?
シミュレーション技術は確実に進歩しているようです。日産自動車の「将来技術」の中に、次のようなページを見つけました。
TOP > 将来技術 > 3次元3次元HCCIシミュレーション
3次元3次元HCCIシミュレーション
https://www.nissan-global.com/JP/TECHNOLOGY/OVERVIEW/3d_sim.html
「物理学者,機械学習を使う ー機械学習・深層学習の物理学への応用ー」ですが、書評をアップなさるのを楽しみにしております。
私は、1980~1990年代の第二次AIブームの時、自分でガシガシプログラムを書いて、本業のセンサ開発にくっつけて遊んでいたことがあります。
既にご存じのように、私は材料屋なので、特定の物質に使えるセンサは、素材を買えたり、新しい材料を合成するアプローチで、センサシステムの提案をしていました。
で、汎用性の高い化学センサシステムで、匂いや味をセンシングするのにNN(Neural Network)を統合してみたわけです。
すると、特定の物質専用のセンサを開発する手間をそれほどかけなくても、NNで判定できることをいくつかの事例で検証できたことがあります。
但し、そのときのNNは、数学的な美しさにこだわることで、色々な問題が解決できない時代でした。
一例を挙げればシナプスの発火で使う関数に、当時はシグモイド関数を使うのが常識とばかり、誰もこの関数を疑うことが無かったと思います。
今は第三次AIブームといわれておりますが、傾きの異なる一時関数(直線)もつなぎ合わせ、カクカクとしたシグモイド関数っぽいのを使うことで、極小値問題が解決できたりしています。より実利的かつ工学的になっていますよね。
具体的応用途ありきで、美しさよりも精度を優先させるフェーズに変わってきており、理論やエンジンを開発するよりも、具体的目的に合わせた学習をどうするのか、に人件費をかけることがビジネス進展の鍵となる時代に突入していると感じています。
そのような私なりの俯瞰像があるわけですが、いよいよ物理研究に役立つ時代になったのか、とチョット興奮ぎみです。
入力と出力が"こうあるべき"という相関があって、でも厳密な因果関係のある関数が得られていない、そのような時に想定関数の変数を最適化するといった作業は、AIにやらせてみると面白そうですね。
こうして近似式の精度を上げてから、スパコンでシミュレーションすると、結構役に立つ結果が得られるような気がしてきました。
面白そうですね!
ファインマン先生の言葉に不愉快になったりはしませんので、ご安心を...
物理学を目指す人達は、複雑に見える現象をスッキリと美しく簡単な説明と数式で理解したいと思う気持ちが強い人が多いのではないかと思います。
すると、量子化学を学んで分かった気になっても、実験事実を知れば、現実の現象で計算と実験の不一致に気分が落ち着かなくなるし、さらに複雑な系を考えると混沌の世界がぱっくりと口を開けて待ち構えているので、嫌気がさすのだと思います。
物性論は南部先生のようにコンセプトを簡潔に表現できることがあっても、実際の現象は複雑過ぎて、なかなか簡潔な式で表現できるところまで進んでいないように感じています。おっしゃるように、スパコンでのシミュレーションと現実の突き合わせで、精度を高める努力が一番近道なのでしょうね?
理論が答えを一気に出してくれるのではなくて、理論は実験やシミュレーションの精度を上げツールでしかないのに我慢できれば、物性物理を突き詰める気持ちになれるのではないかと、勝手に想像しています。
敢えて言えば、左脳タイプが物理で右脳タイプが化学って感じでしょうか?ちょっと極端で無理やりな感じがしつつ...
ちなみに私はかなり右脳を使うタイプです。だから溶液の中を分子が泳いで、電子雲の形や重なり具合の変化をアニメで想像して考えるのが好きで、それで仕事が成り立っていました。特許もいくつか成立しましたし、製造業としては門外不出の "レシピ" があるのでビジネスが成り立つという側面があります。
日本には、世界に名だたる理論物理学者がいらっしゃって、さらに同時に民間企業に多くの優秀な化学技術者がいて、素材技術は日本のお家芸でもあります。それらの両方があることが日本の強みかのではないかと、昔から感じています。
私など数学が少しでも難しくなるとすぐに立ち往生し、でも発想は人よりもちょいと良いので、物理系の人から私の理屈(理論というほどものもでもない)にお墨付きをもらえると、とても安心して自信をもって創意工夫を重ねる原動力になったものです。
ファインマン先生に戻ると、物理の人は整理の見通しのない混沌の世界には、簡単に興味を失ってしまうのでしょう。なので、物理の知性が及ばない化学の世界は、知性の無い物理と言いたくなるのは、とてもよく分かります。
カーボンに吸着されたリチウムイオンとかコバルト酸リチウムとなると、カーボンは超高分子だしコバルト酸の格子にリチウムがあったり無かったりとか相当に無理っぽいですね。
ファインマン先生は毒舌なところがありますから、お気になさらずに!w
「物理学が及ばないところにある混沌としたもの」とはうまい言い方ですね。量子化学の基礎あたりまでは、物理専攻の人でも到達でき、興味をもったりするものですが、その先は学ぶ余裕がないのか、興味がないのかわかりませんが、なかなか踏み込めない領域です。
> 吉野博士が「実はリチウムイオンについてはまだよく分かっていない」とおっしゃっていますが、インターカレートされている状況や、電極外へイオンが出てくる際の厳密な描像はまだ不明なわけです。
このあたりは、電子工学や物性物理と同様、要素還元主義的な理解は得られていないわけですか。。
> 触媒作用がなかなか完全解明されないのと似たような感じを私は持っています。
チャレンジする領域はたくさんありそうですね。スパコンでのシミュレーションが役に立ちそうな気がします。しかし、予想どおりの結果が得られたとしてもそれを「完全解明」と言ってよいかどうかは、スパコンで数学の難問を証明することを「証明した」とか「理解した」と言ってよいかどうかという問題に通じるものがあると思いました。
そのようなこと思うわけですが、今日は「物理学者,機械学習を使う ー機械学習・深層学習の物理学への応用ー」という本を注文しました。理論による現象の理解に、コンピュータの支援がますます欠かせなくなってきましたね。
化学 (Chemistry) は、結局のところ錬金術 (Alchemy)なんだと思います。
錬金術から物理学や化学が生まれたのが歴史の教えるところです。数学の言葉を使って、物理の厳密性で完全に説明しきれないところを化学は受け持っています。なので「知性のない物理学」というよりは、「物理学が及ばないところにある混沌としたもの」とでも言うべきかも知れません。
吉野博士が「実はリチウムイオンについてはまだよく分かっていない」とおっしゃっていますが、インターカレートされている状況や、電極外へイオンが出てくる際の厳密な描像はまだ不明なわけです。
触媒作用がなかなか完全解明されないのと似たような感じを私は持っています。
化学には理学と言える分野もありますが、圧倒的に工学的な実学なんでしょうね。
専門分野が違うと、垣根を作ってしまい共通認識や共感がなかなか得られないものですね。
ファインマン先生は「化学は知性のない物理学だ。数学は情熱を欠いた物理学だ。」とか言っていましたし。
でも、数学について彼は次のようにも言っています。
数学は単に別の言葉というだけのものではないと思うからです。数学は言葉プラス推論であります。言葉プラス論理なのであります。数学は推論の道具なのであり、事実、人々が注意深く考え推論をした結果の集大成に他なりません。
数学を知らないというのは、世界を理解するのに厳しい制約がかかることを意味する。
「水の伝記」を紹介していただき、ありがとうございました。この本は知らなかったです。戸田盛和先生が訳された「J.A.デイ」著の本ですよね?アマゾンで1977年版の中古を見つけたので注文しておきました。中古本の中に「1982年 新装版2版カバー付、よごれやいたみはございません。」というのがあったので、これを注文しました。
「ロウソクの科学」は中学生の頃私も読みましたが、私の科学への好奇心をあまり刺激されなかったのを覚えています。
同じ頃に「水の伝記」を読みましたが、こちらは私にピッタリ合っていたようで、この本は、私にとっては "化学や物性の世界へのベクトル" が定まり、大学や会社で材料を専門に扱うことになりました。
化学の世界は、どうも電気や機械の世界の人達からは全く異質に移るようで、例えばアメリカの取引先企業の化学者と化学的な話をしていると、横にいる電気出身のマネージャが "Hey, speak English" と我々に言うわけです。これは他の会社の人達でも同じことを経験しています。
そんなひょっとして特殊な化学の世界、そして一見ありふれているかのように見える "水" が実は極めて特殊な物質であること、その特殊性が生命にあふれた地球を作ったという話の流れは、中学生の少年の心を鷲づかみにしました。
「水の伝記」は古書としてアマゾンで売られているようですが、2つの異なる装丁が見られます。中学生の時、図書館で借りて読んだものとは明らかに異なった装丁です。但し、説明を読む限り私の記憶(上記)と同じようなので、同じものだと思われます。
もしお読みなっておられないのなら、「水の伝記」を如何でしょうか?
僕も名前を見たとき「あっ!」と思いました。きっとご先祖様が「人望のあった方」、「評判がよい方」だったのでしょうね。日本人の名前では「善人太郎さん」というところでしょうか。
訳文をチェックしていただき、ありがとうございました。専門的に学ばれた方にチェックしていただくと、安心します。
インターカレートは専門用語で表記するように変更しました。初出の箇所だけ「インターカレート(挿入)」としておきました。
和訳を提示していただいた箇所は、段落の構成が読み取りにくくて苦慮しました。構文レベルでの対応関係は損なわれますが、提示していただいた和訳のほうがずっとわかりやすいと思いましたので、そのまま採用させていただきました。(「彼」を「博士」に変えておきました。)
吉野博士は母校の先輩なのですね。喜びもひとしおだと思います。受賞内容の背景を詳しく教えていただき、ありがとうございました。
『ロウソクの科学』は中学生のときに読んだはずなのですが、すっかり忘れてしまっています。再読してみたいと思います。
今回はアカデミックの世界ではなくて企業の技術者である吉野さんが受賞なさったわけですが、それにはいくつかの大切な要因があったのではないかと思っております。
1つは独創性と勘の良さ、そしてご本人のお人柄という属人的な要素、そしてもう1つは小型軽量な2次電池を求める産業界の要請、ではないかと思います。
失礼を承知で申し上げるなら、日本には優秀な素材技術者が極めて多くいらっしゃいます。その中でも独創的な方も非常に多くいらっしゃいます。
論文や特許をみれば、とても独創的な研究が多くあり、それが今でも日本産業界の最大の強みの材料分野の特徴と言って良いと思います。中心的役割を果たした企業人が博士を取得し、さらにアカデミックの世界に移られることも珍しくありません。
吉野さんは、周りに優秀な人を引き寄せるもの、つまりそういうお人柄であったことが、実は最大の要因ではないかと、個人的に感じています。会社の人事もその人が研究の中心に居ればこそ、ふさわしい配置をするわけです。
この人について行きたいと思わせるお人柄に、独創性と知識が加わるのは、結構確率が低いのでしょうか?
そのような貴重な方の研究の成果が、これまた産業からの持続的に必要とされたという、極めて低い確率の要素も見逃せない独立的な要因でしょう。
一応母校の大先輩なので、私もとても嬉しいです。
と思ってしまった。
英語原文で、吉野さんに関する部分で使われている "intercalate" は化学の専門用語で和訳する場合でも日本語での専門用語である「インターカレート」を用いるべきでしょう。
インターカレートとは立体的な分子構造の隙間に原子、イオン、分子が取り込まれることを指します。
"like the cathode's cobalt oxide" は、「酸化コバルトでもリチウムがインターカレートされていて、それと同様に...」という意味になります。
=原文=
Rather than using reactive lithium in the anode, he used petroleum coke, a carbon material that, like the cathode's cobalt oxide, can intercalate lithium ions.
=和訳=
陽極に反応性の高いリチウムを使うのではなく、彼は陽極に炭素素材である石油コークスを使った。陰極の酸化コバルトにはリチウムイオンをインターカレートさせており、これと同様にリチウムイオンをインターカレート可能な炭素素材を陽極に用いたわけだ。
===
分かりやすくするために文構造を敢えて変更しました。とねさんの文章力で最適化をお願い致します。
ところで、この短い文章は、陰極と陽極の両方とも、内部にリチウムイオンが取り込まれている(インターカレートしている)だけと言っており、化学反応で結合していないことを示唆します。実はこれが極めて重要です。なぜなら、これが充放電回数を飛躍的に増やせるようになった原因だからです。
化学反応は必ず副反応を伴います。そして本来の電気化学反応だけでなく、副反応に大切なイオンが消費されてしまいます。
充放電を繰り返すと副反応も繰り返し起こるので、本来の反応(正反応)で使えるイオンがどんどん減ってゆきます。化学反応を用いた二次電池の電池容量が低下する代表的要因です。
一方で、リチウムイオン電池ではイオンのまま陽極と陰極の間を行き来するので、充電容量の低下が効率的に抑制されることになります。
リチウムイオンをインターカレート可能な材料を見つけて、陰極と陽極に使ったのがリチウムイオン電池の肝です。
さらに軽くて原価の安い炭素材料で陽極を作ったのが、吉野さんのブレークスルーだったようですね。
従って、今回のノーベル賞受賞のポイントとなる「インタカレート」は敢えて用語解説を付けてでも、翻訳では用いるべきかと思います。
ご指摘いただき、ありがとうございました!
修正しておきました。